サイケデリック・奇譚

永遠の日常は非日常。

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松本サリン事件とは、1994年(平成6年)6月27日に日本の長野県松本市で発生したテロ事件。
正式名称は「松本市内における毒物使用多数殺人事件」。



オウム真理教教徒らにより、初めて戦争状態にない国において、神経ガスのサリンが散布され、被害者は死者8人重軽傷者660人に及んだ。

サリンのような化学兵器クラスの毒物が一般市民に対して、無差別に使用された世界初の事例であり、同じくオウム真理教による地下鉄サリン事件を除けばその後も類が無い。

また、無実の人間が半ば公然と犯人として扱われてしまった冤罪未遂事件・報道被害事件でもあった。
その背景にはずさんな捜査を実施した警察とマスコミのなれ合いが大きい。

坂本堤弁護士一家殺害事件・地下鉄サリン事件と並んで「オウム3大事件」と称される
が、実際にはオウム云々より、警察の不手際によるただの冤罪事件であることを忘れてはならない。


【事件の経緯】

・1994年6月27日から翌日6月28日の早朝にかけ、長野県松本市北深志の住宅街で神経ガスのサリンが散布され7人が死亡、660人が負傷した。
(事件から14年後の2008年8月5日、本事件による負傷の加療中であった第一通報者の妻が痛ましくも死亡したためこの事件による死者は8人となる


【冤罪の発生】
・6月28日、長野県警は第一被害者であり、通報者でもあった河野義行宅を被疑者不詳のまま家宅捜索を行い、薬品類など20数点を押収する。
さらに河その後も河野氏を重要参考人として連日にわたり取り調べを行った

この際、当時松本簡易裁判所所属であった判事松丸伸一郎が捜査令状を発行するが、何故か手違いにより殺人未遂として発行していたという。

また、被疑者不詳であるのに関わらず、河野氏を容疑者扱いするマスコミによる報道が何故か過熱の一途を辿った。
さらに、実は河野宅から押収した農薬からはサリン合成が不可能であることが判明
であるにも関わらず、一部の農薬を家族が隠匿したとして執拗に捜査を続けてゆく
(河野氏の家族も被害を受けており、病院と警察を行ったり来たりの毎日であったなか、気丈にも河野氏は無実を訴え続けていた)

他にも長野県警に対する不信な点が多く指摘されており箇条書きにしてみる。
・事件発生直後「不審なトラック」の目撃情報があったにも関わらず、黙認した
・現場のすぐ近くには裁判官舎が存在する。捜査員が裁判官舎への襲撃の可能性を示唆したが却下
・河野氏が救急隊員に「除草剤をつくろうとして調合に失敗して煙を出した」と話したとマスコミへ警察からリーク

を流す
(実際は、事件発生当日の1994年6月27日に河野が薬品を調合した事実はなく、出鱈目であることが判明)

等。

7月3日にはガスクロマトグラフィー/質量分析計(GC/MS)分析により、散布された物質がサリンであると判明している。


専門家らによる分析では、押収された薬品からのサリン作製は不可能と何度も指摘される。
だが、マスコミは連日河野氏を犯人として報道、著名人の中には必ずしも不可能ではない可能性があると断言する者もいた。


【犯人・教団の動き】

・当時、オウム真理教は長野県松本市に松本支部及び食品工場を建設する予定であった。
(その頃教団はマーハポーシャ等、いくつもの会社を経営、個人の資産や布施の他にも資金源を得て、海外進出も目論んでいた)

しかし、地元の反対運動や、「名義や目的を隠蔽しながらの賃貸契約は無効」とする民事裁判の結果、賃貸契約は取り消されている。
そのため地元と教団は明確なトラブル関係にあった。
オウム真理教の教祖・麻原(本名・松本智津夫)は幹部村井秀夫・新実智光・遠藤誠一・中川智正を集め、松本の裁判所にサリンを撒いて効果の実験をしろと指示

26日には水を使ってサリン噴霧機の試験を実施ししており、新実の指示により端本は松本市に下見に向かっている。遠藤と中川は松本ナンバーのレンタカー(ワゴン車)を借りている。


27日早朝、実行メンバーらは「マンジュシュリー正大師(=村井)のワークを邪魔するものはボコボコにして構わない」「じゃ、これから松本にガス撒きに行きまーす!」などと作戦を伝えている。

端本は計画が露見することを恐れ、もし見つかったら戦闘になるかもしれない、そうなれば相手を殺さなければならなくなるのではないかと心配すると新実は「いいんじゃないですかあ。主に闘うのは警官になると思います。闘っている間に我々は逃げますから、あとはよろしく」と答えたという。
(当時、教祖松本の発言は絶対のものであり、障害になるものは全て殺してもかまわないとされた)

しかし、いざ出発してみると、12リットルのサリンの注入に手間取ったこともあり到着時間が遅れ、長野地方裁判所松本支部は閉門していた。

塩尻市内のドライブインにて新実と村井が相談し、長野地方裁判所松本支部の裏にある裁判官官舎への攻撃に作戦を変更、電話で麻原の合意を得た。

その語、事件は起こされる。


【犯人発覚後・河野氏への謝罪】
・後なってから、当時の国家公安委員長野中広務は、あくまで個人としてのみ、河野氏に直接謝罪。
長野県警は、「遺憾」の意を表明したのみで「謝罪というものではない」と謝罪を拒否。

しかし、後の2002年に長野県公安委員に河野氏が就任すると長野県警本部長はかつての捜査について謝罪せざるを得なくなり、初めて謝罪を行った。

マスコミ各社は、誌面上での訂正記事や読者に対する謝罪文を相次いで掲載した。
だが、『週刊新潮』の謝罪は今もってない。

なお、報道各社の社員個々人による謝罪の手紙については河野のもとに多数届いたという。

オウム真理教は、教団「アレフ」へ再編され、その後の2000年に河野氏に直接謝罪。

その後、河野義氏は当時の長野県知事田中康夫によって、捜査機関において事件の教訓を生かすために長野県警を監督する長野県公安委員に任命された。
だがたった一期務めたのみで、生坂ダム殺人事件の長野県警の捜査ミス糾弾において知事の意にそぐわなかったとの理由でため事実上の更迭となった。

この事件は、オウム関連ではあるが、本質においてはただの冤罪未遂事件・報道被害事件でしかない。
謝罪はあったにしろ、苦しみの中で亡くなっていったであろう河野夫人や、河野氏の思いを考えれば、あまりにも悪質な冤罪事件であったと思わざるを得ない。
警察内部にも、多くの信者が潜り込んでいたとの説もある。
そのような噂をされても仕方のないほど、あまりにも情けなく、酷い冤罪事件である。


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村井秀夫刺殺事件とは、1995年4月23日に発生した殺人事件。

村井秀夫は、200人を超えるマスコミ関係者が集まり、監視中の東京都港区南青山にあった教団東京総本部前で、山口組傘下の右翼団体を名乗る在日朝鮮人構成員に殺害された。


オウム真理教・幹部で「科学技術省大臣」の名称を与えられていたこの様子は、TVニュースで繰り返し放映され日本中に衝撃を与えている。



刺された後、直ちに村井は東京都立広尾病院に救急車で搬送されたが、右脇腹深さ13cmの刺傷が致命傷となり、出血性ショックによる急性循環不全の為、翌4月24日午前2時33分に亡くなった。

