サイケデリック・奇譚

永遠の日常は非日常。

カテゴリ:歴史 > 戦争

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?

910 :将棋 1/8:2006/02/22(水) 20:03:27 ID:CqBHiC0Y0
師匠は将棋が得意だ。
もちろん将棋の師匠ではない。
大学の先輩でオカルトマニアの変人である。
俺もまたオカルトが好きだったので、師匠師匠と呼んでつきまとっていた。

大学1回生の秋に、師匠が将棋を指せるのを知って勝負を挑んだ。
俺も多少心得があったから。
しかし結果は惨敗。
角落ち(ハンデの一種)でも相手にならなかった。

1週間後、パソコンの将棋ソフトをやり込んでカンを取り戻した俺は、
再挑戦のために師匠の下宿へ乗り込んだ。
結果、多少善戦した感はあるが、やはり角落ちで蹴散らされてしまった。

感想戦の最中に師匠がぽつりと言った。
「僕は亡霊と指したことがある」
いつもの怪談よりなんだか楽しそうな気がして身を乗り出した。


911 :将棋 2/8:2006/02/22(水) 20:04:45 ID:CqBHiC0Y0
「手紙将棋を知ってるか」と問われて頷く。
将棋は普通、長くても数時間で決着がつく。
1手30秒とかの早指しなら数十分で終わる。
ところが手紙将棋というのは、盤の前で向かい合わずに、
お互い次の手を手紙で書いてやり取りするという、なんとも気の長い将棋だ。
風流すぎて若者には理解出来ない世界である。

ところが師匠の祖父はその手紙将棋を、夏至と冬至だけというサイクルでしていたそうだ。
夏至に次の手が届き、冬至に返し手を送る。 年に2手しか進まない。
将棋は1勝負に100手程度かかるので、終わるまでに50年はかかる計算になる。
「死んじゃいますよ」
師匠は頷いて、祖父は5年前に死んだと言った。

戦時中のことだ。
前線に出た祖父は娯楽のない生活のなかで、
小隊で将棋を指せるただひとりの戦友と、
紙で作ったささやかな将棋盤と駒で、あきることなく将棋をしていたという。


912 :将棋 3/8:2006/02/22(水) 20:05:30 ID:CqBHiC0Y0
その戦友が負傷をして本土に帰されることになったとき、
二人は住所を教えあい、
ひと時の友情の証しに、戦争が終われば手紙で将棋をしようと誓い合ったそうだ。
戦友は北海道出身で、住むところは大きく隔たっていた。

戦争が終わり復員した祖父は、約束どおり冬至に手紙を出した。『2六歩』とだけ書いて。
夏至に『3四歩』とだけ書いた無骨な手紙が届いたとき、祖父は泣いたという。

それ以来、年に2手だけという将棋は続き、
祖父は夏至に届いた手への返し手を半年かけて考え、
冬至に出した手にどんな手を返してくるか、
半年かけて予想するということを、それは楽しそうにしていたそうだ。

5年前にその祖父が死んだとき、将棋は100手に近づいていたが、まだ勝負はついていなかった。
師匠は祖父から将棋を学んでいたので、
ここでバカ正直な年寄りたちの生涯をかけた遊びが途切れることを残念に思ったという。


913 :将棋 4/8:2006/02/22(水) 20:06:42 ID:CqBHiC0Y0
手紙が届かなくなったらどんな思いをするだろう。
祖父の戦友だったという将棋相手に連絡を取ろうかとも考えた。
それでもやはり悲しむに違いない。
ならばいっそ自分が祖父のふりをして次の手を指そう、と考えたのだそうだ。

宛名は少し前から家の者に書かせるようになっていたので、
師匠は祖父の筆跡を真似て『2四銀』と書くだけでよかった。
応酬はついに100手を超え、勝負が見えてきた。

「どちらが優勢ですか」俺が問うと、師匠は複雑な表情でぽつりと言った。
「あと17手で詰む」
こちらの勝ちなのだそうだ。

2年半前から詰みが見えたのだが、それでも相手は最善手を指してくる。
華を持たせてやろうかとも考えたが、向こうが詰みに気づいてないはずはない。
それでも投了せずに続けているのは、
この遊びが途中で投げ出していいような遊びではない、という証しのような気がして、
胸がつまる思いがしたという。


