サイケデリック・奇譚

永遠の日常は非日常。

タグ:民族

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832 :本当にあった怖い名無し:2006/06/01(木) 19:17:43
俺が中学生だったとき、同じ部活にイスラム教徒のサンニ(仮名)ってヤツがいた。
俺は芯からってほどではないが、コイツと妙に気が合わない部分があり、よく喧嘩したりしてた。
とはいっても殴り合いってほどではない。
先生に見つかったりしたら大変だしな。

コイツはちょっとからかうとすぐにキレるヤツだったんで、
「バーカバーカ^o^」とでもいってやれば、すぐに追いかけてきた。
分かるやつにはわかると思うが、逃げるのもたのしい。
で、たまに自分の持ち物がそいつに隠されてたり、悪戯されたりするわけだ。
その繰り返しだな。

これだけみると可愛いもんかもしれないが、本人たちは7割は本気で憎しみあってたと思う。
ある時は、自転車で4,5キロ追い掛け回され、商店に逃げ込んだこともあるくらいだ。

あるとき、買ったばかりの筆箱がぐちゃぐちゃにされてた。落書きされ、切られ。
それは母親が買ってきてくれたもので、なんだか当時本気で頭にきて、先生にチクってやった。
サンニはこっぴどく怒られた。
俺はスカッとし、気持ちよく帰宅した。

次の日、ヤツは俺に仕返しにくるかと思い、
何時来ても俺は最高のダッシュで逃げてやろうと待ち構えてた。

2時間目かな、終わったときに廊下で、次は体育か~などと思ってた。
そのときだった。




833 :本当にあった怖い名無し:2006/06/01(木) 19:19:32
ヒュルッとなにかが前を通ったと思った次の瞬間に、後ろから首を絞め上げられてた。
俺は一瞬で"サンニ"であると理解した。
そして、これが単なる首絞めでないことも。

俺は首を、靴紐より少し太い程度の紐で絞め上げられてた。
最初に「ひゅるっ」と目の前を通リ過ぎたのは紐だった。
足が浮いてる気がする。
やばいと直感的に思った。いまこのフロアには誰もいない。
今思うと、金玉握れば離す気もする。
が、咄嗟に首を絞められると頭が回るもんじゃない。

意識がおかしくなり、「ごはっ」と変な咳?がでた。
走馬灯は見えなかったが、このとき少し『死』を意識したと思う。

次の瞬間に、衝撃と共にサンニの体制が崩れ、俺は咳をしつつ涙目で転げ回った。
同じ部活の友達、山口がタックルしてくれたのだ。
意識がまだはっきりしないものの、山口がサンニを説教しているのを見て安堵した。

俺はまだ咳き込みながら、
「お前、ふざけるなよマジで死ぬとこだったぞ・・」と言って、とりあえず逃げておいた。
後で山口に、「お前もさっきのは危なかったぞ。仲直りしておけよ」と言われた。

なんというか、サンニも殺そうと思ったのではない。
ちょっと度が過ぎたか、キレたんだと思う。
度が過ぎてるにも程が・・・と思うかもしれないが、それが国柄の違いというか・・・。
その証拠?に、のちにサンニとは和解し、友達になった。
まぁ、俺がいいたいのは、特に外人に対しては接し方に気をつけろってことだ。
日本人の常識は日本人にしか通じない。

いま俺は夢だった仕事に就け、日々充実し、「あの時殺されなくてよかった」とたまに思う。
山口はオリンピックに出場したとかって話だ。
まぁ、マイナー競技ではあるのだが、陰ながら応援している。


834 :本当にあった怖い名無:2006/06/01(木) 21:53:05
殺す気満々じゃないか。
山口が居なかったら間違いなく死んでたぞ。
首絞められて気絶した振りでもしとけば、サンニの人生アボンだったのに。
お人好しだな。


843 :832:2006/06/02(金) 02:35:51
ん~・・きちんと確認してなかったんでなんともいえないが、
ロープを用意してる時点で計画的だよな・・・と書いてて思った(怖ス・・
なんつーか、単純にキチガイってわけじゃないんだよな。
そうだったら危なくて近寄らないし。

単純に、日本人にとって『やっちゃダメなこと』ってのが、
彼らにとっても同じだけ『やっちゃだめ』なのかというと、それは違うっつか・・むずかしいな。
俺はこの一件以来、外人にはなるべく慎重に対応しようと心掛けてる。


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375 :えんこう:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

これは 古い私の身内の話です。
区別するための HN入れときます。




376 :えんこう:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

私の亡くなった祖母から 
聞いた話だが、高知の大野見村で起こった事件です。
大野見村ってのは、四万十川の源流に近い所で、山と川しかないような 寒村です。 


378 :えんこう:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

聞きたい人 居るのかな?? 


379 :本当にあった怖い名無し:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:jjjQQjVg0

>>378
居るよ、続きはよ



381 :えんこう:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

あ スマソ 居たのねw
うちの祖母が子供の頃
身内にY一って男の子が誕生したんですが、
初めての跡継ぎで みんなに 可愛がられて、いつも誰かが お守りをしている状態だたっと聞きました。


384 :えんこう:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

今年の様に、猛暑のある夏の日、
山の麓の家に、Y一の母親(祖母の叔母)と
Y一(当時2歳前)が、 農作業を終えて、昼寝をしていたのですが・・・・
ウトウトしてる間に 急にY一が居なくなったんです。 



387 :えんこう:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

2歳前のヨチヨチ歩きの子供だし、
遠くへ行ける訳はないし 
今の様に自動車もあるわけじゃない時代だったので
先ずは 家の中と近所をを探してみることにしたんだそうなw
当時は、ボットン便所なので、落ちてないか?とか 
家の裏の水路に居ないかとか
家族中で 探し回ったとのことです。


396 :えんこう:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

それで 家中と近所を見回ったが、
一向にY一は見つからなくてとうとう 村中で探す事になったんだ。



400 :えんこう:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

村(たぶん その近所の集落)の人々が、
朝 夜問わずに 鐘と松明を掲げて
「Y一よー いたら返事しろ」って 探しまわたらしいけど 
結局 一週ちかく探しても 見つからないので
「神隠し」にあったんじゃないかと言うことで 捜索隊は 解散されたとのことでした。



405 :えんこう:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

結局 見つからず。
捜索が打ち切られた後 
Y一の両親は、食うためにしかたなく 山にある 猫の額ほどの 畑に出かけたのでした。



408 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

>>403
漏れが 子供の頃 田舎に行っても、駐在所すらなかった田舎ですw


415 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

畑で仕事をしていると、お昼になったので 
母親が食事の支度をするために 薬缶を持って 沢に水を汲みに行ったのですが、
水を汲んでいる その先の 岩の間に、子供の足が天を突いて見えたそうです。


417 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

そこは 家から3km以上も離れた場所で、
2歳前の子供が、とても一人で歩いて行けるような場所じゃないのですが、
ド田舎の為 他所から人が入ってきて 
子供を連れて行けるような 場所でもありません。


421 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

母親が、その足の所へ行って 見てみると、
確かにY一の着ていた着物で Y一の死体だと理解できました。


423 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

警察や消防も 初めて呼んで、
死体検分を行ったことを、祖母から聞きました



427 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:4DW3x7eT0

もう 雷鳥で盛り上がってるから 止めますww
まともに 見てもらえそうにないからw


431 :本当にあった怖い名無し:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:GfiaBfNi0
いやいや、ちゃんと見てるよ、なれた人は荒らしは完全に無視してるから
反対に格のをやめると荒らし共を喜ばせるだけですよ。
荒らしは死ねと呪っておく


436 :本当にあった怖い名無し:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:H8H24SH4O
結局、その事件の原因は何だったの?
村に古くから伝わる伝承とかと関係あったの?
スレ荒れてるけど教えてよ


441 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0

>>431
んじゃ 続けて書きます。

警察や消防が、離れた町(津野町 新田(しんでん))から来て 検分をした結果
不思議なことが 多々あると言われたのです。
一つは、年端もいかない幼児が どうしてここまで来れたのか??
両親も 疑われたようですが、潔白は証明されました。
もう一つは、死体の小さな穴なんです・・・・


446 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0

2歳の小さな子供の体に、
皮膚に穴が沢山開いてて、一方から入って 一方へ抜けてる 感じだったようだと 祖母は言ってました。
(祖母は 死体も見たと言ってました)
蟹や虫が食ったにしても こんな跡は、警察も消防も見たことが無いと
不思議がってた 事件なのですが、
結局 科学的な原因は究明されずに 「溺死」ってことで 片付けられたのですが、
祖母は「えんこうの仕業だよ」とずっと言ってました。

Y一さんの墓は、身内の為 墓参りに行くと ちゃんと 一族の墓の中に 今でもあります
(名前もちゃんと入ってます)
全く 物の怪と言うか 山では不思議な事があるものです。
あんまり 怖くない話かもしれませんが、
実話なので カキコしました。


449 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0

つまらん話でスマソw
でも 今でも 子供が川遊びに行くときに、鹿の角をお守り袋に入れて 持たしてます。
この えんこうって名前は 猿猴と書いて 
河童と天狗の間の妖怪と高知県では 伝えられていますが、マヂ 居ると思います。
「いざなぎ流」でも ちゃんと居るとされてますし、騙された話は 高知県にじゅうに 残っています。

祖母は、霊魂とか妖怪とか 全く信じない人でしたが、この件に関してだけは
不思議な事もあるのよと 肯定的でした・・・・


451 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0

本当は、少し 霊感もあるので 怖い話も書けるのですが 山の話とは 少し外れるので ここには書きません。
ただ 高知の「天童春樹」先生に会うたびに、「お前 見えるだろ」って 言われますww 
見たくないんですが、見えるものは 仕方ナスです;;


452 :本当にあった怖い名無し:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:GfiaBfNi0

>>441
感謝

>>446
串みたいなモノで貫通してる感じなのかな・・・・・考えるとぐろいな

>>449
毛むくじゃらのカッパとか尻から生き肝を抜くとか
言う奴ですね。


454 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0

あ 今は改名して「天道春樹」です。
10000人以上の人相観や占いをした方で 地元では有名な方です。
 


457 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0

この話が 出鱈目じゃないのは、地名をちゃんと挙げて書きました。
まあ 自分の身内の話なんで、書いてもさしつかえないのかとは、思っています。
真実は、意外と怖くはないけど、なんか 不思議な事ってのが 多い気がします。


460 :本当にあった怖い名無し:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:H8H24SH4O
えんこうさん、荒れた中、お話ありがとう
似たような話を海外オカルト短編集で読んだ記憶あるよ
悪さしてたのは確かドナウ河の柳の木だったかな
一緒なのは体中に小さい穴が無数に空いてたってこと
まぁ、こっちの話はフィクションだから、えんこうさんのリアル話とはインパクトが違うけど
四国にはそうゆう話がまだまだあるんですね
神聖なスレ荒らしてるバカ者どもえんこうさんの話をよく読めっ!


461 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0
電話とかネットの波長と、呪詛の波長って近いんですよ。
修験者は、結界張る時に携帯持っていきません。
「いざなぎ流」で式神を使って 
呪うこともできるんです。
そこまでは やりませんが、心得てください。
汚い言葉を吐くと、必ず 返ってきます。(言霊と同じです)
あなたの心の平穏を お祈りします。


463 :えんこう2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0
ありがとうございました。
私も、ルーマニアで 同じ話を聞いたことがあります。
ドナリデルタ(ドナウ川の三角州地帯)で、
友人のルーマニア人に 同じ話を 聞いたときに 驚いた記憶があります。


471 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0

信じるかは信じないかはわかりませんが、
私も「いざなぎ流」の太夫の資質を 受け継ぐものとして、呪詛は禁じられていますが、
なぜ 禁じるかと言えば それなりの力があるからだと思います。
民間信仰だと思う方も いらっしゃると思いますが、ちゃんと 古式の作法に 則った手順を踏んでます。
呪詛の力は、結構 凄いです。
悶え苦しませる事も 可能だと言うことを 一度だけ 目にしたことがあります。


477 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0

バカにする方もいらっしゃると思うのですが、心霊動画とかで オーブが写ったり
急に カメラや照明の調子が悪くなったり、ノイズが入ったりするのを 見たことが有ると思います。
それくらい 波長が近いのです。
だから 逆に追いかける事もできるのです。  



488 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0

>>485さん
多分 日本語の通じない方ですから 煽っても仕方ないかもしれません。
日本国民ではないように思いますので、そっとしておいてやりましょう。



505 :えんこう:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:E8emaHVS0

また オカ板や不思議板で書き込みするかもしれません。
HN「えんこう」を、また使おうと思っています。
見かけたら また よろしくお願いしますね。
嘘やネタや釣りを書くのが嫌いなんで、本当の事を淡々と書こうと思ってます。
まあ どう捉えられるかは、受け手側次第だと思います。
じゃあのw


526 :本当にあった怖い名無し:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:H8H24SH4O

>>505
えんこうさん、颯爽と去ってたな
かっけー
四万十川の怖い話からルーマニア大使館のパーティーまで、
話題盛りだくさんで重ねてありがとうございましたっ


541 :本当にあった怖い名無し:2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:ePpgiZ9z0

乗り遅れちゃったけど、えんこうさん、面白い話サンクス。
昔、石塚尊俊氏の憑き物関係の古本をまとめてアホ程買ったせいで、いざなぎ流にハマったなー。

いざなぎ流では「返(かや)しの風」って言って、他人にかけた呪は
いつか全て施術者に戻ってくるものなんだと言われてる。
あと、破られた呪は呪った本人に戻って来る、ってのはよく言われることだよね。

軽々しく人に呪を送ることはろくでもない結果になる、
一度よく考えろってことなんだろう、と自分は考えたんだけどね。

そういえば、ちょっと前の新日本風土記で高知山間部のいざなぎ流の村をやってたね。
あのあたりは、ほんと山の奥や頂の、
平地住みからしたらトンデモナイ!ようなところに 家があるのが、不思議で恐れ多い感じがするね。


済州島四・三事件は、1948年4月に
在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁支配下にある南朝鮮(現在の大韓民国)の済州島で起こった
島民の蜂起に対し、南朝鮮国防警備隊・韓国軍・韓国警察・朝鮮半島本土の右翼青年団などが
1954年9月までの6年間に引き起こした一連の島民虐殺事件である。


韓国政府側の粛清により島民の5人に1人にあたる6万人が虐殺された。
また、済州島の村々の70%が焼き尽くされるとともにこの事件は麗水順天の抗争の背景にもなった。

済州島四・三事件
Jeju Massacre.jpg
南朝鮮政府による処刑を待つ済州島民
(1948年5月)


1945年、日本が連合国に降伏するに従い朝鮮半島はアメリカ軍とソ連軍によって北緯38度線で南北分割占領・軍政が敷かれた。
この機に南部には親米の李承晩政権、北部には抗日パルチザンを称する金日成の北朝鮮労働党政権が、それぞれ米ソの力を背景に基盤を固めてゆく。

1945年朝鮮建国準備委員会支部(後に済州島人民委員会と改められる)が済州島に創設。
2年後の1947年、済州市内で南北統一自主独立国家の樹立を訴えるデモを行っていた島民に対して警察が発砲し、島民6名が殺害される。
この事件を機に抗議の全島ゼネストが決行。

これに対し、在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁は
警察官や北部・平安道から逃げてきた若者を組織した右翼青年団体(「西北青年団」)を済州島に送り込む
その結果白色テロが行われるようになった。


特に島外から送り込まれた右翼青年団体・西北青年会は島民に対する弾圧を重ね、警察組織を背景に島民の反乱組織の壊滅を図った。
しかし、島民の不満を背景に力を増していた南朝鮮労働党は、1948年4月3日、島民を中心とした武装蜂起を起こす。

1948年に入ると、南朝鮮は北朝鮮抜きの単独選挙を行うことを決断、島内では激しい左右両派の対立が巻き起こった。
その中で単独選挙に反対する左派島民の武装蜂起の日付が4月3日である。
警察および右派からは12名・武装蜂起側からは2名の死者が出た。

済州島民の蜂起に対し韓国本土から鎮圧軍として陸軍が派遣されるにあたり、
政府の方針に反抗した部隊による反乱が起き(麗水・順天事件)韓国本土でも戦闘が行われ、
その際に日本への密航者が多数生じることとなった。

済州島では韓国軍などにより蜂起は弾圧されたものの、
人民遊撃隊の残存勢力はゲリラ戦で対抗するようになってゆく。
治安部隊は潜伏している遊撃隊員と彼らに同調する島民の処刑・粛清を行った。

この殺戮は大韓民国成立後も韓国軍(この時正式発足)によって継続して行われる。
韓国軍は、島民の住む村を襲うと若者達を連れ出して殺害するとともに、
少女達を連れ出しては、2週間に渡って
輪姦、虐待を繰り返した後に惨殺したと言われている。


1948年9月に金日成は朝鮮人民軍を創設・朝鮮民主主義人民共和国の成立を宣言する。

1949年12月24日には、韓国本土で韓国軍は住民虐殺事件(聞慶虐殺事件)を引き起こし、
共産主義者による犯行であると情報操作に成功する。


1950年に南北朝鮮労働党が合同され
金日成の朝鮮民主主義人民共和国が韓国本土に侵攻(朝鮮戦争)すると
朝鮮労働党党員狩りは熾烈さを極め、1954年9月までに3万人が、完全に鎮圧された1957年までには8万人の島民が殺害されたとも推測されている。
また、韓国本土で保導連盟事件が起きると同様に刑務所で1200人が殺害された。
当時、海上に投棄されていた遺骸は日本人によって引き上げられ、対馬の寺院に安置されている。

済州島とは権力闘争に敗れた両班の流刑地・左遷地だったことなどから
歴史的に朝鮮本土から差別されていた島である。
また貧しかった済州島民は当時の日本政府の防止策をかいくぐって日本へ出稼ぎに行き、
定住する人々もいた。

韓国併合後、日本統治時代の初期に同じく日本政府の禁止を破って
朝鮮から日本に渡った20万人ほどの大半は済州島出身であったという。

日本の敗戦後、その3分の2程は帰国したが、
四・三事件発生後は再び日本などへ避難あるいは密入国し、そのまま在日韓国人となった人々も多い。
日本へ逃れた島民は大阪などに済州島民コミュニティを形成したが、
彼らは韓国人コミュニティからは距離を置いた。


済州島では事件前(1948年)に28万人いた島民は、1957年には3万人弱にまで激減したとされる。


この事件を初めて発表した在日韓国人作家の金石範氏は
2015年4月1日に第1回済州四・三平和賞を授賞したが、授賞に際しては市民団体の妨害があった。




【蛇足部分】
北朝鮮は別としても韓国内における同民族間の憎悪社会は理解しがたい部分があるが、映画「チスル」において充満する不条理・絶望感が表現されていると感じるので、嫌韓でなければごらんになって頂きたい。



もっとも、こういった歴史の暗部はどの国にも存在する。
監督のインタビューより、「自分たちが変えていかなければ」とのメッセージが伝わることを切に願う。
どんな人間でも、死んで良い人間などいないのだから。


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1947 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:35:33 ID:cFFR5zTA0
木島氏の元から戻った俺はしばらく悩んでいた。
悩みの原因は、マサさんの『叔母』、一木燿子の霊視だった。
燿子の言うところの『定められた日』……俺の死期はそう遠いものではないらしい。
そのこと自体は、少し前の俺にとっては大した問題ではなかった。
そう、アリサを失ってからの俺にとっては、どうでも良いことだったのだ。
失って惜しいモノは何もないと、イサムと出かけたロングツーリングを利用して、失踪しようとまで考えていた。
だが、今はそうもいかない。
俺には、どうしても片付けなければならない問題があったのだ。
俺は、実家に電話を入れると、イサムを誘ってバイクで実家に戻った。


実家に戻ると、両親と妹、下宿して定時制高校に通う真実(マミ)が俺たちを迎えた。
「この馬鹿息子!マミちゃんを預かる条件として約束したわよね?
どんなに忙しくても、月に一度は帰ってきなさいって!
片道3時間の所に住んでいるくせに、何ヶ月帰ってこなかったの?約束が違うでしょ!」
「ごめんなさい……」マミが母に謝った。
「何で?マミちゃんが謝る必要はないでしょう?
あなたはウチの娘なんだから、嫌だと言っても、お嫁に行くまで家に居てもらうわよ」
「悪かったよ。理由はコイツに聞いてくれよ」
俺は、家族にイサムを紹介し、イサムは俺とロングツーリングに出かけていたことを話した。


1948 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ2012/12/19(水) 06:37:22 ID:cFFR5zTA0
「先輩の妹さんって、美人ですよね。スタイルも良いし」
「そうか?でも、アイツは止めておいた方が良いぞ」
「なんで?」
「……性格が無茶苦茶キツイからな。軽い口喧嘩でも、情け容赦なしに人の心を折りに来るぞ?
それに、腐り切って三次元の男に興味がない上に、ガチ百合だ。結婚とかするタマじゃねえ。
お陰で、完全に、パーフェクトな嫁き遅れだ。あんなの貰ったら人生の不良債権化間違えなしだ」
「……そこまで言います?」
「ああ。お前も今頃、受けだの攻めだのって、くだらない妄想のダシにされているかもな」
「……」
「それより、マミちゃんはどうよ?
あんな腐った年増の不良債権女より、お前にはピッタリな子だと思うけどな」
「ああ、確かに可愛い子ですよね。ただ、影があるというか……訳ありっぽいな、と」
「やっぱり、判るか……」
「ええ。……姉さんと、似た雰囲気があるから。何となくね」
「でも、すごく良い子なんだ。仲良くしてやってくれ」
 
そんなことを話していると、妹が夕食の準備が出来たと呼びに来た。
「黙って聞いていれば人のことを悪し様に言いたい放題。
私は腐女子でもレズでも何でもないって言うの!
私だってね、炊事洗濯、家事一般が完璧で
いつも家にいてくれる可愛い子が居れば、いつでも結婚してやるよ?
別に稼いでこなくても、しっかり喰わせてやるし。忙しくて出会いがないだけだって!」
「お前なぁ、そう言うのを世間一般では『嫁』って言うんだ。
……こんなオヤジ化した年増女じゃ誰も相手にしないよ」
「イサム君、こんなクソ兄貴を相手にすると馬鹿が移るよ?せっかくイケてるのに、もったいない」
「お兄ちゃん、晩御飯食べたらお父さんの部屋に来てね。話があるそうだから」
  
マミは、俺と妹の久子が両親に頼み込んで実家で預かって貰っていた。
今でこそ、家事一般を積極的にこなし、定時制ではあるが高校に通うなど
外出もできるようになったが、ここまで道のりは平坦ではなかった。
俺たちの実家に来た頃のマミは心身ともにボロボロに傷付いて、自殺の可能性すらあったのだ。
マミを実の娘……或いは、抱く事の叶わなかった孫のように可愛がってくれた俺の両親と、
主治医としての久子のケアのお陰だろう。
俺とマミの出会いは、奈津子と出会った事件の後、マサさんが静養中だった頃に遡る。


1949 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:40:13 ID:cFFR5zTA0
俺は、中学時代の友人の葬儀に出席していた。
ヒロコは3年生のときのクラスメイト、リョウタは水泳部で一緒だった。
中学時代のヒロコは、かなりぽっちゃりしていたが明るい性格で、
友人的な意味で男子からも女子からも人気のある子だった。
リョウタは少々お調子者だったが、イケメンでスポーツ万能なヤツだったので、
密かに思いを寄せていた女子は多かった。
同学年や後輩の女子にリョウタのことを相談されたことは2度や3度では無かったので間違いない。
ヒロコもそんな中の一人だった。

ヒロコがリョウタの事を好きだったのは公然の秘密だった。
だが、多くの女子に思いを寄せられていたリョウタは、1学年上の先輩一筋だった。
全く相手にされていなかったのだが、リョウタは周りに自分の思いを公言していた。
基本的にアホだったリョウタが、先輩の進学した学区で2番目の高校に
猛勉強して進学したのは恋のパワー成せる業だったのだろう。
高校進学後、先輩に告白してフラれた話は、
度々本人がネタにしていたので、仲間内では笑い話になっていた。
そんなリョウタとヒロコが大学生の頃に学生結婚したのには驚かされたものだ。
俺は、結婚式には身内の不幸があったので参加できなかったが、祝電を送ったのを覚えている。


1950 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:42:14 ID:cFFR5zTA0
中学の同級生で葬儀に来ていたのは、ヒロコと小学校から大学まで一緒で
仲の良かったマサミと、リョウタと仲が良く同じ高校に進学した吉田。
卒業から20年も経つと、仲が良かったとしても中学時代の友人の参列者はこんなものだろう。
明日、俺が死んだとしても、葬儀に出席しそうなのはPとその他数名といった所だろう。
それだって、多い方に違いない。

ヒロコとリョウタの死因を結婚後も付き合いのあったマサミに聞いてみた。
暖房器具の不完全燃焼による一酸化炭素中毒だったらしい。
……今時、そんなのありかよ。
だが、年代物のボロアパートに住んでいた俺も注意することにした。
 
俺にヒロコとリョウタの葬儀の連絡をしてきたのは藤田という男だった。
3年生の時のクラスメイトと言っていたが、俺に藤田の記憶は全く無かった。
手元に卒業アルバムもなかったので確認の仕様も無かったが、
担任の先生の名前と他のクラスメイトの名前は合っていた。
失礼な話だが、俺の方が忘れていただけだろう。

俺は吉田に尋ねた。
「藤田って来てないよね?俺は、藤田から連絡を貰って葬儀の事を知ったんだけどさ」
「藤田?ああ、確か、そんなヤツがいたな。でも、お前、藤田と同じクラスだったことってあったっけ?」
「実は、覚えが無いんだよな。どんなヤツだっけ?」
「俺も、お前に名前を聞いて思い出したくらいで、殆ど覚えが無いんだよな」
「そうか」


1951 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:43:36 ID:cFFR5zTA0
俺は、マサミと吉田と暫く話した後、
少々距離はあったがタクシーを待つのも面倒なので、歩いて駅へ向かっていた。
駅に向かって歩いていると後方から声を掛けられた。

「おい、XXだろ?俺だよ、藤田だよ!」
顔に見覚えは無かったが、声には聞き覚えがある。
俺の携帯に電話を掛けてきた声の主だ。
メタボって禿げ始めていた吉田も初めは誰か判らなかったので特に疑問は持たなかった。
「おう!遅かったんだな」
「ああ。先に用事があってな。一足違いだったみたいだな」
俺と藤田は、どうでも良い話題を話しながら駅へ向かって歩いていた。
駅が近付いてくると藤田が急に話題を変えた。

「Pに聞いたんだけどさ、お前、拝み屋って言うの?『そっち系』の仕事をしているんだって?」
俺は答えに困った。
クライアントや仕事の関係者以外に俺の『裏の仕事』の事は知られたくないからだ。
俺の家族さえ俺の『裏の仕事』の事は知らないのだ。
俺の家族とキムさんや権さん達との間には、
俺の入院中の見舞いなどで面識はあったが、姉を除いて只の勤務先の上司としか思っていなかった。
 
Pもそのことは知っている。Pは口の軽い男ではない。
「どうしても、相談に乗ってもらいたいことがあるんだ。話だけでも聞いてくれないか?」
渋々だったが、俺は藤田と近くのファミレスに入った。


1952 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:44:37 ID:cFFR5zTA0
「お前さ、『エンジェル様』事件って覚えている?」
「ああ」
『エンジェル様』とは、降霊術の一種として有名な『コックリさん』の数あるヴァージョンの一つだ。
俺が中学2年生だった頃、この『エンジェル様』が俺の通っていた中学校と近隣の小学校で大流行したのだ。
俺は余り興味が無かったので参加しなかったのだが、
休み時間になると教室の何箇所かでエンジェル様に興じる連中がいたことを覚えている。

藤田の話を聞いていて思い出したのだが、この『エンジェル様』の流行は妙な方向へと流れて行った。
『自分専用』のエンジェル様を『呼び出す』連中が現れたのだ。
上手く説明し難いのだが、漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の『スタンド』みたいなものか?
異常に盛り上がったオカルト熱と、所謂『中二病』の複合感染みたいなものだったのだろう。
だが、この自分専用のエンジェル様を『降ろせる』と称する連中を中心に、
クラスの中に『派閥』のようなものが形成されていった。
派閥同士が対立して、教室内の雰囲気が妙に殺伐としていたのを覚えている。

そんな中で『事件』が起こった。
授業中に隣のクラスの女生徒が錯乱状態に陥って暴れたのだ。
隣の教室から他の女生徒の悲鳴と騒ぎが聞こえてきた。
確か、俺達のクラスは『保健』の授業をしていたと思う。
ごついガタイをした男性体育教師が廊下に出て行った。
恐らく、その体育教師は女性徒を取り押さえようとしたのだろう。
だが、体育教師が女性徒に殴られ騒ぎは更に大きくなった。
怪我の内容は知らないが、殴られた体育教師は重傷だったらしく事件のあと1ヶ月ほど休職した。
取り押さえようとした教師を振り切った女生徒は俺達の教室にやってきて、
鉄製のドアに嵌め込まれたガラス窓を素手で叩き割った。
割れたガラスは厚さが1cm近くあって、
成人男性が力いっぱい殴ったとしても素手で割るのはかなり難しそうだった。
それを細身の女生徒が叩き割ったのだ。


1953 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:46:42 ID:cFFR5zTA0
俺や他の傍観組は、初めは女生徒の『芝居』だと思っていた。
『エンジェル様』はエスカレートして、トランス状態に陥った『振り』をするヤツや、
『口寄せ』の真似事までするヤツが現れていたからだ。
だが、錯乱した女生徒の起こした事件は、傍観組も騒然とさせた。
俺達の教室のあった校舎の階は大混乱となり、
その日の授業はその時間で中止となり、2年生は全員下校となったのを覚えている。
 
学校側は事態を重く見てエンジェル様は禁止された。
当然の措置と言えるだろう。
その後も、隠れてエンジェル様を行っているところを見つかって反省文を書かされた連中もいた。
だが、学年が変わるころにはエンジェル様の流行は完全に終息していた。
問題の女生徒は、確か卒業アルバムに名前があったので
転校などはしていないはずだが、その後、学校で姿を見ることはなかった。


「あれって、殆ど自作自演だっただろ?今となっては、恥ずかしい青春の1ページってやつ。
お前も、やってたクチ?」
「ああ、確かに。皆で握っていた鉛筆を動かしたりしてさ。でも……」
「でも?」
「俺、ヒロコ達とエンジェル様をやったことがあるんだ」
「ああ、アイツ、そう言うの好きそうだったからな」
「その時、みんなで握っていた鉛筆を動かしたんだ。ヒロコはリョウタと結婚するって。
ほら、ヒロコがリョウタのことを好きだったのはみんな知ってたからさ」
「それで?」
「ヒロコのヤツが『子供は何人?』って聞いたから、オチを付ける位の軽い気持ちで動かしたんだ。
子供が生まれる前に2人とも死ぬって。
……知ってる?ヒロコってお目出度だったんだぜ!」
「ただの偶然だろ?」

「それじゃ、青木のことは知ってる?」
「確か、ブラバンやっていたヤツだよな?クラスも一緒になったことないし……しらない」
「高校生の時、海で溺れて死んだんだ」
「へえ……」
「やっぱり、その時動かしたんだ、『3年後に溺死』って」
「それで?」
「その時のエンジェル様で出たんだよ」
「何が?」
「俺が死ぬって……首を吊って自殺するって!」


1954 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:48:16 ID:cFFR5zTA0
「それって、お前が動かしたの」
「俺じゃない!」
「それじゃあ、お前と同じように他の誰かが動かしたんだろ?
お前自身に首を括る予定は無いんだろ?考え過ぎだって」
「でもさ、あの時の『エンジェル様』を仕切っていたのは川村だったんだよ!」
川村とは、錯乱して事件を起こした、問題の女性徒だ。

「そう言えば、川村ってどうなったの?
確か、卒業アルバムに名前は有ったはずだけど、あの後、学校に来ていなかっただろう?」
「川村は、何軒か医者に掛かったり、あちこちで御祓いを受けたみたいだけど、
結局、元には戻らなかったんだ。
両親が離婚して、今も母親の実家にいるよ」
「詳しいんだな」
「幼稚園の頃からの幼馴染だからな」
「その時、他に『エンジェル様』をやっていたヤツっているの?」
「川村と青木、ヒロコと菅田、それと川上だ」

川上は、俺が高校時代に付き合っていた彼女『由花(ユファ)』が中学卒業まで使っていた通名だ。
ユファの事は別れ方が最悪だったので、聞きたくなかった。
「ふうん。……そう言えば、菅田ってヒロコ達と仲良かったよな?
今日は来てなかったけど、今、どうしているか知ってる?」
「知らない」
菅田は、幼稚園入園前からのユファの幼馴染で、いつもユファと一緒にいた子だ。
大人しいが、非常に頭の良い子だった。
成績は、学年で常にトップクラスだった。
気が強く口煩い姉と妹に挟まれた中学時代の俺は、
活発なタイプのユファよりも、物静かで大人びた雰囲気の菅田に惹かれていた。


1955 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:50:32 ID:cFFR5zTA0
「とにかく、気にしすぎだと思うぜ?どうしてもと言うなら御祓いの紹介くらいはするけど。
気になって眠れないとかなら、心療内科でカウンセリングでも受けた方が良いよ。
御祓いなんて、所詮、気休めでしかないからな」
そう言って、俺は藤田と別れた。
  