実行犯は事件後直ちに逮捕。
事件直後の上祐史浩外報部長(当時)のTV番組内での証言によれば、村井は死ぬ間際に「ユダにやられた」と洩らしたという。

2000年のインタビューでは上祐は、
「彼(村井)は刺殺される直前に、オウム真理教の事件その他はユダヤの陰謀であると言おうとしていた、そんな気配がある
「ユダヤ叩きというのは、僕にはどういう意味なんかよくわからない」が、「彼はあの直前に、テレビに出演してユダヤ叩きをやろう、という計画を立てていた
「刺殺される数時間前に彼から私の方に「ユダヤ叩きをやりますよ。今から戻ります」という電話があった」
「彼はその直後に刺殺された」、
と述べている。
また、事件当日、「オウム出版の編集部に彼が「ユダヤの陰謀関係の本を集めてくれ」と依頼していたという事実も指摘されているそうだ。

(実際には、村井刺殺直後から「ユダ云々」とは周囲の人間が聞き及んでおり、口封じのために殺されたのだろうとの見方が強かった。5年後のインタビュー時には、教団は名前を変えて活動しており、かつてのマイナスのイメージを払拭したかったものと思われる。)

裁判では、実行犯は若頭の指示により犯行に及んだと主張。一方、若頭は「指示」そのものを否定した。
警察の捜査でも、暴力団若頭とオウム真理教の接点はない。

教団では村井が死亡した4月24日以降の10日間、事件現場となった東京総本部前で弔いの踊りを披露し、村井を追悼した。

10日間の理由は「死者は遅くとも死後49日以内に輪廻転生するが、これが早ければ早いほど高い世界に転生し、遅いほど低い世界(人間界は45日目、地獄界は49日目)に転生する。」という教団の教義に基づく。
殺人板ではあるが、村井は幹部としての「功績」が高いので10日以内に転生するという理由だという。


【当時の教団の混乱】

・3月20日「地下鉄サリン事件」をきっかけに、2日後の3月22日には教団施設への強制捜査が行われている。
(毒ガス対応のために、鳥と鳥カゴを携帯しての捜査であった)
岐部哲也・越川真一・林郁夫・石川公一・新実智光・早川紀代秀などの教団大物幹部も次々と逮捕。

村井自身にも疑惑の目が向けられており、連日大勢の報道関係者や警察から24時間体制で監視されていた。
逮捕も時間の問題となった最中の殺人である。
教団東京総本部前報道陣が取り囲み、TVカメラの前で刺殺された。

だが、村井刺殺事件によって口封じ殺害がさらに多発することを懸念し、警察による教団幹部への別件逮捕は急速に進められてゆく。


つまり、当時から警察も一般視聴者も、マスコミも、口封じ殺人であることを暗黙のうちに了解していたことになる。知らぬはカルトの内部のみ。

村井の刺殺場所となった教団東京総本部ビルは、当事件発生からちょうど20年後の2015年4月に解体。

余談ながら、有田芳生は実行犯と交友があり、現在も「背後関係の一切無い単独実行犯」説を主張し続けている。


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新宿駅青酸ガス事件とは1995年4月30日・5月3日・5月5日の三回にわたって、
オウム真理教が東京都の新宿駅地下トイレに毒ガスである青酸ガスの発生装置を仕掛けたテロ未遂事件、特に5月5日の事件を指す。
別名「新宿駅地下トイレ青酸ガス事件」「新宿青酸ナトリウム装置事件」。


初回及び2回目の事件は発生装置の故障によってガスが発生しまかった。
また3回目となる5月5日の事件でも装置は作動したものの、清掃作業員によって装置が発見・移動されたことから幸いガスが発生する前に処理され、大事には至らなかった。

教祖・麻原彰晃(本名松本智津夫)から「石油コンビナートを破壊するなどのテロを起こして捜査を攪乱しろ」と指示を受けた井上嘉浩が計画。

さすがに石油コンビナートまでの破壊はできなかったものの、当時の教団内部には様々な専門分野の信者が溢れかえっていたため、あわやという大惨事になった可能性もある。
(当然、国際情勢にも被害が及ぶ)

事件はあっさりと発覚。
計画は井上だったが、実行犯に命じられたのは別の2信者だった。
実行犯を指名された八木澤善次・松下悟史は、同年11月9日付けで殺人未遂容疑で全国に特別指名手配。
両名の似顔絵と写真が掲載されたポスターが各地の地下鉄駅などに張り出される。

八木澤は1996年11月14日、埼玉県警所沢警察署に出頭して逮捕され、松下も11月24日、同署に逮捕された。

大声で名乗りながら出頭してきたなど八木澤の出頭時の様子はワイドショーでも報道された。



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地下鉄サリン事件とは、1995年(平成7年)に、日本の首都東京都の地下鉄構内で、宗教団体のオウム真理教が神経ガスのサリンを散布した、日本における同時多発テロ事件である。
死者を含む多数の被害者を出したこの事件の正式名称は「地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件」。

この事件は日本だけでなく、世界にも大きな衝撃を与えた。

坂本堤弁護士一家殺害事件・松本サリン事件と並んで「オウム3大事件」とも称される。



1995年(平成7年)3月20日午前8時頃、東京都内の帝都高速度交通営団(現在の東京地下鉄(東京メトロ)、丸ノ内線・日比谷線で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄車内で、化学兵器として使用される神経ガスサリンが散布された。

乗客や駅員ら13人が死亡、負傷者数は約6,300人。

日本では当時戦後最大級の無差別殺人行為であるとともに1994年(平成6年)の松本サリン事件に続き、大都市で一般市民に対して化学兵器が使用された史上初のテロ事件として、全世界に衝撃を与えた。

サリンはナチスドイツが開発した化学兵器(神経ガスに分類される毒ガス)であり、無色・無臭の液体及び蒸気だけでも吸収される即効性の強い毒物。(吸入・経口のみならず、皮膚からも吸収される)

5編成以外で散布はなかったものの、乗客等に付着または気化したりしたサリンは他の駅や路線にも微細に拡散していった。
解毒剤となる薬剤も本来は農薬中毒に使用されるものであったため、被害がサリンによるものだと判明すると同時に都内病院でのストック分が使い果たされてしまう結果となった。

事件2日後、警視庁は新興宗教団体オウム真理教に対する強制捜査を実施。
教団の幹部クラスの信者が逮捕され、林郁夫の自供がきっかけとなって全容が明らかになり、5月16日に教団教祖の麻原彰晃が事件の首謀者として逮捕された。
地下鉄サリン事件の逮捕者は40人近くに及ぶ。
2012年(平成24年)6月15日、この事件に関与したとして特別指名手配されていた高橋克也が逮捕され、地下鉄サリン事件で特別指名手配されていた容疑者は全員逮捕された。


【オウム真理教とは】

・麻原彰晃こと松本智津夫は、宗教団体「オウム真理教」を設立。
真実を知り「世界を破滅から救う」ために活動しており、それを阻止しようとしているアメリカ軍に攻撃されていると主張、有能な人材を複数配下に様々な兵器を開発した。

(信者の中には高学歴の医者、科学者などが多く存在していた。
余談ではあるが、本来ならばリアリストの多いであろう彼らが何故、オカルティズムに耽溺していったのか。
妊婦に昏睡薬の異常投与や、人間の耐え得る限度以上の電流を流し、洗脳と言う名の人体破壊を何故止められなかったのかといった疑問が多く噴出した。
サリン被害者、教団「洗脳」者の中には、20年経っても後遺症や知能破壊に苦しむ被害者も多い)

その中でサリンにも着目、製造。、
池田大作サリン襲撃未遂事件・滝本太郎弁護士サリン襲撃事件といった事件を引き起こし、松本サリン事件では遂に死者が発生した。
松本サリン事件から半年後、読売新聞が「上九一色村でのサリン残留物検出」をスクープ。
さらに同年2月の公証人役場事務長逮捕監禁致死事件でのオウム真理教の関与が強く疑われ始める。
松本被告(麻原)らら教団幹部は警察の強制捜査が切迫していると危機感を抱き、捜査を撹乱させ目を逸らせる目的で東京の地下鉄に毒ガスを撒くことを決定