914 :将棋 5/8:2006/02/22(水) 20:07:31 ID:CqBHiC0Y0
「これがその棋譜」と、師匠が将棋盤に初手から示してくれた。
2六歩、3四歩、7六歩・・・
矢倉に棒銀という古くさい戦法で始まった将棋は、
1手1手のあいだに長い時の流れを確かに感じさせた。
俺も将棋指しの端くれだ。
今でははっきり悪いとされ指されなくなった手が
迷いなく指され、十数手後にそれをカバーするような新しい手が指される。
戦後進歩を遂げた将棋の歴史を見ているような気がした。
7四歩突き、同銀、6七馬・・・局面は終盤へと移り、勝負は白熱して行った。

「ここで僕に代わり、2四銀とする」
師匠はそこで一瞬手を止め、また同馬とした。
次の桂跳ねで、細く長い詰みへの道が見えたという。
難しい局面で俺にはさっぱりわからない。

「次の相手の1手が投了ではなく、
これ以上無いほど最善で、
そして助からない1手だったとき、僕は相手のことを知りたいと思った」
祖父と半世紀にわたってたった1局の将棋を指してきた友だちとはどんな人だろう。


915 :将棋 6/8:2006/02/22(水) 20:08:19 ID:CqBHiC0Y0
思いもかけない師匠の話に俺は引き込まれていた。
不謹慎な怪談と傍若無人な行動こそ、師匠の人となりだったからだ。
経験上、その話にはたいてい嫌なオチが待っていることも忘れて・・・

「住所も名前も分かっているし、調べるのは簡単だった」
俺が想像していたのは、
80歳を過ぎた老人が、古い家で旧友からの手紙を心待ちにしている図だった。
ところが、師匠は言うのである。
「もう死んでいた」

ちょっと衝撃を受けて、そしてすぐに胸に来るものがあった。
師匠が相手のことを思って祖父の死を隠したように、
相手側もまた師匠の祖父のことを思って死を隠したのだ。
いわば、優しい亡霊同士が将棋を続けていたのだった。

しかし、師匠は首を振るのである。
「ちょっと違う」
少しドキドキした。


916 :将棋 7/8:2006/02/22(水) 20:09:16 ID:CqBHiC0Y0
「死んだのは1945年2月。戦場で負った傷が悪化し、日本に帰る船上で亡くなったそうだ」
びくっとする。
俄然グロテスクな話になって行きそうで。
では、師匠の祖父と手紙将棋をしていたのは一体何だ?
『僕は亡霊と指したことがある』という師匠の一言が頭を回る。
師匠は青くなった俺を見て笑い、「心配するな」と言った。
「その後、向こうの家と連絡をとった」
こちらのすべてを明らかにしたそうだ。
すると向こうの家族から長い書簡がとどいたという。
その内容は以下のようなものだった。

祖父の戦友は船上で死ぬ間際に、家族に宛てた手紙を残した。
その中にこんな下りがあった。
『私はもう死ぬが、それと知らずに私へ手紙を書いてくる人間がいるだろう。
その中に将棋の手が書かれた間抜けな手紙があったなら、どうか私の死を知らせないでやってほしい。
そして出来得れば、私の名前で応答をしてほしい。
私と将棋をするのをなにより楽しみにしている、大バカで気持ちのいいやつなのだ』


917 :将棋 8/8:2006/02/22(水) 20:10:07 ID:CqBHiC0Y0
師匠は語りながら、盤面をすすめた。
4一角
3二香
同銀成らず
同金

その同金を角が取って成ったとき涙が出た。
師匠に泣かされたことは何度もあるが、こういうのは初めてだった。

「あと17手、年寄りどもの供養のつもりで指すことにしてる」
師匠は指を駒から離して、「ここまで」と言った。


http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1429018865/

711 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/05/25(月) 08:58:57.51 ID:IJ8W39iXO.net
俺、沖縄に出張中なんだけど最近妙な体験したから投下するよ。
沖縄本島南部に支社作るからって
短期間アパート住まい。
夜中にタバコ吸おうと、外に出たわけ。

歩いて5分くらいの場所に街灯一つ、販売機が3つ並んでる所がある。
周りは畑って状態
コーヒーを買い、自販機の前に座り
タバコに火を付ける。何時ものパターン。
ボーっとしながら月や、街灯、自販機の反射で座ってる自分影を見てた。
座ってるから、ごみ袋にボールのせたような影一つ。