後日、Pに会ったとき、多少の抗議を込めて藤田と彼に聞いた事を話した。
睨む様な目付きでPは俺に向かって言った。
「お前は、その時、何も気付かなかったのか?」
「何のことだ?」
「俺は藤田にお前のことを話したりはしていない。それは無理な相談だからな。
藤田は、ずいぶん前に死んでいるよ」
「……本当か?」
「本当だ。俺達が高校に進学して直ぐだよ。首吊り自殺だ。
藤田のお袋さんは、ウチの店でずっとパートで働いていたからな。通夜にも行ったよ」


1956 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:53:02 ID:cFFR5zTA0
俺は言葉を失った。
Pは、彼の知っている事情を話し始めた。
 
藤田と川村、青木は幼稚園の頃からの幼馴染だったらしい。
俺に藤田についての記憶が無いのは無理の無いことだった。
藤田は1年生の3学期から不登校となり、その後、1度も登校していないからだ。

藤田の不登校の原因は、川村、青木を中心とするグループによる『いじめ』だった。
いじめグループにはユファも居たそうだ。
クラス内で求心力のあった川村たちの行動に異を唱える者はいなかった。
藤田へのクラスメイトのいじめはエスカレートして行った。

そんなクラスメイト達の行動を諌めた者が一人だけいた。
ユファの幼馴染、菅田ミユキだった。
だが、菅田の諌言は、いじめグループの行動の火に油を注ぐ結果となった。
藤田は、菅田の目の前で下半身を裸にされて、射精するまでセンズリを扱かされたらしい。
耐え難い、惨い虐めだ。
菅田の前で藤田にセンズリを扱かせようと提案したのはヒロコだったそうだ。

翌日から、藤田が登校することは二度と無かった。
藤田が不登校になると『いじめ』のターゲットは菅田に変わったようだ。
1学年11クラスあった中での他のクラスの事でもあったし、
当時の俺は全く気付かず、今、Pに聞いて初めて知った事実だった。


1957 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:55:09 ID:cFFR5zTA0
「待てよ、それじゃ、藤田が『エンジェル様』に参加するのは……」
「まあ、常識的に考えて無理だろうな。でも、お前の話は大筋で合っているよ。
ところで、お前さ、『エンジェル様』のルールって知ってる?」
「知らない。やったこと無いからな」
「他ではどうだか知らないけれど、俺達の学校で流行った『エンジェル様』は、必ず5人でやるんだよ。
それ以上でも、それ以下の人数でも駄目なんだ」
「えっ?……川村、青木、ヒロコ、菅田、ユファで5人だぞ?」
「……或いは、エンジェル様の鉛筆を藤田が動かしたと言う話は、本当なのかもしれないな」

俺は気になって、Pに疑問をぶつけた。
「お前、随分と事情に詳しいんだな?」
Pは、これまでの長い付き合いで始めて見せるような、苦い表情で言った。
「いま、俺が関わっている案件のクライアントに関わることだからな……。
中学時代の同級生を当たって調べたんだよ。
お前の為にも、クライアントの為にも、お前だけには知られたくは無かったんだ。
だが、こんな形でお前に知れるのは、何かの縁なんだろうな」
  
思いもしなかった形で、過去の黒い影が俺を捉えた瞬間だった。


1958 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:57:00 ID:cFFR5zTA0
後日、俺はPのクライアントに引き合わされた。
高校時代、俺の彼女だったユファの幼馴染で、中学時代の同級生だった菅田ミユキだった。
ミユキが現れたことも驚きだったが、俺を見た彼女の反応は更に俺を驚かせた。
「P君、なんでXX君を連れてきたの!」
物凄い剣幕だった。……女のヒステリーは苦手だ。
俺は彼女に嫌われるようなことをしていたかな?
少々怯み気味に俺はミユキに言葉を掛けた。
「久しぶり……その、なんだ、俺がここに来ちゃ不味かったのかな?」

Pはミユキを宥めながら、俺がここに来た理由、藤田と『エンジェル様』に関わる話を説明した。
Pの説明の後、俺はミユキに尋ねた。
「何があった?」
Pは一通のミユキ宛の封書を取り出した。
中には紙が一枚。
『エンジェル様』の文字盤だ。
文字盤には赤いペンで、このような文句が書かれていた。
「呪。****」
ミユキによると、****とは、川村が呼び出したと言う、彼女専用の『天使』の名前だそうだ。


1959 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:58:48 ID:cFFR5zTA0
「私、藤田君に恨まれているのかな?」
「藤田の不登校の原因になった『あれ』か?
お前は、他のクラスメイト達を諌めて止めようとしたんだ。
『あれ』は、その結果に過ぎない。恨むならもっと恨むべき人間がいるはずだ。
それとも、他に何かあるのか?」
「うん。あのことがある少し前、私、藤田君に告白されたんだ。
嬉しかった。……でも、断ったの。私、他に好きな人がいたから」
「……そうか、でも、それは仕方の無いことだろ?」
「でもね、その事で藤田君、クラスの皆にからかわれていたから。
私が原因なのに、私が余計な口出しをしたから、あんな酷いことをされて……」
「でも、それで藤田がお前の事を恨むとかは無いと思うぞ?」
「そうかな?……そうだと良いのだけど。
……藤田君、死んじゃったんだね。わたし、全然知らなかった」
ミユキはボロボロと涙を流しながら嗚咽を漏らした。


1960 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:00:06 ID:cFFR5zTA0
俺は、ミユキが泣き止むのを待って質問した。
「封書の差出人に心当たりはあるの?」
ミユキは中々答えようとしない。
答えないミユキに代わってPが口を開いた。

「お前には知られたくなかったが……由花(ユファ)だよ」
「ユファが何故?お前たち、仲が良かったんじゃないのかよ?」
ミユキは興奮気味に言った。
「私たちが仲が良かったって?本気で言ってる?
XX君って、素直って言うか、本当に昔から鈍いよね。
だから、ユファに裏切られていたことにも気付かなかったんだよね」
ミユキの言葉は俺の胸にチクリと突き刺さった。

「……ごめん。でもね、ユファと私は仲良しなんかじゃない。
私は、小さい頃からユファの奴隷だったわ。
昔からユファは私の持っているものを何でも欲しがって、全て奪って行ったわ」

そう言えば、ミユキは藤田が不登校になった後、ユファ達からいじめを受けていたのだ。
俺やPと同じ高校に進学するはずだったミユキは、県外の私立に進学していた。
いじめが原因……いや、ユファから逃げるためだったのか?


1961 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:01:22 ID:cFFR5zTA0
「ねえ、XX君、覚えているかな?わたし、中3の2学期に入院したことがあったでしょう?」
「ああ、盲腸だったっけ?内申書の成績が出る一番大事な時期だったからな。
その所為で、県外の私立を受けることになったんだと思っていた。
ほら、お前もH高を受けるとばかり思っていたからさ」
「……私の初体験の相手はトイレのモップの柄だったわ。
力任せに突っ込まれたから、お陰で一生子供の産めない体にされちゃったけどね」
無表情に酷く冷たい目をしながらミユキは語った。
思いがけず聞かされた、余りにエグイ話に俺は言葉を失った。
 
「ユファに……なのか?」
「ええ……。それと、ヒロコたちね」
俺の中で、楽しかったはずの中学時代の思い出がドロドロとした真っ黒なものに変色していった。

「でもね、それは耐えられた。やっと、ユファから逃げられると思ったから」
「まだ、……何かあったのか?」
「XX君って、残酷だよね。それを私に話させる?」
「……何のことだ?」
「卒業式のあと、美術準備室であったこと、覚えているよね?」


1962 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:02:26 ID:cFFR5zTA0
中学の卒業式が始まる前、俺はヒロコに呼ばれてこう言われた。
「式が終わったら美術準備室に行って。待っている子が居るから。
判っているわね?女の子に恥をかかせるんじゃないわよ」
リョウタみたいにモテるタイプではなかった俺はドキドキしながら式が終わるのを待った。
 
式が終了し、最後のHRが終わった。
クラスメート達と写真を撮り、部活の後輩達から花を貰ったあと、
ヒロコの『早く行け!』というアイコンタクトに従って、俺は美術準備室へ向かった。
美術室に入り扉を閉め、準備室のドアを開くと奥の机にユファが座っていた。
 
「ええっと、ヒロコに聞いて来たんだけどさ、俺を呼んだのってユファ?」
「うん。来てくれないかと思った。
ほら、XXと私って、高校別々になっちゃうじゃない?だから言っておきたいことがあって」
俺はドキドキしながら答えた。
「言っておきたいことって?」
「XX……君って、好きな子とか、付き合っている子って居る?」
「いないよ」
「……私のこと嫌い?」
「いや、そんな事はない」
「じゃあ、高校に行っても、私と付き合ってくれる?」
「うん、いいよ」
「うれしい!」


1963 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:05:00 ID:cFFR5zTA0
こんなやり取りをした後、俺とユファはあんな事をしたい、
こんな所へ行ってみたいなどと取り留めのない話をしていた。
そのあと、確かユファが髪留を外して、掌の上に乗せて言ったのだ。
「ねえ、見て」
俺は少し腰をかがめて髪留を見た。
「目をつぶって」
目をつぶるとユファは、俺の唇に唇を重ねてきた。
唇を重ねると、そのまま柔らかく抱きついてきた。
ユファのやわらかい唇の感触に童貞街道まっしぐらだった俺はフル勃起していた。
耳まで真っ赤に染めたユファが言った。
「これで、私とXXって、恋人同士だよね?」
「……ああ!」
「じゃあ、これからもよろしくね!」


ミユキが話し始めた。
「卒業式のあと、私、美術準備室へ行ったんだよ。手紙を持ってね。
ヒロコが、私に酷いことをしてきた罪滅ぼしに協力するって……わたしって、馬鹿だよね。
そんな言葉を信じて、徹夜で手紙を書いて、二度と行きたくなかった学校に行って。
それで、XX君が待ってるからと言われて、一生分の勇気を振り絞って美術準備室に行ったら……」
「行ったら?」
「中に……XX君とユファが居た。ユファと目が合って、思わずドアの影に隠れたわ。
それで、もう一度、準備室の中を覗いたら……あなたとユファがキスしてた。
もういいでしょ!」


1964 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:06:43 ID:cFFR5zTA0
俺は、心底オンナが、いや、人間の悪意を怖いと思った。
ユファとの思い出は、最後に彼女の裏切りにあって苦いものとなっていた。
何も、被害者面をするつもりはない。
男女間での事だ。俺の方にも大いに非はある。
だが、ミユキの話を聞いて、俺の知らなかった、
いや、薄々は気付いていたユファの黒い一面を知って、俺の背中に冷たいものが走った。
一時は何も見えなくなるくらいに好きだった女が、得体の知れない怪物だった、そんな恐怖心だった。

 
俺は、ミユキに「お前は『エンジェル様』に何て言われたんだ?」と尋ねた。
ミユキは震えながら言った。
「大勢の目の前でレイプされた上で、首を絞められて殺されるって」
ミユキは怯え切っていた。

ミユキが帰った後、Pは俺に話した。
藤田がミユキの前で自慰行為をさせられた件には、もっと酷い前置きがあったのだ。
問題の虐めがあった日、首謀者の川村はユファや他の連中に藤田とミユキを取り押さえさせて、
ミユキの下着も剥ぎ取って言ったそうだ。
「藤田ぁ~、菅田に振られて、笑いものにされて、お気の毒。
さすがに可哀想だから、協力してあげる。ここで菅田とSEXしなよ。みんなで見届けてあげるから。
菅田も、お前にイかしてもらったら、惚れ直して告白を受け入れてくれるかもよ?」


1965 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:08:32 ID:cFFR5zTA0
ミユキは泣き叫び、藤田は必死に抵抗したらしい。
その場にいた男子生徒にボコボコにされ、周りから「早くやれ!」と囃し立てられたそうだ。
藤田は泣きながら「それだけは勘弁してくれ」と哀願した。
そして、ヒロコが提案した。
ミユキをオカズにセンズリを扱いて、射精したら勘弁してやると。
 
恐らく、エンジェル様の『お告げ』は、
この前置きがあった上での川村たちの嫌がらせと脅迫だったのだろう。
その後もミユキへの『いじめ』は続きエスカレートして、
彼女は複数の女生徒たち(男子生徒もいた可能性がある)にトイレで暴行を受け、
回復不能な深い傷を負わされたのだ。
 
俺の胸の底に吐き気がこみ上げてきた。
心神喪失のままの川村にこの脅迫状は出せまい。
他にエンジェル様の『お告げ』を知っていて、脅迫状を出せるのはユファしかいない。
俺は、Pに「協力させてくれ」と頼んだ。

俺は、これまで知らなかった過去の闇の中に足を踏み出した。


1966 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:09:38 ID:cFFR5zTA0
俺はまず、ユファの行方を捜した。


俺とユファの出会いは小学生の頃に遡る。
子供の頃の俺は、かなりの虚弱児だった。
俺は、小学校低学年の頃に川で溺れ、死に掛けたことがあった。
近くにいた大人に救助されて溺死は免れたが、その後、暫く高熱を発し危なかったらしい。
高熱で脳にダメージでも負ったのか、俺はそれ以前の記憶が殆ど無い。
この事は、以前の投稿で既に触れた。
それまで俺の父親は、ひ弱だった俺を家から殆ど出さず、
何のまじないかは知らないが、服まで女物を着せて、酷く過保護に育てたらしい。
そんな父は、俺が回復すると、教育方針を180度転換した。
他に何もしなくて良いから体だけは鍛えろと、
親友だったPの父親の紹介で俺を近所の空手道場に放り込んだのだ。
とばっちりを受ける形でPも一緒に入門した。
俺が『運動馬鹿』になる第一歩だった。
この空手道場にいたのがユファの兄の『李先輩』だった。
 
俺とPが入門した頃、まだ中学生だった李先輩は、
稽古に耐え切れず練習中に度々ぶっ倒れた俺を背負って家まで送ってくれたりした。
高校生になると道場に顔を出す機会は減ったが、
稽古の後、実家で経営している焼肉店に俺とPを連れて行った。
「沢山喰って体をデカくするのも稽古の内だ。お前はひ弱なんだから、人一倍がんばって食わなきゃ駄目だぞ」
と言って飯を食わせてくれたものだ。
小学校から朝鮮学校に通い、高校ではラグビー部に所属していた先輩は、名センターだったらしい。

だが、地元ではラグビーでの名声よりも、喧嘩の武勇伝の方が有名だった。
自宅に良く招かれた関係で、妹の由花(ユファ)とは小学生の頃からよく知った間柄だった。
ついでに、ユファといつも一緒にいたミユキとも顔見知りだった。
小学校時代、ミユキ以外のユファの友達はユファの事を『川上さん』とか『ユカちゃん』と呼んでいた。
他の子が居るときは、ミユキもそうだった。


1967 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:12:09 ID:cFFR5zTA0
俺やPと通っている学校は違ったが、ユファは『川上 由花』という通名で
ミユキと同じ日本の小学校に通っていたのだ。
李先輩がユファの友達、特に幼馴染のミユキに気を使って居たのは子供心にも良く判った。
妹、ユファに対する溺愛ぶりもだ。
俺とPにとって、李先輩は、子供好きで面倒見が良く、
兄馬鹿で、ちょっと怖いところもある兄貴のような存在だった。
高校進学を期にユファは通名を使うのを止めたのだが、
中学時代には皆から『ユファ』と呼ばれて通名を使う意味はなくなっていた。
  
中学の卒業式の日にユファから告白を受け、付き合う事になった俺は、
既に社会人となり、実家を出ていた李先輩に呼び出された。
卒業祝いと言う割には、Pとミユキの姿はなかった。
 
「まあ、飲め」と言われ、「押忍」と答えて両手で差し出したコップに李先輩がビールを注いだ。
初めて飲んだビールは苦く、中々飲み干せなかった。
「ところでさ、お前ら付き合ってるんだって?」
俺は飲んでいたビールを噴出しそうになった。
「お、押忍、ユファと……いえ、妹さんと交際させて頂いてます!」
「ふ~ん、そうなんだ。ところで、お前ら、もうヤったの?」
俺は耳まで赤くなっているのを感じながら、慌てて答えた。
「滅相も無い!まだ、手も握っていません!」少しだけ嘘をついた。
「だよな~。お前、無茶苦茶オクテそうだもんな」
「はあ、……」


1968 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:14:26 ID:cFFR5zTA0
助け舟か、ユファが李先輩に食って掛かった。
「お兄ちゃん、いい加減にしてよ!」
「お前は少し黙っていろ!」
そう言われると、ユファは膨れっ面をしながらも黙った。
「ヤリたい盛りのお前にこんな事を言うのは酷かもしれないけれど、半端な真似は許さないよ?
どうしてもヤリたいと言うなら無理には止めないが、俺とタイマンを張る覚悟はしてくれ。
そう言う事は自分で自分のケツが拭けるようになってから、
自分の力で女と餓鬼を食わせられるようになってからにしておけ」
「……押忍」

そして、更に厳しい顔つきでユファに向かって言った。
「高校生になった妹の恋愛にまでクチを挟む気はないが、出来ました堕胎しますは絶対に許さないからな?
どんな理由があっても、人殺しは許さない。
誰が相手でも産ませてキッチリ責任を取らせるからそう思え」
「判っているわよ!」
「判っていれば、それでいい。健全で高校生らしい男女交際に励んでくれ。
おい、XX、何だかんだ言っても、コイツの付き合う相手がお前で安心しているんだ。
ワガママで気の強い女だけど、宜しく頼むよ」
そう言うと、やっと李先輩は笑顔を見せた。

どこまでも兄馬鹿な人だな、と、緊張の解けた俺は微笑ましく思った。
俺は、そんな先輩を尊敬していたし、堪らなく好きだった。


1969 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:16:41 ID:cFFR5zTA0
高校生活と共に俺達の交際も本格的にスタートした。
だが、初めから何かがおかしかった。
周りの連中に言われるまでもなく、人目を惹く『華』のあったユファと俺が
『釣り合っていない』ことは自覚していた。

俺はユファに夢中だったが、同時に、彼女と会う毎に不安が増していった。
彼女に嫌われていると言う事はなかった。それは判った。
だが、愛されている自信も無かった。
少なくとも俺が好きだと想っているほどには、彼女は俺の事が好きではなかったのだろう。
逢瀬を重ねるほどに、俺は自信を喪失していった。

やがて、16歳の誕生日を迎えた俺は、親や学校に隠れて中免を取った。
バイト代や預金をはたいて中古のバイクを手に入れてからは、バイクに嵌まり込んでいった。
まだポケベルさえ普及しておらず、携帯電話など無かった頃なので、連絡は家の電話で取っていた。
だが、姉と妹、特に妹が、何故かユファを良く思っていなかったらしく、
俺が電話したり、ユファから電話が来ると露骨に機嫌が悪くなった。
放課後の俺は、ガス代やタイヤ代稼ぎのバイトに明け暮れ、
膝に潰した空き缶をガムテで貼り付け、夜な夜な峠で膝摺り修行に邁進した。
ユファの方も、急に経営が傾き出し、従業員を解雇した実家の焼肉店の手伝いで忙しそうだった。
通っている学校も違っていたので、俺達の逢う頻度はどんどん下がって行った。
電話も、姉や妹への引け目から余りしなくなっていたので、話す機会も少なくなっていた。

そして、決定的だったのは高校2年生の時のクリスマスだった。
先輩の警告を破って、半分賭けのつもりでユファに迫った俺は、見事に彼女に拒絶された。

やがて3年生になり、大学受験の準備に入った俺は
出遅れを取り戻すために、連日、選択の補習授業に出るようになった。
ユファとは公衆電話から電話を掛けてたまに話はしたが、殆ど逢う事はなかった。
次に逢う時には別れ話を切り出されそうで怖かったのだ。


1970 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:19:15 ID:cFFR5zTA0
俺にとって、バイクも受験勉強も、ユファを失う恐怖から目を逸らすための逃避行動だったように思う。
やがて年末となり、大学受験の本番が目の前に迫っていた。
クリスマスもユファとは会っていなかった。
冬休みに入っていたが、自習室として開放されていた学校の図書室で
閉室時間まで勉強していた俺は、帰り道で5・6人の男達に囲まれた。
男達は朝鮮高校の制服を着ていた。
俺は朝鮮高校に何人か知り合いもいたし、特に彼らとトラブルを起こした覚えも無かった。
 
「H高のXXだな?悪いが、顔を貸してもらえるか?」
駅は目の前だ。リーダー格のコイツをブチのめして、ダッシュで改札に飛び込めば逃げ切れるか?
……いや、無理だろう。
こういった事に関しては彼らに抜かりはない。
改札前やホームに人を貼り付けているはずだ。
誰の命令かは知らないが、彼らが失敗した時に『先輩』から加えられる『ヤキ』は苛烈を極めるのだ。
恐怖に縛られた彼らから逃げ遂せるのは不可能だろう。
俺は、「わかった」と言って、彼らと共に移動した。


1971 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:21:58 ID:cFFR5zTA0
連れて行かれた先には意外な人物が待ち構えていた。
李先輩だった。
李先輩は鬼の形相だった。

「オ、押忍!お久しぶりです」
「ああ。ところでお前、以前、俺と交わした約束は覚えているな?」
「押忍」
「ならば準備しろ。タイマンだ。死ぬ気で掛かって来い。殺す気で相手をしてやる」
「嫌です」
「何だと?今更逃げる気か?」
「いいえ。でも、俺には先輩が何を言っているか判りません」
「とぼけるつもりか?ユファのヤツの様子がおかしいとオモニから相談されて、
まさかと思って病院に連れて行ったら、本当に、まさかだったよ。
半端な真似は許さないと言ってあったよな?」

まさか……。
俺はショックから立って居られなくなり、その場に座り込んだ。
そして、精一杯に強がって言った。
「煮るなと焼くなと好きにして下さい。でも、先輩とタイマンは張れません。
俺はユファとは何もしていません!」

俺はこの時、泣いていたのだと思う。
李先輩は俺を抱き締めて言った。
「本当に済まなかったな。お前は嘘を言っていない。俺には判っている」


1972 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:23:21 ID:cFFR5zTA0
「XXはこう言ってるぞ!お前の本当の相手は誰なんだ?」
朝高生の男2人に脇を抱えられたユファが俺と李先輩の前に引き出されて来た。
「嘘よ。相手はXXよ。他に有り得ないでしょ!XXもそう言ってよ!」

……誰だ、この女?
ユファに良く似た姿をしているが、他人の空似に違いない。
この女はユファじゃない。堪らなく好きだった、俺のユファじゃない!
他人だ。
ユファに良く似た他人だ。
でなければ、悪い夢を見ているんだ!
 
「いい加減にしないか!」
李先輩はユファを平手で叩いた。
兄馬鹿で、幼い頃からユファを溺愛していた先輩が、妹に手を上げたのは初めての事だったのだろう。
ユファは一瞬、何が起こったのか理解できなかったようだ。
暫くきょとんとしていたかと思うと、やがて大声で泣き始めた。
李先輩は朝高生の一人に朝鮮語で何かを命令した。
「イエー!(はい)」と答えたその男は何処かに行った。


1973 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:25:20 ID:cFFR5zTA0
何処か近くに待機していたのか、10分ほどすると車が1台入ってきた。
車の後部座席から、見るからに柄の悪そうな男2人に脇を抱えられた、
20代後半か30代前半くらいの男が引き出されてきた。
運転席からは男達の兄貴分だろうか?
見るからに貫禄のあるスーツ姿の男が降りてきた。
李先輩はスーツ姿の男に深々と頭を下げた。
引き出されてきた男を見たユファは半狂乱になって叫んだ。
「違う、その人じゃないの!XXなのよ、信じてよ!」

俺は、もう、全てがどうでも良くなっていた。
李先輩は酷く冷たい声色でユファに言った。
「いい加減にしろ。
男女の恋愛沙汰だ。別れる別れないとか、他に好きな男が出来るとかは良くあることだ。
そんな事はどうでもいい。それはお前とXXの問題だ。
だが、お前のやっている事は何だ?
お前のやっている事は余りに誠意と言うものが無いじゃないか!」


1974 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:27:10 ID:cFFR5zTA0
李先輩は、ユファの相手の男に歩み寄った。
「お前、人の妹に、未成年に手を出しやがって……。責任は取ってもらうからな?」
更にユファに向かって言った。
「出来ました、堕胎しますは許さない。誰が相手でも産ませるといった事は覚えているな?
どんな形であれ、人殺しは許さない。
自分の行動の責任は自分で取るんだ。子供は産んでしっかり育てろ」
「ふざけるな、冗談じゃない!」
相手の男が悲鳴のように叫んだ。
「俺には妻も子供も居るんだ。そんなことをされたら身の破滅だ」
「なんだと?それじゃあ、妻子持ちが高校生の餓鬼を騙して弄んだというのか?
俺の妹に、初めから捨てるつもりで手を出したのか?」
「あ、遊びだったんだ。軽い気持ちで、こんな事になるとは思っていなかったんだ!」

……この馬鹿!
この場に居る誰もが緊張した。
これから、この場所で殺人が行われる。
だが、李先輩は冷静だった。


1975 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:29:13 ID:cFFR5zTA0
先輩はユファに向かって言った。
「店は畳む。オモニは俺が引き取る。
お前には、アボジが残してくれたあの家をやろう。だが、それだけだ。
お前とは縁を切る。もう兄でもなければ妹でもない。
俺にも、オモニにも、それからXXにも二度と近付くな」

そして、俺の両肩に手を置いて、声を震わせながら言った。
「こんな事になって、本当に済まない。
……ユファの相手がお前だったら、良かったんだけどな。
あんな馬鹿な妹で、本当に済まなかった。
俺達兄妹とのこれまでの事はなかったものとして忘れてくれ」
先輩の目からは涙が溢れていた。
始めて見る、李先輩の涙だった。
……声が詰まって俺は何も言えなかった。

スーツの男に李先輩が言った。
「すみません、彼を送ってやって下さい。お願いします」


それから、李先輩とユファがどうなったのか俺は知らない。
俺からユファを奪った、あの男がどうなったのか、生死も含めて知る事は出来ない。
俺は受験に失敗して浪人する事になった。
ユファ達の家には、いつの間にか売家の札が貼られていた。


1976 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:31:14 ID:cFFR5zTA0
俺は、キムさんが『裏の仕事』でよく利用する調査会社の男にユファの行方調査を依頼した。
呪詛や心霊関係にも明るく、そのような方面からの切り口で調査を進められる稀有な人材だ。

「アンタが社長を通さずに直接俺に調査を依頼するとは珍しいな。『あっち方面』の依頼か?」
「ああ。ちょっとした呪詛絡みでね。人を探してもらいたいんだ」
「探すのは構わないが、あんたの個人的依頼と言う事になると結構掛かるよ?」
「その点は大丈夫だ。スポンサーが居るんでね」
「そうか、1週間……いや、10日待ってくれ」
  
2週間後、調査会社の男が調査報告書を持って来た。
「アンタにしては掛かったな」
「ああ。意外にてこずったよ。だが忠告しておく。あんたは、この報告書を見ないほうがいい」
「なぜ?」
「……あんた、その女に惚れていたんだろ?他にも色々とあるんだが、辛いぞ?」
「おいおい、半人前かもしれないが、俺も一応はプロだぜ?」
「そうだったな」
彼が言ったように、調査報告書の内容は、俺にとって衝撃的で辛い内容だった。


1977 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:33:54 ID:cFFR5zTA0
李先輩とその母親は10年前の震災で亡くなっていた。
俺もPも知らなかった事実だった。
別れた後のユファの足跡も読んでいて辛いものがあった。
ユファは高校を卒業後、女の子を出産していた。
兄に厳しく言い渡されていたとはいえ、堕胎せずに出産していた事に俺は驚いた。
その後のユファの人生は男の食い物にされる人生だった。
 
最初は自宅を売りアパートを借りる際に頼った不動産業者の男だった。
ユファの実家を売った金は、1・2年で使い果たされ、
金が無くなると男はユファと子供を捨てて逃げたようだ。
男が逃げて直ぐに、ユファはスーパーのパート店員から水商売に転じた。
其処でのユファの評判は余り芳しいものではなかった。
店の売り上げを持ち逃げした、客から多額の借金をして行方をくらました等、悪評が付いて回った。
水商売の世界に居られなくなり、やがて風俗嬢に。
ヘルスからソープを経て、某新地へ。

新地時代のユファのヒモだった男の名を見て俺は驚愕した。
三瀬……中学時代の同級生だった。
ユファが新地で働いていた頃、俺は三瀬に会った事があったのだ。


1978 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:35:04 ID:cFFR5zTA0
俺が、バイトでバーテンをしていた店に三瀬が2・3人の女を伴ってやってきたのだ。
当時の三瀬は、まだ、大学生だった。
俺の居た店は、大学生が出入りするには少々高い店だった。
まあ、場違いなバカボン大学生が来る事も無かったわけではなかったので、
その時は別に疑問も持たなかった。
偶然の再会……を喜び合った俺たちは、一緒に遊びに行く事を約束して別れた。
 
後日、俺は三瀬の車に乗って、彼と遊びに出かけた。
彼の車はFD、ピカピカの新車だった。
「金回りが良いんだな」
「まあね」
そんな三瀬に連れられて行ったのが、報告書にあった某新地だったのだ。

報告書と俺の記憶を照合すると、俺はユファのヒモだった三瀬に、
ユファが働いていた新地に連れて行かれたことになる。
その頃は、俺の女遊びが一番激しかった時期だった。
何周か店をひやかして歩き回った。
中にはそそられる女もいたが、風呂もシャワーも無いと言う事で、その不潔さから
「俺はいいや」と言って店に上がる事はなかった。
報告書を読みながら、俺は心拍が上がり呼吸が苦しくなって行くのを感じた。


1979 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:37:32 ID:cFFR5zTA0
報告書には無かったので
俺は調査会社の男に「三瀬は、いまどうしているんだ?」と尋ねた。
何度か留年を重ねて大学を卒業した後、三瀬は一旦就職したが、すぐに退職して無職だったようだ。
ユファのヒモを続けていたのだろう。
その後、ユファに逃げられ、覚せい剤取締法違反で逮捕され収監されている。
自己使用だけでなく売人もやっていたようだ。
出所後、更に2度収監され、今でも中毒者ということだった。
 
俺は、更に報告書を読み進めた。

三瀬から逃げたユファは、迫田というチンピラの情婦になっていた。
迫田は薬物事犯や暴力事犯での逮捕歴が二桁近くある男で、
関東の某組から『赤札破門』『関東所払い』を受けて流れて来たようだ。
通常の破門ならば拾ってくれる組もあったのだろうが、
『赤札破門』の迫田を拾ってくれる組は無く、当然堅気にも戻れなかった。
迫田はユファを使って『美人局』を行って生計を立てていたようだ。

確かに、読んでいて辛い内容だった。
だが、最後の項目を目にした俺は、激しい怒りに捕らわれた。
信じ難く、許せない内容だった。
李先輩やおばさんが生きていたら、絶対に許さなかっただろう。
俺は、調査会社の男に「これは本当なのか?」と、確認した。
「本当の事だ」

ユファと迫田は、ユファの娘を使って『美人局』を行っていたのだ。


1980 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:39:10 ID:cFFR5zTA0
ユファの調査は進めたが、俺はユファと、できれば直接に関わるつもりは無かった。
だが、無視する事は出来なかった。
絶縁したとはいえ、李先輩が生きていて、この事を知ったならば、やはり放置しなかったはずだからだ。
こんな形で、この事を知ったのは先輩の導きかもしれない。
この際、ユファの事はどうでもよかった。
だが、ユファの娘は何とかしたかった。
巡り合わせ次第では、俺の『娘』だったかも知れない子だからだ。
俺はユファ達の棲む町へと向かった。
  
事に移る前に、俺は地元のヤクザに金を包み、話を通しに行った。
話はすんなりと進んだ。
「ああ、あの胸糞の悪いチンピラと朝鮮ピーだな。
最近調子に乗りすぎていて、目障りだったんだ。好きにしてかまわない。手出しも口出しもしないよ」
そう言って、そのヤクザはユファの娘を拾う方法まで教えてくれた。


1981 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:40:13 ID:cFFR5zTA0
ユファの娘が客を拾っていたのは、川沿いのラブホテル街だった。
夜の通りに7・8人の30代から50代くらいまでの中年女性が立っていた。
女を物色していると思われる男たちが、川沿いを何度も往復していた。
往復している男たちに女が世間話を装って話しかけ、見極めたうえで交渉に入るようだ。
俺は男たちに倣って川沿いの道を何往復かしてみた。
ユファの娘らしき女は立っていなかった。
それはそれで構わない。

やがて、一人の女が話しかけてきた。
「お兄さん、さっきからずっと歩いてるよね。夜のお散歩?」
「まあね」
少し雑談していると、女が切り出してきた。
「お兄さん、これから遊びに行かない?」
「遊び?」
「判ってるんでしょ?ホテル代別でショートでイチゴー、ロングなら3だけど、
お兄さんならニーゴでいいわよ?」
「今日はいいや」
「お目当ての子が居るの?」
「ああ。この辺に高校生くらいの子が立ってるって、ネットで見てさ」
「ああ、あの子ね。あの子は火曜日か木曜日にしか来ないよ。
その先のローOンの前の橋のところに10時位から立つけど……止めた方がいいわよ」
「なんで?」
「あの子、お客の財布からお金を抜くのよ。それがばれると……判るでしょ?」
「美人局か」
「そうそう!それで、悪い噂が立っちゃって、私たちも迷惑してるのよね」
俺は女と別れて、その日は撤収した。


