【閲覧注意】

1988~1989年にかけて、東京都~埼玉県で相次いで幼女連続誘拐殺人事件が起きた。
その猟奇的な手口や異常な自己顕示欲が物議を呼び、多大な社会現象を引き起こしたこの事件の犯人の名は宮崎勤
被害者は4~7歳の4人の少女
誘拐・殺人・死体遺棄の罪で収監された宮崎は裁判においては一貫して無罪を主張したものの、死刑判決を受け、2008年には死刑執行されている。

この事件は世界的にも注目され、日本においては初の犯罪プロファイリング(行動科学分析による犯人の特徴推察)が導入された。

⁂後述するが、宮崎はいわゆるオタクで、ロリコンのホラーマニアであると報道されたため、後の偏見の強固な礎となった。実際に宮崎は殺害後の幼い少女の遺体をビデオ撮影するなどしており、当時大量のビデオテープが積まれた加害者の部屋の様子が報道された様子を覚えておられる方も多いかもしれない。
だがそれらは面白おかしく偏向された報道の結果であり、事実は少々異なる。





【事件の概要】
・1988年 
8月22日
 埼玉県入間市にて。
 宮崎(当時28歳)は自宅近くにいた今野真理ちゃん(当時4歳)に声をかけ、車で連れ去った。
 誘拐から約3時間後、東京都八王子の山林内で被害者が泣きだしたため絞殺
 翌日、殺害現場に戻り遺体に性的イタズラを行う様子をビデオで撮影している。(後に遺体回収

10月3日
 埼玉県飯能市
 小学校近くで遊んでいた吉沢正美ちゃん(当時7歳)に道を聞くふりをして声をかけ、車で連れ去る。
 やはり八王子の変電所に連れ込み、その後は山林に連れ込み、誘拐後約2時間後に絞殺
 全裸にして性的イタズラを行ったが、正美ちゃんの体が動いたために怖くなって逃走
 (この時点ではまだわずかに息があった可能性が高い)

12月9日
 埼玉県川越市
 自宅近くで遊んでいた難波絵梨香ちゃん(当時4歳)に声をかけ、車で連れ去る。
 車内で絵梨香ちゃんが泣き出したため、一旦車を止めて宥めている。
 車内ヒーターで暑くなった絵梨香ちゃんに「お風呂に入ろう」を声をかけ服を脱がせ、写真を撮影。
 再び被害者が泣きだしたため、車内で誘拐後約2時間30分後に絞殺
 殺害後、山林に遺体を遺棄、衣類や靴は別の河川に捨てた。

同月15日
 絵梨香ちゃんの衣服と靴が発見され、次いで遺体の発見。
 
宮崎は絵梨香ちゃんの父親の「(たとえ遺体でも)見つかって良かった」との言葉をテレビで聞き、他の被害者の遺体も遺族に送る事を思いつく

しかし真理ちゃんの遺体は回収したものの正美ちゃんの遺体を見つけることができず、さらに山道で車が脱輪してしまったため、たまたま通りかかった第三者に協力を求めた。
その結果 「紺のラングレー」で「3桁のナンバープレート」の不審な車の目撃情報が浮かび上がる。

やがて今野真理ちゃん宅に不審な葉書が届く
拡大した新聞の切り抜きで「魔がいるわ」と並べて貼ってあった。(宮崎の実家は印刷業)
後に「いるまがわ(入間川)」のアナグラムのつもりだったことが判明。

同月20日
 難波絵梨馨香ちゃん宅にも「絵梨香」「かぜ」「せき」「のど」「楽」「死」などの文字が並べられた葉書が届く。
 
その異常性な現象に様々な憶測が飛び交い、前回同様アナグラムの可能性が指摘された。
ゲーム感覚であることからマニアックな解析家の協力が求められ、その結果ローマ字変換して文字を置き換えると「生き返させられず気の毒」と読めたが、実際にはUの字が1つ足りていない。

・1989年 
2月6日

 今野真理ちゃん宅の前に不審なダンボール箱が発見される。
 
中身は灰や焼けた木片、人骨の欠片(後に真理ちゃん本人であることが確認された)とともに当時着用していた衣服の写真、他に「真理」「焼」「遺骨」「証明」「鑑定」の文字が記されたコピーが入っていた。

再びアナグラムの解析が行われる。
文字をローマ字変換し、組換えれば3パターンの解読が可能となった。
「焼」をYAKIと変換すれば「宮崎勤 箱に入れ 消え」または「宮崎勤 綺麗に 箱へ」。
YAKUであれば「T・宮崎 箱詰め 家に送る」となる。

⁂この場合、MIYAZAKI(ミヤザキ)ではなくMIYASAKI(宮崎・ミヤサキ)と読ませるため、こじつけではないかとの指摘もあったが、たった20数文字のアルファベットでここまで構成される可能性は偶然にしてはあまりにも出来すぎており、やはり意図的なものと判断せざるを得ない。

