2003年第一回百物語


152 : あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/06/20 21:47
Yさんが配管工のアルバイトで、増築中の病院へ行った時の話だ。 
配管の工事は大きな音を立てるため、患者への配慮から昼の作業は一定時間に制限されていた。
そのため工事は昼と深夜の二回に分けて行うことになり、作業人員も二組に分けらた。
Yさんは夜の担当だった。
  
その夜は五階部分の工事だったが、足りない工具があったため、
Yさんが二階にある道具置き場へ取りに行くことになった。
「えっ、僕一人で取りにいくんですか?」
「あたりまえだろ、さっさと行ってこい!」 
 Yさんはいやいやながら工具を取りに二階へと向かった。

増築中のためエレベーターは動いていなかった。
Yさんは懐中電灯を片手に階段で二階へと向かった。 
二階に着き、奥にある道具置き場へとYさんが廊下を進んでいくと、近くの部屋からノックの音が聞こえた。
「おや?」  
不審に思ったYさんが立ち止まると、再びノックの音が聞こえた。 
音はドアの内側からのようだった。 
「誰だ!」 
仲間が自分をからかっているのだと考えたYさんは、勢い良くその部屋のドアを開けた。
  
部屋の中には大きな棚がおかれており、一見して物置のように見えた。
Yさんは中を懐中電灯で照らしてみたが、人影は見えなかった。
「誰かいるのか」 
奥の方を確認しようとYさんが部屋の中に一歩足を踏み入れたその時、バタン 
突然背後でドアが閉まった。

Yさんは慌ててドアを開けようとしたが、ドアは微動だにしなかった。
「誰だこんなイタズラをするのは!」 
Yさんは手探りでスイッチを探すと、部屋の明かりを付けた。
薄暗い明かりが部屋の内部を照らし出した。

ヒッ!
Yさんの目に入ってきたのは、胎児の入ったたくさんのガラス容器だった。 
動揺しながらもYさんは必死に自分に言い聞かせた。
大丈夫、ここは病院の標本室なんだ。
何も怖がる必要はないんだ、と。
  
少し落ち着いたYさんは、改めて近くにあるガラス容器を観察してみた。
そこにはホルマリン漬けにされたまだ人の形をしていない胎児が入っていた。


154 : あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/06/20 21:48  
胎児の体が一瞬動たように見えた。
気のせいだろうか。Yさんが確認しようとガラス容器に顔を近づけたその時、
胎児の目が開いた。
「うわああああああああぁぁぁー!」 
そして突然部屋の電気が消えた。
  
パニックに陥ったYさんは、懐中電灯を点けでたらめに振り回した。
跳ね回る光線に一瞬照らされた胎児は、ガラスに顔をべったりと張り付けてYさんの方を見ていた。

「助けてくれぇぇぇ!」 
Yさんは部屋の出口へと走り寄り、ドアノブに手をかけた。
すると先ほどはびくともしなかったドアが今度はあっさりと開いた。
 Yさんは転がるように部屋の外へと出て、仲間の元に駆け戻った。
  
五階に戻ったYさんは、自分の体験したことを必死に説明したが、皆笑って取り合ってくれなかった。
それどころか怖がるYさんを面白がり、Yさんは工具を取りに再び二階へ行かされることになってしまった。
 
「頼む、もう何も起きないでくれ!」 
Yさんは祈るような気持ちで再び二階の廊下を歩いた。
しかしその期待をあざ笑うかのように、再びノックの音が聞こえ始めた。
 「もう勘弁してくれ!」 
Yさんは目をつぶったまま道具置き場まで走り、工具を掴むと五階まで逃げ戻った。
 
作業場の明かりが見え始めてYさんがほっとした時、ズボンの裾が引っ張られるのに気づいた。 
足元を見ると、ホルマリン漬けの胎児がYさんを見上げて何か言いたそうに口を動かしていた。 
「うわああああああああぁぁぁー!」 
次に気付いた時、Yさんは病室のベッドに寝かされていた。
  
今でもYさんは考えることがある。
あの胎児は一体何だったんだろうと。