5分くらいして、またタバコに火を着けた。
これ吸ったら帰って寝ようと思い
何気なく自分の影を見たら横にもう一つ影がある。
同じように座ってる影

あれ?
なにこれ?って、
感じで固まってしまった。

10秒位して、2つの影にもう1つ加わった。
今度の影は立ってる状態。
挟まれた感じに両方からスゲー視線を感じる。すぐ側から。
固まった状態のままでも目を動かした範囲に誰も居ない
この雰囲気に耐えれなくなりダッシュで家に逃亡した。


712 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/05/25(月) 09:12:07.52 ID:IJ8W39iXO.net
後に、地元の従業員にこの話したら、
「あー○○さん、□□地区っすよねー。
あっちは戦争の時の防空壕とか見付かってないのが沢山あるんすよ。
見つけて欲しくて出てきたんじゃないすかー?」
「○○さんの行く販売機の裏の畑に小さな慰霊碑気付かなかったです?ありますよ~。
20年くらい前、ここ山と畑だったんですが人骨が数十体出てきたりした場所ですし」
「今年も戦中の遺骨収集ありますよ。参加します?」
こんなのばかり言われた。
慣れてる沖縄人が怖い。


713 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/05/25(月) 16:22:43.66 ID:wUnFokKv0.net
今度あったらコーヒーとタバコ一本
手向けてやったら良いんじゃないかな


714 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/05/25(月) 16:34:37.74 ID:AsZX7goN0.net
戦争で死んだ霊ならお茶がいいんでない?


715 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/05/25(月) 17:14:13.67 ID:P39O705r0.net
>>712
遺骨収集参加したら活躍しそうですね。


756 :昨日の者です@\(^o^)/:2015/05/26(火) 11:53:48.53 ID:vI3Az4JrO.net
>>714 
沖縄は>>713結構タバコを線香変わりにするのが普通。
飲み物は何でもいいけど。
>>715
集めた遺骨をいれる小屋がいたる場所にあるらしい。
俺が知ってるのは3つ。
普通に高速道路の真下の小屋とか
収集作業募集は役所とかに貼ってあるんだって。
毎年、地元の人、役所関係、ボランティアが参加すると
右翼、左翼関係無しに、埋まったままの遺骨を
人知れず地中や遺棄されたままじゃかわいそうと。
これは同意できたよ。
ちなみに都道府県全部46(沖縄以外)の塔、慰霊碑はある


http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1429018865/

483 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/05/16(土) 17:42:09.83 ID:wx27u4t30.net
いつだったか、
東南アジア某国に、第二次大戦の慰霊旅行で行った際。
(と言っても当時の私は、
慰霊なんて高尚なことを理解出来る年齢ではなく、
外国に旅行に行けるなら、と深い理由もなく両親に着いて行ってただけだった)


無事に向こうの空港につき、
両親の目的の場所に、車で向かう。
青々とした林に通る未舗装道路を少し行き、
ボロボロのコンクリートの建物がある場所で車は止まった。
あなたはそこら辺で遊んでなさい、遠くへ行っちゃ駄目よ、と母に言われ、
言われるまますぐ近くの林で地面を弄ってた。
両親は現地の人と熱心に話し込んでいた。

日本では見たこと無い草が沢山生えてたので、退屈はしなかった。
近くの林をぶらぶら歩いていると、少しだけ開けた場所に出た。
真ん中に近いところに丸太が置いてあって、
そこに作業着を着た男の人がちょこんと座っていた。

彼は私に気がつくと、こんにちは、と挨拶してきた。
てっきり現地の人だと思ってたので、
つい驚き、上ずった声で挨拶を返してしまった。
私がばつの悪い顔をしていると、
男の人が、座りませんか、
と笑って言ってくれたので、素直に隣に座った。

不鮮明な記憶だが、
ここの気候には慣れない、国に帰りたい、とか
(私は学校の事とか)を、
彼は物悲しい声で話してたのは覚えている。
子供心でこんな外国で働いてて大変だなぁと思い、
近くに生えてた小さな花を摘んで、男の人に差し出した。 