1982 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:42:35 ID:cFFR5zTA0
何度か空振りした末に、俺はユファの娘を捕まえる事に成功した。
「ホテル代別で3。朝までなら5よ」
「お、強気だね」
「嫌なら……別にいいんだよ」
金髪にして、少し荒んだ感じだったが、娘には昔のユファの面影が確かにあった。
まだ幼い顔立ちと、細すぎる肩。
正直、胸が痛んだ。
「OK!5だな。朝まで楽しもうぜ」
俺は、彼女に付いて少し先のラブホテルに入った。

「お金。前金でお願い」
「嫌だね」
「……それなら帰る」
「それも駄目だ」
「……お金、出しておいた方がいいよ?」
「迫田には連絡したのか?まだだったら電話しろよ」
彼女は、驚いてはいたが妙に落ち着いていた。

「あなた、警察の人?」
「いいや。……妙に落ち着いてるんだな」
「そう?……私なんて、どうなっても、……どうでもいいから」
彼女の手首にはリストカットの痕が幾筋も残っていた。

「逃げた方がいいわよ?迫田って、無茶苦茶だから。オジサン、殺されちゃうよ」
「俺が逃げたら、お前が酷い目に合うんじゃないか?」
「そうかもね。でも、殺されはしないだろうし……。
『仕事』をしなくちゃいけないから、そんなに酷くはやられないと思う……」
正直、痛ましくってやっていられなかった。


1983 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:45:19 ID:cFFR5zTA0
「どうせ、下の出口にでも待ってるんだろ?とりあえず、ここに呼べよ」
彼女が電話すると直ぐに迫田が上がってきた。
ドアの鍵は開いていた。
室内に入って「てめえ、人の娘に……」と
言うか言わないかのタイミングで俺は迫田に襲い掛かった。
 
虚を衝かれ、怒りに歯止めが利かなくなった俺の暴力に晒された迫田は動かなくなっていた。
まあ、死にはしないだろう。
こんなクズは、死んだところで問題はないが、
死んだら死んだで面倒なので生きていた方が都合は良かった。

「こいつ、お前の親父なの?」
「違うよ。母さんのオトコ」
「お前の母さんは、……お前がこんな事をさせられているのを知ってるのか?」
「……うん」
「お前の本当の父親は?」
「良くは知らないけど、母さんを捨てて逃げちゃったらしいよ。私のせいだって」
「……そうか」
「オジサン、何なの?私をどうするつもり?」
「どうもしないよ。俺は、李 ユファの、……君のお母さんの昔の知り合いなんだ。
君のお母さんに会いたい。案内してくれないか?」
「いいよ」


1984 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:47:18 ID:cFFR5zTA0
車の中で聞かれた。
「オジサンは母さんの昔の知り合いなんでしょ?
私のお父さん、母さんの彼氏だった人のこと、……どんな人だったか知ってる?」
「さあな。俺は中学生の頃の同級生だから」
「……そうなんだ。ほら、そこの角を右に曲がって……あれよ」

ユファ達が住んでいたのは、三階建てのコンクリート作りの建物が5棟ほど建った古い団地だった。
建物のひとつの階段を上り、二階の右側の鉄扉を彼女が開けると
アルコールと生ゴミの混ざったような悪臭が鼻を突いた。
室内はゴミが散乱していて汚い。
 
彼女が「ただいま……」と消え入りそうな弱々しい声を発すると、
灯りの消えた真っ暗な部屋の奥から女の声が聞こえた。
「あ……ん?早いんじゃない?あの人はどうしたの?一緒じゃないの?」
彼女は俯いたまま、黙って立ち尽くしていた。
「黙っていないで、何とか言え!」
怒号と共に何かが飛んできた。
飲み残しの入ったビールの空き缶だった。
ブチッと、俺の中で何かが切れるのを感じた。
 
俺は、明かりを点けて部屋の奥に踏み込んだ。
何日も櫛を通していないようなボサボサ髪に
薄汚れて犬小屋の毛布のような臭気を発するTシャツ一枚の女が眩しそうに顔をしかめた。
俺は酒臭い女の髪を掴んで風呂場に引きずっていき、
薄汚れた水が張りっぱなしになった浴槽の中に放り込んだ。
「だれ?何をするのよ!」と叫ぶ女に、更にシャワーで水をぶっ掛ける。
 
「俺が判るか?ユファ!」
一瞬、呆然とした表情を見せた後、ユファは口を開いた。
「XX……なの?何で、ここに……?」
「何でも、糞も無い。何なんだ、このザマは?」


1985 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:49:53 ID:cFFR5zTA0
「アンタには関係ないでしょ!」
「ああ、関係ないね。お前がどうなろうが知った事じゃない。
けどな、お前らが娘にやらせている事は見過ごせねえ。
……おまえら、人間じゃねえよ。なんでこうなった?」
ユファは、吐き捨てるように言った。
「何を偉そうに。この子と一緒と言う事は、この子を『買った』んでしょ?
やる事をやっておいて、大口を叩くんじゃないわよ。同じ穴の狢じゃない!」
ユファは怒気の篭った声で娘に言った。
「何でこんな奴をここに連れて来たの!迫田はどうしたのよ!」
「あの人は、……この人にやられちゃった」

「アハッ、迫田がXXに?無理よ。
XXはね、小っちゃくて弱っちいんだよ。
背だって私の方が大きかったし、足だって私の方が速かったんだ」
……いつの話だ?虚弱だった小学生の時分、俺が初めてユファに逢った頃の話か。
 
「そうだ、XXは弱い子だから、私が助けてやらないといけないんだ……お兄ちゃんが言ってた」
何か様子がおかしい。
酒で泥酔しているからだと思ったが、明らかに挙動がおかしく、話す内容も要領を得ない。
そう言えば、ユファのヒモをしていた三瀬は薬物事犯で服役したし、迫田も薬物事犯の累犯犯罪者だ。
薬物中毒か……。
 
「XX、早くここを出て行って!迫田が戻ってきたら、私もあなたも殺されちゃうよ!」

ユファも娘も、迫田に暴力で支配されていたのは間違いないだろう。
俺は娘に言った。
「悪いようにはしないから、俺と一緒に来い」
「無理だよ。私もお母さんも迫田に殺されちゃうよ?」
「その迫田から逃げるんだよ。迫田はさっきのホテルでまだノビてる。逃げるなら今しかないぞ?
ここに居て、迫田が戻って来たら、また同じ事の繰り返しだぞ?
一緒に来い。何があっても今の状況よりはマシだろう?」
「……判った」
「ユファ、嫌だと言っても、お前には一緒に来てもらう。問い質さなければならない事があるからな。
2人とも、身の回りの荷物を纏めろ。30分後に出るぞ」
  
俺はPに連絡を入れ、彼とミユキの元へと向かった。


1986 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:51:04 ID:cFFR5zTA0
俺は、Pの元にユファとその娘を連れて行った。
ユファは思った通り、重度の覚醒剤中毒だった。

艶を失くした髪や肌はボロボロで老婆のよう。
重度の覚醒剤中毒患者に特有の症状らしいが、歯がボロボロに腐り、
腐敗したキムチのような耐え難い口臭を放っていた。
痩せ細り骨ばった体は30代の女のそれではない。
やはり薬物中毒患者に多いと言う肝疾患を患っていたため、黄疸で白目も黄色く変色していた。

変り果てたユファの姿に、俺は少なからぬ衝撃を受けた。
俺は、ある医師を頼りユファと娘を診させた。
だが、その前にすることがあった。
ミユキに送られてきた『脅迫状』について問い質さなければならない。
  
ミユキとユファが対面したのは、中学卒業以来、20年ぶりのことだった。
ミユキは、あまりに変わり果てたユファの姿に絶句していた。
ユファは、俯いたままミユキの顔を見ようとしない。
Pが、ユファにミユキに送られてきた脅迫状、
『呪。****』と赤文字で書かれた『エンジェル様』の文字盤を見せながら言った。
 
「手短に聞こう。これをミユキに送りつけたのはお前か?」
「いいえ」
「本当に?」
「ええ、本当よ。でもね、ミユキや他のみんなを呪っていなかったかと言われれば、嘘になるけどね。
XX、あんたの事もね」


1987 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:53:25 ID:cFFR5zTA0
 Pがそれまでの経緯をユファに話して聞かせた。
ユファは驚いていたが、「結局、エンジェル様のお告げは全て当たったのね」と呟いた。

俺は、ユファに尋ねた。
「お前は『エンジェル様』に何て言われたんだ?」と。
ユファは声を震わせて答えた。
「一生、生き地獄……」
俺は何と言って良いか判らなかった。
代わりに尋ねた。
「ミユキに脅迫状を送りつけた主に心当たりはないか?」
ユファは首を横に振った。
……振り出しか。
 
最後に、俺はユファに訊ねた。
「なぜ、ミユキにあんな真似をしたんだ?お前たち、友達じゃなかったのかよ」
「そうね、私にとっては唯ひとりの友達かもね。私を初めから本名で、
『ユカ』じゃなくて、ちゃんと『ユファ』と呼んでくれていたのはミユキだけだったからね」
「だったら、何故?」
「友達だから、ミユキの下に立つことは絶対に出来なかったのよ」
「なんだよ、上とか下って!……友達というのは対等なものじゃないのか?」


1988 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:55:09 ID:cFFR5zTA0
「アンタには判らないでしょうね。……P、アンタになら判るでしょう?」
Pは苦々しい表情で言った。
「……ああ。わかるよ」
「ミユキは、私がどんなに頑張っても敵わない位に頭も良かったし、
女の私から見ても羨ましいくらいに可愛かったからね……。
何をやっても敵わない。
……そんなミユキの下に立ったら、惨めじゃない。
アンタやPだって、兄さんだって私よりミユキの方が好きだったでしょう?」
「待てよ、少なくとも先輩は、いつもお前のことが第一だったじゃないか。
ミユキがお前の一番の友達だったから、気を使っていただけだろ?
俺だって、お前と付き合っていたじゃないか。少なくとも、俺は本気でお前のことが好きだったぞ?」
「いいえ、それは嘘。でなければ、あなたがそう思い込もうとしていただけ」
俺が言い返そうとするのを遮るようにミユキが言った。
「卒業式の日、美術準備室であったことは、なんだったのよ?」
 
「兄さんはね、あなたのことが好きだったのよ。本当にね。
まあ、あの兄さんだから、あなたが気づかなくても仕方ないけどね。
なのに、あなたはXXまで……許せなかったわ。
……ねえ、XX。あなた、あの日、告白したのが私じゃなくてミユキだったら、
ミユキと付き合っていたんじゃない?
私よりも、ミユキに告白された方が嬉しかったんじゃない?」
「もしもの話をされてもな……。
俺はお前と付き合った。あの日のことは物凄く嬉しかった。舞い上がるくらいにな。それだけだ」
「相変わらず、狡いのね。……もういいでしょう?疲れたわ」


1989 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:57:06 ID:cFFR5zTA0
事件は振り出しに戻った。
 
俺とPは、千津子と奈津子の『力』によって負ったダメージから
回復するために静養中のマサさんに相談してみた。
マサさんは言った。
「お前たちは、ひとつ大事なことを見落としているぞ?
もう一人、ミユキを含めた『エンジェル様』のメンバー全員を呪う人物がいるだろう」
「誰ですか?」
「判らないか?藤田の母親だよ。
それとな、川村が呼び出した天使『****』と言うのは、
韓国のあるキリスト教会で猛威を振るった『巫神』……悪魔の名前なんだ。
その辺も含めてもう一度洗い直してみろ」

 
俺とPは、藤田・川村を中心に過去を洗い直した。
すると、意外な事実が浮かび上がってきた。

藤田家と川村家は、両家に子供が生まれる前から接点があった。
両家はあるキリスト教会の信者であり、その教会の牧師は韓国人だった。
俺の母親もクリスチャンだがカソリックなので、プロテスタント系の地元のその教会には通っていなかった。
その韓国人牧師には、韓国人聖職者にありがちな問題行動があった。
藤田の母親は、Pの実家が経営する店でパート店員として働き、
一人息子の藤田を女手一つで育てていた。
藤田の父親は、藤田が小学生の時に自殺している。
川村の両親も、川村が中学生の頃から夫婦仲が悪化し、
娘が心神喪失状態になると父親が家を出て帰らなくなり、やがて離婚が成立した。


1990 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 07:58:26 ID:cFFR5zTA0
Pが主に動いて、意外な、そしておぞましい事実が明らかになった。

藤田の父親の自殺と川村の父親の出奔の原因は、共に妻の不貞だった。
そして、妻たちの不倫の相手は、共に教会の韓国人牧師だった。
その牧師が川村と藤田の本当の父親だったのだ。
更に、川村の問題行動……藤田への悪質で執拗ないじめが始まる少し前に、凶悪な事件が起こっていた。
中学生になったばかりの川村は、血縁上の父親でもある韓国人牧師に強姦されていたのだ。
事件を揉み消すために、教会から信者に多額の金が流れ、
問題の韓国人牧師は韓国に帰国していた。

この韓国人牧師は日本に来る前、韓国の教会で起こったある事件に連座して
韓国の宗教界に居られなくなり、その過去を隠して来日していた。
その事件とは、聖職者数名が未成年者を含めた多数の信者女性を集めて
『サバト』を開いていたというものらしい。
川村が呼び出した天使……いや、悪魔『****』とは、その『サバト』で呼び出されていたモノらしい。
どうやら、問題の韓国人牧師は日本でも『サバト』を開いていたようだ。
そこで、川村は牧師に強姦され、
父親の自殺時に藤田が知ることになった自らの出生の秘密を知る事になったようだ。
川村が幼馴染の藤田に抱き続けた恋心は激しい憎悪に変わり、
その憎悪は藤田が想いを寄せた菅田ミユキにも向けられた。


1991 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 08:00:59 ID:cFFR5zTA0
俺たちは、藤田の母親を問い詰めた。
藤田の母親は、驚くほどあっさりと、ミユキに脅迫状を送った事実を認めた。
息子を自殺に追い込んだ連中の幸せな様子が許せなかった……らしい。
だが、それだけではなかった。
 韓国人牧師に逃げられた藤田の母親は、
父親の自殺以降、自分に軽蔑の視線を送り続けていた我が子を『****』に捧げていた。
息子を生贄に、牧師の『寵愛』を奪った川村を呪ったというのだ。
狂っている……
そう形容するしか言葉が思いつかなかった。
そんな、藤田の母親の怨念に再び火をつけたのは、息子が想いを寄せていた、菅田ミユキの結婚話だった。
ミユキはPのプロポーズを受け入れていたのだ。

そうだ、思えばPは小学生の頃、俺と一緒に李先輩の所に遊びに行っていた頃からミユキが好きだったのだ。
Pは、長いあいだミユキの相談に乗り続け、彼女を支えていた。
「水臭いじゃないか、P!おめでとう。何で話してくれなかったんだ?」
「……全て片付いてから話すつもりだったんだ。
それに、ミユキと結婚する前に、やっておかなければならないことがあるからな」
「やっておかなければならないこと?」


1992 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 08:02:31 ID:cFFR5zTA0
「ああ、俺は、呪術の世界の一切と、マサさん達と今度こそ手を切る。
恐らく、すんなりとは抜けることは出来ないだろう。
だが、俺は、ミユキ以外の全てを失っても、絶対に抜けてみせる」
「そうか……」
「だから、お前とも……」
「判るよ……皆まで言わなくていい」
「すまない、俺がお前をこんな世界に引き摺り込む原因を作ったのに……」
「Pそれは違う……こういう形だっただけで、こうなることは必然だったんだ。
うまく抜けて、ミユキを幸せにしてやってくれ。
もし、俺がお払い箱になって足を洗うことができたら、その時は就職の斡旋でもしてくれよ」
「ああ、必ずな。待っているよ……必ず来てくれ」


1993 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 08:04:14 ID:cFFR5zTA0
俺は、ユファのことを弁護士をしている大学時代の友人に頼んだ。
彼女は、DVや少年問題をライフワークにしている。
彼女の活躍で、ユファには執行猶予が付き、実刑は受けずに済んだ。
しかし、彼女はもう手遅れの状態だった。
肝臓を完全にやられ、売春や薬物中毒といった経歴から恐れていた感染症にも罹患し、
既に症状が出始めていた。

俺は、妹の久子にマミの診察と治療を依頼した。
最悪の事態も含めて、ある程度の予想はしていたが、マミは数種類の病気に感染していた。
だが、不幸中の幸いで、マミの罹っていた病気は、全て治療可能なものだった。
しかし、他方で、慢性化していた病は、マミから受胎能力を奪い去っていた。
そして、肉体よりも精神的なダメージの方がより深刻だった。
自殺願望が強く、拒食の傾向が顕著に出ていたのだ。


1994 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 08:06:01 ID:cFFR5zTA0
俺は、療養中のユファに面会に行った。
精神医療のことは全く判らないので、医師の指示に従うしかなかったのだが、
マミはユファには会わせない方が良いらしい。
死相の浮かんだユファは、痩せこけて老婆のようだった。
俺は、カサカサで骨張った小さな手を握った。
 
俺が手を握ると、ユファが目を覚ました。
暫く無言の状態が続いたが、俺は特に答えを聞くつもりもなく言った。
「俺たち、なんでこんな風になっちまたのかな……」

ユファが俺を見つめながら言った。
「あなたの妹さん……久子ちゃんって言ったかしら?
あの子に言われたのよ……お兄ちゃんは、ずっと無理をしているって。
私と付き合うようになってから、あなたが全然笑わなくなったって……
お兄ちゃんのことが好きじゃないなら、もう解放してあげて下さいってね。
泣きながらよ?……ブラコンよね、重症の」
「ブラコンについては、お前は人のことは言えないだろ?」
「そうかもね。でもね、妹さんに言われて、納得したわ。
私、付き合っている間、あなたの笑顔を見たことなかったもの。
子供の頃、お兄ちゃんやミユキたちと遊んでいた頃は、あなたはよく笑っていたのにね。
私、あなたの笑顔が大好きだったの」


1995 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 08:08:44 ID:cFFR5zTA0
「無理をしていると言えばそうだったかもな。
臭い言い方をすれば、お前は俺にとっては眩しすぎたから。
周りの連中にも言われていたけれど、俺は、お前とは釣り合っていないってね。
妙なコンプレックスを感じていたのは確かだよ。
結局、俺はお前と向き合うことから逃げていたんだよな」
「馬鹿ね。私から、あなたに告白したのよ……周りから何を言われても関係ないじゃない?
何も気にしないで、私だけ見てくれていたら良かったのにね」
「そうだな」

「あのクリスマスの夜……なんで、途中で止めて、何もしないで帰っちゃったの?すごく、悲しかった」
「お前に拒絶されたと思って……判っているよ、俺がヘタレだったんだよ。
妙なコンプレックスを持っていて、萎縮してしまったんだ」
「私たち、付き合うのが少し早すぎたのかもね……
もう少し、大人になってから付き合えば、幸せになれたかも。
少なくとも、マミをあんな風にはさせなかった……あの子を愛してあげられたかも知れないのにね」
「……」
「あの子が、あなたの子だったら……」


1996 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 08:10:57 ID:cFFR5zTA0
「苦労することが分かっていても、お前はあの子を産んだ……堕ろすって選択肢だってあったのにな。
それに、あの子を産んだあとだって、捨てると言う選択肢があったはずだ。
でも、お前はそうしなかった。
……それは、心の底では、お前があの子を愛してるってことじゃないか?
そうでなければ、俺は今日、お前に会いに来ることはなかったよ」

「でもね、あの子を見ていると、お兄ちゃんやミユキ、
それにあなたを裏切った自分の愚かさを突き付けられるのよ。
自業自得なのは分かっているの。
それなのに……何の罪もないあの子を傷つけてしまうのよ。
わたし、あの子の笑ったところを一度も見たことがない……」
ユファは泣き始めた。そして、言った。
「こんなことを頼めた義理ではないのは判っている。
でも、私にはあの子の事を見届ける時間はないと思うから……あの子のことをお願いします」
  
その後、色々とあったが、俺と妹が両親に頼み込み、
弁護士の友人や、その他多くの人々の働きがあって、マミは俺の実家に身を寄せることになった。


1997 :傷跡 ◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 08:14:02 ID:cFFR5zTA0
夕食のあと、俺は父の書斎に行った。
そこで、両親に切り出された。
「マミちゃんの事なんだが……素子と久子の了解はとってある。後は、お前の了解を得るだけなんだ」
「……なんだよ」
「あの子の事情は、全て知っている。
その上での事なんだが、お前さえよければ、あの子を養女に迎えたいんだ。
私と母さんが生きている間にあの子を嫁にでも出してあげられれば良いのだけど、
父さんも母さんも、もう年だからな」
「いい話じゃないか。俺に異存はないよ。ありがとう」
「そうか!あの子の前で揉めるのは避けたかったんだ。それじゃ、あの子に話してみるよ」
  
思いがけない形で、俺の心残りだった懸案は片付いたようだ。
思い残すことは、もうない。
これまでのマミの人生はあまりに辛く、酷いものだった。
すぐには無理かもしれないが、人並みに学び、人並みに遊んで、人並みに恋をして、
泣いて、そして笑って欲しいのだ。
マミが幸せで、いつも笑顔でいてくれるなら、俺のこれまでにあったこと全てに意味が見出せるだろう。
例え、明日『定められた日』が来ても、俺は満足できるに違いない。



おわり




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1930 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:01:31 ID:cFFR5zTA0
イサムと出かけたロングツーリングから戻った俺は、以前からの約束通り、木島氏の許を訪れていた。

呪術師としての木島氏しか知らなかった俺は、木島氏の意外な一面を知ることになった。
木島氏は婿養子らしい。
5歳ほど年上だという奥さんの紫(ゆかり)さんは、少しきつい印象だが女優の萬田久子に似た美人だった。
紫さんの父親に関わる『仕事』で気に入られ、木島家に婿入りしたようだ。
木島家が何を生業にしているのかは判らない。
見るからに高そうなマンションのワンフロアを借り切り、
そのマンションには目付きの悪い男たちが頻繁に出入りしていた。
招かれたのでもなければ、あまり近寄りたい雰囲気ではない。
 
木島氏には20代後半で『家事手伝い』の長女・碧(みどり)と
女子大生の次女・藍(あい)、中学生の3女・瑠璃(るり)の3人の娘がいた。
木島家に滞在して、俺がそれまで木島氏に抱いていたクールで冷徹なイメージは脆くも崩れ去っていた。
家庭人としての木島氏は、女房に頭が上がらず、娘に大甘なマイホームパパだった。
少し引き篭もり気味だが、碧は家庭的な女で家事一般が得意、料理は絶品だった。
藍は、頭の回転が早く、話し相手として飽きない楽しい女だった。
人懐っこい性格の瑠璃は、テニスに夢中……。
色々と驚かされることもあったが、家族仲の良い木島家は見ていて微笑ましかった。
思いのほか居心地の良い木島家で俺は寛いだ時間を過ごした。

だが、リラックスした時間はやがて終わり、『本題』が訪れた。
どんな目的があるのかは分からないが、
かねてより俺に会いたがっていると言う人達の許に俺は向かった。



1931 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:02:32 ID:cFFR5zTA0
木島氏に連れられて俺が訪れたのは古い邸宅だった。
表札には『一木』と書かれていた。
木島氏と共に奥の部屋に通され30分ほど待たされたか。
少々イラ付きもしたが、神妙な木島氏の様子に、態度や表情には出さずにいた。

やがて、家主らしい初老の男性と榊夫妻、和装の老女が部屋に入ってきた。
「お待たせして申し訳ない……」
この男性は、相当な地位にある人物のようだ。
榊夫妻や木島氏の様子、何よりもその身に纏う『威厳』がそれを物語っていた。
この初老の男性が一木貴章氏だった。
 
挨拶もそこそこに一木氏が「本題に入ろう」と切り出した。
一木氏は、何かの報告書らしいレポートに目を落としながら話し始めた。
「XXXXX君、昭和XX年X月XX日、A県B市出身。父親は……母親は……。兄弟は姉と妹が一人づつ……」
一木氏は、俺や俺の一族の背景、その他諸々を徹底して洗ったようだ。
一木氏の話す内容は俺が自ら調べて知っていたことだけでなく、
調べても判らなかったことも数多く含んでいた。


1932 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:03:48 ID:cFFR5zTA0
俺の父親は、70数年前、今の北朝鮮・平壌で生を受けた。
警察関係の役人だったという祖父と祖母は、まだ幼かった次女を連れて朝鮮半島に移住した。
二度と帰国するつもりはなく『日系朝鮮人』として朝鮮の土になる……
覚悟の出国だったようだ。

父の実家は、地元では一応『名士』とされていたようだ。
婿養子で軍人だった曽祖父が、東京である『特別な部隊』に所属し、その後も軍人として出世したかららしい。
その部隊に所属することは大変な栄誉とされていたらしい。
地元選出の国会議員や市長クラスの宴席に呼ばれることも度々だったそうだ。
曽祖父が出世して『名士』扱いされてはいたが、父の実家のあった地域は
一種の『被差別部落』であり、父の一族はその中でも特に差別された一族だったようだ。
俺の一族が『田舎』で差別された存在だったことを俺が知ったのは、
祖父の葬儀のために、父の『実家』を訪れた時のことだ。

祖父の葬儀は異様な雰囲気だった。
参列者は俺たち親族と、祖父の『お弟子さん』だけで、
近所からの参列は古くから付き合いのある『坂下家』だけだった。
俺たちの様子を伺う近所の住人達の視線を俺は生涯、忘れることはないだろう。
差別とやらの内容は知ることは出来なかったが、
憎悪や恐怖、その他諸々の悪意の込められた視線……『呪詛』の視線だ。
96歳で台湾で客死した祖父は、韓国や台湾、中国本土を頻繁に行き来する生活を送っており、
弔電は国内よりも国外からの物の方が多かった。
国内の弔電も『引揚者』やその家族からのものが殆どだったようだ。

父達の引揚げは『地獄』だったそうだ。
父は、昭和24年に引き揚げたらしいが、引揚時に負った傷が元で右目の眼球と右耳の聴力を失っている。
だが、父が話すことはないが、帰国後の日本で父が見た『地獄』は、
引揚時に朝鮮半島で見た地獄よりも苛烈だったようだ。
父にとっての故郷は、生まれ育った『朝鮮』であり、
ルーツである日本の『田舎』は記憶から消去したい、呪われた場所らしい。
祖父の葬儀が終わったあと、父は姉と妹、そして俺に言った。
「これで、我々の一族とこの土地の縁は完全に切れた。私がここに来ることは、もう二度とないだろう。
私たちは、もう他の土地の人間なんだ。
お前たちも、二度とここに来てはならない。全て忘れるんだ」


1933 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:05:54 ID:cFFR5zTA0
祖父は、苦学しながら高等文官試験?を目指す学生だったそうだ。
翻訳や家庭教師といったアルバイトをしていて、東京で女学生をしていた祖母に見初められたらしい。
祖父は、高等文官試験には通らなかったようだが、特殊な才能をもっていたそうだ。
全く知らない外国語でも1日あれば凡そ理解することができ、
1・2週間ほどで読み書きは別にして、自由に話すことができたそうだ。
事の真偽はわからないが、祖父が日本語のほか、
英語・フランス語・ドイツ語・朝鮮語・中国語・ロシア語・スペイン語・ポルトガル語の会話と読み書きが出来たのは確かだ。
祖父は婿養子として祖母と結婚し、内地でキャリアを積んだあと警察関係の役人として朝鮮に渡った。
日本の敗戦により、朝鮮の土になるつもりでいた祖父たち一家は、
やむを得ず、多数の引揚者を連れて帰国した。

本来ならば、差別の残る祖母方の実家ではなく、祖父方の実家のあった地に戻るところだったのだろう。
だが、祖父の実家は、終戦直前に家族親戚とともに一瞬でこの地上から消滅してしまっていた。
父は高校卒業まで田舎にいたが、
大学進学を期にそこを離れ、祖父の葬儀まで二度と戻ることはなかった。
大学に進学した父は知人宅に身を寄せた。
父が下宿していた知人宅、それが俺の友人Pの父親の実家だった。

詳しいことは分からないが、朝鮮半島で俺の祖父とPの祖父は何らかの関係があったらしく、
俺の祖父の手配でPの祖父一家は日本に移住してきたらしい。
俺の一族にPの一族は返しきれない恩があるとかで、
『俺の一族に何かあった時には、何を差し置いても助けろ』と言うのがPの父親の遺言だそうだ。
俺にとっては、Pは友人であり、恩や遺言は関係ないのだが、
彼にとってはそうではないようだ……。


1934 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:07:51 ID:cFFR5zTA0
カトリックだった祖父の実家は同じくカトリックだった母方の祖母の実家と
家族ぐるみの付き合いがあったそうだ。
父と母の結婚は母方の祖母の強い要望によるお見合い結婚だった。

日本に帰国後、公職追放されていた祖父は処分が解けた後も公職に復帰することはなかった。
金になっているのか、成っていないのかよく判らない芸事で身を立て、
祖母が亡くなったあとは、一年の半分位は外国を回る生活を送っていた。
母方の祖母の話では、祖父の上京前、父方の祖母と出会う前、母方の祖母と祖父は恋仲だったらしい。
母方の祖父も早くに亡くなっているので、子供の単純な発想で
「なら、おじいちゃんと再婚しちゃえば良かったのに」と言った覚えがある。
祖母は、「そういう事はできないんだよ……。それに、あの人には大事な仕事があるから……」

祖父の『大事な仕事』が何なのかは、結局、知ることは叶わなかった。
ただ、祖父の結婚も、朝鮮への移住も、曽祖父の強い意向が働いていたのは確かだ。
日本国内での厳しい差別から逃れるため……だけではなかったようだ。

 

一木氏は、俺たちの一族が受けてきた『差別』の実態について語り始めた。
父の『実家』があったのは、とある漁村の一角だった。
だが、その集落は、元々は山二つほど内陸にあった『村』が『移転』してきたものらしい。


1935 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:09:19 ID:cFFR5zTA0
この『村』は、ある特殊な信仰を持っていた。
教義や儀式、念仏や礼拝など信仰の実体に関わるものは全て口伝で伝えられ、
元々文書等は一切残されていない。
一向宗の一派とも隠れキリシタンの一種とも言われるが、
口伝が失われて久しく実態はもはや知ることはできないそうだ。
移転して来る前にあった『村』が大きな災害によって全滅してしまったかららしい。

この村の宗教は、仏壇や仏像、十字架など形のあるものではなく、
家の中の決まった部屋の白壁に向かって『瞑想』を行い、
『神』の姿を思い浮かべて、それに対して礼拝する形を取っていた。
さらに、特殊な礼拝法の他に、この村には『人柱』の風習があったようだ。
ある特定の家から10年に一度とか、20年に一度といった感じで『人柱』を立てていたのだ。
代々、その『人柱』を出していた家が『坂下家』らしい。
隣近所で祖父の葬儀に唯一参列した家だ。
 
坂下家は3年ほど前に最後の生き残りだった坂下 寅之助氏…『寅爺』が亡くなって絶えてしまったが、
代々父の実家との付き合いが続いていた。
祖父達が日本を離れるとき、長女はまだ10代で、結婚したばかりだった。
坂下家は、まだ若い伯母夫婦の後見をしていたようだ。
深い関わりを持っていた両家だったが、証言者によると、
父の実家は坂下家の世話をしつつ、その逃亡を防ぐために監視する役目を負った家だったらしい。

以前、読者の方に『憑き護』に付いて質問を受け、回答したことがあった。
(自分の身元がばれたかと一瞬焦りもしたのだが)
俺が10代の頃、『寅爺』に連れられて坂下家の娘さんが遊びに来たことがあった。
耳が悪く、言葉も話せなかったが、とても綺麗な女性だった。
彼女は絵が上手く、不思議な力を持っていた。
こちらが考えていることや、前の晩に見た夢の内容を
恐ろしく正確に、いつも肌身離さずに持っていたスケッチブックに描いたのだ。
坂下家には、代々、何らかの障害と共に、こういった不思議な力を持った娘が生まれるそうだ。
この女性は数年後、20代の若さで亡くなってしまったのだが……

姉の結婚式の時、不思議な力を持った坂下家の娘が『人柱』にされていた話を
俺は最後の生き残りとなっていた『寅爺』に聞かされていた。
一木氏の話は俺の記憶に合致し、それを補強するものだった。
坂下家は、いわゆる一種の『憑き護』の家系だったのだ。


1936 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:10:49 ID:cFFR5zTA0
父たちの帰国時、伯母夫婦は既に亡くなっていた。
米軍機による機銃掃射に巻き込まれて死んだと言う説明だった。

だが、一木氏の話によるとそうではなかったらしい。
伯母夫婦は、集落の若衆……証言者の父親達によって惨殺されたらしい。
帰国後、暫くして亡くなったという次女も、病死ということになっているが、そうではなかったようだ。
昔から『実家』にいた頃の話をしたがらない父に尋ねても真相は聞けまい。
何故、父の実家はそれほどまでに恨みを買っていたのだろうか?