【サリン散布】
・千代田線(我孫子発代々木上原行)

散布役は林郁夫と新実智光が担当。

マスク姿の林は8時2分頃新御茶ノ水駅への停車直前に袋入りサリンのパックを傘で刺し逃走
列車はそのまま走行し、二重橋前駅 - 日比谷駅間で乗客数人が相次いで倒れたのを境に、次々に被害者が発生。霞ケ関駅で通報を受けた駅員が駆け付けサリンを排除。
当該列車は霞ケ関駅を発車したが更に被害者が増えたことから次の国会議事堂前駅で運転を打ち切った。
サリンが入っているとは知らずにパックを除去しようとした駅員数名が被害を受け、うち駅の助役と応援の電車区の助役の2人が死亡し、231人が重症を負った。

・丸ノ内線(池袋発荻窪行)

広瀬健一と北村浩一が担当。

広瀬は池袋から乗車し、御茶ノ水駅でサリンを散布
中野坂上駅で乗客から通報を受けた駅員が重症者を搬出。
サリンのパックを回収したが列車はそのまま運行を継続し終点荻窪駅に到着。
そのまま折り返したため、新高円寺駅で運行が停止されるまで被害者が増え続けることとなった。
この電車では1人が死亡し、358人が重症を負っている。


・丸ノ内線(荻窪発池袋行)

横山真人と外崎清隆が担当。

横山は四ツ谷駅でパックに穴を開けサリンを散布
列車は終点池袋駅に到着後折り返し荻窪駅に向け出発した。
本郷三丁目駅では駅員がサリンのパックをモップで掃除し、池袋駅に再び戻る。
列車は新宿駅に向け運行を継続。列車はサリン散布の1時間40分後、9時27分に国会議事堂前駅で運行を中止した。同線では約200人が重症を負ったが、この電車は唯一死者が出なかった。

・日比谷線(中目黒発東武動物公園行)

豊田亨と高橋克也が担当。

豊田は始発の中目黒駅から乗り込み、恵比寿駅でサリンのパックを刺した
(ニュースやワイドショーなどで当該車両のドア脇に転がったサリンのパックが撮影された写真が用いられた)
六本木駅 - 神谷町駅間で異臭に気付いた乗客が窓を開けたが、複数の乗客が倒れる。
神谷町駅に到着後、乗客が運転士に通報し、被害者は病院に搬送。
その後後続列車が六本木駅を出たため、先頭車両の乗客は後方に移動させられ、列車は霞ケ関駅まで走行したのち運行を取り止めた。
この電車では1人が死亡し、532人が重症を負っている(事件翌日に心筋梗塞で死亡した1人含む)。

・日比谷線(北千住発中目黒行)

林泰男(現在は小池泰男)と杉本繁郎が担当。

他の実行犯がサリン2パックを携帯したのに対し林は3パックを携帯
また、3パックの内1パックが破損し、二重層のパックの内袋から外袋内にサリンが染み出ていた
彼は上野駅から乗車、秋葉原駅で実行犯のうち最も多くの穴を開けサリンを散布した。
乗客はすぐにサリンの影響を受け、次の小伝馬町駅で乗客がサリンのパックをプラットホームに蹴り出す。
当該列車は、サリンの液体が車両の床に残ったまま運行を継続した。
5分後の八丁堀駅停車中、再度乗客はパニックに陥り、車内非常通報装置を押すと列車は築地駅で停車、ドアが開くと同時に数人の乗客がホームになだれ込むように倒れた。
(この時の救出時の光景がテレビで中継されている)
列車は直ちに運転を打ち切る。

小伝馬町駅では後続列車である八丁堀・茅場町・人形町・小伝馬町で運転を見合わせた4つの列車と、退避させた列車の5列車が到着したことになる。
狭いホームに多数の乗客が下ろされ、列車の風圧などでホーム全体に広がったサリンを、多数の乗客が吸引する結果となり、当駅では4人が死亡した。

これにより、本事件で最多となる6列車が被害を受け、8人が死亡し2475人が重症を負った。



事件を受け、東京消防庁は化学機動中隊・特別救助隊・救急隊など多数の部隊を出動。被害者の救助活動や救命活動を行う。
救急特別第2、救助特別第1出場も発令し、延べ340隊(約1,364人)が出動し被害者の救助活動・救命活動を展開する。
一方、警視庁では東京消防庁との連携し、機動隊を出動、被害者の救助活動と後方の警戒にあたった。


地下鉄構内で「急病人」「爆発火災」「異臭」という通報により、駆けつけた消防と機動隊が協力して事件現場での救出活動を展開する。


だが、当初は「地下鉄で爆発」「地下鉄車内で急病人」などの通報が多く、サリンによる毒ガス散布が原因とは分からなかった。そのため、警察も消防も無防備のまま現場にて救出活動を行うこととなる。



【毒ガス・サリン】
・東京消防庁によせられた通報は「地下鉄車内で急病人」であり、複数の駅から一斉に通報が寄せられた。
次いで「築地駅で爆発」という119番通報。
各駅に出動した救急隊からの「地下鉄車内に異臭」「負傷者多数、応援求む」の報告が殺到。
司令塔の災害救急情報センターは一時的にパニック状態となる。


あまりの被害の大きさに、東京23区に配備されているすべての救急車が出動し、救急情報センターによる傷病者搬送先病院の選定も機能不全を起こす。
そのため、現場では、救急車が来ない・救急車が来ても搬送が遅い(出発できない)という状況に陥った。

この事件は、目に見えない毒ガスが地下鉄で同時多発的に散布されるという状況の把握が、非常に困難かつ悲惨なものであることを全世界に知らしめた。


使用されたサリンガスははナチスドイツにより開発された神経性の毒ガスであり、後遺症も多く非常に非人間的なガス兵器であった。そのため、世界メディアからも大きく注目する。

もっとも、地下鉄サリン事件で使用されたサリンは、松本サリン事件と同様サリンと他の薬品を混合させた純度の低いものであることが判明している。このため異臭が発生した。

恐ろしい事に、なお純度の高いものは無色無臭で、皮膚からも体内に浸透する。

これに関して、松本は「純度は低くてもかまわない」と信者に言い、純度よりも攻撃を最優先させたと思われる(純度が高いものが使用されていたら死者が数千人以上出ていたと推定)。


事件の目撃者は地下鉄の入り口が戦場のようであったと語っている。
多くの被害者は路上に寝かされ呼吸困難状態に陥っていた。

被害者でも、軽度の者はそのまま出勤するなどしてしまい、更に症状を悪化させた者も多い。
救助したことでサリンの被害を受けた犠牲者もいる。

目撃者や被害者は、現在も心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいる。
パニック症候群により、電車に乗車すら不安を感じる者もいる。
また、慢性的疲れ目や視力障害を負った被害者も多い。


当時重度な脳中枢神経障害を負った被害者の中には、未だに重度な後遺症・神経症状に悩まされ、苦しめられている者も数多い。

その後の教団の家宅捜査では、自動小銃や軍用ヘリなども発見されており、本気で戦争を起こす気だったのかどうかは不明。。

以下、主な犯人と刑
・麻原彰晃(本名松本智津夫) 【 死刑】
・村井秀夫 死亡 (口止めの為に刺殺されたと思われる)
・井上嘉浩  死刑
・林郁夫  無期懲役
・広瀬健一  死刑
・横山真人  死刑
・豊田亨  死刑
・林泰男 死刑
・新実智光  死刑
・北村浩一  無期懲役
・外崎清隆  無期懲役
・高橋克也  無期懲役
・杉本繁郎  無期懲役
・遠藤誠一  死刑
・土谷正実 死刑
・中川智正  死刑
・女性A  懲役1年6ヶ月
・女性B 懲役3年6ヶ月