彼は困ったように笑ったので、根っこが気に入らなかったのかと思い、
根っこをちぎって捨て、
改めて渡そうとして向き直るともうそこに誰も居なかった。

嫌われたのかと思い少々ショックだったが、
時間も時間だったので両親のところに戻った。
まだ現地の人としゃべっててうんざりしたが、
草を弄ってるとそんな気分も薄まっていった。

無事に帰国し、夏休みの宿題日記に
旅行の事を書くうちに、あの男の人で失敗したなぁと思い出していた。


彼の格好が旧陸軍だと知ったのは二十代後半になってからだ。  
彼の隣に座った時の、
あの汗と土の匂い、屈託の無い笑顔は、今でもはっきり思い出せる。



不可解な体験、謎な話~enigma~ Part91

680 :本当にあった怖い名無し:2013/12/08(日) 12:13:08.90 ID:VjKuhqt10
カティンの森

おととし仕事でポーランドに一ヶ月いた。
ホテルの向かいにあるパブで仲良くなった警察官に聞いた話。

アウシュビッツと共にポーランドの虐殺現場として
有名なカティンの森で、集団自殺が相次いだことがあったらしい。

最初は自殺サイトみたいなので集まった趣味の悪い連中だろうってなったらしいんだが、
カティンの森の虐殺と同じくみんな後頭部に銃痕があったらしい。

猟奇殺人の線も出て捜査したらしいが、
現場の銃からは自殺者の指紋しか出なかった。
あまりに自殺が多くなったので、地元グニェズドヴオの自警団と警察が合同で毎日パトロールをしたんだと。
俺が仲良くなった警察官も何回か見回りしたらしいが、
パトロールを始めて一週間した日に警察官が2人自殺したらしい。
そのうちの一人は彼の弟だったそうだ。

娘が産まれたばかりで幸せそうだったのにありえない。
カティンの森の呪いだって話してた。



 怖い話投稿:ホラーテラー K : 2012/04/14 00:52

俺が兄の友達から聞いた話。

彼が高校一年の時、彼の叔父が欧州へ旅行に行き、お土産をくれた。
立派な青銅の縁取りのついた鏡である。
彼は叔父に、こんな高そうな物を貰って良いのかと訊ねたところ、実際高かったそうだが良いらしい。
「英語も通じねえ古道具屋で、値切って値切って買ったんだ。
それでも結構したんだぞ。大事にしろよ?」
どうしてそこまでしてこれを…?と彼は思ったが、
礼を言って、鏡を部屋の机の上に置いた。

その日の晩。
部屋の中で誰かがしゃべっている気がして、彼は目を覚ました。
最初は夢かと思ったらしいが、どうやら話し声は実際にしているようだ。
机の方から小さい、談笑するような声が聞こえる。
――あ、鏡だ。
直感で彼はそう思ったらしい。
訳がわからなくなって、彼はベッドから起き上がり、おもむろに鏡を手にとって覗き込んだ。

家族が談笑していた。
父親らしき男、母親らしき女、娘らしき少女の3人が、深緑のソファに腰掛けて談笑していた。
3人とも顔立ちは日本人ではなく西洋人のようで、髪の色も薄い。
そして、お金持ちのようだ。
使用人らしき人物がちらちらと映っている。
これはすごい!すごい物を叔父さんはくれた!
そう思い、彼は階下で寝ている両親に鏡を見せようと両親の元に向かった。

階段にさしかかった時に、激しい衝撃音が鳴った。
驚いた彼がまた鏡を覗き込むと、3人の男が鏡の中央に映っていた。
3人とも体格が良く、武器を持っている。軍人のようだ。
3人はこちらに背を向けているため顔はわからない。
そして、その向こう側に身を寄せあって怯える先ほどの家族がいる。

一瞬、少女と目が合った気がした。

そして真ん中の男が何かを叫び右腕をあげると、
左側にいた男が斧のような物で父親の頭を叩き割った。
飛び散る血。
泣き叫ぶ娘。
気を失う母親。
そこからはもう地獄絵図だった。
男の一人が動かなくなった父親と母親を形がなくなるまで切り刻んでいる傍らで、
娘は泣きながら部屋の中を逃げ惑っている。