一木氏による証言者の話では、集落の元いた『村』が滅びる『原因』を作ったのが、
俺の先祖だった……らしいのだ。

証言者の話によると、『人柱』は村を見下ろす『御山の御神木』に磔の形で捧げられていたらしい。
代々、坂下家の世話をしながら監視を続けていた俺の家の長男が、人柱を捧げる役目を負っていたようだ。
だが、何代前だかは知らないが、人柱を捧げるべき俺の家の男が、
『人柱』の娘を連れて村から逃亡したらしい。
男は追手を何人も斬り殺し、娘を連れたまま逃げ果せたそうだ。
                                                                                                                        逃げた二人がどうなったのかは判らない。
娘を連れて逃げた男の父親は『御神木』を切り倒し、『御山』に火を放ち焼き払った。
御神木を切り倒した男は、逃亡を図ろうとしたのか、追手を食い止めようとしたのかは判らないが、
激しく抵抗した上で、片目を矢で射抜かれて死んだそうだ。
村の『名主』の子孫だという証言者の先祖が
逃亡した男に斬り殺され、その父親が御神木を切り倒した男を射殺したと伝えられているそうだ。


1937 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:12:05 ID:cFFR5zTA0
一木氏の話を聞いて、俺の背中にゾクリと冷たいものが走った。
隠していた悪事をいきなり暴露されたかのような、
異様な、そして経験したことのないような衝撃を俺は感じていた。

坂下家と俺の先祖の生き残りは、村を追放された。
両家の者は、山二つを越えた漁村に落ち延びた。
俺の先祖は医術だか薬草学の知識があったらしく、
流行病で住民が次々と死んでいた村を救い、村での居住を許されたようだ。

先祖が元いた村は、『御神木』が失われた以降、
井戸や川が枯れ、飢饉や疫病が続き、多くの村人が近隣の村へと逃亡したそうだ。
そして、ある年、嵐による大雨が続いた村は神木のあった山の『山津波』によって全滅したらしい。
生き残りの者たちは村の全滅を『御神木』の祟りとして、俺の先祖や一族を深く恨んだようだ。
滅んだ村の生き残りは、俺の先祖や坂下家を受け入れた村に次々と入り込み、
いつの間にか村を乗っ取っていた。
俺の一族と坂下家は生贄や人柱を捧げさせられることこそ無くなったが、
元のように監視され、集落内での差別と呪詛を一身に受け続けた。

それから何年、何世代経ったのかは判らない。
俺の一族には男の子が産まれなくなり、養子に貰った男の子も育たなくなった。
一族の女の嫁ぎ先でも似たような状況になったらしく、
断絶した家もあって『XX家の地獄腹』と言われていたそうだ。
証言者は、今でも俺たち一族を恨み呪っているらしい。

『恨み』が語り継がれ『呪詛』と『差別』が残った。
だが、正直なところ、何世代、何百年も前のことで
人を差別し、恨みを持続できる心情を俺は理解できなかった。
彼らの論法で言えば、一度も会ったことはないが、
二人の伯母を殺されている俺の方が恨みや呪いを抱く『適格』があるだろう。
だが、俺は、証言者や祖父の葬儀と調査の為に二度しか行ったことのない田舎の人間を
恨んだり呪ったりする程の生々しい感情は持ち得ないというのが正直なところだった。
俺は、正直な感想を一木氏に伝えた。


1938 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:13:43 ID:cFFR5zTA0
一木氏は俺の言葉を肯定するように頷いたあと、
さらに言葉を続けた。
「彼らが、君の一族に世代を超えて呪詛を向け続ける理由は確かにあるのだよ。切実な形でね」

問題の集落は近くに鉄道の駅ができ、国道が整備され、
過剰なほどの県道や市道が整備され、元いた住民よりもここ2・30年ほどで流入した人口のほうが多いらしい。
最早、外見上は『被差別部落』の残滓を探すことも難しい現状のようだ。

だが、『部落』の子孫、俺たち一族と坂下家を追放した連中の子孫には
深刻な『祟り』が残っているそうだ。
『部落』の子孫たちには生まれつき外貌や知能に障害を負った者や、
常軌を逸して凶暴だったり乱脈だったりといった精神や性格に問題のある者、
難病を患う者が絶えないらしい。
家族にそう言った問題を抱えていない家庭はないと言えるくらいの頻度だそうだ。
それが何世代も続いて、俺たち一族への恨みや呪詛は今でも語り継がれているらしい。

そして、何よりも彼らにとって重大だったのは、
神木が切り倒され山が焼払われて以降、彼らの信仰の対象だった
『白壁の神』の姿を見ることが出来なくなった事だった。


一木氏は更に言葉を続けた。
一木氏や他の霊能者の見立てでは、父と俺は、本来は生まれてこないはずの人間だったらしい。
これは、坂下家と俺の一族の背負った『業』のようだ。
両家の命数は既に尽きている……という事だった。

一木氏の言葉を俺は受け容れざるを得なかった。
認めたくはないが、坂下家は既に断絶し、
俺の一族も恐らく、俺たちの代で絶えるであろうことは俺も予感しているからだ。
嫁に行った姉は不妊持ちで既に治療を諦めているし、俺と妹は結婚の予定もない。
俺はこれまで碌に避妊などしたことはないが女を孕ませたことはなく、
アリサを喪った事故以来、性的には不能状態なのだ。


1939 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:15:48 ID:cFFR5zTA0
既に滅んでいたはずの俺たちの一族を今日まで存続させてきた理由があるとすれば、
それは、祖父母による朝鮮への『移住』だった。
 『日系朝鮮人』として朝鮮の土になる、その覚悟が
一時的にではあったかも知れないが、俺たち一族の『滅びの業』を食い止めたのだろうか?
そんな俺の思いを一木氏の言葉は打ち砕いた。
 
「君たちの一族の『ガフの部屋』には、本来、次なる魂は用意されていなかったのだ。
もう君も気づいているのではないか?
君の父親は、生贄の女と息子を逃した男の生まれ変わりだ。
そして、君は生贄の女を連れて逃げた男の生まれ変わり……いや、そうではないな。
生贄の女と逃げた男の生まれ変わりだ」
 
俺は、ぞわっと全身の毛が逆立つのを感じた。
『何を言っていやがる、このジジイ!ぶっ殺してやる!』
何故か俺は、激しい憎悪と殺意に囚われた。
そんな俺の激情を受け流すように一木氏は静かに言った。
「君には、断絶した記憶が有るはずだ。その断絶した時点の記憶を思い出すのだ」
俺は、激高を抑えるように、記憶の断絶点、子供の頃、川で溺れて死にかけた時のことを思い出した。
すると、妙な記憶?……映像が浮かび上がってきた。
 
俺は、水の底から子供の足を掴み、その子供を水中に引き摺り込んだのだ。
子供の顔は見えなかったが、俺は子供の首を絞めていた。
何なのだ、このイメージは!


1940 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:17:06 ID:cFFR5zTA0
一木氏は言った。
「それが君だ。君は女の魂を宿した子供を殺そうとした、言わば『悪霊』……
だが、君自身も女の魂……『悪霊』に殺されそうになったことがあるはずだ」
俺に瀕死の重傷を負わせ、アリサの命を奪った『ノリコ』のことか?
俺の体には異様な悪寒が走っていた。
アリサやほのか、その他の性同一性障害を持ったニューハーフの女性たちに抱いていた
不思議なシンパシー……
俺自身が妙だと感じていた感情の理由を俺は突き付けられた気がした。
 
一木氏は、更に追い討ちをかけるように言った。
「君は、朝鮮時代に君の祖父母たち一家に雇われていた『お手伝い』の女性の話は聞いたことがあるかな?」
「あります。父が話すとき『オモニ』と呼んでいる女性ですね。
引き揚げの直前まで実の子のように可愛がってもらっていたそうです」
「その女性が、方 聖海(パン ソンヘ……Pの父親)氏の伯母に当たる人物だ。
君達は知らないかもしれないが、非常に高名な呪術師だった。
様々な呪術を用いたが、朝鮮でも今ではもう絶えて居ない『反魂の法』の数少ない実践者だった。
君の祖父は、『反魂の法』の対価として、その権力を用いて、彼女の弟一家を日本に……」

こみ上げてくる吐き気を押さえ込むように、俺は言った。
「もういい。十分だ。もう止めてくれ」
 一木氏は、静かに言った。
「そうだな……私の話したいこと、話せることは殆ど話した。ここまでにしよう」


1941 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:18:29 ID:cFFR5zTA0
俺の両目からは涙が流れ、止まらなくなっていた。
木島氏の顔は青ざめ、何も言おうとはしない。
一木氏が部屋を出たあと、榊氏が俺の前に跪き、涙を流しながら言った。

「済まない……本当に、余計な……済まないことをしてしまった。
私は、そして家内も夢を見ていたんだ……。
榊家など継いでくれなくても良いから、君が孫の……奈津子の夫になって欲しいと。
あの子が君のことを話さない日はないんだ……私も家内も君のことは本当に気に入っている。
そして、あの子の願うことなら全て叶えてやりたい……だが、それは出来ない。
あの子は私たちの全てだ。あの子を失うようなことは絶対にできない。
勝手なことを言ってすまない、もう二度と奈津子にもチヅさんにも関わらないでくれ」
榊夫妻は木島氏に伴われて部屋を出ていった。


1942 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:19:37 ID:cFFR5zTA0
呆然とする俺に、和装の老女が語りかけた。
「私たちもね、まさかこんな結果になるとは思っていなかったのよ。本当に。
貴方の一族が対峙している『神』の正体は私達には判らないの。ごめんなさいね。
榊さんが是非あなたを奈津子さんの婿に迎えたいから、調べて欲しいという事だったのだけどね。
あなたには特殊な『才能』があったから、それを把握するためにもね……。
私たちも、あなたに榊さんの家に伝わる『術』を受け継いで欲しかったのよ。
でも、調べれば調べるほどに……あなた方の一族は……」
俺は何も言えなかった。

そんな俺に、老女は言葉を続けた。
「……あなた、本当に人を好きになったこと、ある?」
「ありますよ。もちろん」
「貴方が人を愛することをこの『神』は許さない。
あなたが愛した人は、その意思に関わりなくあなたから引き離されて行く。それが運命なの。
それに抵抗してあなたと一緒に、側に居ようとする人は命を奪われるでしょう。この『神』にね」
「それが『呪い』なのか?……呪いなら、マサさんのあの『井戸』で……」
「それは、無理でしょうね……あなたに降りかかっているものは『呪い』の類ではないから。
むしろ『愛』に近いのかも……」
「そんな……馬鹿な」


1943 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:20:54 ID:cFFR5zTA0
「いいえ。本当よ。あなたはこの国にいる限り、
『定められた日』までは、どんな災厄に巻き込まれようとも生き残り続けるでしょう。
周りの人が死に絶えるような事態に陥っても……物凄く強力な『神』の加護があるから。
でもね、あなたの周りの人は、あなたの『加護』には耐えられない。
あなたに愛されたら、一緒にいれば命を落としかねない。
奈津子さんは、とても強い力を持った娘だから、
命を奪われるまで抵抗してあなたの側に居ようとするでしょうから……
でも、それは、榊さんご夫婦には耐えられないことなのよ。
判ってあげて欲しい。
……そうでなくても、あなた自身が奈津子さんの側に居てあげられる時間はそう長くはないから……」
「あんたの言う『定められた日』とやらは近いのかい?」
「ええ。近いわね。……ところで、あなたに夢はある?どんな望みを持っている?」


1944 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:22:02 ID:cFFR5zTA0
女の言葉に、俺の家族や木島一家の顔が浮かんだ。

「大した望みはないよ。
とびっきりの美人でなくてもいいから、よく笑う可愛い嫁さんを貰うんだ。尻に敷かれたっていい。
安月給でもいいから、昼間の普通の仕事に就いて、毎朝ケツを叩かれて満員電車に揺られて……
朝から晩までこき使われて、疲れて家に帰るとカミさんと子供が『お帰りっ』て、迎えてくれて……
子供は勉強なんて出来なくて良いから、
ひたすら元気で、休みの日にはクタクタになるまで遊ぶんだ……
月曜日の朝には、またケツを叩かれて……そんな生活がずっと続くんだよ。
そのうち、俺もカミさんも爺さん婆さんになって、孫と遊んだり小遣いをせびられたりして……ああ……」
そう言いながら俺は自分の声が震えているのに気づいた。

「素敵な夢ね」
「だが、もう叶うことはない……そうなんだろ?」
「いいえ、夢は叶うわよ?
いつもその夢を思い続ければ……寝ても覚めても想い続けて、祈り続ければ……。
人間の精神の力は、人の『想い』は、翼のない人間に空を飛ばさせ、
神界だった星の世界に生きた人間を送り込んだでしょう?
人の心は、あらゆる不可能を可能にしてきたじゃない!
どんな邪な願いであっても、願い続ければ必ず叶う……道元禅師も言っているわ。
それが例え『神の意思』に反したとしても、生きて祈り続ければ必ず叶うわよ」


1945 :日系朝鮮人◆cmuuOjbHnQ:2012/12/19(水) 06:23:19 ID:cFFR5zTA0
「随分とプラス思考なんだな。あんた、何者なんだい?」
「一木 燿子、さっきまで貴方と話していた一木貴章の姉よ。
私の姉の祥子は、あなたの師匠、『マサ』の母親なのよ。
長いあいだ患っていて、最近亡くなってしまったのだけどね。
姉は、あなたにも逢いたがっていたわ。さっき言った事は姉の受け売り。

姉は、あなたがさっき言っていたような人生を
いつかは息子が送れますようにって、生前、ずっと祈っていた。
マサも、多分あなたのような夢を抱きながら、これまでの人生を耐えてきたのだと思う。
私は、姉の祈りを引き継いで甥の為に祈り続けるわ。
貴方のことも祈ってあげる……それしかしてあげられないから。
だから、あなたにも夢をあきらめずに祈り続けて……生き続けて欲しい」
「ありがとう。……お返しと言っては何だけど、俺に何か出来ることはあるかな?」

一木燿子は、俺に一枚のメモを渡した。
「これをマサに渡してあげて。
生前、姉はマサに会うことを許されなかった……そういう『契約』だったからね。
姉の、マサの母親のお墓の住所なの……必ず、お願いね」



俺は、木島家を出るとそのまま駅へと向かった。
ホームでマサさんやイサム達の待つ地元に向かう列車を待ちながら、ふと思った。

『随分、遠い所まで来たしまったんだな』

地元に戻ったら両親に電話して、久しぶりに実家に帰ろう……そう思った。



おわり





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1736 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:26:47 ID:Jx756Ba60
こっそりと投下させて頂きます。


イサムと出かけたロングツーリングの終盤の話だ。
俺たちは、関東の某県に住むマサさんの古い知人を訪ねていた。

ヤスさん……
忍足 靖氏は、個人タクシーを生業としており、呪術や霊能の世界とは基本的に関わりを持たない人物だ。
年齢は70歳を過ぎているはずだが、その身から発散される『肉の圧力』は老人のものではない。
服を脱ぐと顔だけ老人で、首から下のパーツの全てが厚くて太い。
何かの冗談のような取合せだ。
70歳を過ぎた現在でもベンチプレスで100kg以上を挙げ、
スクワットやデッドリフトはフルで150kg以上を扱うという妖怪ぶりだ。
並のタクシー強盗など返り討ちにされるだろう。

以前、マサさんは、夜間は都内の某大学に通いながら、
ある霊能者の元で修行していたらしいのだが、その時、ヤスさん宅に下宿していたそうだ。
マサさんの説明では、ヤスさんはマサさんの『空手の先生』だという事だった。
マサさんの母校のすぐ近くには同系の流派の高名な先生の道場があるらしいのだが、
マサさんはヤスさんの指導に拘った。
その気持ちは判らなくはない。
俺自身、70歳を過ぎたヤスさんとまともに渡り合って勝てる自信はないからだ。
 
俺とイサムはマサさんが使っていたという部屋をあてがわれた。
10畳ほどの室内には何百冊あるのか判らないが、大量の古い書籍が平積みされていた。
全てマサさんの物らしい。
マサさんが出て行くときに「全て『覚えた』から捨てて良い」と言ったらしいが、
そのまま残しておいたそうだ。



1737 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:27:31 ID:Jx756Ba60
「マサの奴から、兄さんの『治療』のことは聞いている。
多分、明日の晩あたりに来ると思うから、その時に診てもらうと良いよ」
「……?……来るって、誰が?」
そう聞くと、ヤスさんは小指を立てながら言った。
「ああ、俺の『コレ』だよ」
「?」
  
翌日の夕方、居間でイサムとヤスさんの飼い猫を構いながらゴロゴロしていると、
玄関の扉が開く音が聞こえ、女が一人入ってきた。
30代半ば位の女で、食材でも入っているのだろうか、大きな買い物袋を持っていた。
固まっている俺とイサムに向かって女は言った。
「あの人は?」
「……明けなので、まだ2階で寝ています」
そうイサムが答えると、女は袋を台所に置いて2階に上がっていった。
 
「先輩、今の人、何なんでしょうね?」
「さあ……。ヤスさんの娘さん……かな?」
「……ですよね~。服装はちょっとアレだけど……でも、ヤスさんの娘さんにしては、綺麗な人でしたね」
そうは言ったものの、スキンヘッドの千葉真一といった風貌のヤスさんと女は
似ても似つかない感じで、血縁関係は無さそうだった。


1738 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:28:41 ID:Jx756Ba60
10分ほどすると、ヤスさんと女が2階から降りてきた。
俺はヤスさんに「その女性(ひと)は?」と尋ねた。
女が答えた。
「ワタシは、陳 千恵(チェン チェンフィ)と言います」
「え……っと、チェンフィさんは、ヤスさんとどういった関係で?」
チェンフィは少し照れた様子で言った。
「ん~、ヤスさんのカノジョ……かなw」
俺とイサムは顔を見合わせた。
お互いに言いたいことは判っていた。
『嘘だろ!』

まあ、熟女ブームとやらで、老女に欲情する若い男もいるのだ。
逆のパターンもあっても良いのだろう。
だが改めて思った。
男女関係ってディープだ……。
 
意外なことに、チェンフィは治療家としてはかなりの人物らしい。
後に木島氏を訪ねた折に聞いたところでは、
俺のような有象無象が彼女の治療を受けることは殆ど不可能なことのようだ。
治療家としての彼女もだが、彼女の祖父がかなりの人物らしい。

小顔に不釣合いな大きな眼鏡。
しま○ら辺で売っていそうなジャージ姿に便所下駄?を引っ掛け、
買い物袋をぶら下げた小柄な女が、そんな人物だとはとても信じられなかったが……。


1739 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:29:27 ID:Jx756Ba60
俺はチェンフィから『移入の法』を含めた数種類の治療を受けた。
今でも定期的にヤスさんの元を訪れ、チェンフィの診察を受けなければならないが、
彼女の治療により、俺は長年苦しんできた諸々の症状から解放されたのだ。
 
逗留中、俺はヤスさんとマサさんの関係を尋ねた。
軽い気持ちで尋ねたのだが、俺とイサムはヤスさんの口から意外な話を聞くことになった。
ヤスさんは、マサさんの『井戸』を作った関係者だったのだ。
  
詳しい事情は判らないが、ヤスさんは郷里から東京に『逃げて来た』ということだ。
簡易宿泊所をねぐらに日雇い仕事で食つないでいたヤスさんは、
恋人も友人もなく、孤独を紛らわすために休日は上野の公園で時間を潰していたそうだ。
そんなヤスさんは、一人の男と出会った。
隻腕で足を引き摺って歩く当時50代くらいのその男は、台湾人の傷痍軍人だった。
戦いに傷付いた身体を通行人に晒して小銭を得ていたその男と顔見知りになったヤスさんは、
やがて男の分の握り飯を持って公園を訪れるようになった。
台湾に妻子がいるという彼が、なぜ日本に留まり続けているのかは判らなかった。
それを尋ねる気も無かった。
ヤスさんも郷里を捨てた理由は話せないのだ。
尋ねられたところで、結局は嘘を吐かなければならない。
ならば、お互いに聞かない方が良い。
そう思っていたそうだ。


1740 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:29:57 ID:Jx756Ba60
あるとき、ヤスさんは現場での作業中、足に酷い怪我をしたそうだ。
歩くだけでも相当痛んだらしいが、
日雇い仕事でその日暮らしだったヤスさんは仕事を休むわけにはいかない。
無理を重ねた結果、さらに腰まで痛めて動けなくなってしまったそうだ。
仕事に出れなくなって2週間ほどで蓄えも底を尽き、ねぐらの簡易宿泊所を追い出されホームレスになった。
だが、上野の公園近辺で野宿をしていたヤスさんに救いの主が現れた。
例の台湾人の傷痍軍人、陳さんだった。
 
陳さんは、ヤスさんを自分のねぐらへと連れて行き、ヤスさんに飯を食わせ、治療を施した。
まだ若く、しっかりと休養を取れたおかげでもあったのだろうが、
ヤスさんは身動きが全く取れないような激痛から1週間ほどで回復し、元の体に戻ることができた。

ヤスさんが転がり込んだ陳さんのねぐらは、とある工務店の社員寮だった。
隻腕で歩行にも障害のある陳さんが建築作業や土木作業に従事できるとはとても思えない。
だが、陳さんは『先生』と呼ばれ、丁重に扱われていたそうだ。
ヤスさんは、そのまま日払いの人夫としてその工務店に雇われ、寮に住み込みながら働き始めた。
この工務店で職長をしていた喜屋武という沖縄出身の男がヤスさんに空手を仕込んだらしい。

だが、喜屋武を始め古株の職人や社員たちは、ヤスさんやその他の日払い契約の寮住まいの連中とは仕事上必要な最低限以上の関係を持とうとはしなかった。
ヤスさんは『感じの悪い連中だ』と思いながらも、黙々と日々の仕事をこなし続けた。


1741 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:30:59 ID:Jx756Ba60
ある時、喜屋武と社員の男が、
ヤスさんの後から入ってきた男たちを3人ほど連れて、夜の街に繰り出していった。
男達によると、いい店で高い酒を飲ませてもらった上に、女まで抱かせてもらったということだった。
その話を聞いて「なんであいつらばっかり!」と連れて行ってもらえなかった他の2人が不満を漏らした。
ヤスさんは『どうでもいい』と、特に不満を漏らすこともなく、我関せずの態度をとっていた。
そんなヤスさんに古株の職人の一人が話しかけてきた。
「まあ、腐るなよ。あいつらは『あれ』だからな……」
「あれ?」
「ん、まあ、そのうち判るさ……」

次の週、ヤスさん達はある病院の建築現場に派遣された。
その現場は、労災事故が続き、工事が何度も中断して工期が大きく遅れていたそうだ。
そして、ヤスさん達が現場に入って3日目に大きな事故が起こった。
クレーンで揚重中に玉掛けのロープが外れて資材が落下。
3名の死者が出たのだ。
 
死んだのは喜屋武が飲みに連れ出した例の3人組だった。
だが、その事故を境に頻発した労災事故はピタリと止み、工程が順調に進むようになったそうだ。


1742 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:31:58 ID:Jx756Ba60
その後も喜屋武や他の社員が寮の人夫を
飲みに連れ出し、その人夫が事故死すると言った出来事が何度も続いた。
勘の働く奴もいるようで、飲みに連れて行かれたあと寮から逃げ出した者もいたらしい。
ヤスさんも何度か喜屋武たちに飲みに連れ出されたが、
ヤスさん自身は特に怪我をすることもなく
無事に過ごし、いつの間にか日雇い寮で一番の古株になっていた。

そんなヤスさんが、ある日社長に呼び出された。
日雇いではなく正社員にならないかと言うことだった。
ヤスさんが申し出を受けて社員になると、それまでの態度が嘘のように
職人やほかの社員たちはヤスさんに親しく接するようになった。
陳さんの勧めでヤスさんが喜屋武から空手を習い始めたのも、正社員になってからだ。

そして、以前『腐るな』とヤスさん話しかけてきた男がこう言ったそうだ。
「日雇いの連中とは出来るだけ関わるな。情が移ると良くないからな。
……お前も、もう、何となく判っているんだろ?」
 
社員となって初めて、ヤスさんは、喜屋武を始めとした古株の職人や
社員の多くがヤスさんと同じような寮住まいの日雇い人夫あがりの『生き残り』であることを知った。
やがて、ヤスさんは『この現場は危ないな』とか、
『この現場は何人持っていかれるな』という事が直感で判るようになって行った。
そして、陳さんと喜屋武と飲みに行った折に聞かされたそうだ。
「『ウチ』は普通の工務店じゃないんだ……」

曰く付きの土地での工事で、その土地に捧げる『生贄』や『人柱』となる人間を集めて
派遣することが、ヤスさん達の工務店の『裏の本業』だった。
陳さんは土地に生贄を捧げる『儀式』を執り行うと共に、『護り』のない人間……
家族や友人、先祖やその他諸々との『縁』の無い人間を見つけ出して集める役目を負っていたのだ。
ヤスさんや喜屋武、ほかの社員たちは『護り』が無いにも拘わらず生き残った、
異常にしぶとく生命力の強い『個体』ということらしい。
そして、その中でもヤスさんと喜屋武は、殊、生存ということに関しては一種の『異能者』と呼べるだろう。
何故ならば、あのマサさんの井戸に関わって生き残ったのだから。


1743 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:32:54 ID:Jx756Ba60
マサさんの父親が韓国から持ち込んだ『呪いの井戸』の起源は明らかではないそうだ。
『家伝』によれば、百済滅亡の折に朝鮮半島に残留した貴族が、
彼の一族を虐殺し、国を滅ぼした唐と新羅を呪うために作らせたもの……と、されている。

この井戸は、半島本土からマサさんの先祖が住んでいた済州島に移設された。
三別抄の乱の折、耽羅に落ち延びた三別抄に同行した呪術師によって持ち込まれた……らしい。
『元』を呪うために井戸を持ち込んだ呪術師は、三別抄の乱鎮圧後、
耽羅総管府により捕らえられ処刑された。

だが、『井戸』とそれに関わる呪法は、済州島三姓神話の『神人』の直系子孫を自認し、
神話になぞらえて代々日本の呪術師の集団と縁戚関係を結び続けてきたマサさんの一族に託された。
どうやら、この『井戸の呪法』を作り上げ、伝えてきた呪術師一族も日本と深い関係があり、
代々マサさんの一族とも接触があったようだ。
マサさんによれば、その『効果』は兎も角、井戸の呪法の縁起自体は
恐らくハッタリを含んだこじつけだろうという事だった。
だが、マサさんの祖母と母親が日本人なのは確かだということだ。 


1744 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:33:41 ID:Jx756Ba60
マサさんの父親が『井戸』を日本に持ち込む切っ掛けとなったのは、
8万人にも及ぶ住民虐殺事件である『済州島4・3事件』だったらしい。
マサさんの父親は、同じ韓国人でありながら、
同胞である済州島民の虐殺と島の焦土化を命じた大統領の呪殺を試みたが失敗した。
以前にも少し触れたかと思うが
『天運の上昇期』にある人物の呪殺は非常に困難なのだ。

彼の大統領は狂人であったが、同時に巨大な『精神的質量』あるいは『恨』の持ち主だった。
やがて彼は、韓国を追われハワイに亡命した。
そして、真偽は不明だが、そこで『呪詛』を仕掛けた。
建国の父であり『王』たるべき自分を4・19学生革命で追い落とした韓国の民衆と、
彼の積年の『恨』の対象である日本に対する呪詛だ。
 
実際に『呪詛』が仕掛けられたのか、その呪詛が功を奏したのかについては、俺に判断することはできない。
だが、『呪詛』が本当ならば、韓国民の意識ないし精神の『流れ』が、
異様な程に強烈な『反日』へと流れ、固定化される切っ掛けのひとつには成り得たと思う。
一個人の強烈な精神が民衆を煽動し、破滅まで突き進んだ例は他にもあるからだ。
朝鮮人がその精神の深奥に抱き続けた日本への漠然とした『恨』は、
今や巨大なうねりとなって民族全体の『呪詛』に育っている。


1745 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:36:27 ID:Jx756Ba60
人を呪わば穴二つの言葉通り、呪詛は必ず仕掛けた者に返る。
仕掛けた相手を『護る』力と共に。
朝鮮民族、特に韓国民が日本や日本人に向けた呪詛は、
やがて彼ら自身に強烈な『呪詛返し』となって返る。
強大な日本の『護りの呪力』と共に。
強大な日本の呪力は、呪詛返しとして一旦発動すれば、
もはや誰にも止められず、朝鮮民族を滅ぼすだろう。
日本人の精神の深奥に蓄積し続けた『呪詛返し』の内圧もまた、
彼らの向けた『呪詛』に呼応して上昇を続けているのだ。

朝鮮民族に呪詛返しとして返る呪詛のエネルギーは朝鮮人自身のものでなければならない。
日本国内に危険な『呪いの井戸』と『井戸の呪法』を持ち込むことが許され、
マサさん親子が『井戸の呪法』にこだわった理由だ。
日本に移ったマサさんは、朝鮮人と朝鮮人に関わる呪詛や
その他諸々の『悪しきモノ』をその身に受け、『井戸』に送り込み続けた。

ヤスさん達は、とある土地に送り込まれた。
この土地は、木島氏たちが所属する呪術団体が管理する地脈の空白地帯『ゼロ・スポット』の一つだった。
工事は、韓国から来た呪術師と台湾人呪術師……
マサさんの父親と隻腕の傷痍軍人・陳さんの手による儀式と並行して行われた。
工事現場には一人の少年がいた。
韓国人呪術師の息子だ。
まだ、日本語に難のあった暗い目をしたこの少年に、
ヤスさんと喜屋武は、彼の気が紛れれば良いと思って彼らの空手を仕込んだ。
既に心得のあった少年は、ヤスさん達の教えを驚くべき速さで吸収していった。
この少年がマサさんだった。
 

1746 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:37:19 ID:Jx756Ba60
やがて、工事は完成した。
だが、ヤスさんの周りで次々と怪死事件が起こった。
『呪いの井戸』建設関わった工務店の社員、……皆、曰く付きの危険な現場に
『人柱』として送り込まれても尚、生き残ってきたしぶとい連中だったが……
陳氏と喜屋武氏、そしてヤスさんの3人を除く、
社長をはじめとした社員24名が井戸の完成後3年間で死に絶えたそうだ。

陳氏は、井戸の工事の完了後、故国の台湾へと帰っていった。
会社が潰れてしばらくの間、喜屋武氏は知人の沖縄料理店を手伝っていたらしいが、
やがて同郷の人間に誘われて南米へと移住した。
何処にも行く当てのないヤスさんは、タクシー会社に就職し、定年後、個人タクシーを始めた。
陳氏とは、彼の帰国後も連絡を取り続け、ヤスさんを頼って孫娘のチェンフィが来日。
独り者のヤスさんの身の回りの世話をしているうちに現在のような関係になったそうだ。


俺は、ヤスさん、そして儀式を行った呪術師の孫であるチェンフィに
井戸について他に知っていることはないか訊ねた。
『井戸の地』で俺やイサム自身が見聞きしたことを全て話した上で……。

ヤスさんによると、井戸を掘り終わったあと、井戸に『黒い石』で蓋をするまでは、
『井戸』や井戸のある土地に打たれていた鉄杭はまだ無かったそうだ。
チェンフィによれば、井戸を『黒い石』で塞ぎ、鉄杭を打ったのは、
恐らく、チェンフィの祖父だろうということだった。
どうやら、台湾にも『悪いモノ』を『井戸』に封じ込める呪術があるようだ。

マサさんの父親がどんな儀式を行っていたのかはわからないが、
彼が毎晩儀式をしている間は、一般人でも判る程に
『空気』が重くなり、あの地にいた者はみな一様に激しい頭痛と耳鳴りに襲われたそうだ。
そして、チェンフィの説明によると『地光』と言うらしいのだが、
井戸の周りの木々の葉や、岩が赤く薄ぼんやりと発光していたらしい。

俺には、確認したわけではないが確信があった。
恐らく、マサさんの父親は『三角陣』を用いた儀式を行っていたのだろう。
韓国、恐らく済州島にあった『井戸』から、三角陣を用いて
オイラー線に乗せて日本に新たに作った『井戸』に井戸の中身を送り込んだのではないだろうか?