なお、タイトルを「未解決」としたのは、教祖・松本智津夫が逮捕されたにもかかわらず未だ崇められていること・「オウム真理教」は名を変えて現在も宗教団体として存在していることからである。

カルトの闇は深い。


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オウム真理教再び


坂本堤弁護士一家殺害事件は、1989年(平成元年)11月4日に旧オウム真理教の幹部ら6人が、オウム真理教問題に取り組んでいた弁護士・坂本堤氏(当時33歳)と家族の3人を殺害した事件である。
坂本氏の妻は29歳、長男はわずか1歳であった。


当時は「オウム真理教」による反社会的事件が多発し、坂本弁護士は真摯に問題に取り組んでいたため、失踪直後から教団の関与が疑われていた。

しかし、6年後、遺体が発見されるまでは失踪事件として扱われている。
現場にはオウム真理教のバッジが発見されていたが、神奈川県警察は「事件性なし」として捜査は行われなかった。


犯行が解明されたのは、1995年(平成7年)9月、実行犯の一人である岡﨑一明(後に宮前に改姓)が自供したためである。

松本サリン事件、地下鉄サリン事件と並ぶ「オウム3大事件」とも称される。



遺体発見には全国が注目したが、それは6年もの歳月の間、当時の人々が事件を忘れ事なく、また常に注目していたことの現れであろう。


【襲撃までの経過】

・1989年、当時坂本堤弁護士は「横浜法律事務所」に所属。
出家信者の母親から息子のオウム真理教脱会について相談されたことがきっかけとなり、5月からオウム真理教の反社会性を批判・追及していた。
(カルト集団「オウム真理教」は当時の社会問題になりつつあった)


同年にはオウム真理教幹部と会談するも決裂。

坂本はオウム真理教の宗教法人の認可取り消しなどの民事訴訟の準備に入っている。

(この教団はカルトであり、教祖を無条件に崇めるものであった。入会すれば脱会は難しく、家族や身内友人らも泥沼のように引きずり込んでゆく事件が全国で起こりつつあった

以下の映像は1995年の事件が明るみに出た後のものではあるが、「宗教弾圧だ!」「子どもを返せ!」などのシュプレヒコールの様子が洗脳された人々の姿をあますところなく記録している。
当時は入信もほぼ拉致のような強制的な場合もあり、同じような小競り合い各地で報道された。
洗脳された親により連れ去られた子供の数も多い。
因みに叫んでいるのは、赤の他人たちである


 
また、教団の内部は全く不明であったため、犯罪者・債務不履行者など訳アリの人々がが逃げ込むには恰好の場所でもあった。

・どこまで本気だったのかは不明だが、オウム真理教代表者の麻原彰晃(本名・松本智津夫)は政治政党「真理党」を結成、翌年の1990年には政治出馬を予定している。
そのため、坂本弁護士の活動は邪魔になると判断、信徒に彼の殺害を命じた


【TBSビデオ問題】

 ・当初、教団側は正当な宗教団体であることを強くアピールしており、マスコミへの取材にも積極的に参加している。
人間的魅力があったのか、話術に巧みだったのかは不明だが、著名人・有名人・芸能人から政治家や大学教授まで教団を絶賛する姿も多かった。そのため、さらに信者な膨れ上がった可能性もある。

とんねるずのバラエティに出演した時の様子である。
ご自分をスーパースターかなにかの様に思い違いをされているのか、それとも周囲が持ち上げすぎていたのかは不明。


・1989年、事件の起きる数日前の10月26日。
東京放送(TBS)のテレビワイドショー人気番組『3時にあいましょう』がオウム真理教問題について坂本堤へインタビューを行い、その様子を放送する事を決定。
だが、なぜか事前にその情報が教団に漏れ、信者らがTBSを訪れて抗議。坂本氏のインタビューの放送を差し止めた。TBS側はこれを承諾。
しかし、この時TBS側はオウム真理教幹部に収録した坂本弁護士のインタビュービデオを公開している。

坂本弁護士一家殺害事件が発生したのは11月4日。あまりにも日数が近すぎる。

TBSは取材源の秘匿というジャーナリズムの原則に反しただけでなく、結果的に殺人幇助をしたこととなる。

一家失踪後もビデオを真理教側に見せたことを隠し続けていことが発覚。
悪質な捜査妨害のうえ、結果としてオウム真理教を庇い続けていた。

この時のTBSの対応如何では、その後の数々の事件も防げた可能性も強い。

『3時にあいましょう』は『スーパーワイド』とタイトルを変えていたが、事件が明るみになってからは打ち切られた。


【犯行の経緯】
・初回の殺害決行時は同年11月3日。
信徒の弁護士から坂本の住所を聞きだし、幹部である村井秀夫・早川紀代秀・岡﨑一明・新実智光・端本悟・中川智正が、坂本弁護士の通勤途中を待ち伏せ拉致・塩化カリウムを注射して殺害しようと計画。
だが、この日は休日であったために坂本氏は通勤せず計画は失敗

その為、麻原の指示により、翌11月4日未明に自宅に侵入し一家全員を殺害を決定。
麻原の主張では、この世で間違った生き方を知れいる者は、さっさと殺して来世で正しい生き方をさせるべきというものであった。(通称「ポア」

この事件にもやはり、不明な点が多く、詳細はここでは省きたい。
ただ、子供だけはと必死に守ろうとした親の顔面を殴るなど、非常に悲惨なものであった事は間違いなく、その気になれば情報はネット上でも入手することが可能である。
実行犯の1人は、1歳の子供を殺したことに動揺したらしいが一瞬だけのようだ。

坂本一家が失踪した直後、1989年11月21日には弁護士有志の団体「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」が結成された。
1995年9月に遺体が発見されるまでの6年間、坂本一家を救うべく、精力的に日本全国規模で活動が展開されていた。(教団に拉致・監禁されていた人間も多い)


1995年の地下鉄サリン事件の後、警察はオウム真理教の捜査を本格的に開始。
うすうす噂はされていたものの、その時坂本の一家の殺害が明るみになった。
発覚をおそれてか、発見時、家族の遺体はバラバラに埋められていた。
坂本の遺体は新潟県西頸城郡名立町(現・上越市)の山中。
妻は富山県魚津市別又の林道別又僧ヶ岳線脇。
に長男は長野県大町市日向山の山中。

坂本氏の死体は、歯型から身元がわからぬようにとツルハシで粉々に砕かれ、遺棄現場で景気付けに食べたというタラバガニの殻(ゴミ)と一緒に埋めたと実行犯らは証言。
発見された坂本の頭蓋骨には大きな穴が開いていた。


この事件では、刺殺された村井を除き実行犯全員に死刑判決が出ている。



現在、一家は一ヶ所に集められ、墓所は鎌倉・円覚寺「松嶺院」にある。







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http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/study/9405/1209619007/-100

570 :名無しさん:2010/01/14(木) 12:13:44 ID:9bqCDOlM0

マサさんシリーズの人、心配だな


571名無しさん:2010/01/15(金) 20:25:16 ID:wx1pIaw20

もしかして、2chじゃないから通報されないとでも思ってるのだろうか・・・



572
名無しさん:2010/01/16(土) 23:31:27 ID:9ilS60420

だよね。
生存だけでも知らせて貰えないかな…


573名無しさん:2010/01/17(日) 01:19:16 ID:ZtB0JhQI0
1 ただ忙しいだけ
2 オカルト事件に巻き込まれてる
3 どっかの宗教団体に消された

