706 :『ハッピー・タッチ 』◆XhRvhH3v3M:2006/05/13(土) 16:09:33 ID:kgXMFP4hO
『全く!』
看護婦はそう吐き捨て、再び見回りに行った。
いや、それどころでは無い!『中年女』に見つかってしまった!
どうすればいい?逃げるべきか?先程の看護婦に助けを求めるべきか?
俺の頭はグルグル回転し始め、心臓は勢いを増しながら鼓動した。
俺は『中年女』から目を離せずにいると、
『中年女』は俺から視線を外し、何事も無かったように、再びゴミの分別作業をし始めた。
『え!?』
俺は躊躇した。その想定外の行動に。
俺の頭には、
『襲い掛かってくる』
『俺を見続ける』
『俺を見てニヤける』 と、相手が俺に関わる動向を見せると思っていたからである。
俺はしばらく突っ立ったまま、『中年女』を見ていたが、
黙々とゴミの分別をしていて、俺のことなど気にしていないようだった。
『何かの作戦か?』と疑ったが、俺の脳裏にもう一つの思考が浮かんだ。
『中年女』≠『掃除オバさん』? やはり、似ているだけで別人・・・?!
708 :『ハッピー・タッチ 』◆XhRvhH3v3M:2006/05/13(土) 16:11:46 ID:kgXMFP4hO
俺と淳が疑心暗鬼になりすぎていたのか?!
やはり『中年女』とは赤の他人の別人なのか?
そう一人で俺が考えている間も、その女は黙々と仕事をしている。
俺は意を決して、出入口に歩き出した。
すなわち、『その女』の近くに・・・
少しずつ近づいてくるが、相手は一向にこちらを見る気配が無い。
しかし、俺はその女から目を離さず歩いた。
あっという間に何事も無く、俺はその女の背後まで到達した。
女は一生懸命ゴミの分別をしている。
手にはゴム手袋をハメて、大量のゴミを『燃える』『燃えない』『ペットボトル』に分けていた。
その姿を見て俺は、やはり別人か・・・と思っていると、
その女はバッ!っとこちらを見て、『大きくなったねぇ~』と俺に話し掛けてきた。
俺は頭が真っ白になった。
大きくなったねぇ?
オオキクナッタネェ?この人は俺の過去を知っている??
この人、誰?
この人、『中年女』? こいつ、やっぱり『中年女』!!
709 :『ハッピー・タッチ 』◆XhRvhH3v3M:2006/05/13(土) 16:14:23 ID:kgXMFP4hO
その女は作業を中断し、ゴム手袋を外しながら俺に近寄ってくる。
その表情はニコニコしていた。
俺はどんな表情をすればいい???
きっと、とてつもなく恐怖に引きつった顔をしていただろう。
女は俺の目前まで歩み寄って来て、
『立派になって・・・もう幾つになった?高校生か?』と尋ねてきた。
俺はこの女の発言の意味が判らなかった。
何なんだ?
俺をコケにしているのか?
恐怖に引きつる俺を馬鹿にしているのか?
何なんだ?
俺の反応を楽しんでいるのか?
俺が黙っていると、
『お友達も大きくなったねぇ・・・淳くん。可哀相に骨折してるけど。お兄ちゃんも気付けなあかんよ!』
と言ってきた。
もう、意味が全く解らなかった。
数年前、俺達に何をしたのか忘れているのか?
俺達に恐怖のトラウマを植え付けた本人の言葉とは思えない。
女は尚もニヤニヤしながら、『もう一人いた・・・あの子、元気か?色黒の子いたやん?』
『!!』
慎の事だ!
何なんだコイツは!まるで久しぶりに出会った旧友のように。
普通じゃない。わざとなのか?
何か目的があって、こんな態度を取っているのか?
898 :『ハッピー・タッチ 』◆XhRvhH3v3M:2006/05/16(火) 05:10:19 ID:RGbZkkkIO
俺は『中年女』から目を逸らさず、その動向に注意を払った。
こいつ、何言ってるのか分かってるのか?
『あの時はごめんね・・・許してくれる?』と中年女は言いながら、俺に近づいてくる。
俺は返す言葉が見つからず、ただ無言で少し後退りした。
『ほんまやったら、もっと早くあやまらなあかんかってんけど・・・』
俺は耳を疑った。
こいつ、本気で謝罪しているのか?それとも何か企んでいるのか?
