サイケデリック・奇譚

永遠の日常は非日常。

カテゴリ: 歴史

http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1430825845/

883 : 本当にあった怖い名無し:2015/07/10(金) 17:49:59.59 ID:xQxYA3Xd0.net 
アメリカで発見されている8000年前(最古)の人骨はアイヌ系


884 : 本当にあった怖い名無し:2015/07/10(金) 17:53:05.25 ID:xQxYA3Xd0.net
縄文人が海を渡って南アメリカに行ったなんてトンデモ仮説もあるしなw

このトンデモ説にはちゃんと、縄文土器が発掘されてたり、
その地域だけ、住民が日本人とかわらない人たちが住んでいてDNA鑑定とかしてるから
黒潮に乗ると、ちゃんと航海できるとかちゃんと裏付けがあったりするからな。
素人学者じゃなくて、ちゃんとした人たちが研究してる。
現在も発掘が続けられてるよ。




885 : 本当にあった怖い名無し:2015/07/10(金) 20:41:49.48 ID:DpyXpuft0.net 
島伝いにいけば天気がよければ次の島も見えてそう


889 : 本当にあった怖い名無し:2015/07/10(金) 23:31:27.70 ID:Df0JFJkJ0.net
少なくともウラジオストック近辺までは商売に行ってたし
航海に長けた民族な事は確かだね
魏志倭人伝に、恐らく倭人から聞いた内容で
黒歯国ってのが「水行一年」と言う無茶な距離にある

…ちなみに、黒潮に乗って漂流すると、日本からアメリカまで約11ヶ月かかる



http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1430825845/

725 : 本当にあった怖い名無し:2015/06/28(日) 22:36:03.61 ID:K7S2iNDN0.net 
「琵琶湖の湖底には幻の村が存在する」という伝説が、琵琶湖周辺には幾つか残されている。
有名な伝承では、約400年程前に「大三ツ矢村」という集落があったのだが、
大地震による液状化現象で水底にすべるように落ち込み消失したと言われている。
 
これは単なる伝説ではなく、高島市沖(安曇川町下小川)で確認された「三ツ矢千軒遺跡」や
米原市沖の「尚江千軒遺跡」などが、村落のあとだと判明している。
他にも琵琶湖の湖底には、湖底・湖岸遺跡が約百か所もあるとされている。
 
今回、滋賀県立大の学生グループ「琵琶湖水中考古学研究会(中井均准教授指導)」が
長浜市沖の琵琶湖底から、石群約430点(供養塔や石仏など)を発見した。
これは16世紀後半の大地震(天正13(1586)年に、
岐阜県中北部を震源とするマグニチュード7・8の地震のこと)で集落ごと水中に没した
「西浜村」ではないかと推測されている。

 

http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1430825845/

384 : 本当にあった怖い名無し:2015/06/06(土) 15:23:24.37 ID:69xIk0lM0.net 
うちの婆ちゃんから聞いた戦争のときの話。
婆ちゃんのお兄さんはかなり優秀な人だったそうで、戦闘機に乗って戦ったらしい。
そして、神風特攻にて戦死してしまったそうです。

当時婆ちゃんは、製糸工場を営んでいる親戚の家に疎開していました。
ある日の夜、コツンコツンと雨戸をたたく音がしたそうです。
だれぞと声をかけども返事はなし、
しょうがなく重い雨戸を開けたのですが、それでも誰もいない。
婆ちゃんは、それになにか虫の報せを感じたそうで、「兄ちゃんか?」と叫んだそうです。
返事はありませんでした。

その後戦争が終わり、婆ちゃんは実家に戻りました。
そしてお兄さんの戦死の報せと遺品、遺書が届いたそうです。
婆ちゃんは母親、他の兄弟たちと泣いて泣いて悲しみました。
遺書には、お母さんや他の兄弟について一人一人へのメッセージが書いてありました。
婆ちゃん宛には、次のように書かれていたそうです。