使用人らしき人はどこにも見えない。
残りの男達は娘が逃げるのを見て楽しんでいるようだったが、
それも飽きたらしく、左側の男が立ち上がった。
すぐに捕まる娘。
娘は泣き叫び、こちらを何度も見て助けを求めている。
娘は男に引き摺られ、窓の外に放り投げられた。
悲鳴が遠ざかり、
嫌な音が響き、映像は終わった。

鏡は元の鏡に戻り、蒼白になった彼の顔を映していた。
その彼の後ろに誰かが立っていた。
顔はぐしゃぐしゃに潰れている。
髪は淡いブロンド。
服は――先ほどの少女と同じ物。
彼は動けなかった。
背中を嫌な汗がつたう。
少女が手を伸ばしてきた。
肩が曲がり、不自然な方向から生えた腕が迫ってきた。
恐怖に目を瞑った瞬間、
ドンッという衝撃を背中に感じ、彼は意識を失った。

「――それで、気付いたら病院にいたわけよ」
すごい音がしたので驚いた両親が階段を見に行くと、彼が階段の下で倒れていたとのこと。
鏡は粉々に割れてて、その破片で額と腕を切り、彼は2針と3針を縫う怪我をした。
また、階段から落ちたせいであばらを骨折していた。
「ありえないだろ?見ろよこの傷。
あの後、例の叔父がお見舞いにきたから、文句言ってやったよ。
そしたら、何つったと思う?
『あれは超有名な宗教戦争の時の鏡だ。すっごいレアなんだぞ』だってさ。
普通謝るだろ!まあ、すごい物は見れたと思うけどね…」
「…ん?ああ、叔父も鏡は見たんじゃないかな?なんか知ってる風だったし。
それで俺に譲ってくれたんだと思うよ。
でもさ、宗教とか理不尽な理由で殺される時代じゃなくて、本当に良かった」
そう言って、彼は悲しそうな顔をした。



http://toro.open2ch.net/test/read.cgi/occult/1415464415/

40 :コロン :2014/11/09(日)10:02:39 ID:A4aC4Fhvs

-戦艦武蔵、その後-

戦艦大和に次いで有名な戦艦、武蔵をご存じだろうか。
アメリカの公式記録によれば、
武蔵はフィリピンのシブヤン海にて魚雷20本以上、命中弾17発以上、
至近弾20発以上を受け沈没したとされている。
しかしそれだけの攻撃を受け、
沈没するのに4時間45分以上もかかった戦艦は他にはない。
防御力が長けていただけではなく、気密性の高い作りで沈みにくかったとされている。
 
武蔵の不思議なところはそれだけではない。
多数の攻撃を受け、全く反撃できなくなったのを
アメリカ海兵らは見届け、そのうち沈むだろうと皆休憩に入ってしまった。
休憩を終え武蔵をみてみるとすでにそこには姿がない。
もう沈んでしまったのかと見張りに聞くが、
見張りもちゃんとみていなかったため結局沈むところを誰もみていない。
しかし、航行不能に陥った艦が逃げ出せるはずもないので、沈没と記録された。

ところが、それから数十年たったあと
武蔵の調査を行うため最新機器を用いた海底探索を行ったが、武蔵は見つからなかった。
それ以来、武蔵についてはこんな噂が出るようになった。

武蔵は沈没の際、浸水しなかった区画が多くあったので、
浮力と自重が釣り合った状態で沈底することなく海流に乗っていまだに水中を動き続けていると。
 
実際、太平洋を行き来する船の乗組員を中心に海底を進む巨大な黒い影の目撃情報も多数あるらしい。
今この瞬間にも、武蔵は暗い海底を行軍し続けているのかもしれない。


http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1463021094/

618 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/06/21(火) 16:35:46.21 ID:LdtJZU6/0.net
祖父から聞いた一番印象に残った怖い話。

第二次世界大戦の戦時中から戦後にかけてが青春だった祖父は、
生まれつき足の向きがおかしくて、
歩けはすれどよほどまともな運動は出来なかったようで、徴兵は免れて、
広島県で家族に養ってもらいながらなんとか生き延びていたそう。

戦争が終わったけど祖父達のいた広島は、原爆の影響もあって本当に地獄だったらしい。
余程戦中だった頃のほうが
生活面も安全面もまともなほど荒れていたみたい。
場所がよかったようで被爆を逃れていた祖父は、
破壊された電線の銅などを集めて生活を安定させていったらしい。
(はだしのゲンに似たような話があったから知らない人は読んでみてくれ)