どれだ



582
名無しさん:2010/01/27(水) 00:45:07 ID:VTVMaOmM0

祟られ屋の作者さん、
入院中ではないだろうね?
カルトを敵に回すと怪我が絶えないよ


http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/9405/1209619168/

391: 名無しさん:2013/10/01(火) 20:31:11 ID:4GJTeH.g0
30年も前の自分が学生時代の話。
東京の大学に入学して古いアパートに住んでたんだよ。
風呂なしでトイレ共同のやつ。
昔はそんなのが普通にあった。

2階の雨漏りがひどくて隣との壁も薄い。
住んでるのはほとんどが貧乏学生だからお互いガマンするとこはしてたんだけど、
2年になったときに大家の知り合いの中年夫婦が端部屋の隣に越してきた。
引っ越しのあいさつもなにもなかったし、すごい陰気だったな。
で、そいつらが新興宗教に入ってるんだ。

昼間はひっそいりしてるんだけど、夜の10時過ぎから活動を始める。
ガチャガチャとビンか茶碗かなんかの音がしてそっから夫婦そろって鉦入のお経か祝詞が始まる。
俺は宗教なんか詳しくないんだけど、法華の太鼓というやつとは違ったのはわかる。
毎日ではなかったし、宗教仲間が訪ねてくることもあんまりなかったけどな。

なんとかガマンしてたけど、あるとき試験勉強してたら
そのお祈りが始まって、それが10時から夜中の2時になってもやめない。
夫婦掛け合いでだんだん声が大きくなってきた。
堪忍袋の緒が切れて、「ルセー!!」ってガーンとそっち側の壁を蹴ったんだよ。
お祈りは一瞬止んだけど、またすぐ始まった。
それで俺もクソーと思って大音量でラジカセをかけた。
その中で勉強してたんだがまったく頭に入らず、結局徹夜して、
朝方に近くのJRの駅に行ってそこのベンチで教科書広げたりしたものの試験の結果はさんざん。
ま、これは一夜漬けした俺も悪いんだけどな。

ムシャクシャしてバイトの金があったんで酒飲んで遅くに帰ったら、
隣は不在らしく電気がついてない。


392 :名無しさん:2013/10/01(火) 20:32:10 ID:4GJTeH.g0
昨夜のこともあって俺はそのまま寝てしまったが、
ちょっと寝たと思ったらすぐ目を覚ました。

するとアパートの天井が目の前にあるんだよ。
俺の体が浮いてて、顔の10cm上くらいにホコリだらけの汚い天井板があった。
電気は消してたのになぜかよく見えて、
だけども体は動かせないし目も閉じることができない。
するとその天井板にぼーっと怖い顔の中年の女の顔が浮かんできて、
正面から俺の顔を見据えたまま、いかにも憎々しいという口調で「死ね!」と言った。

これは隣の宗教ババアとは違う女で、テレビとかとは違って顔には立体感があった。
そっから白ひげのじいさんとか、変な髪形の女学生?とか
次々に人の顔が出てきて、「死ぬんだ!」とか「死になさいよ」とか様々な言葉で俺を呪ってくる。
どれも会ったことのない人で、後で数えたところ72人だったけどな。

で、30分近くもそれを聞かされて、
滅入ってたところをとどめとばかりにドーンと落とされた。
天井近くに浮いたとこから、2m以上はあったと思うけど、そのままの姿勢で床に落ちたんだ。

下は布団だったけどしたたか全身を打った。
そのときに天井裏でドコドコッと音がして板がたわんだ。
上に誰かひそんでるんだと思った。
そのままふーっと気が遠くなった。

目を覚ますと8時過ぎで、
その日は大学は休みだったんで問題ないが、起きようとしたら体が痛い。
特に腰と両方のかかとが痛い。
そのときには昨夜のことが夢のようにも思えたけど、この体の痛みは夢じゃないとも思った。
隣はいつも朝はNHKをかけてるんだが、音がしないんでいないと思った。

なんとか起き上がることができたんで、
確かめてみようと、押し入れから天袋を開けて天井裏に頭を出した。
クモの巣だらけで明かりがあまり入ってきてないんで、
ライターを擦ってみてあっと思った。

隣のほうからちょうどドミノ倒しのようにズラズラっと、俺の部屋まで
縦30cmくらいの額縁が続いてるんだ。
手前の何枚かをつかんで押入れにおりて見たら、見覚えがある。
昨夜天井裏に出てきたやつらで、遺影なんだと思った。
痛む腰をなだめてなんとか天井裏にのぼって写真を回収したら72枚あった。

もちろん大家に連絡をとってその日のうちに解約の手続きをとった。
それから引越し先が決まるまでダチのところを泊まり歩いていたが、片方のかかとにはヒビが入ってた。



http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/9405/1209619168/

341 名無しさん:2013/09/06(金) 17:06:04 ID:RhnPz0ng0

某引越センターでバイトしてたときの話。
朝に支所に行けば当日の仕事内容の割当がわかるんだが、その日は
一軒家の長距離で手当がついて1万円以上になる。
バイト4人で午前中に荷造りをして10tトラックに積み、片道4時間ほどの距離。
運転手は正社員の山田さんで、俺が補助として助手席に乗り込んだ。
荷の降ろしと運び込みは向こうの支所のやつがやる。

で、帰りはやはり遅くなり夜の8時頃高速を走ってた。
ここらは車通りはほとんどない。
かなり疲れていたが乗車中寝てはいけないので山田さんにときおり話しかけていると、
合流で大型トラックが前に入ってきた。
ボデイはアルミのような色をしていて商用には見えない。
後部ドアに黒で大きく紋章のようなものが入っていた。
それを見て山田さんが「うーん」と困ったようにうなった。

俺が「変わってますね」と言うと、
「あの紋章は◯◯教のものだよ。さっきのインターチェンジ下の支部から来たやつだろ」
「今、うなりましたけど?」
「いや、前もいっしょになったことがあって、そんときに変なものを見た」
「変なものって?」
「・・・言っても信じないと思うが、またあるかもしれん」




342名無しさん:2013/09/06(金) 17:06:44 ID:RhnPz0ng0

そのトラックもリミッターが入ってるらしく、80mほど前をゆっくり走っていた。
20分くらいついていったら、なんだかさっきと比べてトラックの形がゆがんで見えてきた。
飾りもなく四角かった後部がいびつになったような感じだ。

「ああ前と同じだ。ちょっと寄ってみるか」
山田さんはそう言ってリミットまでスピードをあげた。
だんだん細部がはっきり見えてきて「えっ!」と驚いた。
トラックの鉄板の表面に顔が浮きだしていた。
顔は輪郭だけで、内部から人面の型を押しつけてたたき出してるような感じだ。

と、見ているうちに「にゅぼっ」と一つ顔が出てきた。
はっきりとはしないが側面や上部にも出ているようだ。
顔は目の部分がくぼんでいて、口はそれよりも大きくくぼんで、しかも何かを叫ぶように動いていた。

「何ですあれ?」俺が聞くと、
「わかるわけないだろ。まあ見てれば次の段階にうつるから」
「次の段階・・・?」
トラックは全体に顔が浮きだして、いぼだらけの皮膚のように見えた。

それから5分くらいすると、トラックの下部から犬のような黒い影が這い出してきて、
重力を無視するように車体を垂直に登っていった。
四つ足の黒い影は次から次へと出てきた。20匹くらいか。
トラックの車体上に散らばると、浮き出た顔を囓り始めた。
囓られた顔は泣き叫ぶようにゆがんでふっと消える。
見ているうちに顔はなくなっていった。