「キミイよ。兄ちゃんが天国いけるように祈ってくれ。
弁当を食べてから逝くから、空腹の心配は無い。
この国を、日本を頼んだぞ。負けても立ち上がれ、誇りを捨てるな。
まずしくともよし、泥をかぶってもよし。かねを持っても、うまいものを食ってもよいのだ。
ただひとつ心を汚すな。それが日本人だ。心を汚されたときこそ、おこれ。
黄色のりぼんがよく似合っていた。兄はいつも共にある。うつくしくあれ、キミイよ。」
 
婆ちゃんは疎開先の製糸工場にいるとき、当時出来たばかりの新商品である黄色のヒモを
毎日お下げに巻いていたそうです。
お兄さんにその黄色のヒモを見せたことは一度も無かったので、
あの雨の日にワタシに会いに来たんだと、婆ちゃんは生涯信じていました。



http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1413037767/


30 : 本当にあった怖い名無し日:2014/10/18(土) 21:48:20.29 ID:IDu74xOm0.net
世界の地理的に見てこの「日本」という地は東の最果てにある。
アフリカから人類が派生したという学説は
神話学、遺伝学の見地からかなり信憑性たかいようだが、
アフリカから見て「東の最果て」にたどり着いた人々の出身は諸説あれど
根っこの部分は
「太陽が東から昇る方向にある新天地を求めて来た「平和を愛する人々」なんじゃないかな。





36 : 本当にあった怖い名無し:2014/10/23(木) 06:24:43.71 ID:LJzOxQWbO.net

長い闘いに破れ疲れ果てたどり着いた人々の末裔が住む島だから、
DNAに平和が刻み込まれてるのかもね
縄文・弥生・古墳期と大陸との関係をざっくり考えると…


37 : 本当にあった怖い名無し:2014/10/23(木) 08:51:16.90 ID:hXqxx1eZ0.net
人類の移動の東端は南米だろ


39 : 本当にあった怖い名無し:2014/10/23(木) 22:09:24.05 ID:Si5XR4Kn0.net
陸つなぎの時代考えると南米なんですかねぇ。同じモンゴロイドだし。

アフリカの真逆と云えば、やっぱ「極東」日本かなって感じもしますがw
まぁそこに必然性みいだすも偶然性みいだすもその人次第ですかね。

「オーストラリア製の世界地図の中心はオーストラリア」
「中国製の世界地図の中心は中国」って知ってました、みなさん?


40 : 本当にあった怖い名無し:2014/10/24(金) 23:24:31.95 ID:0YtKn56x0.net
ギリギリ関東は記紀に組まれているが、
東北以北、沖縄は時代背景的にざんねんながら組まれておらず、
代わりに柳田邦夫の「遠野物語」や民間伝承など
口伝を中心に民間信仰的なものが残されたんだとおもう。

 
神社の原始形態といわれる「磐(いわくら)信仰」や古い神託の形態をのこすユタ、
イタコ原始の信仰の形態がところどころ残されており、
それはそれで後代に残された貴重な文化遺産だろう。 

 国の形成期の超重要文化遺産である一般人立ち入り禁止の
沖ノ島の「宗像信仰」「お言わず様」などは案外こちらに近いものがあるようだ。


41 : 本当にあった怖い名無し:2014/10/24(金) 23:37:08.08 ID:BS7JjirT0.net
どこだったっけ…
沖縄近辺の無人の島で、今でも男は上陸できず、男が上陸すると巫女姿の女を見て
島から戻ると熱病に魘されるという


42 : 本当にあった怖い名無し:2014/10/24(金) 23:57:02.33 ID:s7XGaj4iO.net
>組まれている
というのがどの程度のことを表すのか分かりませんが、
『日本書紀』では日本武尊が陸奥国に入ってさらに蝦夷の支配地にまで入って行って、
蝦夷の首領である「国津神」「島津神」を服従させて捕虜にして
日高見国から帰還した、という記述がありますよ。