宮崎は同年1月頃に真理ちゃんの頭部を自宅の畑で家具等と一緒に焼いていた。(殺害から約6ヵ月後)
頭蓋骨のみ「遺骨」として届けたつもりだったらしい。
(他の部位の骨が発見されたのはさらに半年以上すぎた同年の9月)

同月10日
 朝日新聞東京本社に、「今田勇子」の名で今野真理ちゃん殺害事件に関する封書が届く。
 真理ちゃんの顔写真とB5のコピー用紙数枚に手書きの内容で「犯行声明」とタイトルがついていた。

同月11日
 新聞社と同じ文面の「犯行声明」が、真理ちゃん宅に届く。

⁂「犯行声明」の内容は骨は間違いなく真理ちゃんであること連れ去り当時の様子母親が在宅していた為に犯行に及んだ等と書かれており、丁寧な文章でありながら非常に挑発的かつ悪意が感じられる。この「犯行声明」では真理ちゃんを川に沈めて殺害したとあるが、実際には絞殺していた。

3月11日
 2通目の「告白文」が、真理ちゃん宅と新聞社に届く。
 当日今野家では真理ちゃんの葬儀が行われており、宮崎は数日前に報道で日程を把握していた。

⁂この「告白文」は、悪質を通り越して遺族を苦しめようという意図的な異常な自己顕示欲があからさまに滲んだものであった。
また、他の行方不明事件の被害者についてもわざわざ触れており、関連性が指摘される要因となる。
(5人目の被害者の可能性・後述)
これらの文書は筆跡鑑定にかけられたが、筆跡を変えようとしたのか極端な文字の形が特徴的であり、女性名ではあったが男性が描いた可能性が強く感じられるものだった。


6月6日
 東京都江藤区
 公園で遊んでいた野本綾子ちゃん(当時5歳)に声をかけ、車で連れ去る。
 
絵梨香ちゃんの教訓からか、数百メートル離れた路上で綾子ちゃんにガムを与え機嫌を取ろうとしたらしい。
が、結局はそのまま車内で絞殺
(その理由として、宮崎は手に障害があり綾子ちゃんにからかわれてカッとなったからと述べている。しかし、5歳の子供が悪意のあるからかいをしたとは思えず、被害者の両親も「性格的にありえない」と証言)

⁂宮崎は両手とも先天性の橈尺骨癒合症(骨の癒着により掌を上に向けることが困難)であり、非常に稀なケースである上手術の成功例も少なかった。幼少の頃に発覚した障害ではあるが、生命に危険があるわけでもなく、結果として放置したまま成人した。しかし本人にとっては辛い毎日であり、特に幼稚園でのお遊戯(手あそび)を「地獄だった」と後に表現。

その後宮崎は、遺体を車にのせたまま帰宅。途中でビデオカメラをレンタルし自宅に戻る。
家族が寝静まった夜中に綾子ちゃんの遺体を家に持ち込み、自室のこたつの上で全裸にして性的イタズラを行い、写真やビデオに撮影した。
被害者のために記載すれば、宮崎はいずれの場合も死姦は行っていない。指で陰部を弄ぶ程度

6月8日
 綾子ちゃんの遺体の腐敗臭が気になった宮崎は、彼女をバラバラにして遺棄する事を決意。
 頭部と両手足を切断し、髪と歯を抜きバラバラに遺棄

6月11日
 埼玉県伊能市の霊園のトイレ付近で綾子ちゃんの遺体の胴体・手足部分が発見される。
 翌日には綾子ちゃんの遺体であることが判明した。

6月27日
 宮崎は綾子ちゃんの頭部を自宅近くの山林に遺棄していたが、わざわざ回収し、自宅の工場内で洗浄した後に東京都奥多摩町に2ヶ所に分けて頭蓋骨の一部をそれぞれ遺棄し直す。
(被害者はこの時に頭髪がむしり取られている)

7月23日
 東京都八王子市にて。
 当時6歳の少女に「写真を撮らせて」と声をかけ、その場で数枚撮影。
 その後車で連れ去ったものの、一緒にいた少女の姉が自宅へ戻り自分の父親へ報告。
 
驚愕した父親は現場に急行し、宮崎の車を追跡し、近くの山林内で少女の全裸ビデオを撮影しようとしていた宮崎を取り押さえた。
通報を受けていた八王子署の警官も同行しており、ここで初めて宮崎が逮捕されることとなった。(現行犯逮捕

⁂少女の父親はその頃頻発していた幼女誘拐殺害事件を気にかけていたが、実は宮崎がその犯人だったと知って愕然としたという。

8月9日
 宮崎による野本綾子ちゃんの殺害自供
 
翌日には綾子ちゃんの頭部が発見され、数日後には今野真理ちゃんと難波絵梨香ちゃんの殺害も自供
9月には吉沢正美ちゃんの殺害も自供する。
宮崎の証言通り、次々と少女達の遺骨が発見されていった。


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