1747 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:38:13 ID:Jx756Ba60
ヤスさんによると、井戸に『黒い石』で蓋がされる前に、
ヤスさん達は井戸の中に『何か』を入れた。
鉄枠で補強された各辺20cm位の立方体の頑丈そうな木の箱だったそうだ。
中身は何か判らないが、20kg位の鉄か何かの塊が入っていたようだ。
現場に派遣されていた社員たちは、マサさんの父親に木箱を井戸まで運ぶように指示された。
だが、誰も木箱を持ち上げることができない。
何とか持ち上げることが出来たのはヤスさんと喜屋武氏だけだったらしい。
ヤスさんと喜屋武氏は井戸まで箱を運び、二人で箱を井戸の底まで下ろしたそうだ。
 
箱を持ち上げることのできたヤスさんと喜屋武氏の身に特に変わった事はなかったらしいが、
工事と儀式の完了・撤収後、その『箱』に触れた者たちが次々と命を落としていった。
そして、謎の死は現場に派遣されなかったほかの社員たちにも広がり、
結局、工務店の社員は社長を含め、ヤスさんと喜屋武、
そして儀式の終了後、すぐに台湾に帰国した陳さんを除いた全員が相次いで命を落としていった。


1748 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:38:59 ID:Jx756Ba60
ヤスさん宅に俺とイサムは3週間ほど逗留し、俺はチェンフィの治療を受けた。
「半年に1回は診察させてもらわなければならないけれど、肉体的な問題はもう大丈夫。
精神的な問題はあなた次第だけれども、肉体的不調からくるものは徐々に消えるでしょう」

ヤスさん宅を出た後、俺とイサムは地元に戻った。
シンさんやキムさん、空手道場の師範などに挨拶して回った。
イサムとマサさんの許を訪れ、イサムの姉に旅立ちの前に渡された石のお守りを返して、俺はイサムと別れた。
挨拶回りが終わり2・3日休んでいると、木島氏から連絡が入った。
俺は以前交した約束に従って、木島氏の許に向かった。



おわり




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【閲覧注意】事件 「済州島四・三事件」
滅亡した王国・『耽羅国』


296 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:13:14 ID:???0
半田親子が榊家に保護されてから3ヵ月後、
マサさんの回復を待って、千津子と奈津子に対する『処置』が行われた。
処置を行ったのは木島とマサさん、
そして、以前、ヨガスクールの事件を持ち込んできたキムさんの知り合いの女霊能者だった。
彼女は以前にも『能力』を悪用していたヨガスクール関係者の『力』を封印していた。
そういった力なり技の持ち主なのだろう。

二人の『処置』は成功裡に終わったらしい。
俺は、シンさんの許を訪れる、木島の迎えに出ていた。
駅を出てきた木島は、迎えの車に乗り込むと、俺宛の紙包みを車中で渡した。
中には藍の絞り染めのバンダナが数枚と、2通の手紙が入っていた。
バンダナは、奈津子が祖母の榊夫人と共に染めたものらしい。
額の刃物傷や頭の手術痕、アスファルトで削られた頭皮の傷痕を隠す為に、
俺が頭にバンダナを巻いていたのを覚えていたようだ。
手紙は千津子と奈津子からだった。
たどたどしい文字だったが、読み書きが殆ど出来なかった親子の知能は
『処置』後、急速に伸びているようだ。
もともと、二人はアパートの大家の熱心な教育?の効果もあってか、
日常生活をほぼ支障なく送れるレベルにはあったのだ。

俺は木島に「二人は元気にしているのか?」と尋ねた。
「ああ。榊夫妻が猫可愛がりしてるよ。榊の爺さんは、もう、目に入れても痛くないって感じだな。
偶には会いに行ってやってくれ。お前が行けば二人が、それに榊夫妻も喜ぶ」
「なあ、あの仕事、シンさんは何故俺を選んだんだ?」


297 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:14:05 ID:???0
やや間を置いて木島が答えた。
「シン先生は、組織内で微妙な立場に在るんだ。
韓国人でありながら強い影響力を持っていて、組織でも高い地位にいるからな。
キムやマサは、シン先生の指示にしか従わないしな。
能力第一で、血筋や家柄なんて二の次、三の次の俺達の業界でも、
逆恨みや、やっかみは跡を絶たないのさ。
特に、毛並みだけは良いが力のない、佐久間のような連中にとっては、シン先生達は目障りな存在なんだ。
奴らにとっての拠り所でもある、毛並みも力も備えた『名門』、榊家の次期当主を消した
韓国人のシン先生達への恨みは実に根深いものがあるんだよ。

それに、組織の当初の方針に反して千津子を消さなかったのは、
シン先生の強力な働き掛けがあったからだしな。
頭の古い連中に角を立てずに処理するには、非メンバーで日本人のお前が何かと好都合だったのさ。
お陰で、以前から怪しい動きをしていた佐久間や他の鼠を駆除できた。助かったよ」

「全て仕組まれていたって訳か・・・本当にそれだけか?」
「・・・否。・・・お前は、死んだ榊先生に良く似ているんだ。
顔や雰囲気、どうしようもない甘さ加減までな。
あの親子の『力』はちょっと厄介でね。
一旦発動すると歯止めが利かないし、彼女達自身がコントロールできる類のものでもないんだ。
・・・死んだ旦那や、会ったことはないが父親にそっくりなお前なら、
少しでも成功の可能性が高くなると踏んだのだろう。
実際、あの親子は、お前には心を開いていたからな。かなり際どかったけどな」
「T教団や飯山達は?」
「T教団とは手打ちをした。奴らがあの親子に手を出す事は今後一切ない。
奈津子にやられた飯山は、榊の爺さんの処置で何とか命だけは取り留めたが、
寝たきりでアーとかウーとしか言えなくなっちまったよ。
奴らも、あの親子の『力』の恐ろしさが骨身に沁みたらしい。
とても飼い慣らせるものじゃないと悟ったのだろうさ」
 
やがて、俺達の車はシンさんの自宅に到着した。


298 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:15:06 ID:???0
木島とシンさんたちの打ち合わせが終わると俺は応接室に呼ばれた。
俺と入れ違いに木島が部屋を出て行った。

「近い内に遊びに来い。榊さんやあの親子以外にも、お前に逢いたがっている人がいるんだ。
一席設けるから一杯やろう」
俺の肩を叩きながら、そう言って、木島はシンさん宅を後にした。

木島が出て行くと、シンさんが「掛けなさい」と俺に席を勧めた。
テーブルを挟んでキムさんの正面の席に俺は座った。
席に着くとシンさんが口を開いた。

「汚くて危険な仕事を押し付けてしまって、君には本当に済まない事をしたと思っている。
しかし、君がいなければ恐らくあの親子を救う事は出来なかっただろうし、
手の付けられない重大な事態が起っていただろう。
マサも、その後に到着した木島君や榊さんも、あの親子の力を止める事は出来なかっただろうからね」
「そうなんですか?」
「ああ。あの親子の恐ろしい力は、身を以って体験しただろう?
あのマサですら、千津子一人の力を受けきれずに命を落としかけたんだ。
お前の機転で奈津子が止まらなければ、
あの場にいた者は全員命を落としていただろう」とキムさんが答えた。

「私は、あの親子をどうしても救いたかった。キムやマサ、木島君もね。
しかし、あの親子の力は危険すぎた。
7割、いや8割くらいの確率で、最悪の方法を採らざる得ないだろうと覚悟していた」


299 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:15:50 ID:???0
「それほどにまでに・・・」
「ああ」
「あの親子の力って何なんですか?
あの親子は人に呪詛を仕掛けるタマではないし、
あの力の発現は一種の『自己防衛』だったように思えるのですが?
それに、あんな危ない橋を渡ってまで、あなたやキムさん、マサさんや木島さんが
あの親子に固執した理由も知りたい」
シンさんは俺を制して言った。
「長い話になる。一杯やりながら話そう。」
そう言うと、若い者に酒を運ばせた。酒は自家製のマッコリだった。

大した強さでもないその酒を2・3杯飲んだシンさんは、
「すっかり酔っ払ってしまった」と言い、
「これから話す事は年寄りの世迷言だと思って聞き流して欲しい」と言って昔話を始めた。


シンさんの昔話・・・
それは、心ならずも呪術の世界に足を踏み入れて、人生を狂わせた男の話だった。
  

30数年前、宋 昌成(ソン チャンソン)と宋 昌浩(ソン チャンホ)と言う在日朝鮮人の親子がいた。
息子の昌浩は優秀な男で、周囲から将来を嘱望されていたらしい。
父・昌成は息子をC大学校に進学させ
民族学校の教員、或いは民族団体の活動家にしようと考えていたようだ。
実際、その方面からの勧誘も盛んだったらしい。
だが、昌浩は日本の大学に進学する事を希望しており、進路を巡って父親と激しく衝突した。
昌浩は勘当状態となり、単身上京。
兄の友人が経営する会社で働きながら、勤労学生として大学に通っていたと言う事だ。

ある時、昌浩は、取引先で、ある女と偶然に出会った。
郷里にいた頃、学校の近辺の図書館や学習室でよく見かけた女だった。
その女、『美鈴』にとって昌浩は見覚えのある顔に過ぎなかったようだ。
だが、昌浩にとって美鈴は密かに憧れた『忘れられない女』だった。
始め、『美鈴』は同郷の昌浩を警戒し、彼を避けていた。

美鈴は郷里のある被差別部落の出身者だった。
また、詳しい事は話さなかったが、人の手を借りて家族の元から出奔してきていたらしい。
美鈴は自分の出自だけではなく、
同郷の昌浩を通じて郷里の家族に自分の居所を知られる事を極度に恐れていたのだ。

昌浩は自分の在日朝鮮人の出自を明かして「くだらない」と一笑した。
また、自身も父親と衝突して勘当の身であり、郷里には戻れない立場である事を明かした。
二人は交際するようになり、やがて同棲を始めた。
そして、美鈴が懐妊し、その腹が目立ち始めた頃に事件は起こった。


300 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:16:28 ID:???0
美鈴が懐妊して直ぐに、二人はある男に付き纏われるようになった。
男は美鈴の兄だった。
家族に居所を知られると言う、美鈴の恐れていた事態に陥ったのだ。
だが、昌浩は、美鈴の懐妊と言う『既成事実』から事態を楽観視していた。
美鈴の兄の付き纏いは執拗だったが、
同じアパートに住む職場の仲間の協力で美鈴に兄の手が及ぶ事はなかった。
しかし、そんなある日、事件は起こった。

その日は、地元の祭りで昌浩やアパート住民の男達は出払っていた。
女達も食事の世話などで出ていたが、
身重で朝から体調のすぐれなかった美鈴は部屋で寝ていたらしい。
このような機会を狙っていたのであろう。
美鈴の兄がアパートに侵入し、美鈴を連れ出そうとした。
兄は抵抗する美鈴に激しい暴行を加えた。
その現場に祭りを抜け出して美鈴の様子を見に戻った昌浩が出くわしたのだ。

美鈴の兄と昌浩は激しく争い、騒ぎに気付いた他の住民が駆けつけた。
昌浩と争い、揉み合いの中でアイロンで頭を殴打された美鈴の兄は、
住民が部屋に踏み込むと鮮血を滴らせたまま、
アパート2階の窓から道路へ飛び降り、そのまま走って逃げ去った。
身重の身体に激しい暴行を受けた美鈴は住民達の手によって直ぐに病院に搬送された。

美鈴は流産しており、意識が戻らないまま生死の境を彷徨い続けた。
数日後、病院に泊り込んで、意識の戻らない美鈴の看病を続ける昌浩の下に刑事が現われた。
美鈴の兄が死亡したのだ。
凶器を用いた事、相手を死亡させたことにより、
昌浩側の情状は考慮されず、結局、昌浩は3年の実刑を受けた。
昌浩は接見に訪れた弁護士に美鈴の安否を尋ねた。
昌浩の逮捕・拘留中に美鈴は意識を取り戻し、ひとまず命を取り留めた。
やがて裁判が始まり、昌浩は実刑判決を受け収監された。

昌浩は美鈴の身を案じ続けていた。
弁護士の話では、暫くの間は社長夫妻が自宅で美鈴の面倒を見て居た。
だが、結局、姉が美鈴を引き取り、美鈴は郷里に戻ったと言う事だった。
あれ程、家族に見つかって実家に連れ戻される事を怖れていた美鈴が、郷里に戻るとは・・・
美鈴の身を案じつつも、
獄中に在って何もできない昌浩は己の無力を呪った。


301 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:17:13 ID:???0
刑期も半分以上が消化された頃、
昌浩は毎晩のように悪夢にうなされるようになった。
鬼の形相の美鈴が炎の中に立ち、狂気に見開かれた目で昌浩を睨み付けていたそうだ。
昌浩の身体は日に日に痩せ細っていき、
その顔には「死相」が浮かんでいたということだ。
美鈴は家族の元に連れ戻される事を極度に恐れていた。
何か只ならぬ事態が美鈴に、そして自分に起こっていることを昌浩は直感した。

そんな昌浩の様子を見て、
長年、娑婆と刑務所を出たり入ったりの生活をしていた同房者の男が彼に言ったそうだ。
「兄ちゃん、アンタ、誰かに祟られてるね。
俺は、ムショの中で兄ちゃんみたいなのを何人も見てきたが、みんな年季が明ける前に狂って死んじまった。
人を殺したヤツ、強姦や詐欺、乗っ取り・・・娑婆で他人を地獄に落とした悪党どもが
被害者に祟られて死ぬなんてのはよくある話さ。
兄ちゃんが何をしたかは知らないが、お勤めが終われば全てチャラなんて、甘い甘い。
人の裁きと、お天道様の裁きは別物なのさ。覚悟しておくんだな。
俺たちみたいなのは、碌な死に方は出来ないし、
死んでも碌な所には行けないだろうさ」

何故か、昌浩に死の恐怖は無かった。
ただ、一刻も早く出所して、美鈴に会いたい、それだけだった。
美鈴の事で思い悩む彼の出所までの日々は地獄のように長かった。

やがて昌浩は出所の日を迎えた。
昌浩が獄に繋がれている間、塀の外の状況は激変していた。
昌浩の勤めていた会社は倒産し、社長夫婦や同じアパートに住んでいた同僚達も
バラバラになって行方が判らなくなっていた。
昌浩は美鈴を探す為に郷里に戻った。

郷里に戻った昌浩は激しい衝撃に襲われた。
昌浩の実家の在った一帯は更地となっていた。
不審火による火事で焼失したと言うことだった。
その火事で昌浩の母が亡くなっていた。

近所の住民は更に追い討ちを掛ける事実を昌浩に告げた。
火事が起こる前、昌浩と父・昌成との間に立って
昌浩をかばい、何かと力を貸し続けてくれた兄が亡くなっていたのだ。
自動車事故で大破した車の中に閉じ込められた兄は、生きたまま炎に飲み込まれ焼死していた。
そして、父・昌成の行方も判らなくなっていた。
昌浩が服役していた僅か3年足らずの間に、宋家は破滅してしまっていたのだ。
余りの事に打ちのめされた昌浩だったが、
当初の目的を果たすため、地元の友人・知人の伝を頼って美鈴の捜索を開始した。


302 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:18:05 ID:???0
高校の同級生や地元の友人を頼って美鈴の過去を探ると、
美鈴が話さなかった数々の事実が判った。

美鈴は、出身校の学区から離れた、**部落と呼ばれる被差別部落の出身者だった。
美鈴は実家を離れ、元教師の老夫婦の家に下宿し、そこから学校に通っていた。
美鈴や進学した高校、下宿先には連日嫌がらせが繰り返されたそうだ。
昌浩は美鈴のかつての下宿先を訪れたが、そこは老夫婦が亡くなり空き家となっていた。

昌浩は美鈴の実家があるという**部落を当たってみる事にした。
だが、**部落の名が出た時点で地元の友人達は昌浩の前から皆去って行った。
近辺の同和地区の住民達からさえも
**部落は決して近付いてはならないとされる「危険地帯」だったのだ。
宋家は昌浩が中学校に上がる前に逃げてきた朝鮮人の「余所者」に過ぎなかった。
地元での**部落という存在の意味を理解していなかったのだ。

そんな昌浩の前に同和団体の活動家だと言う、日本人の男が現われた。
男は駒井と名乗った。
駒井は「**部落に首を突っ込んでる馬鹿はお前か?
余所者の朝鮮人が・・・他人の土地で勝手な真似をしていると死ぬぞ?」と言って、
昌浩をある人物の元に連れて行った。


303 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:18:47 ID:???0
駒井は、活動家時代の宋 昌成の同志だった。
かつて、宋 昌成は住環境が特に劣悪だった同和・在日混住地区における「公営住宅獲得闘争」に身を投じ、
多額の資金援助を行った過去をもっていた。
彼は家族や家業を犠牲にして、在日活動家の仲間と共に、
某政党の言う所の『日本社会の底辺で苦しむ人民の為の闘争』に身を投じた。
その結果、その地区の公営住宅建設計画が認可され、
彼らの説得により戦前からその地区に住み続けていた在日は立ち退きに応じた。

やがて、更地となった土地に真新しい公営住宅が建設された。
だが、地域住民で入居を許されたのは「同和」の日本人だけだった。
「日本人ではない」という理由だけで、
共に闘い、立ち退きに応じた在日住民たちは入居を許されなかったのだ。
真新しい公営住宅を目の前に、元の住居を失った在日朝鮮人たちは成す術もなく、
そこに入居したかつての隣人である同和の日本人と、
立ち退きを勧めて回った昌成達活動家に怨念を向けた。

宋 昌成は、彼に活動資金の拠出を何度も要請してきた某政党や、
共に戦った同和団体の活動家に行政側の措置の不当性を強く訴えた。
行政に対する抗議闘争、その地区に住んでいた在日住民の
公営住宅入居を認めさせる活動への協力を求めたのだ。
しかし、彼らの答えはNOだった。

昌成は絶望に沈んだ。
立ち退きの説得に回った責任感から、
彼は持てる私財を全てつぎ込んで、住家を失った同胞の次の住居の手配に奔走した。
だが、朝鮮人に部屋を貸す家主は同胞の中ですら中々見つからなかった。

度重なる心労や苦労は、平等社会や日韓両民族の和合を信じる理想主義者だった彼を変えた。
日本社会で疎外された在日を守るのは経済力、
そして、それを背景とした権力に連なる人脈しかないという考えの持ち主へと変貌した。
彼や在日の仲間を利用するだけ利用して切り捨てた「ペルゲンイ」や「ペクチョン」共、
そして、日本社会や日本人に憎悪を燃やすようになって行った。

家業が潰れ破産した宋家は、この地に夜逃げ同然で流れてきたのだ。
家業や家庭を顧みずに昌浩や家族を苦境に陥れたが、
理想主義者だった「活動家時代」の父を昌浩は深く尊敬していた。
昌浩の出奔の背景には、変貌した父への反発が大きく作用していたようだ。


304 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:20:08 ID:???0
先の「公営住宅獲得闘争」の折、分断工作に遭って共に戦ってきた在日朝鮮人達が切り捨てられた事に、
末端活動家だった駒井達は心を痛めていた。
そんな駒井が、かつての同士であり友人でもあった宋 昌成が「**部落」を探っている事を聞き付けた。
始め「**部落」の事を良く知らなかった駒井は、
その危険性を仲間に聞いて、昌成を止めるために、彼の許を訪れた。

宋 昌成は美鈴と美鈴の実家に付いて調べていた。
発端は「お前の息子は、質の悪い女とデキて同棲までしている。
面倒が起こる前に別れさせた方が良い」と言うタレコミだった。
宋 昌成は昌浩の兄を通じて、昌浩と美鈴が同棲していることを知っていた。
さらに、昌浩の勤務先の社長から、昌浩の身辺を嗅ぎ回っている連中が居る事も聞き付けていた。
やがてタレコミは「昌浩と美鈴を早く別れさせろ。
さもなくば、二人だけではなく、お前の家族にも累が及ぶ事になる」と言う脅迫に変わった。

ここで、昌成は調査会社に依頼して、美鈴と美鈴の背後の調査を開始した。
美鈴が「**部落」という被差別部落出身者であることが直ぐに判った。
だが、被差別部落出身者だからといって、昌成には、昌浩と美鈴の仲を引き裂くつもりは全くなかった。
昌成は、美鈴の妊娠が明らかになると、
昌浩には内密に、昌浩の兄を通じて美鈴に当面の生活費まで渡していたのだ。
昌成には某政党と同和団体との遺恨、
日本社会や日本人に対する怒りや憎しみがあった。
だが、他方で、そういった『恨』を息子の代まで継続する事は不毛と考えていたようだ。
若い二人には平穏な暮らしを送って欲しい・・・そう願って、**部落に関わってしまったらしい。
 
調べてみると、美鈴の過去は異様な闇に彩られていた。
美鈴には5歳年上の姉がいた。
姉の『美冬』はある種の『虐待』を受けていた。
美冬の中学の担任教師と、同和団体の関係者は彼女を救おうと奔走したが、
美冬が中学を卒業すると救いの手を差し伸べる手立てを失った。

やがて美鈴が中学に上がり、
美冬の担任だった教師は、妹の美鈴の担任となった。
担任教師と件の同和団体関係者は、
姉の美冬の強い訴えもあって、中学在学中、家庭訪問を密に行うなど美鈴を監視し続けた。
美鈴は担任教師と同和団体関係者の強い働き掛けにより、中学卒業後、
実家から離れた学区の高校に越境入学し、
担任教師の学生時代の恩師の下に下宿することになった。
美鈴や下宿先には嫌がらせや脅迫が続いたが、美鈴はこれに耐えて高校を卒業した。
美鈴は実家に連れ戻されることを避けるために、
卒業式の前に下宿先の老夫婦の知人を頼って郷里を後にした。
姉の美冬は、少しづつ貯めてきた金を全て美鈴に渡し
「二度と帰ってきてはいけない」と言って妹を送り出したと言うことだ。

だが、美鈴が郷里を後にして直ぐ、下宿先の老夫婦が亡くなった。
更に、美鈴の進学に尽力した担任教師と同和団体の女性も時を同じくして急死していた。
関係者の死は、事故や急病など一見普通の死因によるものだった。
だが、周囲の者は皆一様に
「**部落の者に関わった報いだ」と言っていたという事だった。


305 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:22:03 ID:???0
「**部落」・・・川沿いにあったその部落は、
他の地区とは大きな道路に隔たれていて、正に陸の孤島だったということだ。
50世帯程の小規模の部落で、
その成り立ちは調査会社が調査しても良く判らなかった。

その地域の被差別部落は、地元の伝統産業との関わりから、
それぞれの部落の成り立ちが比較的明らかだそうだ。
その地域で歴史的に地場産業の最底辺を支えていた被差別部落に、
出稼ぎや密入国でやって来た朝鮮人が入り込み
混住し始めたそうだ。

部落に入り込んだ朝鮮人労働者は、
従来の最下層労働者であった日本人住民の更に下層に当たる最下層労働階層を形成した。
新顔の最下層労働者である朝鮮人労働者に「歴史的雇用」を奪われた部落の日本人住民の生活は
困窮を極め、部落は荒れ、住環境は末期的に悪化した。
昭和期に入って技能や職能を身に付けた、或いは戦後の混乱期に経済力を付けた一部の朝鮮人移民は、
劣悪な環境だった従来の部落を出た。
彼らは、元いた被差別部落周辺に、新たに朝鮮部落を形成した。
戦後、特に朝鮮動乱で祖国を捨てて流入したニューカマーの朝鮮人は、
朝鮮部落内で最下層労働階層を形成して生活圏を確保した。
宋 昌成が「公営住宅獲得闘争」を行ったのは、
最初に朝鮮人が流入し、労働環境や住環境が崩壊したまま放置され取り残された
日韓混住部落だったのだ。

だが、**部落はその何れにも該当しない特異な部落だった。
周辺との交流が極めて薄く、
いつからあったのかも、元々何を生業にして成立したのかも明らかではなかったのだ。
どの部落よりも劣悪な環境にありながら、
自治体の対策事業で訪れた県や市の調査員を激しい投石などで排除し続けていた。
非常に排他性が強く、同和団体関係者を含めて、
部外者が足を踏み入れるには危険を伴う地域と言う事だった。


306 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:22:55 ID:???0
宋 昌成は**部落の闇に引き寄せられて行った。
**部落に関わって不審死を遂げた者は多い。
そんな危険な闇に踏み込もうとする、かつての友を駒井は必死に止めようとした。
だが、そうしている内に昌浩の事件が起こってしまった。
理由はどうであれ、道義上、親である自分が被害者の家族に謝罪しなければならない・・・
宋 昌成は駒井の制止を聞かずに**部落へ向った。
駒井は宋 昌成に付いて**部落に足を踏み入れた。

**部落は異様な雰囲気だったそうだ。
駒井は、**部落で、それまで感じたことのないような、言い知れぬ不安感に襲われた。
二人は美鈴の実家に着いた。
中から出てきた若い女に宋 昌成は身分と事情を明かした。
若い女『美冬』は、声を潜めて「お帰り下さい」と言ったが、中から現われた男が昌成と駒井を迎え入れた。
兄が亡くなった時点で、美鈴の家族は父と叔父、姉の美冬だけだった。
何故か、仏壇神棚の類は一切なく、美鈴の兄に線香を上げようにも、位牌・遺影もなく遣り様がなかった。
宋 昌成は美鈴の家族に昌浩の行いを詫びた。
昌成も駒井も激しい怒りの言葉を予想していたが、美鈴の父と叔父の言葉は穏やかだった。
だが、二人の眼は異様な眼光を湛えて駒井を凍り付かせた。
駒井に言わせれば『人間の目付きではなかった』と言うことらしい。

美鈴の父親は、あれは不幸な事故だったとか、
司直の裁き以上のことは求めるつもりはないと言った言葉を口にした。
叔父の方も、若くして犯罪者の汚名を着ることになってしまった昌浩を心配し、
父親である昌成の心労をねぎらう言葉を掛け続けた。
だが、そんな言葉の裏で駒井は耳には聞こえない不思議な『声』を聞き続けていた。
二人に言葉を掛けられている昌成は、
魂を抜かれたような、呆けた顔をして頷きながら二人の言葉を聴いていた。

だが、駒井の脳裏に響く不思議な『声』の語る言葉は、恐ろしい呪いの言葉だった。
宋一族は滅ぼされる・・・これに関わってしまった駒井一族も!
駒井は恐怖に震えた。
やがて、宋家の長男が事故死し、火事で昌成の妻も焼死した。


307 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:23:33 ID:???0
駒井は、ある寺の住職に相談して、某部落の古老を紹介された。
この老人は、苦しい、未来の見えない生活に嫌気が差して故郷を後にし、
ある霊能者に拾われて修行した経験の持ち主だった。

駒井を見た老人は、駒井に宋 昌成を連れて来るように言った。
駒井は宋 昌成を古老の前に引きずって連れて行った。
どこか、意識に膜が張った状態で、ボーっとした様子だった宋 昌成は、
老人の裂帛の気合と共に繰り出された平手打ちの一撃で混濁した意識から呼び起こされたそうだ。
だが、意識を呼び覚まされた宋 昌成の脳裏には、
駒井が**部落の美鈴の実家で聞いたのと同じ声が響き始めていた。
この、呪いの『声』は、宋 昌成が発狂するまで消えることは無かったらしい。
いや、発狂してもなお消えていなかったの見る方が正しいだろう・・・
老人は、ある朝鮮人『呪術研究家』への紹介状を書き、駒井は宋 昌成をその研究家の元へ連れて行った。
老人の紹介状と宋 昌成が調査会社に調べさせたレポート、
駒井と昌成が話したそれまでの事情を聞いた『呪術研究家』は、
独自のルートで**部落に付いて照会し、調査した。

**部落に付いて調査した上で、この呪術研究家が紹介した男が、
駒井が宋 昌浩を連れて会いに行かせた男だった。
男は「拝み屋」金 英和(キム ヨンファ)と名乗った。

**部落は、ある『宗教団体』の信者の末裔によって形成された特殊な成り立ちの部落だった。
信仰の詳細、教団や信仰が現在も存在しているのかは判らなかった。
ただ、**部落の人間は外部の者とは交わらず、部落内だけで婚姻を続けていたようだ。
どうやら、**部落は、採石や危険な土木工事の人足のといった仕事の影で、
「まじない」や「呪詛」を生業とした一族の集団だったらしい。
そのような部落に於いて、美鈴の実家は何らかの役割を担っていたようだ。
『呪術研究家』にはある程度予想は付いていたそうだが、
**部落は日本全国に散らばる、敢えて言うなら『生贄の部落』の一つだった。

生贄の部落・・・
彼らは『澱み』・・・漂流する呪いや災厄、人々の欲望や怨念から生じる『穢れ』が流れ着いて溜まる、
或いは溜まるように細工された土地に封じ込められた人々だった。
『澱み』に封じられた人々は外部からの「血」を入れることも、外部に「血」を広げる事も許されなかった。
彼らが『澱み』に封じ込められたのは、その血が非常に強い霊力を持っていた為だと言う事だ。
その『力』故に、民族?の名も、言語も、神話や伝承も徹底的に奪われた。
彼らの血脈が直接に絶たれなかったのは、
彼らを滅ぼすことによって生じる『祟り』を祓う事が極めて困難だからと言う事らしい。
彼らは、並の霊力の血統なら3代と続かずに絶えてしまう穢れの地である『澱み』に、
霊力を吸い尽くされて滅ぶまで封じられ続けているのだ。
**部落のあった場所は、地理的に『穢れ』や『瘴気』が流れ込み易いその地域にあって、
それらが流れ着く『澱み』に位置していた。


308 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:24:50 ID:???0
宋 昌浩は駒井に連れられて
寺に逗留していた金 英和に引き合わされた。

昌浩は、駒井と金 英和にこれまでの経緯を聞かされると、
宋家に起こった不幸や服役中に見た悪夢に付いて尋ねた。
金 英和は昌浩に言った。
「宋一族には強力な呪詛が仕掛けられている。
私は君の父上から祓いを請け負ったが、残念な事に呪詛と術者の力が強すぎて祓い切る事は出来ない。
呪詛を仕掛けた人間が明らかになれば、
交渉するなり、呪詛返しで凌げる可能性もあるのだが・・・」

昌浩は「呪詛とやらを仕掛けたのは、美鈴の実家の人間じゃないのですか?」と尋ねた。
「呪詛の大元は美鈴さんの実家ではない・・・いや、**部落の人間ですらない。
部落や美鈴さんの実家からの呪詛も掛かってはいるが、相手が判っている以上、
こちらは大した問題ではない」
「それじゃ、誰が?」

「問題の宗教団体なのか、他の誰かなのかは判らないが、
基本的に**部落の人間は、ある種の『依り代』の役目を負わされているだけだ。
あの部落では、部落を構成する『家』の間で『依り代』役を持ち回りして、
当番の家を他の家が監視しているのだ。
今は、美鈴さんの実家が当番らしい。
依り代役の家の中で最も霊力の強い人間が呪詛の『依り代』役を引き受けるのが決まりということだ。
一番霊力の強かった美鈴さんのお母さんは『依り代』役をやっていて衰弱死したらしい。
次に力の強い美鈴さんが『依り代』をやるはずだったのだが、
子供を作れない者・・・初潮や精通を迎えていない者は『依り代』は出来ない。
美鈴さんの次に霊力の強かった姉の美冬さんが妹の代理をしていたが、
彼女は外部の人間を頼って妹を逃がした。
だが、美冬さんは部落の掟と自分達の『血』を甘く見ていた。
美鈴さんを部落の外に逃した事も問題だったが、
最も不味かったのは美鈴さんが君の子を孕んだ事だったようだ」
「どういうことですか?」
「どうやら『依り代』が部落以外の、外部の胤で孕むと
呪詛が滞って持ち回りの『家』や部落全体に降りかかるらしい。
それ故に、美鈴さんの兄は彼女を取り戻そうとするだけではなく、
彼女のお腹の子を潰そうとし、父親である君を殺そうとした」


309 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:26:16 ID:???0
昌浩は尋ねた
「それじゃあ、兄とは母は・・・。父はどうなったんですか?美鈴は?」
金 英和は答えた。
「お兄さんとお母さんは、君達の子供が亡くなったことで再び流れ出した
『呪詛』によって亡くなったと見るべきだろう。
君と君の父上は相当強い霊力や生命力を持っているようだ。
お父上は’まだ’生きている。
君が見たという美鈴さんの悪夢は、彼女を依り代にした呪詛の現われだろうね」
「美鈴は?」
「君が今無事でいられるのは、生まれてこなかった君達の子供の霊と、
美鈴さん自身が君への『呪詛の流れ』を止めていたからだ。
一目だけでも彼女を君に逢わせてあげたかったのだが・・・遅かった。残念だ」
昌浩は泣き崩れた。

金 英和は続けた。
「泣いている場合ではない。
宋一族に向けられた呪詛は今、君の父上に集中的に向いていて、君には大した影響は出ていない。
しかし、君の父上はもう長くはない。
私の知り合いの霊能者が結界を張って守っているが、彼の命は風前の灯だ。
父上が亡くなれば、次は君の番だ。
宋家の血脈が滅び去るまで呪詛の流れは止まらないだろう」
「・・・そうですか」
「君は死ぬのが怖くないのか?」
「家族を失い、美鈴や子供も失って、この世に何の未練があります?もう、どうでもいいですよ」
「それでは、君の父上が浮かばれないな」
「?」
「君の父上は、君を助ける為に敢えてその身に呪詛を受けていると言うのに、
君がこれではどうしようもない」


310 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:26:56 ID:???0
「助かる方法があるのですか?」
「ある。だが、それには条件がある」
「条件?」
「私や、私の友人の力では君を助ける事は出来ない。
普通の加持や祈祷では、君に降りかかる呪詛は払えないだろう。
他人の力ではなく、君自身が修行して霊力や生命力を大幅に引き上げる必要がある。
その上で、君達の一族に向けられた呪詛を『引き受ける』術を持つ、
ある呪術師の親子の力を借りれば君は助かるだろう。
しかし、君が呪詛に耐えるに必要な霊力を身に付けるための、修行を行う時間はない・・・」
「ならば、どうやって?」

「まもなく、韓国から問題の呪術師の親子がやって来る。
私は『契約』により、呪術師の息子が一族の業の後継者となる子を作り、
次の代に引き継ぐまで、息子を監視し助ける義務を負っている。
しかし、残念な事に、私は適性を欠いていたようだ。
修行の過程で体を蝕まれ、呪術師として呪詛に触れる過程で命脈を使い果たしてしまったようだ。
義務を果たす事は最早出来ない。
私は、自分が蝕まれている事を知ったときから、
自分の代わりとなり得る『適格者』を探し続けてきた。
君には適性がある。

強い霊力の『血』を持つ女は、並の霊力の胤では決して孕まない。
まして、**部落の、美鈴さんの霊力の『血』は何代にも渡って濃縮された極めて強い血だ。
**部落以外の者の胤で孕むことは、極めて稀だろう。
しかし、美鈴さんは君の子を宿した。
これは、君に極めて強い霊力や生命力が備わっている証拠だ。
君は私の代わりに、『監視者』たる『金』の姓を名乗って、
然る時が来るまで、呪術師の息子を助けて欲しい。
私は、君の一族に降りかかる呪詛を身代わりとなって引き受けよう」
昌浩は金 英和の申し出を受け入れた。


311 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:27:45 ID:???0
昌浩は金 英和に連れられて、霊能者・天見琉奇の元に赴いた。
昌浩が着いた時には、宋 昌成は既に発狂し、衰弱し切った状態にあった。