43 : 本当にあった怖い名無し:2014/10/25(土) 00:53:54.47 ID:b98K6fEg0.net
言われてみればヤマトタケルや黒坂命(少しマイナーですが...)といった英雄譚は
記紀だけでなく、風土記にも確かにけっこう残ってますね。

自分の「組まれていない」で意図したのは
例えば「アラハバキ神」や東北民間伝承の「オシラサマ」「オクナイサマ」といった神々が
時代背景的に固有名詞で登場しない、の意でした。
書き方わるくてすません。

いちおうの記載はあるが、記紀編纂の時代は
実質的に常陸国が大和政権の最北限だったのかな、と。


http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1432129078/

270 : 本当にあった怖い名無し:2015/06/10(水) 19:37:23.82 ID:kOmldBE+0.net 
10年近く前の俺が大学生だった時の冬の話。

田舎だから大学には車で通ってたんだけど、その日も大学に車を走らせてたら、
本当に突然、なぜだか無性に山に行きたくなった。
そんで突発的に車で1時間くらいの距離にある山に行くことにしたんだ。

その山には車置いて、徒歩で40分くらいのところに滝があるんだけど、
けっこうな獣道とか川を渡ったりとかしなきゃ行けないところで、
俺は大学に行く格好のまま、その滝目指して歩いた。

途中で何人かすれ違った登山客が、えって顔でこっち見てたな。
冬だし、山登りの恰好じゃないし、あやしいと思ったんだろうな。

まだ雪は降ってなかったから、俺は滝に着いて、
適当に近くの岩に腰を下ろしてそのままぼーっとしてた。
なんかすごい楽しくて、今日は大学行かずにずっとこのままここにいようと思った。




271 :本当にあった怖い名無し:2015/06/10(水) 19:38:44.63 ID:kOmldBE+0.net 
けっこう気温は低かったはずだけど、寒いと思った記憶はない。
そのうちだんだん眠くなってきて、俺はそのまま眠っちゃったらしい。

そしたら夢の中に死んだじいちゃんが出てきた。
じいちゃんはきりっとした軍服みたいの着てて、周りが白く光ってた。
そんで、微笑みながらたった一言、「大丈夫だよ」って言った。
その瞬間目が覚めた。

もうその場にいたいという気は失せてて、俺はいそいで山を下りた。
幽霊にあったとかじゃないけど、
もしあのまま眠りこけてたらと思うと、俺的には洒落にならない話。

今思えばあれ、じいちゃんの海軍だった時の制服なんだろうな。
じいちゃんはミッドウェーで沈んだ某空母に乗ってた。

それ以来、一人で山には行ってない。 



https://toro.open2ch.net/test/read.cgi/occult/1415464415/

9 : コロン:2014/11/09(日)01:46:35 ID:A4aC4Fhvs 
フィリピンのある海域で発生する不思議な現象の話。
その海域は第二次世界大戦中の海戦で多くの戦死者・溺死者が出た地域である。

現地の漁師の話によると、
まだ夜が明けきらない時間帯にその海域で漁をしていると、
海中からたくさんの手が出てきて船べりに掴まってくるらしい。

日本にも舟幽霊というものが存在するが、
日本の舟幽霊は舟を転覆させたり、沈めたりするのに対し、
こちらの幽霊はただ船べり掴まってくるだけである。

近くの島の老人に話を聞くと、対戦中多くの腕のない遺体が流れ着いたことがあったそうだ。
おそらく沈没する船から投げ出され、救命艇に多くの人がしがみついたが、
更なる転覆を防ぐため、
刀でその腕を切り落としたのではないかとのことだった。

最近ではその発生回数はだいぶ減ってきたらしいが、
住民はだいぶ慣れっこになっているらしく、出てくる手を櫂で叩いたり、
握手をする猛者まで居るそうだ。


http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1475847844/

544 : 本当にあった怖い名無し:2016/11/30(水) 08:30:40.27 ID:WUKZj8X40.net 
もう30年も前になるが
修学旅行の随行カメラマンをしていた。