するとトラックの天井に集まっていた影の獣たちも、八方に分かれてトラックの下部に消えた。
が、後部下にもぐろうとした一匹がふっとはずれるような形で道路に落ち、
それはぐるんぐるんと道路上で回転してまた浮き上がり、俺らのトラックに迫ってきた。


343名無しさん:2013/09/06(金) 17:07:18 ID:RhnPz0ng0

大型犬ほどの影がフロントガラスに当たった、と思ったが衝撃はなく、
ガラスには縦長のお札が一枚貼りついていて、しばらくパタパタしていたがはがれて後ろに飛んでいった。
お守りには読めない字で何か書いてあって、黒いヒモがついていた。

山田さんが「・・・終わったみたいだな。質問するなよ、わかんないから」と大声で言った。
それでも俺が「前のときも同じだったんですか?」と聞くと、
「そうだ・・・何かたいへんなものを運んでるんだろうな」と一言だけ答えてくれた。
宗教団体のトラックはそれから10分ほど前を走って、インターで降りていった。

俺はその夜から高熱を出し、バイトをしばらく休んでしまった。



【閲覧・胸糞注意】

1 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 16:58:56.64 ID:ywTJEt730
俺が小学生の頃、自宅に新興宗教の勧誘が来た。
最初母がやんわり追い返していたんだけど、
三日に一度はうちに来て、母にしつこく入信を勧めてたんだ。
母はあまり気が強いタイプじゃなかったから、
なんとなく話を聞いて、ごめんなさいまた今度…という感じで帰ってもらってた。





2 :名も無き被検体774号+2012/03/25(日) 17:01:58.08 ID:ywTJEt730
勧誘があんまりにも頻繁になってきたので、ある日父がちょっと強めに追い返した。
すると勧誘のおばさんは
「そんな強く言ってもだめ、あなたたちがこちらにくるのは運命なんだから」と言って帰っていった。
父は念の為、と警察に相談し、
その日から近所の駐在のおまわりさんが巡回してくれることになった。

そして一週間後に母は失踪。



5 :名も無き被検体774号+2012/03/25(日) 17:03:56.68 ID:ywTJEt730
失踪している間に例の勧誘おばさんがまた来た。
「ほらね。言ったとおりでしょ!あなた達が信心してくれればお母さんは帰ってくるのよ」
その時自宅には俺と姉と弟しか居なかったから怖かった。
おばさんは「今度はお父さんが居る時に来るから」と言って帰っていった。



6 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:03:58.91 ID:MegFRm+L0
鬱になりそうだが聞いてるぞ



8 ::2012/03/25(日) 17:05:07.42 ID:ZH13iP790
母さん……



9 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:06:42.56 ID:ywTJEt730
おばさんが帰った後に姉が急いで父に電話した。
父はすぐ帰る、と言って電話を切った。
俺は泣いてる弟をなだめながら(お母さん早く返ってきてほしいな)と思った。
しかし結局母は帰って来なかった。
姉は学校の先生に連絡をして、
今こういう状態なのでしばらく学校を休ませて欲しいと伝え、
それからは駐在のおまわりさん、それから先生が度々自宅に来てくれるようになった。



11 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:09:38.43 ID:ywTJEt730
父は会社でもわりと上の方の役職についていたのだが、
決算期と重なってしまって、休むわけにはいかないということだった。
俺は中学生だったので、部活もやっていたのだが、
状況が状況なのでホームルームが終わったらすぐ帰ることにしてた。
先生も心配してくれてた。
そしてしばらく俺、弟、姉だけの生活が続いた。
時々姉の担任の先生も一緒に食事をしてくれてた。
心強かった。



14 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:12:20.77 ID:ywTJEt730
それから暫くは勧誘のおばさんも来ることが無かったので平和だった。
依然母親の足取りはつかめなかった。
失踪届もけっこう前に出していたが、進展はなかった。
警察のひともちょくちょくやってきて状況を聞かれたけど、
母からの連絡もなかったのでいよいよ手詰まりだった。
俺達は、考えたくも無かったが、
チラホラと母はも帰ってこないだろうな、と思ってた。



17 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:15:09.23 ID:ywTJEt730
俺の運動会があった。
弟、姉、父が来てくれて、久しぶりに楽しかった。
家族でレッドロブスターなるファミレスでちょっと豪華なご飯を食べ、帰宅。
玄関の鍵が開けられていた。
そして玄関から仏間に向かって足跡がたくさん残されていた。
泥棒!と父が叫んだ。

しかし結果的に泥棒じゃなかった。
仏間の仏壇が閉じられていて、青いガムテープで封鎖されていた。



18 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:15:49.63 ID:eeho78Wg0
oh…



22 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:18:15.56 ID:ywTJEt730
姉がヒイイイイイイイ!と叫んでガクガク震えていた。
弟もギャンギャン泣いた。
とても異様だった。父も呆然としていた。
俺達はまだ屋内に誰か居るんじゃないか、ということで一箇所に固まり、父は警察に電話した
(携帯が無い時代です)
近所のおまわりさんがまず来て、その後警官が何人か来た。
父が実況見分?に立会い、
俺達は貧血でふらふらの姉を自室に運び、そのまま三人でぼろぼろ泣いた。



24 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:21:27.06 ID:ywTJEt730
結局なにも取られなかった。
空き巣の犯行ということになったが、例の勧誘おばさんのことは警察も知っているので、
近所の聞き取りなど熱心にやってくれた。
そして俺の運動会の日、自宅前に黒いハイエースがしばらく止まっていたらしい、ということがわかった。

その一ヶ月後、自宅から遠く離れた県外で、母が死んでいるのが見つかった。
ごめんちょっと休ませてください。しんどい。
もうちょっとしたらまた書きます。
ごめん。



25 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:22:46.79 ID:j8Rec1Sz0
えっ?おかん?えっ?



26 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:22:57.43 ID:eeho78Wg0
 >>24
ゆっくりでいい。ちょっと落ち着け(´・ω・`)



27 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:24:25.35 ID:9lpxzMz/O
待つ
全力で保守しよう



33 : 名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:28:43.39 ID:/fOMca8q0
>>24
無理するな・・・


37 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:39:53.34 ID:ywTJEt730
ごめんなさい 話自体は100レス以内に終わります。
この後もハッピーな話など無い。
 
母が死んでたのは群馬の山中。首吊りだった。
しかし手を後ろで縛られていた。
なぜかゆるく縛られていて、はずそうと思ったら外せるゆるさだったらしい。
俺はその辺のことをあまり覚えていない。
あとから父に聞いた。

警察は自殺ではなく他殺とみて捜査を始めた。
しかし手がかりになるものは何一つなかった。
母が失踪してたしか1年近く、どこにいたのか、どのように生活していたのかはまるで謎だった。



38 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:43:52.80 ID:ywTJEt730
捜査になんの進展もないまま、今度は姉が襲われた。
姉が買い物の帰りの最中に強姦された。
ぼっこぼこにぶん殴られて、レイプされている最中に通行人に助けてもらった。

犯人は知恵遅れの男性。
この男の親が目を離している最中に姉に襲いかかった。
人の目のある場所からトイレに引きずり込み、
なぜ誰も止められなかったの、俺は未だにその辺を歩いていた一般人を恨む気持ちはある。
仕方のない事とわかっているけど、どうしても許せない。



39 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:48:06.58 ID:ywTJEt730
姉は気丈にも立ち直ったように生活していた。でもダメだった。
俺が学校から帰ったら自室で睡眠薬を大量に飲んで黄色いアブクを吐いていた。
俺はその光景が未だに忘れられない。
姉は即入院し、それから再度自殺した。




