師匠シリーズ

73 :テレビ ◆oJUBn2VTGE :2013/01/26(土) 22:15:25.10 ID:Zc2Cu2zX0
師匠から聞いた話だ。


大学二年の夏だった。
オカルト道の師匠であるところの加奈子さんが、
人からもらったという大量のそうめんを処分しようと、「第一回大そうめん祭り」と称して僕を呼びつけた。
痛むようなものでもないし、そんなに焦って食べなくてもいいのに、と思っていたのだが、
実際に山と積まれたその袋の量を見て「あ、無理だ」と思った。

師匠の住むボロアパートの一室で、次々と茹でられていくそうめん。
最初は「うまいうまい」と喜んで食べていたのが、
「一日中食べまくろうぜ」という楽しいコンセプトには意外な欠陥があり、
二十分も経ったころにはギブアップ宣言が出かかっていた。
「腹が張りました」
一応言ってみたが、祭りの実行委員の判断は続行だった。
それからはテレビを見ながら食べては休み、食べては休みという行為をだらだらと繰り返していた。

「小島、もっと食え」
「中島です」
いつも師匠に食べ物をたかりに来ている隣の部屋の住人も呼ばれていたのだが、
さすがにそうめんばかり食べ続けるのにはげんなりしてきたようで、箸が止まりがちになっている。
「固いものが食いたい」
僕がぼそりと口にした言葉に、二人とも無反応だった。
みなまで言うな、というやつだ。

部屋は停滞した雰囲気に包まれ、師匠などはいつの間にかテレビの前に横になって、
立てた腕を枕にヨガのようなポーズで、床に置いた器からずるずるとそうめんを啜っていた。
年頃の女性のする格好ではないが、なんだか似合うので不思議だった。

最初につけていたチャンネルでは海外のドラマの再放送をやっていた。
途中から見たので話はよく分からなかったが、
どうやら牧場主である主人公の幼い息子が流行り病で死んでしまう、という悲劇的な回のようだった。
『神はいないのか!』
息子の亡骸を抱えて空に吠える主人公が迫真の演技で、
物語の背景も分からないのに思わず涙ぐんでしまいそうになった。
しかし師匠は床に頬杖をついた格好のまま、音を立ててそうめんを啜り上げ、
咀嚼のあい間にそのシーンについてのコメントを口にした。





74 :テレビ ◆oJUBn2VTGE :2013/01/26(土) 22:19:12.28 ID:Zc2Cu2zX0
「慈悲深い神の不在を嘆くやつらは、どうして無慈悲な神の実在を畏れないのかね」
楽天的なことだ。
師匠は鼻で笑うように呟いた。
その言葉に小島だか中島だかという名前の隣人も、
その何を考えているのか分からない卵のようなのっぺりした顔で小さく頷いている。


そのドラマが終わると、今度は台風のニュースが始まった。
わりと大型で、今は石垣島のあたりにいるらしい。
映像では横殴りの雨の向こうに荒れた海が映っていた。
「おお~」という声を上げて、師匠が楽しそうに手に持った箸でテレビ画面を指した。
「台風と言えばさあ。何年か前、沖縄の方のもっと小さい島に滞在してた時に遭遇してさあ、
死ぬかと思ったことがあるよ」
「滞在って、なにしてたんですか」
「その島では殯(もがり)の習慣が受け継がれているって噂を聞いてな。一度見てみたかったんだ」
「殯って言うと、あれですか。残された家族が死体と一緒に過ごす儀式ですよね」
その死体を安置する建物を喪屋(もや)というらしい。

「でもダメだった。よそ者には見せてくんないんだ。
それでも船着場の近くでテント生活して居座ってたら、知らない間に大型台風が近づいててさ。
さすがにそれは教えてくれて、村長さんの家に避難させてもらったんだ」
「別に死ぬような目にあってないじゃないですか」
「その後だよ。客間を貸してもらって、久しぶりの布団で思い切り足を伸ばして寝てたら、
家の外がなんかワイワイうるさいんだ。
夜の十二時を回って、雨も風もかなり強くなってきてたけど、
その吹き付ける音とは別に、複数の人間が大声で怒鳴ってるのが聞えてくる。
なんだろうと思って自分も外へ出てみたら、村長さんの家の裏手に家族とか近所の人が集まってた」
「裏山が土砂崩れしかかってたとかですか」
「ああ、ようするにそういうことなんだけど、ちょっと様子が変なんだ」
師匠は目の前に右手を広げて、宙を撫でるような仕草をする。



76 :テレビ ◆oJUBn2VTGE :2013/01/26(土) 22:26:26.30 ID:Zc2Cu2zX0
「村長さんの家の裏山は石垣で覆われていて、ちょっとした砦みたいになってるんだ。
元々本当に土地の領主の砦があった場所らしい。その痕跡だな。
で、その石垣が今で言う擁壁、つまり土止めの代わりになってるんだけど、
さすがにコンクリート製のような頑丈さはないから、こういう台風の時には崩れる危険性があるってんで、
みんな心配して、レインコートを着込んで見に来たらしい。
そこまではすぐに分かったんだけど、何故かみんな石垣の方を見たままぼうっと突っ立ってるんだ」
「なにをしてたんですか」
「ただ立ってるだけ。ガタガタ震えながら」
震えていた?今にも石垣が崩れそうだったからだろうか。
でもそれなら早くその場から逃げないといけないだろう。

「わたしもそう思って、村長さんのレインコートの端を引っ張って、逃げましょうって言ったんだけど、
動かないんだ。じっと、石垣の一点を見つめてる。
その視線の先を追いかけた時、ぞくっとしたね」
師匠は首を捻り、顔を地面に平行になるように傾けた。

「顔がね。石垣の中にあるんだ。人間の顔だ。
みっしりと組まれた石積みの中に、こんな風に横になった顔が嵌っている。
まるで始めから、そこにあったみたいに。
その顔が、苦痛に歪んで、なにか呻いてるんだ。
その悲鳴みたいな声が、風雨の中に混ざって聴こえてくる」

痛い……
痛い……
そう言ってたんだ。

「次の瞬間、その顔が潰れた。上の石に押し潰されて。目が飛び出したところまで見えたよ。はっきりと。
潰された顔がぐしゃぐしゃになって、石垣の間から流れ出した。
すぐにその歯抜けみたいになった石垣の間から、噴水みたいに土の混ざった水が噴き出してきて、
身の危険を感じたんだ。
『走れ』って叫んだら、やっとみんな我に返ったみたいに反応して、逃げ始めた。
間一髪だったよ。
走って逃げるすぐ後ろから石垣が崩れる物凄い音がして、それが近づいてくるんだ。
生きた心地がしなかった」
淡々と語る師匠だったが、恐ろしすぎる体験だ。

結局、村長さんの家までは土砂はやって来ず、全員そこまでなんとか逃げ延びて、ことなきを得たらしい。
「その顔はなんだったんですか」
恐る恐る訊くと、師匠は難しい顔をする。


関連記事
【師匠シリーズ】テレビ 1
【師匠シリーズ】テレビ 2
【師匠シリーズ】テレビ 3