とある高校の修学旅行が広島で当然のように
平和教育で被爆者の高齢者が暮らす施設での聞き取りなんかもあった。
そこで一人の女性に被爆前の暮らしや被爆後の話を聞いていた
女の子のグループにレンズを向けてシャッターを押した。
話をしてくれるのは幾人かずつに別れたお年寄り達で
体調や気分で話してくれない人も居たのでそういう設定だと聞いていた。

穏やかに話す女性の後ろに険しい顔で黙って座る白髪の男性が居て
終始目を閉じたりしていたのを見てた。

女性に生徒の一人が原爆が落ちて来るの見たのかというような話をした瞬間に
黙っていた男性がいきなり口を開いて
「あいつらが飛んでたんや。あいつらが飛ぶと悪い事がおきる。」と
少し興奮したように大きめの声を上げた。
穏やかに話してた女性が「タツジさん、もうええから」と宥めてた。

その翌年、別の学校の研修旅行で長崎に行った。
広島と同じ様な施設で同じように聞き取りをしていると広島時と同じ様な状況が起こった。
にこやかに生徒と話す女性の話を聞いていると
やはり不機嫌そうな坊主頭の男性が後ろに座っていた。

クリスチャンだと話す女性にまた一人の生徒が
原爆が落ちて来る瞬間を見たかと言う様な話をすると
「あいつらが降ってくるんだ、あいつらが降ってくるとえらい事が起こる。」
と大きな声がした。

後ろに座ってた坊主頭の男性だった。
クリスチャンの女性がそっと男性の膝を擦りながら宥めていた。
「もういいから、ね。タツジさん。」
広島のデジャビュかと思うほど同じ様な状況に寒気がした。

男性にそれとなく後で話を聞いたが「あいつら」としか答えてくれなかった。


http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1452547037/

373 : 本当にあった怖い名無し:2016/04/13(水) 16:04:05.10 ID:iSbdFELT0.net
自分の中でずっと解決出来ていない出来事があるので、投稿してみます。
・現在高校3年の男子です
・出来事は小学6年の時です
・長文になります
 
自分の家は県内でも特に田舎町にあり、
小学校、中学校共に全校生徒が50人いるかいないかでした。
今は県庁所在地の高校へ入学した(寮に入っています)ので、
多少文明に追いついた感はありますが、スマホを持ったのが去年とかですので、
まだ周りからはカッペと呼ばれています。
 
その出来事と言うのは、自分が小6の時なのですが
遊びとかも探検みたいな事ばかりして、不法投棄に来たおじさんに石を投げて逃げたり、
林道に止まっている廃車を分解して遊んだりと、そんな事ばかりしていました。
 
そんな環境でしたので、探検などはどこへでも行ったのですが
【かっちゃんぼっち】と言う沼へは絶対に行くな!と、小さい頃から言われていました。
 
【かっちゃんぼっち】は山の中にある沼なのですが、
その周りが湿地になっていて背丈くらいの葦に覆われていたので
行きたくても行けない場所でもありました。
名前の由来は、昔勝利くんと言う男の子が沼で溺れて死んだから
【かっちゃん墓地】とかになって【かっちゃんぼっち】になったと聞いています。




374 :  本当にあった怖い名無し:2016/04/13(水) 16:05:54.66 ID:iSbdFELT0.net 
真相は分かりませんが、親父も「かっちゃんぼっち行くんじゃねーぞ」とか
何かすると「かっちゃんぼっち捨ててくるぞ」とか言ってたので、
結構昔からその名前で呼ばれていたのかと思います。
 
友達(A)の家が【かっちゃんぼっち】の葦の管理?みたいな事をしていて、年に1回
枯れ葦を刈る日がありAは爺さん達の後を付けて行ったみたいです。
Aによると、湿地への道(舗装されてない農道みたいな道)では無く、
その横から上がる山道へ向かったとの事でした。
そして、その山道を少し上ると急にアスファルトで舗装された道(幅2mくらい)に出て、
その先にはロープウェイがあり
そこから【かっちゃんぼっち】へロープウェイで降りて行って葦を刈っていたと。
 