その頃の話なんだけど、祖父はよく影が無い人を見たって言ってた。
夕方に一人で荷物を引いてるときとか、昼間とか時間を問わず。
当時の広島は、被爆者の影が路面や壁に写りこんだ話がよく話されていたから、
祖父は、被爆して影を置き忘れて死んだ人たちなんだと思ったそう。

やけに青白い顔をしてぼんやり立っているその人たちは、本当に生きているみたいだったらしい。
というより、町のど真ん中で昼間から何もしないで立ち尽くしていてもなんの疑問も持たれない程、
食べ物も働く術ももたない生きた人間が多かったので、
影の有無位でしか生きてるか死んでるか分らなかったらしい。

往生の間際まであの時代はとてもこの世ではなかったと話していた、
祖父の話の中で一番怖かった話。
祖父の三回忌なので投下した、長文すまん。



http://toro.2ch.net/test/read.cgi/occult/1380586373/

13 :本当にあった怖い名無し:2013/10/03(木) 01:54:43.72 ID:2lnelb5Z0

俺の住んでる地域はさ、大戦中空襲がひどかったらしい。
あちらこちらに防空壕があって、
小高い場所にある俺の家の下にも2個あるんだ。
霊感があるかといえばうっすらとあるくらいで
そんなビシバシ見える系の人じゃない俺でもあんまり家の下はいい感じはしない。
ここには5年くらい前に引っ越してきたんだけど、思っていた通りそういうのがたまにでるんだ。

よく出るのは子供。男女いるんだよ。
他に見たのは女が一人。
怖いのは正直苦手だから見るたびに泣きそうになる。

そんなここでつい最近死ぬ程怖い体験をした。
俺が一人で居た時だよ。
さあ寝ようと思ったときかな、
ふと風呂場入口の引き戸が半開きなことに気付いたんだ。
何と無く気になってさ、
閉めようとして戸に近づいて中が見えたらさ、 子供、男の子がいんの。
しかも普通の子供じゃない。肌が真っ黒。
汚れとかじゃなくて本当に。
そんな子供がさ、正座で座ってて、体は微動だにしてないのに顔だけくるくる回ってるんだよ。
無表情の顔がくるくると。
くるくると。
文だけじゃ伝わらないかもしれない。
でも俺は死ぬ程怖くてさ。
いい歳して情けないけど半泣きで走って家から出て、
そのまま近くのコンビニで一晩すごした。

朝落ち着いてきて帰ったら誰もいなかった。
安心したけど今でも怖いよ。
あいつは何だったのか、今どこにいるのか。




10:名無しだぜひゃっほう!:2016/2/4(木) 10:35:51 ID:yE2BEb54.o
前世なのかな?とか思ってるんで
今日は夢の話をしに来ました。

かなりの頻度で子供の頃から見てるんだけど
あんまり詳しくないからざっくりなんだけど、時代はWW2。
私は歩兵隊?の一員で必死めに逃げてるんだけど、
もう自分はここで終わりだなって理解してて怖くはないの。

足場は悪いけど草むらと言うより土や砂ばかりで隠れる所もない感じ。
飛行機がブーンて来た瞬間何かが爆発して、
下半身が岩?瓦礫?に埋まって身動きとれなくなっちゃってさ、
でも仰向けで倒れてたから何があっても「見える」のは安心だ…なんて思って。
したらその内機銃掃射で。

多分シんじゃったんだけど、
そのあともしばらく様子見てて…あー、あのバババババってやつカッコいいなぁ~。
なんて思ってると目が覚める訳だす。


11:名無しだぜひゃっほう!:2016/2/4(木) 10:41:01 ID:dTGzC03Uj6
不思議なのはWW2に対して、
元々尋常じゃない恐怖心があったのが、ある歳を境に恐怖心が消えたというか、
それどころか私はもっと知らなければいけない!!って強く思うようになったことで。

夢自体も以前は怖くて仕方なかったけれど、
今見ると懐かしい戻りたいと思う、安らぐ夢になってしまったってこと。
見慣れたって部分もあるのかも知れないけどね。

変な話しちゃった気がする。
お目汚しごめん。


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