40 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:52:04.68 ID:ywTJEt730
姉の葬儀が終わってから父は会社をやめた。
会社は父に結構な額の退職金を支払ってくれた。
父は日中ボーゼンとしていた。
俺や弟が半仕掛けてもうん…うん…しか言わなかった。
近所のおばさんたちもすごく協力してくれて、夕ごはんをくれたりした。

あるとき俺が学校から帰ると、父が仏壇の前で突っ伏していた。
酒を飲んでいるようだった。
俺はすごく悲しくなってしまって、父の背中にしがみついて泣いた。おんおん泣いた。
俺はあまり泣いたりするような子どもではなかったので、すこし父が驚いていた。
そしてごめんなあ、ごめんなあ、といって一緒に泣いた。
警察からの捜査の進展に関する話しなどもなかった。




42 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:56:54.53 ID:/1+scTV10
>>1には幸せになって欲しい



43 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 17:57:48.43 ID:ywTJEt730
俺は高校に入学した。
弟は中学生になった。
父は自分の前職での技能を生かし、在宅で仕事を始めた。
仕事は前の会社がたくさんくれた。
家の家事は全部自分がやった。
弟には勉強をして欲しかった。部活をして欲しかった。
そのへんの中学生と同じような生活をして欲しかった。
しかしそうはいかなかった。
 
弟は学校帰りに車に轢かれて死んだ。車と壁に挟まれて死んだ。
運転手は若い男で、最初は脇見運転だったと供述していたが、
後に大金をつまれて頼まれた、と自白した。



44 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:00:13.81 ID:yV6jQLtw0
 >>43
て、事はやっぱり宗教なのか…。
群馬の山中から思ってたんだけど…
オウムですか?



45 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:01:44.82 ID:ywTJEt730
レス読んでます。とりあえず話を終わらせます。
ありがとうね。

そうしてその男に依頼した女、例の勧誘おばさんにたどり着く。
勧誘おばさんは逮捕された。
理由はあたしの言うことを聞かなかった一家が憎い、との事だった。

しかし不審な点がいくつもあった。
まずその勧誘おばさんはすでにある宗教に入っているわけではなかった。
つまり、一人で、自分の作った宗教の勧誘を行なっていた。う
ちに空き巣を働いたのもこのおばさん。
となると話がこじれてくる。
大量の足跡はおばさん以外に誰が。



48 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:05:06.35 ID:ywTJEt730
おばさんは警察の尋問をのらりくらりとかわし、この話の真相を語らなかった。
身分を証明するものを何一つ持っていなかった。
背景は何もわからなかった。
ただ金を沢山持っているが、その資金の元もわからなかった。
なにもわからなかったんだよ。
無念だった。怒りしか無かった。
おばさんは拘留期間中に死んだ。
心筋梗塞だったらしい。



49 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:06:08.21 ID:etgbHF1I0
BBAざまぁw
ざまぁ・・・



50 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:08:54.00 ID:ywTJEt730
父は引越しを提案した。俺もそうしたいと思った。
家には楽しい思い出よりも、悲しい思い出のほうが圧倒的に多かったから。
事件が事件だから、もし近所の人にも迷惑がかかったら申し訳ない。
 
俺と父さんは引越しの準備、
そもそも家には必要最小限のものしかなかったけど、ちょくちょく進めた。
そして引越しを次の週に控えた木曜日の夜、俺と父さんは近所の銭湯に行った。
暖かかった。そしてすこしだけ嬉しかった。
父さんも久しぶりに笑った。
ふたりで一緒に帰っている途中、サイレンの音が自宅方向から聞こえてきた。
自宅が炎上していた。



52 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:10:47.40 ID:Uh80Fp7eO
なんだこれ…。
復讐も出来ないじゃないか…。



53 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:12:46.93 ID:Qy1G2TdgO
>>1はこうして生きてられたが残されるって辛いよな



54 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:12:50.89 ID:Uh80Fp7eO
謎多過ぎだろマジで。



55 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:13:18.76 ID:ywTJEt730
俺は何も言えなかった。
父さんも放心状態だった。
燃える我が家を見つめ、あ…家が…あ…と呟いていた。
父さんの目にごうごうとした炎が写っていたんだよ。
 
放火だった。
燃えカスの中に、建材に灯油かなんかを浸したもの、というのが見つかったらしい。
犯人は捕まらなかった。
近所の家にも被害が出た。
父さんは土下座をしていた。
でも被害が出た家のおばさんは、俺のことをギュッと抱きしめて泣いてくれたんだよ。



56 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:13:58.71 ID:ywTJEt730
もうすぐおわります。



58 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:15:56.29 ID:4OSEYCJA0
釣りだろ、決まってるわ
釣り、釣り
そうだろ?



59 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:16:58.21 ID:etgbHF1I0
釣りエンドの方がいいレベル



61 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:17:18.38 ID:niac9d480
怖すぎる…



63 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:18:24.30 ID:ywTJEt730
俺達は引っ越した。
 
引っ越した先で父はおかしくなってしまった。
自宅で仕事をしていると、まだ元気だったころの母さんと姉ちゃん、弟がふつうに部屋にいるらしい。
そして昔のように「お父さん、またオナラしたでしょ~」とか
「ねえねえ、来週鴨川シーワールド行きたいね」とか、話しかけてくるみたいだった。
 
俺も実はちょくちょく見ていた。
見ていたけど、これは幻覚だ幻覚だ…と思い込むようにし、徹底的に無視していた。




65 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:19:10.49 ID:7sH2Tlr70
何もいえねぇ・・・・
重すぎる・・・・・



67 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:21:20.94 ID:ywTJEt730
受け入れたらもう俺はダメだと思っていたからね。
でもある時、俺と父さんと二人で晩飯を食っている時に、台所から
「あ、醤油切れちゃった」
という母さんの声を聞いてしまった。

父と目があった。聞いたようだった。
父さんは「はっはっは!はっはっはっは!母さん!今買ってくるわ!と言って、
一瞬真顔になり、俺の首を締めた。
すぐ正気に戻り、「ああ!ああ!俺はなんてことを!」そう言ってベランダに向かい、
そのまま飛び降りたんだ。



70 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:24:53.75 ID:niac9d480
なんで首を締めたんだ…?


71 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:25:45.39 ID:ywTJEt730
こうして父も死んだ。俺が残った。
俺は父さんの兄に引き取られて、高校を卒業し、都内に就職して一人暮らしを始めた。
それから結構な年月経ってしまった。
 
俺は今年32結婚もせずにまだ一人でいる。
俺の部屋にはたびたび家族がいる。なつかしい昔の姿で、生活している。
悲しいのは、みんな当時の年齢そのままなんだ。
 
病院も行った。
精神的に不安定と言われた。
薬も貰ったが姉の自殺した時の光景が忘れられなくてあまり飲めないでいる。



74 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:27:01.75 ID:7sH2Tlr70
>>70
精神が逝ってたんだろ
ここまでとんでもない出来事連続して起きてまともな精神でいられる方がおかしい


76 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:28:28.08 ID:ywTJEt730
この話はこれで終わりです。
一家全滅、というのは俺がもう限界だからです。
自殺しようとは思っていないけど、あのババアの呪いというか、そういったものがあるようなきがして、
いつかサクッと死ぬんじゃないかって。
 
俺がびっぷらに書いたのは、
俺と、俺の家族が昔千葉県に存在していたことをずっと記しておきたいからです。
ちょっとご飯食うわ。
レスは後ほど返します。申し訳ないす。



77 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:28:32.49 ID:5nrwlqSJO
釣りであって欲しい!が…なぁ、1は家族を「見た」の?「聞いた」の?