仲間うちでは誰も知らなかった【かっちゃんぼっち】の秘密が知れて、
かなり盛り上がっていました。
中心の沼の大きさは校庭(1周200m)くらいで
その周りに葦が茂ってる湿地があってその周りが山。と言う感じです。
 
一番びっくりしたのが、噂で
【かっちゃんぼっち】の真ん中には祠があってそこに悪霊が居る。と言う話があり、
Aが言うにはロープウェイ降り場から橋があって沼の真ん中に
本当に祠があったとの事でした。

早速、Aと自分とB、Cの4人で探検に行こう!となりました。


375 :  本当にあった怖い名無し:2016/04/13(水) 16:07:32.58 ID:iSbdFELT0.net 
Aの家は金持ちの農家で、Aの部屋は母屋と離れたログハウスみたいな所で
よく皆で集まっていたのですが、Aの家に泊まる事にして探検に行く事になりました。
夜の10時を過ぎるとAの家は殆ど寝てしまうので、10時ちょいくらいに出発しました。
 
懐中電灯と簡単な武器(木刀とかナタとか)を持って
【かっちゃんぼっち】に向かったのですが、
流石に山道からロープウェイまで来るとみんな尻込みし出して、
そこで「どーする?」みたいな感じになったのですが、
ロープウェイにカギが刺しっぱなしになっているのを見てAが動かしてしまい、
ゆっくりと下り始めました。

結構大きい音を立ててたのでかなりビビッていましたし、
真っ暗闇の中をゆっくり進んでいたのでもの凄く怖かったです。

降り場に着いてBと自分は周囲を探検、AとCは橋を探検して
Bと自分が1周して戻ってから祠に行ってみよう。となりました。


376 :  本当にあった怖い名無し:2016/04/13(水) 16:09:14.91 ID:iSbdFELT0.net 
湿地は乾燥して水気の無いのに驚いたのですが、途中の止水板を見つけて
沼から定期的に水を入れて人工的な湿地にしてるのかな?なんてBと話していました。
5分か10分かそのくらいで1周したのですが、
橋を探検していたAとCの姿が見つからず(これはドッキリ仕掛けたな)と思い、
逆にBと2人でロープウェイに乗って帰る振りしよう(1回登って降りる)となり、
ロープウェイを往復して2人でキャッキャしていました。
 
しかし、下に着いても2人は出て来ないままで「?」のまま
Bと橋を渡って中心に向かいました。
祠は橋を渡る前から懐中電灯で確認出来たのですが、その周囲にもA、Cの気配は無く、
「おーい!」とか名前を大声で叫びながら祠に着いた時、
祠の傍(祠は石畳の上にありその周りを赤い木の杭でぐるっと囲まれていて、その杭の内側)に
倒れているAとCを見つけました。
 
自分たちは急いで2人を抱き起そうとしましたが、
泡を吹いて白目を剥いていて体もカチカチになって痙攣していると言うか、
そんな状態でしたのでA、Cの順で杭の外に出しました。

叫んでも揺すっても意識が戻らないので、
何とか2人を引っ張って橋を渡りロープウェイに乗りました。


377 :  本当にあった怖い名無し:2016/04/13(水) 16:10:48.15 ID:iSbdFELT0.net 
山道を抱えて行くのはどう考えても無理でしたし、
山道を降りてすぐに民家があったので
自分がそこに助けを求めに行き、Bは2人を見ている事にしました。

民家に着くと幸いにオジサンが起きていたので、自分の話を聞くなり
119番をしてくれて山道へ一緒に来てくれました。
 
2人の状態はずっと同じか酷くなっていた気がしますが、私もパニックでしたので
この時はあまり覚えていません。
救急車が着くと同じくらいにAの両親もやって来て、
着くなり凄い形相で祠に行ったのか?中を見たのか?を聞かれましたが、
私は怖くて「沼を1周したら急に2人が泡を吹いて倒れた」と嘘をついてしまいました。
 