やがて、韓国から『祟られ屋』の呪術師の親子が来日した。
昌浩は金 英和に成り代わって親子と契約の儀式を行い、父親の呪術師に息子と共に師事した。
昌浩は韓国から来た『祟られ屋』だけではなく、
霊能者の『天見琉奇』、呪術師『榊』など、
数多くの呪術師・祈祷師・霊能者を師に仰いで修行を重ねた。
宋 昌成や駒井の手によって保護された『美冬』は、天見琉奇に師事し、
その卓越した霊力から『天見』の名と彼の教団を継ぎ、
後に霊能者・天見琉華となった。
やがて、『祟られ屋』の息子は父親から一族の呪法を受け継ぎ、
昌浩と共に呪術師として本格的に活動を開始した。


そんな時に舞い込んだのが、呪術師『半田千津子』の抹殺だった。
『千津子』は『美冬』とは出身部落を異にしていたが、
同様の『封じられた』血脈に属する女であることが天見琉奇の霊視によって明らかになった。
『千津子』は何者かによって、その強力無比な霊力を利用され
『依り代』として、呪殺の道具にされているだけだったのだ。

彼女の一族は、美冬の一族や**部落とはまた違った、巧妙な方法で呪詛の主に支配されていた。
ある種の呪詛により、思考能力を抑えられて、
力の抑制や善悪の判断が出来ない『人形』にされていたのだ。
半田親子の知能障害、
一旦発動すると歯止めが利かない強力な『力』は、そこに原因があったと言うことだ。

類稀な才能を認められて危険な術を託され、組織において『呪殺』を受け持ってはいたが、
榊は性格に問題のある男だった。
非情になれない、特に女子供に甘い男だったようだ。
彼には、正体の明らかでない何者かに呪詛の道具として利用されているだけの
哀れな女を消す事は出来なかった。
だが、彼に背後の術者を探し出す力はなく、組織にもその力を持つ者は居らず・・・
天見琉奇を以ってしても特定は不可能だった。

榊は死を覚悟して、父の友人であり、
弟子の昌浩や韓国から来た『祟られ屋』の息子を統括する幹部でもあった『呪術研究家』の男に
後の処理を依頼して組織を出奔した。・・・『半田 千津子』の助命を嘆願して。
榊にとって、韓国発祥の教団であり、
日本の神々や呪術・霊力とは敵対する『T教団』に千津子を委ねたのは、
彼女を『支配者』である術者から切り離す上での
窮余の策であったのだ。

やがて、組織の命により榊は抹殺されたが、
呪術研究家の
「下手に千津子に手を出せば、『支配者』を失った彼女の『能力』の暴走を招き、更なる死者が出る。
下手に抹殺を図って犠牲を出すよりは、
彼女を保護しているT教団と協定を結び、彼女の力を封印した方が得策だ」
と言う主張が採用され、
組織とT教団との間で協定が結ばれた。


312 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:28:27 ID:???0
宋 昌成・昌浩親子に『拝み屋』金 英和を紹介した在日朝鮮人実業家で呪術研究家の男・・・シンさん。
韓国から来た『祟られ屋』の息子・・・マサさん。
その父親と契約を結び、名を変えてマサさんを監視し、補佐する呪術師の宋 昌浩=キムさん。
彼らは、マサさんの一族に伝わる特異な『朝鮮の呪法』を以って、
彼らの属する呪術団体の中で地歩を固めて行った。

マサさんの一族と組織の関わりはかなり古いものらしい。
以前から不思議に思っていた・・・実業家であり、呪術師や祈祷師でもないシンさんが、
組織や呪術の世界、マサさん達に何故関わるのか?
俺はシンさんに疑問をぶつけた。
シンさんは答えた。

「拝み屋だった金 英和は私の息子なのだよ。
申家は、ある無茶な仕事で酷い祟りに遭ってね、一族が滅びかけた事があるんだ。
いや、滅んでいるはずだった。
申一族はマサの祖父に救われたが、事業が頓挫した我々には、約束の報酬を支払う事が出来なかった。
だから、『適格者』だった私は、多額の謝礼の代わりにマサの祖父と契約を結んだのさ。
だが、私が修行に入る前に、息子が出来てしまった。
不測の事態で仕方なく、私の代わりに弟が『監視者』として修行の道に入ったが、
適性を欠いていたらしく、使命を全うする事無く死んだ。
私と弟に成り代わって、申家のマサの家に対する義務を果たすべく、
息子はマサの父親と契約を結んだが、彼も適性を欠いていて命を落とした。
申家の生き残りは私だけだ。
老い先短い私には、命の続く限りマサやキムを補佐する義務がある。
申家の宿命を代わりに背負った宋家・・・いや、キムにはシン家が築いて来たもの全てを託す。
その為に、私はキムを表の仕事の右腕として鍛え続けて来たんだ。
事業家としても彼は優秀で、私の期待に応えてくれているよ」


313 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:30:40 ID:???0
シンさんの言葉の後、俺はキムさんに聞いた。
「適格と言うのは、例の『導通』の儀式に耐えられる能力と言うことですか?」
「マサ達が適格者を選ぶ基準は私にも良く判らないが・・・恐らくそうだろうね。
私も、マサが父親から呪法を受け継ぐ少し前に、師匠から君と同じ儀式を受けている。
金 英和は、儀式を受けた後、急速に体調を崩して寿命を縮めた。
あの儀式は相当な下準備と、
生まれ持っての適性がないと致命的なダメージを肉体に及ぼすと見るべきだろうな」

「俺はマサさんと契約なんてしていない。
それに、マサさんは子供どころか結婚も、女もいないですよね?」
「そうだな。君が適格者だとは思えない。
君は日本人だからな。
日本人として日本の神々の加護を受けている君には、あの『井戸の呪法』関わる適性は無いと思うんだ。
肉体的特性は兎も角、霊的特性として、朝鮮民族に限られるんじゃないかと私も思う」
「何でマサさんはPではなく、俺にあの儀式を施したんだろう?」
「それは私にも判らない。
ただ、確実に言えるのはP君は間違いなく候補者だったはずだ。
彼ではなく、君に儀式を施したと聞いて、我々も驚いたよ。
肉体的条件に適合しなかったようだが、P君の潜在的な霊能力は素晴らしいものがあったからね。
・・・正直、碌に準備もしなかった君があの儀式に耐えて、今も無事で生きていること自体、私には驚きだよ」 
「俺、『導通』の儀式の実験台だったんだろうか?」
「さあな。だが、アイツも相当に甘い性格をしているからな・・・そこまで、非情な行動に出られるか?
君を儀式の実験台に出来るような奴なら、多分、君があのアパートに着く前に、
踏み込むと同時に千津子と奈津子を射殺していただろう。
命を落としかけてまで、あんな危ない橋を渡る事はなかったはずだ」


314 :契約 ◆cmuuOjbHnQ:2009/05/06(水) 01:31:30 ID:???0
茶碗に残った酒をグイッと一気に呷ると、シンさんは俺に言った。
「マサが何を考えているかは判らないが、いずれにしても、君は良くやってくれているよ。
君は身体の傷からも、アリサ君を喪った心の傷からも、痛みを忘れているだけで癒え切ってはいない。
本来、あんな危険な仕事を任せられる状態ではなかった。
緊張が解けて、そのうちに後遺症が出てくるだろう。
暫く暇をあげるから、今はゆっくり休みなさい。
君の傷が癒えて戻ってくるのを我々は待っているよ。
好きなバイクでツーリングにでも行くと良い。思い切り羽根を伸ばしてきなさい」
 
俺が部屋を出ようとすると、キムさんが「ちょっと待て」と声を掛けてきた。
「木島の所に顔を出すのは良いが、奴には気をつけろ。アイツは、私やマサのように甘い人間ではない。
何を企んでるかは判らないが、目的の為には何処までも非情になれる人間だ。そこのところを忘れるな。
まあ、たっぷり休む事だ。
戻ってきたら、せいぜい扱き使ってやるよw」
 
俺は一礼して、シンさんのお宅を後にした。
 
 
おわり



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258 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:18:36 ID:???0
アパートの部屋に戻って一服していると、ドアをノックする音がする。
・・・もう、こんな時間か。
ドアを開けると大家のオバサンが若い女を伴って立っていた。
「金子さん、悪いけど、また、なっちゃんをお風呂に連れて行ってくれる?」
「いいっすよ。それじゃあ、なっちゃん、俺と一緒に風呂に行こうか?」
築40年以上のそのアパートには風呂がなかった。
最寄の銭湯まで歩いて10分ほど。
鼻歌を歌いながら歩いていた奈津子が俺の手を握ってくる。
手を握り返して顔を向けると、奈津子は童女のような笑顔を見せて握った手を振る。
半田 奈津子・・・彼女が今回の俺の仕事のターゲットだった。
 
『仕事』とは、要するに奈津子の拉致だった。
乗り気のしない俺は、一度はこの仕事をキャンセルした。
しかし、結局、シンさんの強い要請でこの仕事を請けることになったのだ。


259 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:19:30 ID:???0
半田 奈津子は20代女性。
家族構成は母親の半田 千津子と母一人、子一人。
彼女の戸籍に父親の名はない。

半田親子は奈津子の幼少の頃から、生活保護を受けながら、このボロアパートに住んでいた。
顔写真の奈津子は愛らしい顔立ちをしていたが、何処となく違和感を感じさせた。
資料によれば、奈津子は知能に少々問題があり、療育手帳も受けていた。
母親の千津子は日常生活に問題はないと言う話だったが、
読み書きが殆ど出来ないと言う事だった。
病弱で寝たり起きたりの母親と知能障害を抱えた娘の世話をしていたのは、
アパートの大家でもある某教団信者の女性だった。

半田親子も、母親が元気だった頃からその教団の信者だった。
娘の奈津子には、教団斡旋による韓国での結婚式の話が持ち上がっていた。
その地区を取り仕切る教団幹部の強い勧めと言うことだった。

確かに、問題の多い教団ではあった。
教団の布教方法や霊感商法、人身売買の疑いも囁かれる『合同結婚式』で
韓国に渡った多数の日本人女性の失踪・・・
半田親子の入信の経緯も自由意志によるものだったのかは怪しい。
だが、社会の片隅に放置されていた親子に救いの手を伸ばす者は、その教団・信者だけだったのも事実だ。

家族の依頼による奪還ならまだしも、余りに理のない行為に思えた。
頭の弱い女一人を拉致するなど、半日もあれば済む仕事だろう。
誰の、どんな目的による依頼だかは知らないが、そこらのチンピラに金を握らせれば簡単に片が付く。
少なくともキムさんや、ましてやシンさんが手を下すべき類の仕事にはどうしても思えなかった。


260 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:21:10 ID:???0
再度、この仕事を要請してきたシンさんに、俺は「何故、俺なんですか?」と尋ねた。
「訳あって、任せられる者がいないんだ・・・何とかなりそうなのは君くらいしか思いつかなかった。
キムやマサには、この仕事は無理なんだよ・・・それに、色々と問題があってね」
シンさんは半田親子に付いての別のレポートを俺に渡した。

レポートによれば、シンさんたちは半田親子を20年以上に渉って監視し続けていたことになる。
レポートを読み進めるに従って、俺の背筋には冷たいものが走った。
レポートの内容が正確ならば、一見、人畜無害に見えるこの親子は恐るべき存在だった。
果たして、俺に勤まるのか?
キムさんがシンさんに促されて「どうしても無理なとき、少しでも危険を感じたら躊躇なく使うんだ」と言って、
黒いヒップバッグを渡した。
中には油紙と新聞紙で厳重に梱包されたオートマチック拳銃と予備弾倉が入っていた。

・・・ありえねえ!
・・・正直、俺は目の前に現われた物と、これを「使え」と言うキムさん達にドン引きしていた。
戸惑う俺に、銃の説明と一緒に、
キムさんは半田親子が監視されるようになった経緯を話し始めた。
話はキムさんとマサさんの修行時代、呪術師として駆け出しだった頃に遡る。


261 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:21:59 ID:???0
ある時、シンさんの属する組織にある依頼が舞い込んだ。
それは、ある呪術師の抹殺だった。

その頃、複数の有力者に雇われた数グループの呪術師が、呪詛と
呪詛返しを仕掛け合う『呪術戦』を繰り広げていた。
実際には、高い地位に上り詰め、権力の座に座るような強運の人物に対する『呪詛』を成功させるのは、
ある一定の条件を満たさないと非常に困難だと言う事だ。
宿業や運気が下降局面に入った所で、マイナスの流れを加速させる形で行わないと
呪詛の効果は現われないらしい。
呪詛によって滅ぼされる者は、ある意味、
『運』や『功徳』を使い切って、滅びるべくして滅ぼされて行くのだ。
それ故に、天運を味方に付けている者、宿業や運気の上昇局面、絶頂期にある人物に
呪詛を仕掛けて成功させることは難しい。
だが、その『呪術戦』は、
権力闘争に勝利して絶頂期にあった、ある男の死によって一旦終息した。

古くからの日本の呪術師グループには、いくつかの不文律が存在するということだ。
例えば、国を導く重要人物を、権力闘争の為に『呪殺』することは基本的にしないらしい。
そこが、呪術師が『呪殺』を用いて権力闘争に積極的に加担し、
国と民族を導く資質を持った『指導者』を根絶やしにして亡国を加速させた朝鮮との決定的な違いらしい。
いわば、呪術師間での暗黙の馴れ合いなのだが、その男の死は『不文律』に反するものだった。
また、その男を守護していた、
『業界』でそれなりに名の通った呪術師も命を落としたということだ。
更に、他の有力者に付いた呪術師にも、呪詛によると思われる変死・事故が相次いだ。
無差別に呪詛を撒き散らし始めた強力で危険なその呪術師を、
呪術界、少なくとも関与した呪術集団は放置できなくなった。
そして、『仕事』以外では、呪術師相互で呪詛は仕掛け合わないという、
『不文律』に従わない危険人物を消す仕事が、シンさん達の属するグループに回ってきたのだ。


262 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:23:52 ID:???0
かなり古い成り立ちを持つシンさん達のグループは、『呪殺』も受け持つ専門の呪術師を抱えていた。
榊という日本人呪術師だ。
国内の呪術集団には横の繋がりがあり、
この国を亡国に導く『危険人物』に協力して呪殺を仕掛けることも、ごく稀にだがあるらしい。
また、呪術師や呪術集団が、他の呪術集団に属する呪術師を雇ったり、
大掛かりな呪法への協力を依頼することも、そう珍しい事ではないようだ。

シンさん達のグループの『呪殺師』だった榊は、キムさんとマサさんの『師匠』の一人でもあった。
榊は、シンさんの属する呪術グループに何代も属し続けた
強力な呪術師家系の出身者だった。
困難ではあったが、榊は確実にこの仕事を遂行する力を持っていた。
しかし、榊は自らが所属する呪術師グループと日本の呪術界を裏切った。
消すべき相手の『呪術師』を連れて逃亡したのだ。

榊が連れて逃げた『呪術師』、それが半田 千津子だった。
関係した呪術師グループや裏社会の人間に追い詰められた榊は最悪の行動を取る。
依頼者や関係呪術師グループの秘密をネタに彼らを脅迫したのだ。
依頼者のプライバシーや秘密に深く関わる呪術師・祈祷師としては最悪の、そして命取りの行動だった。
更に、榊はシンさん達のグループが保有していた呪術や呪物のデータを手土産に某教団の下に走った。
どうやら、日本国内の『呪術・呪物』の情報と引き換えに、
政・官・財界に深く食い込んだ、韓国発祥の某教団に千津子の安全の保障を求めたらしいのだ。

その話を聞いて、俺はあることに思い当たり、キムさんに尋ねた。
「もしかして、例の『鉄壷』の情報も、榊から件の教団に渡ったものなのですか?」

以前、俺が関わった、
朝鮮民族の生命を生贄に、日本皇室を滅ぼさんとした呪詛の呪物である『呪いの器』
封印場所から、何者かの依頼を受けた韓国人窃盗団の手により盗み出された『鉄壷』は、
盗品屋の柳から問題の教団の幹部だった西川達の手によって奪われた。
状況から、韓国人窃盗団に『鉄壷』の盗み出しを依頼したのも西川達だったのだ。

「その可能性は否定できないな。まあ、他のルートからの情報に基づいたものかもしれないが。
奴らは、あらゆる方面から、呪術や呪物、『能力者』の情報を収集しているからね」


263 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:24:49 ID:???0
その教団に対する俺の評価は、
宗教を隠れ蓑にしたマルチ商法の集団という程度のものだった。
政・官・財界に深く食い込んでいるのも、結局の所、世俗的・経済的利益追求の為と思っていたのだ。
だが、俺がキムさんに雇われるテストケースとなった事件で、
信者から運気を奪い取る邪法を仕掛けていたカルト教団と同様、この教団の闇も深かった。

問題のS教団の最高権力者である名誉会長は
色欲と名誉欲、金銭欲にまみれた下種な俗物でしかない。
今回のT教団の韓国人教祖夫妻もまた、それなりのカリスマ性はあるのかも知れないが、
色欲会長と同等以下の俗物にしか見えなかった。
しかし、T教団はS教団と比較にならない位に、危険で根深い団体なのだということだった。
T教団は成立当初から、単なる宗教団体の枠を超えた存在だった。

戦後、アメリカはソ連・中国・北朝鮮・ベトナムといった社会主義国を包囲する為に、
全アジア地域に対する反共軍事同盟を結んだ。
更にアメリカは公然たる軍事的、外交的活動の陰で、CIAという巨大な諜報・謀略機関を使い、
各国の財界、政界、軍隊、警察から右翼やヤクザに至る反共勢力を集めた。
世界各地で露骨な反共運動、密かな謀略活動を行わせ、
気に入らない政府を流血のクーデターで転覆させ、指導者を暗殺した。
この、アメリカの国策による反共産・社会主義の流れの中で誕生したのが韓国・P政権であった。
T教団は、宗教団体であると同時に、
韓国における反共活動組織として、韓米両政府の力をバックに急成長したのだ。

その頃の日本政府も、国鉄労組による左翼活動や安保闘争などに手を焼いていた。
米CIAにとっても、安保闘争におびえた日本の支配層にとっても、
共産活動に対抗する、既成右翼勢力ではない新しいタイプの反共団体が必要であった。
特に献身的・無条件に、疑いを抱かず、
盲目的に反共活動だけに専念する若いエネルギーが求められた。
そこで目を付けられたのが、
韓国においてキリスト教原理主義のもと、数多くの若者が献身的に活動しているT教団だった。
日本に上陸したT教団は、政界・財界・警察を中心とした官界に根深く浸透していった。
国家による暗黙の下、T教団はキリスト教の外皮と呪術的手法により、
日本社会を広く深く浸食していった。


264 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:26:44 ID:???0
当初から、日本の宗教界・呪術界はT教団を危険視していた。
韓国政府とキリスト教系宗教団体であるT教団が、
ユダヤ・キリスト教『汎世界エスタブリッシュメント』と深く結び付いていたからだ。
T教団の使命は反共工作活動と同時に、
宗教と言う『麻薬』により、彼らの支配の障害となる、各国の愛国者を骨抜きにする事にあったのだ。
そして、『皇室』を頂点として強力な霊力・呪力を有し、
壊滅的敗戦によっても彼らに併呑されない日本と言う『特異国家』に於いては、
更にもう一つの使命が与えられていた。
それは、日本の宗教界・呪術界に浸透し、日本民族の精神世界を破壊・荒廃させ、
日本国の霊力・呪力を破壊することだった。

そもそも、T教団の
『日本は悪魔の国、天皇・皇室はサタンの化身、日本民族は朝鮮民族に奉仕する奴隷・・・』
等といった教義は、それ自体が日本と言う民族国家に対する呪詛そのものと言える。
『子』である日本人自身に日本の神々を誹謗させ、
日本民族が受け継いできた精神世界を否定させる・・・T教団の教義に多くの日本人を帰依させることは、
何よりも強烈な呪詛なのだ。
敗戦後の神道指令や新憲法下の宗教制度などにより、世俗的な力を奪われた日本の伝統宗教界に、
T教団のような『侵略的カルト』に対する抵抗力は残されていなかった。
政界・財界・警察などの力をバックに持ったT教団とその信徒、彼らの走狗である在日韓国人たちが
日本の宗教界に浸透し、跋扈するようになった。
彼らの浸透した教団の殆どが、下劣な世俗的欲望に支配されたカルト教団へと成り下がっていった。
程度の差こそあるが、日本の宗教団体・・・
信徒数1000人を越える規模の教団で、T教団の浸透を受けていない教団はほぼ皆無と言う事らしい。
前述のS教団もT教団の浸透を受け、
乗っ取られてカルト教団へと堕落した数多の教団の一つに過ぎないのだ。

T教団は、多種多様な下部組織やダミー団体を使って、大学のキャンパスや
企業、官公庁などで形振り構わない信者獲得を図った。
社会的軋轢や批判を敢えて受けながら広範囲の人材を漁ったのには、
もちろん、資金源や世俗的な影響力確保の意味合いもあった。
だが、それと同時に、霊力の平均値が高い日本人にあって、
特に霊力・呪力の強い人物を探し出す事も重要な目的だったのだ。
T教団は、日本の宗教・呪術組織の何処よりも、
広範囲に『能力者』の情報を収集・保有している組織だということだ。

霊感商法と並んでT教団を有名にした社会問題に、信徒女性を韓国に渡航させての『合同結婚式』がある。
この人身売買も疑われる『結婚式』に参加して、
韓国で行方不明になった日本人女性は7000人に及ぶという。


265 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:28:27 ID:???0
なぜ、女性が狙われるのか?
それは、遺伝的に霊能力を集積・定着し、次の血脈に伝えるのは女性に他ならないからだ。
強い霊力を持つ日本女性の血に、朝鮮の呪術の血を注ぎ、
より強力な呪術の血を作り出す事が目的だと言うのだ。

理由は定かではないが、日韓(朝)の『能力者』同士の混血は、同民族同士の場合よりも、
非常に強力な『能力者』を生み出すらしい。
古くからの呪術や霊能の家に生まれた『能力者』は保護されており、
各々の家や所属する組織によって能力をコントロールする術を学んでいるので左程問題はない。

だが、突然変異的に強い霊能力や呪術的な力を持って生まれてしまった者は、
その力が強ければ強いほど、通常の日常生活や社会生活が困難になる。
そのような人物を力を削ぎ落とされた日本の呪術・宗教組織が逸早く発見して把握・保護する事は、
都市化や地縁社会の解体された現在では非常に困難となっている。
かかる状況下で放置された能力者が、
救いを装うカルトに絡め取られる事例は少なくない。
自らの能力に苦しめられた能力者が、居場所と庇護を与えられ、
自己の存在価値を認められることによって教祖と教団に依存し、帰依してしまうのだ。

如何わしいカルト教団の中に強力な能力者が散見されるのは、このような事情によるらしい。
韓国で行方不明になった日本女性の中には、
こうした『突然変異的能力者』が数多く含まれていると見られている。
また、日本国内の呪術・宗教組織が『能力者』或いは『潜在的能力者』として
把握、監視していた人物も含まれていると言う事だ。
T教団には、韓国内の数多くの呪術師や霊能者が幹部、或いは協力者として加わっている。
むしろ、呪術団体としてのT教団の運営者は、
『汎世界エスタブリッシュメント』の走狗である彼らだと言った方が正確なようだ。

同胞である韓国人を犠牲にすることも厭わない彼らに反抗して消された韓国人呪術師は多く、
日本やその他の外国に逃れた者も少なくない。

日本の呪術団体に所属し、日本の為に働いている韓国人呪術師は多い。
韓国の呪術界から『チンイルバ』として指弾される彼らには、
『エスタブリッシュメント』の走狗となって同胞を生贄にする事を厭わない者達に反抗し、
祖国を追われた者も少なくないのだ。


266 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:29:39 ID:???0
追われる立場となった榊がT教団の下に走ったのはある意味、必然だったのだろう。
いや、経緯を監視していたT教団の方から榊に接触した可能性もあった。
シンさん達の呪術グループは、
裏切り者であり、強力な『呪殺』の術と力を持った榊を放置する事は出来なかった。

キムさんとマサさんは、ある呪法に加わって、師匠である榊に呪詛を仕掛けた。
強力な呪術の血を引き、卓越した呪術の力を持つ榊も、
強力な呪力の『源泉』を持つマサさん達には勝てず命を落とした。
榊が死んで直ぐに、
T教団とシンさん達の間で手打ちが行われた。
詳細は判らないが、T教団は千津子の呪力を封印し今後一切、呪詛を行わせない事。
シンさん達のグループは、千津子やT教団の幹部に呪詛を仕掛けない事が取り決められたらしい。
千津子はT教団の手により保護された。

だが、直ぐにとんでもない事実が明らかになった。
千津子が妊娠している事が判ったのだ。
千津子はある強力な呪術の血を受け継ぐ女だった。
そこに榊の強力な呪術の血が加わったのだ。
千津子の呪術の血は、ある特殊な由来を持つ血脈に属していた。
この上なく危険な呪術の『血』が、最も危険な団体の手に落ちたのだ。
シンさん達は、千津子と彼女の娘を監視し続ける事になった。


267 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:31:00 ID:???0
奈津子は小学校に上がるまでは、多少の知恵遅れはあったものの、普通の子供だった。
だが、彼女の『能力』の萌芽は凄まじかった。
知能の遅れや動作の遅さ、貧しい身なり等の為か、
奈津子は悪童達のいじめのターゲットにされていたようだ。
だが、奈津子は悪童達のいじめや、級友たちの無視にあっても泣かず、
いつもニコニコしているような子だったらしい。

ある時、奈津子の通っていた小学校で学芸会が行われた。
クラス全員が体育館のステージに上がって合唱を行う予定だったらしい。
この日の為に、千津子はアパートの大家に手伝って貰いながら、奈津子の為に白いワンピースを縫い上げたそうだ。
奈津子はこのワンピースを着る日を楽しみにしていたようだ。
学芸会の当日、奈津子は千津子に手を引かれて学校へ向った。

親子が学校の正門に続く坂道を上っているときに事件は起きた。
石垣の上に待ち伏せていた悪童達が、親子にバケツで泥水を掛けたそうだ。
奈津子の白いワンピースは悪臭を放つドブの汚水に染まった。
この時ばかりは奈津子も大泣きし、そんな娘の姿を見た千津子も泣いたということだ。
アパートの大家は千津子を連れて学校に猛抗議した。

だが、校長と担任教師は悪童の味方をし、
悪童の親の一人はかなり侮辱的な言葉を千津子と大家に吐いたようだ。
大家と千津子の涙を見た奈津子は、
唖のように黙り込んで外界に反応を示さなくなり、2週間ほど学校を休んだ。
奈津子が自閉していた2週間の間、悲劇が連続して起こった。


268 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:33:12 ID:???0
奈津子の通っていた小学校では、
普段、『登校班』を組んで持ち回りで保護者が子供達を校門まで引率していた。
そんな『登校班』の列に暴走した乗用車が突っ込んだ。
事故は、当時頻発していたAT車の操作ミスによる暴走事故の一例として、報道もされたようだ。

車が大破するほどの事故だったのにも拘らず、突っ込まれた登校班で死亡したのは3人だけだった。
奈津子に泥水を掛けた男子児童2人と、暴言を吐いた母親だった。

更に、奈津子のクラスの児童が次々と謎の高熱を発して倒れ、一人の児童が死んだ。
いつも奈津子に意地悪をする中心となっていた女子児童だった。

事故のためか、『何か』に脅かされた為かは判らないが、
女児が死んで直ぐに校長が奈津子のアパートを訪れ、千津子に謝罪した。
だが、翌日から校長は学校を欠勤し、
2日後自宅で首を攣っているのを家族に発見された。

校長が死んで直ぐに奈津子のクラスメイトの高熱は下がった。
後遺症の残った児童もいたようだ。

自閉から回復し、再び登校し始めた奈津子を見る周囲の目は一転した。
奈津子は恐怖の対象となっていった。
いつもニコニコして、感情の起伏のない奈津子だったが、一度感情に火がつくと
彼女の周囲では死が相次いだ。
千津子が『力』のコントロールを教えたのか、
中学の特殊学級を卒業すると奈津子の身辺での変死は起こらなくなった。
だが、レポートに並ぶ数々の変死の実例から、拉致の強行は余りに危険で不可能に思えた。

俺は偽名を名乗って、
奈津子の住むアパートに入居した。


269 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:34:55 ID:???0
アパートに入居した俺は、住人による監視の目に晒されていた。
彼らの視線に気付かない振りをしながら、俺はまず、住民の中に溶け込む事に集中した。
やがて、俺に注がれる警戒の視線は弱まり、半田親子との接触も増えていった。

住民と半田親子を観察していて気付いた事があった。
大家を始め、このアパートの住人は、一癖も二癖もある連中ばかりだった。
半田親子が彼らの監視・保護下にあるのは間違いなかった。
しかし、そんな住民達の奈津子へ向ける視線は監視と言うには少々違和感のあるものだった。
教団の指令?や奈津子の『力』への恐怖ではなく、
彼女は住民に愛されていたのだ。

奈津子は、立振舞いが少々幼く、言葉も上手くはなかったが、澄んだ目をした女だった。
ありがちな容貌上の『歪み』もなく、見た目は魅力的で健康な普通の女であり、
一目見ただけは精神の遅滞など感じられなかった。
人懐っこい無邪気な彼女の笑顔は、人の気持ちを安らがせる不思議な魅力があった。
母親の千津子もそうだったが、
この親子の柔らかい雰囲気は人を癒す不思議な力があった。
溶け込んでみると、このアパートには奈津子を中心に居心地の良い
幸せな空間が形作られていたのがわかった。
半田親子には、『呪殺』を生業にした恐るべき呪術者の血筋である事、
多くの人を死に至らしめた『能力者』の片鱗も見られなかった。
俺自身が奈津子に癒され、当初の目的を忘れかけていた。


270 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:35:57 ID:???0
入居して直ぐに、俺は、サポート役との接触の足として、中古のGB250を手に入れた。
ある日、アパートの前でバイクの整備をしていると、
いつの間にか奈津子が近くにしゃがみ込んで、興味深そうに俺の作業を見守っていた。
工具を操る俺の手の動きを目をくりくりさせながら追う様子が愛らしい。
整備が終わった所でキーを挿し、セルを回してエンジンを始動させると、
奈津子は「おおっ」と言って手を叩いて喜んだ。

俺は奈津子に「乗ってみるかい?」と声を掛けた。
奈津子は、首を傾げてちょっと考え込むと「うん!」と答えた。
俺は「ちょっと待ってな」と言って、
部屋から紫のサテンに鳳凰の刺繍が縫い込まれたスカジャンとヘルメットを持ってきた。
痩せて小柄な奈津子には両方とも大きすぎたようだ。
奈津子の細い肩から上着がずり落ちそうだ。
ヘルメットはどうしようもないので、頭にタオルを巻かせ、
アパートの廊下に転がっていたドカヘルを被せて俺達は出発した。

バイクに乗せてから、奈津子は急速に俺に懐いていった。
時々奈津子を後ろに乗せて、走りに出るのが俺にとっても楽しい時間になっていた。
俺は奈津子用のヘルメットを買い与え、紫のサテンの色が気に入ったらしい奈津子にスカジャンも与えた。
奈津子はバイクに乗るとき以外も、サイズの合わないだぶだぶの上着を着て歩くようになった。
こうして、俺は、半田親子の中に入り込むことに成功した。


271 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:37:41 ID:???0
奈津子が俺に懐くようになって、他の住民たちとの関係も急速に好転した。
だが、同時に異変も起き始めていた。
深夜、時々『怪現象』が起こるようになってきたのだ。
電化製品の誤作動や停電、人が近づくまで鳴り止まないピンク電話・・・
金縛りにあった俺は、女のすすり泣く声を聞いた。
頭の中に響いてきたその声は、奈津子の声だった。
どうやら、他の住民達も、形や程度は様々だが、各々『怪現象』に見舞われていたようだ。
耐えられずにアパートを出て行った者もいた。

だが、古株の住人達は慣れていたらしく、慌てる者は居なかった。
深夜の怪現象にも拘らず、昼間の奈津子は、いつもと変わらずニコニコと笑顔を振りまいていた。

やがて、怪現象の原因が判ってきた。
現象が起こるのは、決まって、ある男が半田家に立ち寄った日だった。
この男こそが、奈津子に韓国での結婚話をしきりに勧めていた飯山という教団幹部だった。
飯山は強い調子で半田親子に奈津子の結婚を迫っていたようだ。
大家が間に入って親子を庇っていたようだが、
教団に庇護されて生活する身で、これ以上の抵抗は不可能だった。
飯山の訪問の頻度が上がるにつれて、
半田親子は心労のためか暗い表情を見せるようになった。

俺は奈津子をバイクに乗せて、近くの川まで花見に連れ出した。
同じアパートの住民の男が開いている露店でタコヤキを買って、
露店のベンチで食べながら俺は奈津子に言った。
「なあ、なっちゃん。嫌な事は嫌だと言わないと判って貰えないよ?
俺もアパートのみんなも、大家のおばさんだって、皆なっちゃんの味方だよ」
露店の親父もうなづいている。
「自分の気持ち、正直にあのオッサンに言ってみなよ。そうしないと、いつまでも終わらないよ?」


272 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:38:36 ID:???0
数日後、飯山が半田家を訪れた。
俺は室内の様子を伺いながら、踏み込むチャンスを待った。
やがて、飯山の怒声と奈津子の泣声が聞こえて来た。
俺は、部屋に踏み込んだ。