80 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:32:04.63 ID:ZH13iP790
こんな事件なら報道されない訳無いと思い



83 : 名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:43:11.81 ID:VvZnWCFw0 
15、6年前って言えば、
オウムとかの影響で大なり小なり宗教がらみの犯罪があれば、
マスコミはかなり過敏に反応したはずだが、記憶に残って無いんだよなぁ


84 : 名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:45:04.96 ID:SqeK53wG0
これってニュースになったん?


85 : 名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:48:47.53 ID:x1pnWXs+O
>>83
BBAが仮に住侵のみで勾留されたなら、事件自体としては報道されてないと思う

業過致死にみせかけた殺人(共謀共同正犯)を本筋として着手する
前に、BBAが死んだとしたら事件報道はないにしても
勾留中に被疑者が死んだんだから、理由に関係なく死亡報道はされるはず


86 :名も無き被検体774号+2012/03/25(日) 18:49:32.29 ID:9lpxzMz/O
特定は止めてやろうぜ
俺は釣りだったって言って貰ったほうが遥かにマシだ


88 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:52:47.95 ID:ztZq9eKP0
酷い内容だな・・・・・



91 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 18:58:25.76 ID:ywTJEt730
書き終わりから順に返していくね
漏れてたら言ってくれ。
>>44 
オウムではないと思う。なんで群馬かも今となってはわからないです
>>46 
探偵って警察とどっちがアテになるんだろうな。父はその辺は考えてなかったとおもう。
>>54 
うん、ストーリーとしては破綻してるよな。俺も意味がわからないまま生きてきてしまった。
>>69 
しっかり生きてます。ありがとうね。
>>80 
報道されたのかされてないのかはわからない。取材には来てないと思う。



93 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 19:01:20.37 ID:ywTJEt730
>>74 
無理心中でも図ろうとしたんだろうかね。
>>77 
帰宅したらみんな居たりする。
声だけの時もある。
オバケかどうかはわからない。俺幽霊信じてないです。
家族が出てきたらすごい懐かしい幸せな気分になる。
朝起きると母さんがご飯作ってる時がある(実際は出来てないけど)。



94 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 19:02:50.15 ID:/1+scTV10
どこの宗教か分かる?
ヒントだけでも教えて欲しい



95 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 19:04:19.04 ID:ywTJEt730
 >>94
いや俺も知りたいんだけど、結局なんの手がかりもないんだ。
勧誘おばさんがどっかの宗教の一部なのか、ただのキチガイなのかもわからない。
わからないことばっかりなんだ。
ほんとに心筋梗塞で死んだのか、自殺したのかもわからない。



97 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 19:07:33.97 ID:ywTJEt730
こんなところか。話聞いてくれてありがとうな。ばいばい。



105 : 名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 19:37:38.97 ID:REhjHK+n0
こんな悲惨な事件は釣りでなくちゃいけないな…

BBAは身分を証明するものを何も持ってなかったってあるけど
氏名すら不詳であったということなのか?
氏名不詳(留置番号で呼ばれる)なら、大きなニュースになるはずだけど


117 :名も無き被検体774号+:2012/03/25(日) 23:20:31.29 ID:5nrwlqSJO
1いっちゃったのか…
「聞いた」だけなら人為的なものの可能性もたかかったんだが、「見た」となると…
1薬はちゃんと飲んでくれよ、マジで!
これが釣りであってほしい!



118 :名も無き被検体774号+:2012/03/26(月) 00:19:17.47 ID:47SXVz4z0
>>1です。
終わりと言いながら戻ってきちゃってすみません。
俺は元気というか、普通に生活してます。
薬もこれからはちゃんと飲むようにします。
家族が家にいる、と書きましたが、幻覚であることは分かってます。
話しかけてくる内容は、昔家族と話したような取り留めもないものです。



119 :名も無き被検体774号+:2012/03/26(月) 00:21:44.02 ID:47SXVz4z0
夜ご飯は何がいい?とか帰りは何時になるの?とか、そういった事です。
録画されていた事が繰り返す感じです。
従って最近のニュースとかの内容はありません。
姉は高校当時のままです。
弟は中学のままです。
ふわっと出てきて、ふわっと居なくなります。
台所で姉と母さんが会話してる時もあります。



120 :名も無き被検体774号+:2012/03/26(月) 00:25:30.74 ID:47SXVz4z0
俺には長い付き合いの友だちがいます。
彼はまだ千葉に住んでますが、ちょくちょく遊びに来てくれます。
家族が見えるんだ、という話もしました。
最初は除霊してもらえ、と言われましたが、俺はそれを拒否しました。
なぜなら俺は幽霊を信じてませんし、これは幻覚だと思っているからです。
さらに言うと、体調を崩したりも不幸な目にも遭ってません。
あと、家族がふらっと出てくると、少し懐かしくて悲しいけど、やはり嬉しく感じるからです。



121 :名も無き被検体774号+:2012/03/26(月) 00:29:00.05 ID:47SXVz4z0
このまま普通に生活していけば、いずれはまた家族が一つになれると思います。
それまでは地味に生きて行こうと思ってます。
他のスレに書き込んだりもしてますよ。

それから勧誘おばさんの件ですが、警察からは心筋梗塞と聞かされていました。
それ以上は調べようがないです。
自殺かもしれませんし、もしかしたら警察が関与してるかもしれませんが、その辺は想像の域です。
当時はまだネットも普及していませんし、なんの疑問も無く病死と信じていました。



123 :名も無き被検体774号+:2012/03/26(月) 00:31:57.20 ID:47SXVz4z0
父さんは勧誘おばさんを殺すつもりでいました。
俺も父さんに同意しました。
だから父さんは、勧誘おばさんが死んだ事を聞いた時にとても複雑な顔をしていました。
X-ファイルみたいだな、とか言ってました。
あの時、父さんの中ではもう今までの出来事すべて諦めたんだと思います。



124 :名も無き被検体774号+:2012/03/26(月) 00:33:22.80 ID:47SXVz4z0
複雑なんですよね。
俺は幻覚に慣れちゃってて、この家族が見られなくなったらさみしくなっちゃうと思います。
新しい生活は、今のところ難しいかなと思います。



125 :名も無き被検体774号+:2012/03/26(月) 00:34:20.76 ID:47SXVz4z0
以上です。
ありがとうございました。

 

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?40

328 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/06/05 00:02
親父曰く、うちの曾爺さん全盲だったのよ。
先天性じゃないよ。

でも、何処行くでも杖なしで歩いていったらしいし、昔のパチンコもやってたらしい。
当時最新のヤマハのMate?まで所有。 ブイブイ乗り回していたらしいのだ。
親父も子供の頃に運転を習ったくらい。
言われて気付くような全盲だったらしいのよ。

なぜか全盲の割には、探し物をすぐ見つける特技があったらしい。
近所の人にも頼まれることが多かったそうな。
何を無くし、何処を探せば見つかる、という事が分かったとの事。
所謂千里眼っぽいのだが、曾爺さんは千里眼を否定していた。
何故なら宗教が嫌いだったから。
まぁ、なんとも言い難い曾爺さんだったわけだ。

そんな曾爺さんも寄る年波には敵わず、他界してしまうのだが、
親族集めて最後の遺言が、
「新興宗教だけには入るなよ!」 だったらしい。

「宗教ってのはもう1000年以上前に完成されたもので、今更若造が何を語るか!
金を取るのが仕事の新興宗教は直の事!」だそうな。
今の世の中を生きていたら憤死もんだ。


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