Aの両親は「それでこんなにはならない!」と怒鳴り、
救急隊の人に神社へ向かう様にと言っていました。


378 :  本当にあった怖い名無し:2016/04/13(水) 16:12:04.41 ID:iSbdFELT0.net 
(ここからが謎と言うか良く理解出来ない事です)
神社へは自分もBも一緒に行く事になり、救急車に乗せられました。
車内では誰も何もしゃべらなかった気がしますが、
神社へ連れて行かれる意味が分からずに本当に怖かったです。
 
神社へ着くと、自分とBは白い甚平みたいなのに着替えさせられて
井戸の前で正座をさせられました。
そして神主さんに井戸水を頭から何杯も掛けられて、ブルブル震えながら本殿に行き
紙の付いた棒でシャッシャってのと
お経みたいな呪文(何て言うのか忘れました)を唱えられ、
最後に神主さんが刀で自分の手のひらを切り、その血を無理やり飲まされました。
そして、また井戸水を掛けられて神主さんの家で風呂に入れてもらいました。
 
風呂を出ると両親が待っていて、何も言わずに殴られました。
Bも同じ様に殴られて吹っ飛んでましたが、
頭がついて行かずにただ2人で泣くしか出来ませんでした。


379 :  本当にあった怖い名無し:2016/04/13(水) 16:13:07.26 ID:iSbdFELT0.net 
それから、次に日の朝に親父に
「昨日の事は忘れろ」「A、Cは遠くに引っ越した」とだけ言われて、
何か言い掛けた時「黙ってろ!」と怒鳴られました。

自分は2日学校を休みましたがBは1週間くらい休んでいました。
Bが来た時に「ぼっちの事なんだけど」と聞くと、
「お前と喋るなって言われてる。そしてあの事を言ったら叱られる」と言って逃げました。
 
その日からBとは一言も喋らず、A,Cが何処に行ったのかも分かりません。
もし、詳しい方がいましたらこれは何だったのか?知りたいので、居ましたらお願いします。
長文、駄文ですいませんでした。


392 : 366:2016/04/15(金) 14:15:50.80 ID:bSrmGyDp0.net 
全文メールで送ったら神主から返信来たから書いとく
興味深い内容だった

かっちゃんぼっちとは?徒士庵墓地 徒士庵ヶ淵(かちあんぼち かちあんがふち)
徒士庵と墓地とかヶ淵の組み合わせでそう呼ばれているかも

徒士庵は小さい城下町や宿場町に設けられた休憩所
参勤交代などで宿に泊まれない下級武士(徒士)が寝る場所
酔った徒士が村の娘を犯す等があり、慰霊碑など現在も点在している
格上の藩を通り過ぎる時、徒士などが粗相して処罰される事もあった
などなどから、
何かの慰霊碑を祀っている場所=かっちゃんぼっちではないか?

神主の血を飲まされた
飲ませた事も飲んだ事も無いw
神主の血で穢れを清めるなんて噂でも聞いた事が無い
割と近い近親で血を濃くしている人達の事は聞いた事があるがそれも噂程度

2人はどこへ?
全く分からないが、霊障などで相談に乗っているところはある

まあこんな感じ
両親より血飲ませ神主に聞けってさ


393 :本当にあった怖い名無し:2062/04/15(土) 17:25:51.38 ID:Jj/8En3j0.net 
本人が聞いといてなんも無しだからなー

俺の実家も小さい城下町で宿場町だから何かしらありそうだな
ちょっとwikiってみるか


https://toro.open2ch.net/test/read.cgi/occult/1415464415/

40 : コロン:2014/11/09(日)10:02:39 ID:A4aC4Fhvs 
戦艦大和に次いで有名な戦艦、武蔵をご存じだろうか。

アメリカの公式記録によれば、武蔵はフィリピンのシブヤン海にて
魚雷20本以上、命中弾17発以上、至近弾20発以上を受け沈没したとされている。

しかしそれだけの攻撃を受け、沈没するのに4時間45分以上もかかった戦艦は他にはない。
防御力が長けていただけではなく、気密性の高い作りで沈みにくかったとされている。

