百物語2015
270 : わらび餅◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 04:06:40.87 ID:AgCPeYID0.net
【78話】Big ◆iq3nGde8rU 様
このような濃霧の中では、何かがくるとも言われます。
何か・・・とは、前の話のようにキツネやタヌキなのかもしれませんし、あるいは
人や獣どころか、この世のものではないかもしれません。
やはり猟をしていた5人組が、山中で濃霧に遭遇し、前の者の腰をつかんで、
そろそろとムカデ歩きをしていたときのことです。
最後尾の男が、「おやあ、何か来た」と声を出しました。
こういう場合、前に立つリーダーは、「何も来ねえ、気をしっかり持て」と声をかけます。
仮に他の登山者が後ろにいるのだとしても、何もしてやることはできませんし。
お話したように、来たのがこの世のものとはかぎらないからです。
「うんだな」
最後の男はつぶやきましたが、またしばらくして、
「何か来た、何か来た」と叫びました。「何かが俺の腰に取りついとる!」と。
リーダーが「何も来てねえ」とまた言い、残りの者も「んだ。何も来てねえぞ」と復唱します。
最後尾の男は黙りましたが、
またしばらくして、
「来たぞ、来てるぞ。女の手だあ。こらあ俺の女房の手だろう」
これを聞いて皆はぞっと背筋が寒くなりました。
男の女房は去年の冬に肺炎で死んだのを知っていたからです。
それもちょうど今頃の時期に。
「〇〇さぁ」
最後尾の男はリーダーの名前を呼びました。
271 : わらび餅◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 04:07:24.61 ID:AgCPeYID0.net
「俺、ここに残ってもいいかあ。女房が来てるようだども」
「ダメだあ!」
リーダーが叫び、残りの者も復唱します。
「おめえの女房はもう鬼籍に入っとるだろうに。そら、おおかたメス狐だろうて」
リーダーはそう言うと4人目の男の名を呼び、
「□□が離れねえようにおめえ、手首を引いてやれ」こう指示したのです。
しばらく進むとまた、最後尾の男の声が聞こえて、
「今よう、俺の女房が隣について歩いておる」こんな内容です。
リーダーは
「この霧じゃあ見えるわけがなかろう。そら、この世のもんではねえから」
そしてひときわ声を張り上げて、
「オン アビラウンケンソワカ」と唱えました。
そのあたりの山はいわゆる霊山でもあり、修験者の姿を見かけることも多く、
猟師連中も真言(マントラ)を知っていたのです。
一行はそのまま、
「阿 毘 羅 吽 欠 蘇 婆 訶 」と地水火風空の真言を唱和しながら、ムカデ姿のまま、
ゆっくりとゆっくりと山を下ったのです。
もしもはたから見ることができれば、さぞや異様な光景だったことでしょう。
ともかく、そうしているうちに霧は晴れ、一人の脱落者も出さず戻ることができたそうです。