ついに『中年女』は、手を伸ばせば届く範囲にまで近づいてきた。
『三人にキチンと謝るつもりやったんやで・・・ほんまやで・・・』と言いながら、ますます近づいてくる!
もう息がかかる程の距離にまで近づいた。
あの時とは違い、俺の方が身長は20㌢程高く、体格的にも勿論勝っている。
俺は『中年女』に指一本でも触れられたら、ブッ飛ばしてやる!と考えていた。
902 :『ハッピー・タッチ 』◆XhRvhH3v3M:2006/05/16(火) 05:54:02 ID:RGbZkkkIO
『中年女』は俺を見上げるような形で、俺の目を凝視してくる。
しかし、その目からは『怨み』『憎しみ』『怒り』など感じられない。真っ直ぐに俺の目だけを見てくる。
『あの時はどうかしててねぇ、酷い事したねぇー・・・』と、『中年女』は謝罪の言葉を並べる。
俺はもう、 その場の『緊張感』に耐えれず、ついに走りだし、その場を去った。
走ってる途中、もし追い掛けられたら・・・と後ろを振り向いたが、
『中年女』の姿は無く、ある意味拍子抜けた。
走るのを止め、立ち止まり考えた。
さっきのは、本当に本心から謝っていたのか?
俺は『中年女』を信じることが出来なかった。疑う事しか出来なかった。
まぁ、あの事件の事があるから当たり前だが。
俺は小走りで、先程の場所近くに戻ってみた。
そこには再びゴム手袋をはめ、大量のゴミの分別をする『中年女』の姿があった。
こいつ、本当に改心したのか?
必死に作業をする姿を見ると、昔の『中年女』とは思えない。
とりあえず、その日はそのまま帰宅した。
186 :『ハッピー・タッチ 』◆XhRvhH3v3M:2006/05/25(木) 09:13:15 ID:JIG/s1vbO
俺は自室のベットに横になり、一人考えた。
人間は、あそこまで変わることが出来るのか?
昔、鬼の形相でハッピー・タッチを殺し、俺を、慎を、淳を追い詰め、放火までしようとした奴が。
『ごめんね』など、心から償いの言葉を発することが出来るのか。
いや、ひょっとしてあの事件をきっかけに、俺が変わってしまったのか?
疑心暗鬼になり、他人を信じる事が出来ない、『冷たい人間』になってしまったのか?
『中年女』の謝罪の言葉を信じることで、あの事件の精神的な呪縛から解放されるのか?
もう一度『中年女』に会い、直接話すべきだ。
俺は『中年女』にもう一度会うこと、今度は逃げないこと!と決意を固め、その日は就寝した。
187 :『ハッピー・タッチ 』◆XhRvhH3v3M:2006/05/25(木) 09:15:28 ID:JIG/s1vbO
次の日、俺はバイトを休み病院に行った。
まずは淳の病室に入り、昨日の出来事を説明した。
そして、今日は『中年女』に会い、直接話してみるつもりだ。と言う事を伝えた。
淳は最初、「『中年女』は変わっていない!」と俺の意見に反対だったが、
『このまま一生、中年女の存在に怯え、トラウマを抱えたまま生きていくのか?』と俺が言うと、
『・・・『中年女』に会って話すんだったら、俺も付き合う・・・』と言ってくれた。
218 :『ハッピー・タッチ 』◆XhRvhH3v3M:2006/05/29(月) 02:59:44 ID:/lsJmPn1O
しばらく沈黙が続いた。
刻々と時間は過ぎ、面会時間終了のチャイムが鳴ると同時に、
ガラガラガラ・・・
廊下の奥の方から、ゴミ運搬台車の音が聞こえてきた。
『来たな・・・』
淳がボソッと呟いた。
俺は固唾を飲んで、部屋の扉へ視線を送った。
ガラガラガラ
台車の音が部屋の前で止まった。
部屋の扉が開いた。
作業服の『中年女』、が会釈しながら入室してきた。
俺と淳はその姿を目で追った。
『中年女』は、奥のベットから順にゴミ箱のゴミを回収し始めた。
『ごくろうさん』と患者から声を掛けられ、笑顔で会釈をする中年女。
とても昔の『中年女』と同一人物とは思えない。
そしてついに、淳のベットのゴミ回収に『中年女』がやってきた。
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