武蔵の不思議なところはそれだけではない。
多数の攻撃を受け、全く反撃できなくなったのをアメリカ海兵らは見届け、
そのうち沈むだろうと皆休憩に入ってしまった。

休憩を終え武蔵をみてみるとすでにそこには姿がない。
もう沈んでしまったのかと見張りに聞くが、見張りもちゃんとみていなかったため
結局沈むところを誰もみていない。
しかし、航行不能に陥った艦が逃げ出せるはずもないので、沈没と記録された。

ところが、それから数十年たったあと
武蔵の調査を行うため最新機器を用いた海底探索を行ったが、武蔵は見つからなかった。
それ以来、武蔵についてはこんな噂が出るようになった。

武蔵は沈没の際、浸水しなかった区画が多くあったので、浮力と自重が釣り合った状態で
沈底することなく海流に乗っていまだに水中を動き続けていると。

実際、太平洋を行き来する船の乗組員を中心に海底を進む
巨大な黒い影の目撃情報も多数あるらしい。

今この瞬間にも、武蔵は暗い海底を行軍し続けているのかもしれない。



http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1388120101/

249 :本当にあった怖い名無し:2014/06/05(木) 22:24:28.94 ID:4JAkE8dL0.net
492 名前:公共放送名無しさん :2009/07/22(水) 11:21:21.23 ID:Mvubkcbt
まぁ、書くか。YS-11Mの機上整備員です。

週1の定期便(硫黄~南鳥)で行くのですが、偶に山の上で手を振ってる人がいるんですよ。
硫黄の隊員かなと思ってたのですが、
先輩、いつもあの山の上で手を振ってくれる人居ますね!
あ、お前も見たのか。。。。。下に降りたらローマスにその話してみろ。

ロードマスターに上記の話をしたらどうも旧軍の霊らしいと。
日の丸を見て友軍が来たと歓迎してくれてるようだと。
その翌日に鎮魂碑に手を合わせてから見ることが無くなりました。
今も、定期便時(厚木→硫黄)は内地から和菓子、水、酒、弁当を1組積んで飛んでいきます。

こういう話も
有る定期便か硫黄に向かうとき天候悪化で滑走路が見えず
もう1度トライしてだめなら帰ると言うときに硫黄の滑走路端に灯りが見え無事にタッチ。
Pが礼を言いに行くと誰もサーチライトとかを付けてないと。

555 名前:公共放送名無しさん:2009/07/22(水) 11:23:00.55 ID:Mvubkcbt
前出のYS-11M機上整備員です。
実体験ですが、数年前の夏無事に定期便も終わり
硫黄島から厚木の帰り便大きな荷物もなく便乗者は海保職員1名。 天候晴れ、風微風。
定刻に離陸なのですがいつもより滑走距離が長い、Pも変だナーという顔。

夏の日差しの機内ほど程よい温度で弁当の後、やることもないので機内でお昼寝。
しばらくして人のざわめきというかひそひそ声でふと目がさめ
機内を見回しても海保さんが寝てる姿しか。
改めて寝直すと「これで国に帰れる」「友軍機が来てくれて助かった」とはっきり。

流石に目が覚めて後部貨物室を見回してもなにも。。。。
海保さんもやや青ざめた顔で「聴きましたか?」と2人そろって前に逃げ込んで
Pにその事を報告。

Pが「それで重かったのか、お盆も近いし」と。その後何事もなく厚木に。
機体点検をしてると耳元ではっきりと「連れて帰っていただき有り難う御座いました!」?

硫黄島に眠る英霊の方々もダイアモンドリングを眺めていたのかな。

-----
NHKの日食実況より


252 :本当にあった怖い名無し:2014/06/06(金) 14:10:03.67 ID:cWQVOjIK0.net
英霊って悪い地縛霊になる人居ないのね


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