「何だ、君は!」
「その親子の友人だ。アンタいい加減にしろよ?
この親子がアンタの持ち込んだ結婚話を嫌がって拒否してるのが判らないのか?」
「信仰上の問題だ。我々には信教の自由が保障されている。部外者の口出しは遠慮してもらいたい」
「憲法20条1項ってやつだな」
「判ってるじゃないか」
「だが、憲法は24条1項でこうも言っている。婚姻は両性の合意のみに基づいて成立するってな」
「・・・」
「この親子はアンタの持ち込んだ結婚話を嫌がっている。
アンタ達の合同結婚式は社会問題にもなっているよな?
知的障害を抱えた親子を、その意思に反して引き裂こうと言うアンタ達の行いは、
被害対策弁護団やマスコミのいいネタだろうな」
「・・・」
「この親子から手を引けよ。
それがアンタの地位と教団の名誉を守る最善の道だ。これ以上無茶を言うなら出る所に出るぞ?」
しばしのやり取りの後、飯山は怒りに煮え滾った視線を俺に向け、
親子に「悪いようにはしないから、もう一度よく考えなさい。また来る」と言って出て行った。
 
部屋の片隅で、涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした奈津子が肩を震わせていた。
俺が奈津子の頭を撫でながら、
「あのオッサンに嫌だと言ったんだな?よく言えたな、偉いぞ!」
と声を掛けると、
奈津子は俺の胸に抱きついてきて、声を上げて泣き出した。


273 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:40:33 ID:???0
それから数日間は、飯山も姿を見せず、平穏な日々が続いた。
だが、このまま平穏無事に事態が終息するとは思えない。
俺は警戒を強め、計画の実行の機会を探っていた。
そんな時に、サポート役の男から『緊急事態が発生した。早急に接触したい』連絡が入った。
バイクを引っ張り出してエンジンを掛けようとすると奈津子が玄関から出てきてきた。

俺が「悪いな、これから用事があるんだ。また今度な?」と言うと、
奈津子は首を振りながら「お姉ちゃんが、行っちゃダメだって言ってる。行かないで」と言う。
だが、俺は「ごめんな」と答えて出発した。
奈津子の言葉が気にならないではなかった。

だが、奈津子の言う「お姉ちゃんを」アパート住民の水商売の女性と誤解し、
彼女が飯山の再訪を警戒して言ったのだと俺は思い込んでいた。
俺の留守中の守りは、タコヤキ屋の男に任せてあった。
この男は教団信者でもなく、信用できる男だった。
少なくとも、サポート役として派遣されてきている男よりは信用していた。
俺は指定された場所へとバイクを飛ばした。

サポート役として派遣されてきていた男は佐久間と言う日本人だった。
シンさんの配下ではなく、木島の関係者だった。
話をしていて、この男が、韓国人でありながら組織で重要な地位を占めるシンさん達に
良い感情を持っていないことが判った。
また、呪術や霊能といった『能力者家系』ではなく、
一般家庭の出身である俺を見下していることも肌で感じられた。

俺は、佐久間を信用できず、最悪、フォローなしの単独での計画実行を覚悟していた。
だが、強攻策に出れば半田親子がどんな反応を示すかわからず、
シンさんに渡された拳銃を使用するような事態は絶対に避けたかったので、
正直、手詰まりの状態でもあった。
 
40分ほどバイクを走らせると、俺は指定場所に到着した。


274 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:41:34 ID:???0
デイマースイッチでライトを点滅させると、前方のセダンから3人の男が出てきた。
一人は佐久間、後の二人は知らない顔だった。
一人はガタイも良く、荒事にも慣れていそうな雰囲気だった。
もう一人は初老の男性で、体躯は貧弱だが、狡賢そうな油断できない雰囲気を漂わせていた。

俺は佐久間に「緊急事態とは何だ?この二人は何者だ?」と語尾を強めて尋ねた。
すると、初老の男が口を開いた。
「金子さん・・・いや、・・・さんでしたね。
あなた方の計画は佐久間さんから聞いて、貴方があのアパートに入居する前から知っていました」
「佐久間、テメェ・・・」
「お怒りはごもっとも。しかしですね、
佐久間さんも、あなたも、あの韓国人たちに『拉致』なんて汚い仕事を押し付けられた訳ですしね。
韓国人の手先となって、日本人のあなた方が
同じ日本人である半田奈津子さんの拉致に手を染める事に良心の呵責はありませんか?」
「・・・」
正直、痛い所を突かれて俺は沈黙した。

「我々は半田さん親子をこれまでもお世話して来ましたし、これからもお世話し続けるつもりです。
奈津子さんの結婚話も、先方は奈津子さんを大変気に入っておりまして、
お母様の千津子さんも韓国に呼び寄せて面倒を見たいとおっしゃっています。
このまま日本にいて、あなた方の下に行ったからといって、
あの親子が幸せになれる保障は、失礼ながら無いと思いますが?
配偶者を得て子供を生む・・・女性なら誰でも望む当たり前の幸せを、
私どもの許を離れた奈津子さんが得られる可能性は低いのではないでしょうか?」

この男の言葉は、俺がこの仕事を請ける以前から葛藤してきた事、そのものだった。
俺の心は揺れた。


275 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:42:29 ID:???0
そんな俺の迷いを突く様に男は言葉を続けた。

「任務を放棄すれば彼らの事だ、
奈津子さんのお父様の榊氏のように、あなた方の組織は貴方や佐久間さんを消しに掛かるでしょう。
しかし、ご心配ありません。
我々も強力な呪術師や霊能者を多数抱えておりますし、
あなた方の組織と交渉して半田千津子さんの時と同様に『不可侵条約』を結ぶ事も可能です」
俺は黙って男の言葉を聞いた。
反論しない俺の様子に満足したのか、更に男は言葉を続けた。

「佐久間さんは何代も続く立派な祈祷師の家系のご出身です。
あなたも、これまでの仕事振りから、相当な素質の持ち主だと思われます。
しかし、あなた方の組織は、あの韓国人たちに牛耳られて、
日本人のあなた方は不当に軽んじられているのではないですか?
佐久間さんは立派な血筋なのに正式な祈祷師・呪術師の地位を認められてはいませんし、
貴方はキム氏の会社の従業員扱い。
危ない仕事に数多く関わられているのに、『組織』の正式メンバーですらないですよね?
失礼ながら、正当な評価とは思えません。
もし我々に力添えしていただけるのであれば、正当な地位と報酬を約束させていただきます。
貴方の才能を伸ばすべく、『修行』のお手伝いもさせていただけると思います。
佐久間さんからは快諾を頂いております。
貴方も是非に!」


276 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:43:14 ID:???0
男の言葉には納得できなかったが、反論の言葉も見つからなかった。
そんな俺の脳裏に『行ってはダメ』と言う奈津子の言葉と、
何故かアリサの顔が浮かんだ。

俺は迷いを払って言った。
「俺は別に拝み屋になりたいとも、組織で地位を築きたいとも思っていないんでね。
まあ、給料やギャラは、タンマリ貰えれば文句は無いが、
見境無く餌に飛びつく犬は毒を喰らって早死にしかねないからな。
俺は彼らに対して恩義がある。これは俺の信義の問題だ。
例え飢えたからといって、信義に反して他人から餌を貰うつもりは無い。
他人を裏切って自分の下に来た人間を俺は信用しないし、信用されるとも思えないしな。

あんたの言葉はもっともらしく聞こえるが、
日本人の俺には、日本を悪魔の国、日本人を韓国人に奉仕する奴隷と看做す
アンタ達の教義には帰依も賛同も出来ない。
日本人でありながら、あの教義に賛同し帰依できるアンタ達も理解できない。
俺はこの仕事で、あの親子と縁を持った。
韓国へ渡って行方不明になった日本人女性がどうなったか判らない以上、
あの親子を韓国に行かせるつもりは無い。
交渉は決裂だ」 

「残念ですね。でも、あの親子は飯山さん達がもう連れ出しているでしょうから、
あなたには手遅れだと思いますよ」

俺はジャケットをめくり、ウエストバッグから拳銃を取り出して言った。
「お前ら、フェンスを乗り越えて向こうの倉庫のステージまで行け。おかしな真似をしたらコイツをぶっ放す。
佐久間、車のキーをこっちに投げろ。さあ、早くするんだ」
佐久間がセダンからキーを抜いて俺の方に投げると、
3人は2mほどの高さのフェンスをよじ登って向こう側に下りた。
俺は、3人が十分に離れたのを見計らってセダンに乗り込み、アパートへ向った。


277 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:45:13 ID:???0
アパートに着くと、白いミニバンと見覚えのある四駆が停まっていた。
俺は車を降りてアパートの中に入った。

アパートの中は騒然としていた。
靴も脱がずに上がり込んで、2階にある半田家の部屋に向った。
部屋の前に見覚えの無い若い男が、魂を抜かれたように呆然と立っていた。
部屋からは異様な空気が漂っていた。
中に入ると台所の流しを背にして誰かいた。
マサさんだった。

脂汗をびっしょりとかいて、立っているのがやっとといった様子だった。
極度の集中状態で俺にまるで気付いていない様子だった。
奥の部屋には飯山と奈津子が倒れていて、マサさんの視線の先には千津子が仁王立ちしていた。
トランス状態とでも言うのだろうか?
異様な殺気を双眸から発して、千津子はマサさんを睨み付けていた。
だが、俺が部屋に入ったことで二人の均衡状態が破れたらしい。
マサさんが胸を抑えて苦しみだした。

「チズさん、いけない!」
そう言って、俺は慌てて千津子に駆け寄って肩を揺すった。
千津子の目が肩を掴む俺にギロリと向いた。その視線に俺の背筋は凍りついた。
そして、千津子は白目を剥いて倒れた。


278 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:47:32 ID:???0
千津子が意識を失うと、台所でマサさんがズルズルと崩れ落ちた。
クソッ、どうなっていやがるんだ!

奈津子と共に室内に倒れている飯山は、赤黒い顔色で泡を吹いて意識がない状態だった。
奈津子と千津子の何れかは判らないが、
親子を無理やり連れ出そうとして、彼女達の『力』で殺られたのか?
混乱する俺に、マサさんが肩で息をしながら言った。

「おい、シンさんから預かった拳銃を持っているな?
もう、俺の手には負えない。その子が目を覚ます前に撃て!」
「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ!そんな事、出来るわけねえだろ!」
「いいから、さっさとやれウスノロが!説明している暇はないんだよ!どけ!」
マサさんはフラフラと立ち上がった。
マサさんの右手には俺のと同じ型の拳銃が握られていた。
マサさんの銃口が奈津子に向く。
俺はマサさんと奈津子の間に立って拳銃を抜いた。

マサさんに銃口を向けて「アンタらしくないな・・・何故なんだ?」と問いかけた。
「バカヤロウ・・・甘いんだよお前は!クソッ、もう、手遅れだ・・・」
そう言うとマサさんの膝がカクッと折れた。
マサさんが崩れ落ちるのと同時に、背後からゾワゾワッと悪寒が走った。
倒れていた奈津子が上体を起してマサさんを睨み付けていた。
俺は慌てて、奈津子の肩を掴んで激しく揺すった。

「ダメだ、なっちゃん!止すんだ!」
そう言った瞬間、奈津子の目が俺を睨み付けた。
奈津子に睨み付けられた瞬間、俺の全身に電撃のような痛みが走った。


279 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:49:05 ID:???0
俺の胸は心臓を握り潰されたような激しい痛みに襲われ、全身の血が沸騰したかのようだった。
これが奈津子の力なのか?
呪殺者の血脈、多くの人間を死に至らしめてきた力か?
シンさんやキムさん、そしてマサさんが恐れるのは無理も無い。
あんなに優しくていい娘なのに、こんな力を持ったばかりに・・・
不憫な・・・

ブラックアウトしかけた俺の視界に、奈津子の色の薄い柔らかそうな唇が映った。
何を考えてそうしたのかは覚えていないが、
俺は最後の力を振り絞って奈津子と唇を合わせ、強く抱きしめた。
クソッタレ・・・目の前が真っ暗になって、意識が途絶えた。


女の泣き声と、男の「もう大丈夫だ」と言う声で俺は目を覚ました。
心配顔の千津子と涙でベソベソになった奈津子が俺の顔を覗き込んでいた。
「まだ動くな。調息して気を一回ししろ。
それから、末端からゆっくりと『縛り』を解くんだ。できるだけゆっくりとな」
声の主は木島だった。
1時間ほど掛けて、俺はようやく起き上がることが出来た。
マサさんの処置は見知らぬ老人が行っていた。
・・・助かったのか・・・何故?
応援がやってきて、俺達はアパートを後にした。


280 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:50:57 ID:???0
木島の運転するマサさんの車に俺は揺られていた。
助手席にマサさん、後部座席に千津子と奈津子、そして俺。
二人は『力』を放出し切ったせいか、泥のように眠り込んでいた。
眠り込んではいたが、奈津子は俺の手を離そうとしなかった。
俺は目を閉じて、調息と滞った気の循環を行っていた。

そんな俺に、マサさんが、いかにもダルそうな声で話しかけて来た。
「お前、あの時、本気で撃つ気だっただろう?酷い奴だ・・・」
「二人はこれからどうなるんですか?事と次第によっては、今度は迷わず撃ちますよ?」
木島が口を挟んだ。
「そうカッカするなよ。二人は『力』を封じた上でマサの『祓い』を施して、ある人物の元で丁重に保護する」
「ある人物?」
「榊さんだ。この娘の祖父に当たる人だ。さっき、マサに処置を施していた爺さんだよ」
俺は絶句した。


281 :天使 ◆cmuuOjbHnQ:2009/04/30(木) 04:52:26 ID:???0
「しかし、よくもまあ、二人とも助かったものだ」
木島の言葉にマサさんが続けた。
「まったくだ。良く、あんな状況であんな手を思いつくものだ。あんなことはしないだろう、普通?」
「・・・」
「あれで、その娘の毒気はすっかり抜け落ちてしまったからな。
木島が駆け付けた時、この娘、お前にすがり付いて、わんわん泣いていたらしいぞ」
「いい泣きっぷりだったよ。しかし、まあ、後が大変だな」
「なにが?」
「乙女の唇wを奪ったんだ、高くつくぞ?この娘にとっては初めてだったろうしな。
純粋で真っ白な娘だ。面倒な事になりそうだなw」
「自業自得だ。自分のやったことの責任は自分で取るんだな。俺は知らねぇw」
マサさんがそう言うと、
奈津子が寝返りを打って、俺の方に身体を委ねてきた。

穏やかな寝息を立てる奈津子の寝顔は天使そのものだった。
 
 
おわり



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http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/study/9405/1209619007/-100

48 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:00:57 ID:???0

日本国内には、いたる所に神社や祠がある。
その中には人に忘れ去られ、放置されているものも少なくない。
普通の日本人ならば、その様な神社や祠であっても、敢えて犯す者はいない。
日本人特有の宗教観から来る「畏れ」が、ある意味DNAレベルで禁忌とするからだ。
かかる「畏れ」は、異民族、異教徒の宗教施設に対しても向けられる。
また、このような「畏れ」や「敬虔さ」は、多くの民族に程度の差はあれ、共通するものである。
しかし、そういったものに畏れを感じずに暴いたり、安置されている祭具などを盗み出す者たちがいる。
その多くは、日本での生活暦の浅いニューカマーの韓国人達だ。

詳しい事は判らないが、朝鮮民族は単一民族でありながら「民族の神」を持たない稀有な存在だという。
神を持たないが故に、時として絶対に犯してはならない神域を犯してしまう。
「神」の加護を持たない身で神罰を受け自滅して行く者が後を絶たないということだ。
この事件もそんな事件の一つだと思っていた。
最初のうちは・・・



49 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:01:51 ID:???0
ある寒い冬の日だった。
俺は、キムさんの運転手兼ボディーガードとして、久しぶりにシンさんの元を訪れていた。
「本職」の権さん達ではなく、俺が随伴したのは、シンさんの指名だったからだ。
シンさんの顔は明らかに青褪めていた。
キムさんもかなり深刻な様子だった。
やがて、マサさんもやって来るという。

重苦しい空気の中、2・3時間待っていると、マサさんが一人の男を伴ってやって来た。
マサさんの連れてきた男は、木島という日本人だった。
上背は無いが鍛え抜かれた体をしており、眼光や雰囲気で相当な「修行」をした人物と感じられた。
これから何が起こるかは判らないが、ただならぬ事態なのは俺にも理解できた。



50 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:02:46 ID:???0
木島は手にしていたアタッシュケースから古ぼけた白黒写真と黄ばんでボロボロになった古いノートを出した。
シンさんも、テーブルの上にファイルを広げ、数枚の四つ切のカラー写真を出した。
両方の写真の被写体は、どうやら同じ物のようだ。
それは、三本の足と蓋のある「金属製の壷」だった。
その壷は朝鮮のものらしく、かなり古そうだった。
形は丸っこい、オンギ(甕器)と呼ばれる家庭用のキムチ壷に似ている。
ただ、金属製である事と底の部分に3本の足があること、表面に何かの文様がレリーフされているのが特殊だった。
表面の文様と形状に、呪術に造詣の深いシンさんやキムさんは思い当たるところがあったようだ。

それは、一種の「蟲毒」に用いられた物だった。
壷の文様は「蟲毒」の術に長けたある呪術師の一族に特徴的な文様なのだという。
しかし、通常、「蟲毒」に使われるのは陶器製の壷であり金属器は使われない。
ましてや、この壷は「鉄器」であり、「蟲毒」の器としては恐ろしく特殊な存在だという事だ。



51 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:03:45 ID:???0
韓国では金属製の器が好んで使用されるが、
伝統的な物の殆どがユギ(鍮器)と呼ばれる真鍮製品なのだという。
李氏朝鮮では、初期から金属器の使用が奨励され、
食器や祭具、楽器や農具に至るまであらゆる金属製品が作り出されたそうだ。
だが、その素材の殆どが青銅或いは真鍮だった。
高い製鉄・金属加工技術を持ちながら、朝鮮半島では鉄は希少で広く一般に普及する事は無かったらしい。
温帯気候で樹木の生育の早い日本と異なり、大陸性の寒冷な気候の朝鮮半島では樹木の生育が遅い。
それ故、製鉄に大量に必要とされる燃料の木炭が不足していたのだ。
昔の中国や朝鮮は、刀剣などを鉄製品の原料・素材として日本から輸入しており、それは非常に高価だった。
その様な貴重な鉄器を破壊して使い捨てるのが原則の蟲毒の器に用いる事は、
呪術上の意味合いからもあり得ない事なのだと言う。



52 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:04:33 ID:???0
この壷は、柳という古物商から在日ネットワークを通じて照会されて来た物だった。
柳は、盗品売買の噂が絶えず、在日社会でも非常に評判の悪い人物だった。
本来なら、シンさんはこのような男は絶対に相手にしない。
しかし、流れて来た写真を見てシンさんは驚愕した。
それは、日韓併合以前の韓国で隠然たる力を持っていた、ある呪術師一族が「呪術」で用いた文様だったからだ。
なぜ、そんなものが日本にあるのか?


その呪術師一族は、韓国の「光復」のかなり前に滅んでしまっていた。
朝鮮総督府は「公衆衛生」のため、
朝鮮半島に根深く浸透していたシャーマン治療を禁止し、近代医学を普及させた。
その影で、多くの呪術師や祈祷師達は恭順して伝来の呪術を捨てるか、弾圧されるかの二者択一を迫られた。
多くの呪術師が地下に潜ったのに対し、敢然と叛旗を翻した者も少数ながらいた。
この呪術師一族もその少数者の1つだった。



53 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:05:16 ID:???0
シンさんの調べによると、柳の照会の背景は以下のようなものだった。


日本全国で、高齢の資産家宅や旧家の蔵、寺や神社を荒らし回っていた韓国人の窃盗団がいた。
この窃盗団は「流し」の犯行の他に、「顧客」の「注文」に応じた仕事もしていたらしい。
日本の美術品、特に仏像や刀剣の類は韓国内や欧米諸国で熱心なコレクターがいるのだという。
山道や街道沿いに建てられた、ありふれた旧い地蔵などにもかなりの値が付くという事だ。
どうやら問題の鉄壷は、ある人物の「注文」により盗み出されたものだったらしい。
だが、「仕事」を終えてすぐにその窃盗団に異変が起こった。
窃盗団のメンバーが、僅か数日間で次々と怪死を遂げたのだ。



54 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:06:02 ID:???0
柳の元に鉄壷を持ち込んだのは、窃盗団の最後の生き残りである朴という男だった。
朴は日本国内で逮捕暦があり、他の仕事で下手を打った為に身を隠しており、詳しい事情を知らなかった。
朴は盗品の隠し場所から、他の数点の美術品と共に鉄壷を持ち出し、伝のあった柳の元に持ち込んだ。
相次ぐ仲間の死と、自分の身辺に迫る気配に恐怖を覚え、高飛びしようと考えたのだ。
盗品ブローカーである柳は、朴の持ち込んだ美術品を買い入れた。

朴の持ち込んだ盗品の中で、問題の鉄壷は最初「ガラクタ」扱いだった。
しかし、朴が盗品を持ち込んですぐに鉄壷を買いたいという人物が現われた。
その男の提示した金額はかなり破格のものだった。
だが、柳は「商売の鉄則」として、仕入れた盗品を特定の業者以外の第三者に直接転売する事は無かった。
何処で柳が盗品を扱っている事や鉄壷の存在を知ったのか謎であったし、
金を持ったまま首を吊った朴の死が柳を慎重にさせた。
柳は鉄壷について同業者に照会し、購入希望者の背後を探った。



55 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:06:52 ID:???0
柳の照会はシンさんの元に届き、とんでもない代物である事が判明した。
それは、人の触れてはならない「呪いの器」だったのだ。
シンさんは、壷が朝鮮の呪物であったことから、詳細を知るために、ある人物に壷について問い合わせた。
その結果、鉄壷が、シンさんやキムさんの当初の予想をはるかに越える危険な物であることが明らかになった。
この鉄壷の用途は、「蟲毒」などという生易しいものでは無かったのだ。


鉄壷が安置されていたのは「***神社」という、人に忘れ去られた、無名の小さな神社だった。
忘れ去られたと言うのは正確ではない。
触れ得ざる物を人界から隔離する為に、人目から隠して建立された神社だったのだ。
其処までして封じようとした鉄壷の正体は何だったのか?



56 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:07:46 ID:???0
鉄壷の正体は「炉」だった。
蓋を開け、中に「あるもの」を封じてから蓋を閉じ、燃え盛る炎の中に入れるのだという。
その為に壷は鉄で作られ、底に足が付けられていたのだ。
鉄壷の中に入れられた「あるもの」とは何か?

それは人間の「胎児」だった!
妊婦を凌遅刑に掛け、その子宮から取り出した胎児を鉄壷に入れて焼いたと言うのだ。
その数、実に12人!
年に一人、12年の時を掛けた大掛かりな呪法だった。
鉄壷の丸い形は女の子宮を表していたのだ!
11人の女は、さらわれたり、売られたりして来た哀れな女達だった。
呪術師に慰み者にされ、子を孕んで時が満ちると切り刻まれ、我が子を「鉄壷」で焼かれたのだ。
その、恨み、怨念は如何ばかりのものだっただろうか?



57 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:13:04 ID:???0
だが、12人目の最後の儀式は更に恐ろしくおぞましかった。
12人目の女は、12年間呪術を行ってきた呪術師の実の娘だった。
犯された娘の妊娠が判ると、呪術師は彼の息子によって凌遅刑に掛けられた。
時間を掛けて切り刻まれた呪術師が息絶えると、父を殺した息子の呪術師は儀式を行った。
それは「反魂」の儀式。
殺された呪術師を娘の腹の中にいる胎児に「転生」させる儀式だった。
所定の時が満ちると、娘は11人の女達と同様に凌遅刑に掛けられ、
呪術師の転生児である胎児は子宮ごと鉄壷に封じられた。
蓋は二度と開かないように封印され、更に10年近く呪術師の家に安置されたのだと言う。


醜悪で余りにおぞましい行いだが、
「この手の」呪いは、やり口が醜悪で無残であるほど効力が高まるものらしい。
鉄壷が安置されていた間、呪術師の一族の人間や村人達は一人また一人と死んで行った。
村が殆ど死に絶えたとき、術を仕上げた呪術師は鉄壷を持ち出して日本に渡った。



58 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:14:01 ID:???0
日本に渡った呪術師には姉がいた。
妹と同様に父親に犯されたが妊娠せず、その後も生き残っていたのだ。
彼女は弟を追って日本に渡った。
彼女の弟である呪術師は、鉄壷を持ったまま身分を隠して日本各地の朝鮮部落を渡り歩いた。
本国から身一つで渡ってきた同胞を朝鮮部落の人々は匿い助けたが、
呪術師の行く先々で多くの朝鮮人が死んだ。

弟を追い切れなかった姉は、ある朝鮮部落の顔役であった宗教家に呪いの事、弟の事を相談した。
自分の手に余ると考えた宗教家は、ある日本人祈祷師の元に彼女を連れて行った。
彼女は韓国で行われていた儀式やそれまでの事、
一族の呪術や、鉄壷について知っていることの全てを祈祷師に話した。
彼女の話した言葉を日本語に翻訳したものの写し、それが木島が持ってきた古いノートだった。



59 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:15:08 ID:???0
鉄壷、それは「呪いの胎児」を育てる為の「子宮」だった。
そして、胎児を育てる「養分」となるのは「生贄の命」だった。
「生贄」とは?
それは、呪術師の同胞であるはずの朝鮮人だった。
儀式を完成して10年近くも壷が韓国に置かれ、
壷を持った呪術師が日本国内の朝鮮部落を渡り歩いたのはなぜか?
それは、生贄の命を子宮たる鉄壷に吸い上げる為の、言わば「根」を張り巡らせる作業だったのだ!
・・・鉄壷の中の「呪いの胎児」が、標的を呪い殺せる強さへと育つまで、生贄の民であり、
同胞である朝鮮人の命を吸い上げようと言うのだ。
その数は何万、何10万。
あるいは、更に多く・・・。
そこまでしなければ呪いを成就できない「標的」とは何だ?



60 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:16:00 ID:???0
木島は淡々とした口調で語った。
この呪いは特定の個人ではなく「皇室」を標的とし、
124代に渡って継続してきた皇統を絶つことによって日本と言う国を滅ぼそうとしたものだと。
俺は木島に言った。
「蟲毒や生贄を使って、一族や血統を滅ぼす呪法があるのは知っている。
しかし、この呪法のやり口はいくらなんでも無茶苦茶だ。
大体、無差別・無制限に生贄を必要とするなんて、そこまでする必要があるのか?
仮に皇室が滅んだからと言って、それは日本滅亡とは直結はしないだろう?」

シンさんとキムさんが呆れ顔で俺の顔を見て、マサさんは深いため息を吐いた。
そして、キムさんは「お前、本当に何も解ってないんだな。まあ、日本人だから無理も無いのかもしれないな」
そう言うと、この呪法が皇室・皇統を絶とうとしたことの意味を語り始めた。



61 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:16:43 ID:???0
キムさんの話によると、この世界は、
他文化・異民族、異教徒を飲み込んで支配しようとする「支配者」と、「被支配者」に分かれるのだという。
支配者とは、大まかに言ってユダヤ・キリスト教徒、被支配者は土着宗教やローカルな文化がこれに相当する。
アジア地域における支配者は中華文明であり、日本やインド、朝鮮などを除く多くのアジア諸国・地域の支配層はその多くが中華の流れを汲むということだ。


他者を支配しようとする宗教や文化、王朝は、長く続けば続く程に、その「影」の部分として呪術的側面が育って行くそうだ。
支配を続ける事は即ち「業」を積み重ねて行くことに他ならないからだ。
「支配」の本質とは「悪」なのだ。
それ故に、王朝や文明は蓄積された「悪業」が臨界点に達すると必然的に崩壊へと向かう。
被支配者や民間の呪術は、支配者や自らを併呑しようとする者に対する抵抗の手段だが、支配者や権力者側の呪術は破滅へと積み重なる「業」への抵抗なのだそうだ。
ある時は疫病を祓い、災害を祓う。
反乱者や簒奪者に呪殺を仕掛ける事もある。
支配する事によって積み重なった「悪業」が招く「災厄」を祓うのが権力による呪術であり、
それは徐々に大きくなり、顕在化してくる。
それ故に、本来「影」であるべき呪術が表面に出て来るようになった文明や国家は末期的で、
滅びが近いと言うことだ。

王朝や宗派等は、代を重ねる毎に「悪業}だけではなく、逆に「霊力」や「呪力」も強めて行く。
だが皮肉な事に、積み重なって強まった「霊力」「呪力」は、
臨界点に達した「悪業」と共に破滅への原動力となってしまうのだ。
霊力や呪力は浄化への力だからだ。



62 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:20:22 ID:???0
日本は明らかにユダヤ・キリスト教圏や中華文明といった「エスタブリッシュメント」には属さない存在である。
しかし、中華文明圏を脱してからというもの、
中華文明による再併呑もユダヤ・キリスト教圏による併呑も完全支配も叶わなかった。
それには、様々な要因があった。
だが、呪術的側面から見ると、それは「皇室」という極めて特殊な存在によるものだという。

日本の皇室は通常、王朝の「影」である呪術的部分がその存在の根幹であって、
その他の部分は「支配」や「権威」すら枝葉に過ぎないということだ。
日本皇室は唯一最古の帝室である前に、最古・最強の呪術の系譜なのだ。

エスタブリッシュメントに属さない存在でありながら、強い力を持つ日本皇室は、
本来ユダヤ・キリスト教圏にとっても中華文明圏にとっても消し去りたい存在らしい。

しかし、最高の霊力・徳を持つ日本皇室と正面から対立する事を彼らは避けるようになった。
天安門事件に端を発する国家存亡の危機に瀕した「中華人民共和国」が、「七顧の礼」を以て天皇訪中を招請し、国難を凌いだのはその好例だそうだ。

殲滅ではなく共存を選んだのは、日本皇室及び日本人が、
異民族を併呑して「帝国」を運営する力量を持たない民族であることが明らかになったからだ。
直接利害が衝突しない「触れ得ざるもの」に自ら敵対して、再び火傷する事を怖れたのだ。



63 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:21:13 ID:???0
「日本国」とは日本皇室の誕生から続く一つの王朝に過ぎない。
それ故に皇室の否定は日本と言う国の存在自体を否定する事に等しい。
本質的に、強大な「力」を持つ日本皇室や、中華文明に併呑されない「日本」を敵視する「中国」は、
長期的視点で日本を内側から崩しに掛かっている。
所謂、売国メディアや自虐史観がそれだ。
自らの王室や、国家・民族に殉じた人々を誹謗する事は、
国の「運気」を非常に損なう、天に唾する愚行なのだと言う。
「死人に鞭を打たない」という日本人の文化は弊害もあるが、国家の「運気」を保つ上で重要な意味を持つのだ。
現在行われている工作は、「皇室の呪力」と直接衝突せずに、日本国の「運気」や「霊力」を殺ぐ手段としては、呪術的にも理に適っているそうだ。


「呪力」「霊力」の最高位にある日本皇室に呪術を仕掛ける・・・それは、強力であればあるほど自殺行為に等しくなる。
少しでもまともな呪術的視点を持つ者なら絶対に避ける愚行である。
しかし、敢えてそれを行う者は後を絶たない。
一部日本人と朝鮮民族である。



64 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:21:58 ID:???0
朝鮮民族は自らを「小中華」と称し、甚だしくは中華文明の正当継承者であると自認している。
しかし、その実態は、大陸の袋小路である朝鮮半島に封じ込められた「生贄」の民族である。
彼らの特性は、如何なる外敵の支配にも抵抗しないが、併呑・同化はされないという点にある。
宿主たる征服者の体内に潜み、その内部を食い荒らし、滅びを加速させる。
そして、次の宿主たる支配者・征服者に取り入り、再び食い荒らすのだ。

支配者に同化されない為、彼らが独特の民族心理として培ってきたものが「恨」である。
支配者に対する潜在的敵意である「恨」という民族意識によって、
彼らは確固たる独自文化、独自宗教を持たずして民族としての生存を図ってきたのだった。



65 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:22:54 ID:???0
自らをエスタブリッシュメントである「中華文明の担い手」とする民族的錯誤、
更に「生贄」であることに気付かずに反日感情を煽られて自殺的行為に走る朝鮮人呪術師は多い。
しかし、根本的理由は朝鮮民族の潜在的な生存本能に負うところが大きいらしい。
強力な民族や国家に囲まれた弱小の朝鮮民族が、
民族として生き残ってこれたのは、「恨」の精神によって頑なに異民族との同化を拒んできたからだった。

しかし、最も関係の深い隣国である日本は、外来の技術・技芸、文化・宗教、そして人間までも
その内部に取り込み、強力に同化してしまう恐るべき特性を持っていた。
日本に渡った同胞は短期間で日本と言うブラックホールに飲み込まれ、日本人と化してしまった。
古来、日本に渡った者は「エリート」が多かった。
だが、そういった者ほど日本への同化、日本人化は早かった。
故郷を離れ、異国で世代を重ねながらも「朝鮮民族」である事にこだわりを見せるのは、
むしろ低い身分の出身者が多いようだ。
日本人の目からは誇張に見える事も少なくないが、
日韓併合は朝鮮民族にとって民族存亡の危機だったのだ。

シンさんは言った。
例え、世代が5世・6世と進み、制度的に不利な身分に置かれようとも、
朝鮮民族の日本への帰化は一定以上には増えないだろうと。
朝鮮民族には他民族に併呑され同化されることへの本能的な恐怖がある。
そして、同化力の強い日本と言う国家・社会において
朝鮮民族としてのアイデンティティの拠り所となるものは「国籍」位しかないのだと・・・



66 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:24:26 ID:???0
この特異な性質を持った日本と言う国を滅ぼす事、
日本と言う国家の起源とも言える皇室を打倒することは、朝鮮民族の民族的命題とも言えるのだ。
もっとも、最近は日本皇室の「権威」を自らに引き寄せようとする動きもあるようだが・・・


