【百物語も】短編怪談大募集!【話が進む】


60 :名無しさん :2014/04/04(金)07:08:49 ID:???
暗くなるころあの海で


49.モウレイ
帝国海軍において、輸送という任務がつとに軽視されていたのは有名な話だ。
大東亜戦争全般において海陸併せて兵の損耗率が十数%だったのに対し、
徴用された民間船員の実に四十数%が海の藻屑と消えた事実からも、それは察せられる。
武器ももたず、攻撃されればただ死ぬしかない戦場で
彼等は戦っていた。


その日も、南方へ向けての輸送船団を引き連れてたった一隻の駆逐艦が護衛の任についていた。
既に制海、制空権を奪われた海に漕ぎ出したこの作戦は死出の旅路と呼ぶにふさわしいものだった。

日も暮れ、海上に霧が出て視界不良となったが、船団は潜水艦回避の「之の字運航」を続けていた。

ふと駆逐艦航海長が後続すべき輸送船がいつのまにか
前方に回り込まんとしていることに気がついた。
艦長は即座に増速を命じたが、追い付くどころかむしろ引き離されそうである。
無線封鎖の上にこの霧で発行信号にも応答がない。
そのうち、甲板の水兵が海がおかしいと騒ぎ出した。

漆黒の海は血のようにねばつき、あやしくぎらぎらと波打っている。

艦が機関停止して様子を見ると、暫くして後方霧の彼方から僚船がやってくるのが視認された。
前方の船影がなんだったのかついに確認はできなかった。


公式戦史には残っていないので、この船団がどれを指すのか、
その後彼等がどうなったのかは判らない。
終戦時、かろうじて無事に残された船は戦前の二割に満たなかったという。