ともかく、狂気とも言える「鉄壷の呪法」を行った呪術師は、
自らの命を掛けるほどに強烈な覚悟を持って皇室・・・日本と言う国を呪った。
しかし、呪いの対象は、ある意味無限に近い、
全世界を敵に回してもなお平然と存続してしまうほどの霊力を持った存在だった。
鉄壷は際限なく「生贄」の命を吸い取る、
少なくとも日本国内にいる朝鮮民族にとって非常に危険な呪物となった。

いや、呪術師がこのような陰湿でおぞましい呪法を組み立てたのは、むしろ、それが目的だったのかもしれない。
日本への同化を嬉々として受け容れようとした、反民族的な「親日朝鮮人」を根絶やしにする為の呪法と考えた方が筋が通る。
実際、鉄壷を持ち込んだ呪術師の行く先々で多くの人々が命を落とし、謎の病に倒れた。

どのような経緯で確保されたかは謎だが、鉄壷は回収され、
多くの朝鮮民族の命を守る為に日本人の手によって「***神社」に安置される事になった。
封印は功を奏し、半世紀以上の時間が経過した。
当時の関係者はいなくなり、呪いの鉄壷の存在を知る者は居ないはずだった・・・

しかし、***神社は暴かれ、鉄壷は持ち出された。
俺達は、再封印できるか***神社の確認と、柳の元にあるであろう鉄壷を確認しなければならなかった。
俺は木島と共に***神社へと向かった。



67 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:25:36 ID:???0
***神社は雪深い山奥にあった。
車で行けるところまで行き、後は地図とGPSを頼りに徒歩で進んだ。
6時間以上掛かっただろうか?
俺達は岩だらけの川原に出た。
川に沿って上流に向かうと対岸に黒い鳥居が見えた。
川幅は15m程だが、流れはかなり速い。
だが、窃盗団は川を渡っているはずだ。
上流に向かって10分ほど進むと、岩伝いに歩いて渡れそうな場所があった。
俺達は対岸に渡り、鳥居の前まで戻った。



68 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:26:29 ID:???0
鳥居は高さ2m程の小さな物だった。
鳥居には太い鎖で出来た輪が内側いっぱいに広げて吊るされていた。
鳥居から奥に10mほど進むと焼け落ちた祠があった。
火を放たれてそれ程時間は経っていないのだろう。
焼け跡の生々しさがまだった。
祠の裏は奥行き5m程の人工のものらしい岩の洞穴があり、
最奥部には鉄壷が収められていたのだろうか、直径40cm、深さ60cm程の縦穴が掘られていた。
洞穴の中にも火が放たれたのだろう、黒い煤や油の臭いが微かに感じられた。

俺は木島に「どうですか?使えそうですか?」と声を掛けた。
暫く木島は目を瞑ったまま黙っていたが、やがて口を開いた。
「ダメだな、道が付いてしまっている。ここはもう使えない。他の手を考えないとな・・・」



69 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:27:13 ID:???0
日本各地には俗に「パワースポット」と呼ばれる地脈の集結点や、大地の「気」の湧出点がある。
それとは逆に、地脈から切り離され、大地からの「気」が極端に希薄なポイントもある。
仮に「ゼロスポット」と呼ぼう。
このゼロスポットは呪物や不浄な存在を地脈・気脈から断ち切って封印するのに適した場所なのだと言う。
ゼロスポットはパワースポットよりも数が少なく貴重なものらしい。
発見されたゼロスポットは祈祷師や神社などが把握し、監視しているということだ。
この神社も、ある祈祷師のグループが見つけて管理していたポイントの提供を受けて建立されたものだと言う。

朝鮮人の「命」を生贄として吸い取る鉄壷は日本人の神官によって封じられた。
今回、木島が呼び寄せられ、マサさんやキムさんではなく、俺が***神社に赴いたのも「道」が付くのを怖れたからだ。
生贄である朝鮮人が足を踏み入れれば、壷に「命」を吸い取られ、吸い取られる筋道が外界への「道」となる。
窃盗団の韓国人が足を踏み入れた事で、このスポットは聖域ではなくなってしまったのだ。



70 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:28:05 ID:???0
日が落ち始めていたので、俺達は***神社の洞穴で夜を明かすことにした。
洞穴の奥で寝袋に潜り込んでいると、やがて睡魔が襲ってきた。
浅い眠りに入りかけたところで不意に意識がハッキリした。
だが、体は動かない。
いわゆる金縛りだ。
やがて、ヒソヒソ話す複数の声、赤ん坊の泣き声、女の悲鳴が絶え間なく聞こえてきた。
俺はもう、金縛りや「声」くらいでオタ付くほどウブではなかったが、
場所が場所だけに気持ちの良いものではなかった。

俺は徐々に金縛りを解き、立ち上がった。
俗にいう「幽体離脱」と呼ばれる状態だ。
「幽体離脱」は、コントロールされた夢の一形態だ。
俺は洞穴の外を見た。



71 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:28:43 ID:???0
洞穴の外にはX字に組まれた木に手足を縛られた血まみれの女が磔にされていた。
手に刃物を持った血まみれの男が、女の耳や鼻、乳房を刃物でそぎ落として行く。
女が表皮の全てを削ぎ落とされて、人の形をした赤い塊になると、
男は女の膨らんだ腹に刃物を突き立てた。

凄まじい女の悲鳴。
目蓋の無い女の目が俺を睨み付ける。
男が女の腹から何かを掴み出し、こちらを振り返った。
男が掴んでいたものは臍の緒の繋がったままの胎児だった。
抉り取られて眼球の無い男の顔が俺の方を向くと、
男と女、そして胎児が口々に呪文のように「滅ぶべし」と唱え続けた・・・
余りに酸鼻な光景に俺は凍りつき、やがて意識が遠のいた。



72 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:29:21 ID:???0
俺は木島の「おい」と言う声で目を覚ました。
洞穴の中の気温はかなり低かったが、俺はびっしょりと嫌な汗をかいていた。
ランタンの黄色い光に照らされた木島の顔にも脂汗が浮いていた。
どうやら木島も同じものを見ていたらしい。
俺が木島に「あれは・・・」と問うと、木島は「夢だ・・・だが、現実でもある・・・」と答えた。
夜明けまでは、まだ時間があったが、俺達は眠らずに太陽が顔を出すのを待った。

山を下りた俺と木島はマサさんと合流した。



73 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:29:57 ID:???0
マサさんと合流すると、俺達は鉄壷を買い取った盗品ブローカー、柳の元へと向かった。
俺達は柳の指定したスナックを訪れた。

店は古く、掛かっている曲も昭和の古い演歌ばかりだった。
事前情報によると、柳は50代前半の年齢のはずだった。
しかし、目の前にいる男の顔は明らかに老人のそれだった。
時折激しく咳き込みながらジンロを呷る柳の顔には、誰が見てもハッキリと判る「死相」が浮いていた・・・
マサさんが柳に「鉄壷は何処にある?」と聞くと、柳は「西川と言う男が持って行った」と答えた。
俺は「西川?在日か?」と尋ねた。
すると柳は「いや、アンタと同じ日本人だ。ただね、バックがやばい。ヤツは@@@会の幹部だ」
柳が口にしたのは韓国発祥の巨大教団の名前だった。
確かにヤバイ。
その教団は政界や財界、裏社会とも関係が深い危険な団体だった。
日本を「サタンの国」、天皇や皇室を「サタンの化身」とし、
日本民族を朝鮮民族の奴隷とすることを教義とするカルト教団だ。
外法を以て皇室に呪いを掛けたとしても全く不思議ではない狂信者の群れ・・・
それが、その教団だった。



74 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:30:58 ID:???0
柳は「俺も色々と訳ありのブツを捌いて来たが、あの壷は極め付きだ。
引き取ってくれるなら金を払っても良いくらいだ・・・」
更に、ククッと笑うと、「いきなり大人数で押しかけて、持って行かれちゃったんで、代金を貰ってないんだ」
顔に傷や痣は無かったが、Yシャツのはだけた柳の胸には内出血の痕があった。
いつまでも鉄壷を渡さない柳に業を煮やした西川達は、柳を痛めつけて鉄壷を奪って行ったのだろう。
「あんなものはいらないけれど、只で持って行かれるのは面白くない。
欲しかったらアンタ達にやるから取り返してくれ」
マサさんが「判った。そうさせてもらうよ」と言うと、俺達は席を立ち店を後にした。


帰りの車中、後部座席で木島がマサさんに「どうする?」と声を掛けた。
マサさんは「俺は荒っぽいのはキライなんだ。監視をつけて1週間ほど泳がそう。
そうすれば、向こうから壷を渡したくなっているだろう」



75 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:31:39 ID:???0
キムさんの手配で、権さん達が西川家やその取り巻きを監視している間に、
西川とその周辺の者達に次々と「不幸」が訪れた。
普通ではありえない短期間に、事故や急病による死が相次いだ。
西川自身も飲酒運転の車に突っ込まれて重傷を負っていた。
「頃合だ」と言って木島は西川の元を訪れ、問題の鉄壷を手にして戻って来た。

木島が戻ってくると、マサさんは俺に紙包みを渡して「柳の所に届けてくれ」と言った。
持った感じ、100万と言ったところか?
俺は、前のスナックを訪れ柳の居所を聞いた。
柳は既に死んでいた。
俺たちが去った後、連日、目が覚めると酔い潰れるまで飲み続け、
再び目が覚めると飲み続けると言う生活を続けていたらしい。
柳には家族はいなかったが、別れた女がいた。
俺は女の下に金を届けた。
女は「そう、あの人が死んだの」と、感情の無い声で金を受け取った・・・



76 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:32:13 ID:???0
戻った俺はマサさんに「壷はどう処理します?***神社はもう使えませんよ?」と尋ねた。
すると木島が「お前、今夜、壷と一緒に夜を明かせ。心を空っぽにして壷を『観続ける』んだ。
お前の思い付いた方法で処理しよう」と言った。
俺は「待ってくれ、西川達は日本人だけど、死人が出ていたぞ?大丈夫なのか?」
鉄壷の周辺で相次ぐ人の死に、俺はかなりビビッていた。

***神社から盗み出されて以来、この鉄壷の周辺で死んだ者は、神社から盗み出した窃盗団が5名。
鉄壷を持ち出した朴と、買い取った柳。
西川と共に自動車事故に遭って死亡した西川の妻。
心筋梗塞で死亡した西川の父親、冬の寒空の下で大量に飲酒して凍死した西川の部下など
10名に達していた。
しかも、西川の周辺の死者は皆、日本人だったのだ。
神社の洞穴で見た生々しい「夢」の事もあって、俺はこの鉄壷については、かなりナーバスになっていた。



77 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:33:09 ID:???0
マサさんは「大丈夫だ。お前は日本の神々の加護を受けている真っ当な日本人だ。
壷の中身も、お前に危害を加える事は出来ない。
よしんば出来たとしても、今のお前なら自分の身を守るくらいの力は十分にある。
西川達は日本と言う国や日本民族を害そうとする『邪教』に魂を売り渡して、
霊的に日本人ではなくなっていたのさ。
加護を失っただけではなく、裏切りによって日本の神々を敵に回していたんだ。
あの教団の教義を見ろ。
あんなものに帰依する輩をお前は同じ日本人と認められるか?
まあ、あの鉄壷を放置したら、今の日本じゃ命を落とす日本人も少なくはなさそうだけどな。
大丈夫だからやってみろ」

俺はマサさんや木島の言葉に従って鉄壷と夜明かしする事になった。



78 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:33:40 ID:???0
急遽、マサさんがレクチャーしてくれた瞑想法に従って、俺は心を空っぽにして壷を「観」続けた。
やがて、洞穴の中で見た地獄のようなイメージが脳裏に浮かんできた。
真っ赤な灼熱の荒野で磔にされた血塗れの女達とその足元に転がされた赤ん坊。
まず、俺は明るい日差しの真っ白な雪原をイメージした。
次に、雪解け後の春の草原のイメージ。
瞑想によって「スクリーン」に浮かぶ景色は、俺のイメージに従って変化した。
俺は、きれいな女の裸体をイメージしながら女の縄を切り、足元の赤ん坊を女に抱かせた。
すると血塗れの母子は美しい姿に戻った。
俺はイメージの中で同じ作業を繰り返し続けた



79 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:34:29 ID:???0
気が付くと、俺と11組の母子の前に、洞穴で観た眼球の無い血塗れの男が立っていた。
血塗れの女が男を見つめる。
我が子の胎児に転生し、自ら封じられたと言う呪術師だったのだろうか?
俺は女達の怯えを感じた。
俺は男に「見ろ、ここはもう地獄じゃないぞ」と語りかけた。
すると、男の顔には目が戻ったが、「・・・滅ぶべし」「・・・を呪う」という男の声が聞こえてきた。
俺は「アンタは日本人に転生しても、日本を呪うのかい?」と問いかけた。
男の意思の揺らぎを俺は感じた。
俺は、先ほどまでの赤い灼熱の地獄を思い浮かべて、
「皆、あそこに戻る気は無いってさ。アンタ、あそこに一人で留まるかい?」と問いかけた。
俺の脳裏に「いやだ!」と言う、強い言葉が響いた。

男の姿は消え、目の前に血塗れの女と赤ん坊がいた。
俺は先ほどまで繰り返した「治療」のイメージ操作を行って、男だった赤ん坊を女に抱かせた。
すると、女達は一人また一人と消えて行き、最後の母子が消えて行った。
その瞬間に俺は俺は脳裏で問いを発した。
「お前達、何処へ行きたい?」



80 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:35:20 ID:???0
やがて、景色のイメージが消えて脳裏の「スクリーン」は暗くなり、俺は瞑想から醒めた。
最後に問いを発したときに浮かんだイメージ。
それは陸の見えない、果てしない「海」のイメージだった。

俺はその事をマサさんたちに伝えた。
マサさんは「そうか、判った」と答えた。


俺がマサさんのレクチャーに従ってイメージを操作した瞑想法は、供養法の一種なのだそうだ。
俺には呪術や祈祷の儀式についての知識が無く、
「調伏」のイメージが無かった事が成功の鍵だったようだ。
また、長い間神社に封じられて浄化が進んでいた、鉄壷の呪力が
まだ余り戻っていなかったことも幸いしたようだ。



81 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:36:13 ID:???0
春分を待って、鉄壷の本格的な供養が行われた。
花や酒、果物や菓子を供えた祭壇に僧侶の読経の声が響き渡る。
俺は手を合わせて、瞑想で観た壷の中の人々に、「どうか成仏して、あの世で幸せに暮らして下さい」と祈った。

日を改めて俺達はキムさんのチャーターした漁船に乗って海上に出た。
やがて、船は停船した。
空はよく晴れ、波も穏やかだった。
マサさんが「これで終わりだ。最後はお前の仕事だ」と言って鉄壷を俺に渡した。
ズシッと来る鉄壷を俺は両手で持ち、できるだけ遠くへと海に放り投げた。
大して飛ばなかった鉄壷は、あっという間に海の底へと沈んで行った。
鉄壷を沈めた海に俺達は花束を投げ、酒を注いだ。
手を合わせ、しばし黙祷をすると、再び船のエンジンが始動した。

俺たちを乗せた船は、港へ戻る航路を疾走し始めた。


おわり

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それでは、マサさんの元で行った「修行」の話の続き。

呼吸法をどうにかクリアしたPだったが、結局、俺と同じ修行法を行うことは出来なかった。
マサさんの「気力」の消耗が激しかったこと、Pには俺の方法を行う適性がなかった為だ。
俺に行った方法は、丹田の力がある程度開発されている事が前提となる方法だった。
俺とPを分けたもの・・・
「丹田の力」の差は日本人と朝鮮人との間ではかなり決定的なものらしい。
日本人は「気」の力を丹田に溜め込む体質であり、
朝鮮人は気を極端に発散する体質だそうだ。
朝鮮人の気質は極端に「陽」であり、日本人は極端に「陰」の気質なのだ。

マサさんの修行が目的とするところは、
俺達に自分で自分の体に「気」を蓄える術を身に付けさせる事だった。
そして、その蓄えた気を利用して俺達に纏わり付く蟲・・・「魍魎」から身を守る気の操作を学ぶ事だった。

読み進めれば判るが、
俺が行った行は武道や武術を応用したものが多く、呪術や祈祷とは縁遠いようにも見える。
しかし、基本的な力をつける修行は、一定の「理屈」に合致させれば、
踊りや楽器の演奏、農作業や鍛冶などの工芸作業の中に取り込んで行えるそうだ。
むしろ、そのような一見呪術や祈祷とは縁遠いものに隠して日々行うのが望ましいのだと言う。
武道・武術の形式を用いたのは、マサさんの好みであり、俺に向いた方法だということだ。
他の地域の韓国人とマサさんの出身地ではかなり気質が異なり、
体質がかなり日本人に近いそうだ。
確かに、キムさんもそうなのだが、マサさんと同じ出身地の韓国人や在日韓国人には、
他の地域の出身者に比べて温和で我慢強い人物が多い。
Pよりも体質がマサさんに近かった俺は、マサさんが行ったものに近い修行を行ったようだ。


マサさんが俺に「気」を蓄える為の行法として教えた物は、
意外なことに沖縄空手の基本功である「三戦(サンチン)」だった。

知っている方も多いと思うが、「三戦(サンチン」とは
沖縄の那覇手と呼ばれるカテゴリーの空手で行われる「基本功」である。
源流は白鶴拳や洪家拳に代表される南派中国拳法とされている。
三戦は、鼻から息を吸い、腹式呼吸で臍下丹田に送った気に腹圧をかけて圧縮する呼吸法に特徴がある。
全身の筋緊張と共に丹田に圧縮を掛けながら、口から独特な呼吸音を出しながら動作を行う。
丹田の力を引き出し、筋緊張に利用する「防御の型」の最高峰である。
三戦で鍛えた空手家の体は鋼鉄のように堅牢となり、並みの突き蹴りなどは全く受け付けなくなり、
角材などで殴っても逆に角材がヘシ折れる有様である。
三戦で有名なのは、ゆっくりとした動作と呼吸で拳を突き出すものだが、
マサさんが取り入れたのは別のタイプだった。

突きは拳ではなく貫手を使う。
貫手を引きながら素早く丹田に息を引き込み、瞬間的な圧縮を掛けながら鋭く貫手を突き、
構えに戻した瞬間に「シッ」という鋭い呼気を吐き、全身を締める。
そして、一歩進んで再度丹田と共に全身を締め上げて再圧縮を掛け、「シッ」と呼気を吐くのだ。
この一吸気二呼気二圧縮の複雑な丹田操作を行うやり方をマサさんは父親から習ったそうだが、
元の空手はかなり「荒い」鍛え方をする流派らしい。

マサさんの三戦は前回出てきた「第1の呼吸法」のように、頭の天辺から背骨を通して丹田に気を引き込む。
「霊的な気」を丹田に導引するには、霊的な気を通す背骨の中の「気道」を用いなければならないらしい。
丹田の「圧縮力」は体に負荷を掛けて行うほど高まるようだ。
沖縄では三戦の型を行いながら補助者が全身を拳で打ち据え、
蹴りを入れて鍛えたり、重いカメや壷を手に持って行ったりするようだ。
マサさんの所にも、何処から持ってきたのか、24L入りの紹興酒のカメがあり、
それを持って行をさせられたりもした。

中国の武術には門派により様々な形式があるが、
丹田の力を強化するための基本功が必ずと言って良い程に含まれているそうだ。
逆に、日本の武道・武術は、中国拳法を起源としたり導入した空手の一部を除いて、
丹田強化を意識的に行っている流派は余りないらしい。
しかし、空手はもとより柔道や剣道、相撲やレスリングなど、
あらゆる武道・武術で日本人は丹田を巧みに使っていると言う事だ。
呼吸により丹田に気を引き込み、圧縮をかけて力を出す「技法」を日本人は本能的に行う民族なのだという。

この「丹田力」は武術だけでなく、呪術・祈祷にも重要な要素らしい。
丹田に蓄えた「気」を「霊力」に変換して利用する事によって、呪術師や祈祷師は術を行う。
朝鮮人に生来的に備わっている「気」自体は非常に強く、日本人や中国人を圧倒しているらしい。
しかしそれは、体を循環して外に発散される「陽」の気であり、
丹田力は非常に貧弱なのだという。
丹田力が弱いと気のコントロールは非常に困難になる。
「陽」の気を丹田に送って「陰」の気に戻し圧縮できないからだ。
丹田に気を取り込み、「陰」から「陽」へと気を変換して体を循環させ、
丹田に戻して圧縮すると言うという過程を繰り返す事によって「気」の質と「霊力」が高まるらしい。
陽気が溢れてコントロールを失うと感情や衝動を抑えられなくなり、
首(正確には喉、甲状腺にあたる部分)を越えて頭に入ると、
人は一時的な発狂状態に陥るそうだ。

強い「気力」を持つ朝鮮人は、時々、
特定の分野で驚異的な業績を生み出す者が突然変異的に出るそうだ。
朝鮮人経営者には、馬力のあるイケイケタイプの経営者が多いのも、
強い「陽」の気を持つ民族的特性なのかもしれない。
しかし、他方で強い「気力」を持ちながら、
コントロールする丹田力が弱い朝鮮人は、「頭に気が上って」容易に発狂状態に陥る。
感情や衝動を押さえコントロールする事も非常に苦手で、
理性的であるはずのインテリ層や聖職者でも衝動的犯罪を犯してしまう事が少なくない。
ただ、「陽」の気は丹田の「陰」の気を変換し供給してやらないと、あっと言う間に消費されてしまう。
朝鮮人の非常に強い「陽」の気力は長続きしないのだ。
また、発散する「気」の力を補強できないので、一旦気力で圧倒されると持ち直すことが出来ない。

仕事などで韓国人と交渉した事のある方なら感じたことがあるだろう。
韓国人の交渉者は一気呵成にまくし立ててくる事が多いが、
こちらが勢いに怯まず、逆に高圧的に出ると意外に交渉が巧く纏まる事多い。
韓国とのビジネスで成功している経営者は、
最初に高圧的に相手をやり込めてから理詰めの交渉に入る人が多いように見受けられる。
一番駄目なのは、韓国人の感情論に最初から理屈で対抗する人。
このタイプは韓国側に良い様にやり込められて不利な条件を飲まされるか、
交渉が決裂して双方が不利益を被る結果となることが多いようだ。
韓国人の感情論に冷静に理屈で対抗しようとして振り回される日本人、意外に多いのではないだろうか?

特別な丹田強化の行を余り行わない日本の武道・武術だが、
丹田に蓄えた「陰」の気を「陽」の気に変換して利用する技法はほぼ全ての流派に存在する。
所謂「気合」である。
丹田で圧縮した「陰」の気を「陽」の気に変換し、鋭い発声と共に瞬間的に集中使用する技法である。
「気合」の効果は科学的にも立証されており、一説では最大30%のパワーの増大が認められるらしい。
テニスなどの球技、ハンマー投げや槍投げ等の陸上の投擲種目、重量挙げなどのパワー種目、
その他の様々な競技で「気合」を応用しているアスリートは多い。
丹田力に秀でた日本人の武術は、防御力が非常に高く、
攻撃は一撃集中(一撃必殺)型で、「後の先」の術理に最も適合している「静」の武術だという。

中国のものは「陰」と「陽」のバランスを重視して攻守一体を旨とし、
陰陽の気の流れや攻守・動作の流れが止ることを極度に嫌うらしい。
ただ、攻撃力・防御力を高い次元で引き出すのが非常に難しく、
基本功で培った力と套路等で培った技とを繋ぐ技術がないと只の踊りとなってしまうそうだ。
対する日本武術は「極め」による一点集中により気や動作の流れに「停止点」が生じ、
動作が滞る「居付き」を生じやすい欠点があるということだ。
だが、攻撃・防御双方に「丹田力」を含めた力を乗せやすく「使いやすい」のが長所でもある。

それでは朝鮮のものは?

朝鮮の武術は、弓術と解放後に日本の空手から作られた韓国の国技テコンドーが有名である。
テコンドーの達人だという権さんの話では、
テコンドーには丹田を強化する、那覇手系の「三戦」のような鍛錬法はないそうである。
元となった空手の流派は極端な「一撃必殺」型らしいが、受け技は豊富である。
「据え物にして打て」と言う言葉があり、
型における基本の戦闘法は受け技で受け、相手を捕らえて死に体にしてから打つそうである。
だが、テコンドーは空手から受け技を受継いではいるが殆ど使わないらしい。
これは空手色が強いと言われる北朝鮮系のものや、
オリンピックスタイルとは違う権さんが修行したものも共通らしい。

テコンドーは相手の攻撃は基本的に「受けない」そうである。
テコンドーの防御は、ボディワークやフットワークによる「かわし防御」が中心で、
それは崩れた相手の「虚」を狙う攻撃の基点でもある。
また、テコンドーの豊富な蹴り技の元となったとされる「テッキョン」は足蹴りにより
相手の重心を崩す技法が非常に発達しているそうだ。

テコンドーでは、基本的に運足や蹴りなど、足を使って相手を崩し「気の虚」を探りあい、
捉えた崩れや「気の虚」を突いて
相手の防御・反撃の暇を与えずに攻め切る。
競技化の為に廃れているが、実践では貫手・爪先による急所攻撃や肘・膝、そして頭突き等、
防御を崩壊させた相手を確実に仕留める技が重要なのだと言う。
空手同様の拳足鍛錬や、「気の虚」を探り合い一瞬に突く為の運足と、
反撃の暇を与えず防御を崩壊させる手数を出す為のスピードとスタミナが肝要ということだ。
並外れた「陽」の気力を持つ朝鮮人に非常に適合した「動」の武術と言える。
ただ、スポーツ化により相手を捕らえて致命傷を与える技が失われ、
防御力が極端に低い為
「残念ながら武術としては死んでいる」そうである。

日本人の丹田力の強さは昔から定評があったようである。
中国や朝鮮の呪術師や祈祷師の中には、攫ってきたり買ってきた倭人の娘に子を産ませ、
その子に術を仕込んだ者も多いそうだ。
逆に、中国武術の門派には、今でも「日本人に教えてはならない」とされるものがあるらしい。
反日感情や日本人蔑視もあるが、
彼らが長い時間をかけて基本功を行うことによって得られる丹田力を
日本人は生来的に高いレベルで持っているかららしい。
日本人に技を教えると、丹田力の優位を利用して自らの体質に合わせて改変してしまうらしい。
また、その門派の意図しない方法で力を出し、
日本人的な体の使い方で技を使うので正しく習得させる事も困難だということだ。
門派伝来の技を改変し広める日本人の存在は、
伝統の技を継承し守ってきた彼らには許し難いもののようだ。
マサさんは、日本が武道・武術大国となったのは、武士による支配も大きいが、
日本人のこのような「体質」が背景にあると見ているようだ。
朝鮮人的な身体用法であるテコンドーも、
日本に普及すると、日本人的な改変が加えられて全く違ったものに変質するかもしれないと言う事だ。

俺は、権さんにテコンドーの指導を受けた。
蹴り技も確かに凄かったが、驚きを隠せなかったのは攻撃の苛烈さだった。
オリンピックの中継等で見たものとは似ても似つかない
非常に攻撃的な、武道と呼ぶには余りに殺伐としたものだった。
ひたすらに攻撃し、効果的に技を行使する為には力の加減などは一切出来ない。
激しい動作や速度の中で動的にバランスを取るので、
力を抜いたり速度を落とすと非常にコントロールがしにくいのだ。
一旦攻撃に火がつくと加減や歯止めが効かない・・・何とも朝鮮人的ではないだろうか?

次にマサさんが、俺に「気」の操作法を学ばせる為にやらせたことは「三戦」よりも俺を驚かせた。
それは「立木打ち」だった。
「立木打ち」とは、薩摩の剣術として有名な示現流の稽古法である。
奇声を上げながら素早く、息の続く限り棒で柱を打ちつける。
俺は、丹田に力を込めながらゆっくりと行う素振りで、
木刀(棒)を振る動作と丹田の操作を一致させる感覚を身に付けてから「立ち木打ち」の稽古に入った。
この「立ち木打ち」の稽古は「陽」の気を引き出して、
人間の身体能力やその他の能力の「リミッター」を意識的に外すのに最適の訓練なのだ。
先に、「陽」の気が頭に入ると人は一時的な発狂状態に陥ると述べたが、
逆に発狂状態の人間は激しく「陽」の気を発しているそうだ。

人間は生命力の源である「陽」の気を浪費しないよう、
必要以上に「陰」の気を発散されやすい「陽」の気に変換しないように本能的にリミッターをかけているそうだ。
それが、「発狂状態」や激しい感情に囚われた状態になると
取り払われて、強い「陽」の気が発生する。
「陽」の気には肉体を賦活化して身体能力を高めると共に、悪霊や魑魅魍魎を弾き飛ばす効果がある。
朝鮮の「泣き女」の風習をご存知の方も多いと思うが、
あれは「狂ったように泣く」ことで「陽」の気を発生させ、悪霊から身を守る意味があったのだ。

示現流の「立木打ち」にも同様の効果がある。
有らん限りの奇声を発しながら一心不乱に立ち木を打ち続けていると、
ある時点から「陽」の気は目一杯に発生しているのに頭の中は冷静な状態がやってくる。
冷静でありながらリミッターが外れた状態。
この状態になるまで始めは時間が掛る。
しかし、繰り返しているうちに時間は短縮し、ある時から一瞬で「リミッター」が外せるようになった。
これが出来るようになると、マサさんとの「組手」で臆したり躊躇することなく、
一瞬で全力の攻撃が出来るようになった。
「二の太刀要らず」の全力の斬撃を旨とする示現流では、
この「初動」の速さは死命を決する重要な要素であったのではないだろうか。
まあ、俺はあくまで「気を貯めて操作する為」に武道・武術の形式を利用しただけなので
実際の所は判らないが・・・
俺もマサさんも武術家では無いし、かなり独特な考えと偏見に満ちているので間違いも多いのだろう。
だが、上記のような考えに従った修行は確実に効果を上げて行った。

「リミッター」を外して自在に「陽」の気を生み出せるようになった俺は、
気を体の中で前後や上下に循環させたり、一点に集中させる訓練を重ねた。
自由に気を動かせるようになると、次に様々な「イメージ」に気を乗せる訓練を行った。
始めは体を気で覆うイメージ。
これが出来るようになると魍魎に体の中に潜り込まれたり、齧られることはなくなった。
次に背骨の中の「気道」から気を染み出させて、部屋全体に満たすイメージ。
これによって、部屋から魍魎を追い出すことが出来るようになった。
最後に、部屋の中に体ごと拡散して、空気のように同化するイメージ。
これは非常に難しく、俺がモノに出来たのは
修行を再開し、キムさんと契約してから大分経ってからのことだった。

三戦により丹田に集めた「陰」の気を「陽」の気に変換して体に循環させ、
丹田に戻して圧縮することで得られる「使える気」の量は、
例えるなら1日にコップ1杯程度である。
その「使える気」をバスタブ一杯に貯めて、溢れ出てきた分。
その余剰分の「気」が魍魎を払ったり、或いは呪術に使われる気である。
バスタブは常に「使える気」で満タンにしておかなければならない。
しかし、毎日コップ一杯づつ気を注がないと漏れ出したり劣化したりして
失われる分は、使わなくても1日にコップ3杯分くらいになる。
1日休めば3日分後退してしまうのだ。

娑婆に戻って羽目を外した俺は修行を止め、気を浪費し続けた。
その結果、俺は引き寄せられた魍魎に集られ、眠れない夜に怯える羽目になったのだった。
修行が進み、俺の気が満ちてくると意識して跳ね除ければ魍魎を遠ざける事が出来るようになった。
さらに、抜け落ちた毛が伸び始めてどうにか人前に出られる位になった頃には、
気が貯まり、溢れ出る気によって魍魎が遠ざけられ、
夜でも眠る事が出来るようになった。


俺達の修行がある程度進み、マサさんが何日か「結界の地」を留守にしても大丈夫になった頃、
マサさんの目を盗んで俺は例の「井戸」を見てしまった。
井戸を塞ぐ黒い石から青い鬼火のようなものが立ち上るのが見え、
井戸の中に魍魎や何か嫌な「気」が吸い込まれているのが「見えた」。
誘蛾灯に引き寄せられる虫のように、
冷たい美しさのある青い鬼火に魅入られていると、井戸の方から視線を感じ背中に寒気が走った。
次の瞬間、青い鬼火は血のように赤く暗い炎に変わった。
青い鬼火からは嘆きや悲しみ、或いは絶望といった印象を受けた。
しかし、赤い炎からは怒りや憎悪、そして殺意が感じられた。
俺は、見てはならない物を見てしまったことを激しく後悔した。
思えば、あの井戸を凝視してしまった時から俺は「異界」に足を踏み込んでしまったのかもしれない。

井戸から強烈な殺意を感じて、俺はそのとき一つの疑問を持った。
あの井戸は何の為に作られたのか。
何年もマサさんと行動を共にし、マサさんが
あの井戸に悪霊や呪詛等を送り込むのを何度も目にする内に、その疑問は強くなっていった。
マサさんは普通の「祓い」も出来るのに、
何故、危険な「井戸の呪法」に拘るのか?

アリサからジュリーの死を聞かされた晩、俺はアリサと体を重ねながら考えていた。
ジュリーの命を奪い、
姜家を断絶に追いやったのは、
結局マサさんの施した「井戸の呪法」だったのではないか?
マサさん絡みのクライアントで、ジュリーのように結局助からなかった者は少なくないのだ。
後に俺はその理由を聞かされたのだが、その話は機会があれば語りたいと思う。


終わり



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