サイケデリック・奇譚

永遠の日常は非日常。

タグ:海

海にまつわる怖い話・不思議な話 3


63 : 中河原海岸の怪 1:03/06/08 02:31
6月下旬のある夕刻、津市の中河原海岸を散策した。
梅雨の晴れ間のさわやかな風がわたり、
干潮なのだろう、波打ち際は100mほどの彼方に引いていて、姿を現した干潟に水鳥たちが群れている。

今、のどかな光景が広がるその辺り一帯で、
昭和30年7月28日、市立橋北中学の女子生徒が水泳の授業を行っていたところ、
大惨事が起こったことをご記憶の方も多くみえることだろう。
その様子を伝える文章を、以下に引用する。

「静かだった海を突然大波が襲った。
生徒達は次々と海底へ引きずられてゆき、36名が死亡、生存者は9名という悲惨な事故となってしまった。
この日は天候も良く、遠浅のこの海岸では子供でも足がつくはずだった。
地元の人は「澪(ミオ)に違いない」と言った。
澪とは、遠浅の海岸に大きな川が流れ込むことによってできるすり鉢型のくぼみのことで、
川の流れと波がぶつかって、「タイナミ」と呼ばれる津波が発生することがあるのだ。

ところが、生存者の一人である中西弘子さんは、津波ではない恐ろしい体験をその時していた。
助けを呼ぼうと海岸の方へと急ぐ弘子さんの足にその時、何かがからみついた。
確かにそれは人の手で、その手が弘子さんを水中に引き込もうとしたというのである。

昭和20年7月、日本は第二次世界大戦の真っただ中で、
アメリカ軍の空襲は津市にも被害を与え、250人の市民が焼死した。
火葬しきれなかった遺体は7月28日、海岸に埋められたという。

生徒達の事故があった日と、空襲で犠牲となった人々が埋められた日は、奇妙に一致する。
弘子さんや他の人が見たあの防空頭巾の人々は、その犠牲者たちの霊なのであろうか。
現在この海岸は、遊泳禁止となっている。」


64 : 中河原海岸の怪 2:03/06/08 02:32
その惨事のことも知りつつ、目の前の水鳥が遊ぶ光景に誘われて、
ズボンの裾を膝の上まで折り曲げ、干潟を渡り波打ち際まで行こうとした私は、
突然、砂地の中へ両足をめり込ませた。
膝を越えて腰近くまでぬかるんだ砂の中に吸い込まれるようにはまり込んで、踏ん張りようもなく沈んでいく。

あわてて両の手を届く限り伸ばして体を支え、
ゆっくりと片方ずつの足を引き抜き、潟の上に這い上がった。
 
少し落ち着いて干潟の様子を見てみると、
砂地の上を川のように海水が溝状に溜まっている部分があり、
その部分の砂地はトロトロで、手を突っ込んでみるとズブズブと入っていく。

干潟になっているときだったから、手をついて足を抜くこともできたし、
その様子を見ることもできたけれども、
潮が差して海水に覆われた状態で足を取られたら、手をつくことも、足を抜くこともできなかっただろう。
 
今日も干潟は穏やかで、水鳥たちが群舞する光景はのどかである。
砂地の中に1人の人間が消えたとしても、全ては波が洗い流して、
あとはまたいつもと変わらない光景が繰り返されたことだろう。


関連記事
三重県津市の中河原海岸

海にまつわる怖い話・不思議な話


672 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/09 10:44
神奈川県横須賀市の最東部に観音崎というところがあります。
そこは近くに公園もあり、
横須賀では有名な観光地のひとつなので、昼間は家族やカップルでにぎわっている平和な地です。
しかし、夜になると、、、

横須賀はちょっとした起伏が意外とあり、観音崎も例外ではありません。
海と陸の境もちょっとした傾斜になっており、石畳の道以外はたくさんの木々に囲まれています。
行ってみれば分かりますが、大通りから石畳をうねうねとのぼっていき
小さな森林をぬけたらすぐ海という感じ。

海と陸の境には今は使用されてませんが、ちょっとした白い灯台があります。
横須賀の東部に位置するこの灯台は昭和の頃は随分と活躍したそうです。
何の事情があったのか分かりませんが、
この白い灯台が廃止されてからは、海の事故が絶えなかったとか。

また、近くに走水の防衛大学校があり、海上自衛隊を目指す若者が学んでいるわけですが、
厳しいノルマや閉鎖された中での訓練のきつさを苦に観音崎から身を投げる学生も少なくなかったそうです。
灯台以外は何の明かりもなかったため、自殺ではないという説もあります。

友人と4人で或る夜、観音崎の灯台へ行きました。
今では、白い灯台の周りには柵がはられ、入れないようになっていましたが、
恐ろしいほど静かで一種独特な雰囲気です。
写真は撮らなかったけど、実際行ってみるとこの異様な空気を感じ取ってもらえると思います。



681 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/10 10:25
そういう謂れがあったんですか!! 
祖母(故人)と叔父一家が、以前浦賀に住んでいて、何度か車で遊びに行った事があるのですが、
観音崎の前の道をを通る度、妹が必ず「何かココ気持ち悪い」と言っていました。
(私も両親も何も感じた事が無いのですが...)

 
遠縁の親戚に、昔、某手かざし教団に所属していて、現在は真○宗の僧侶になっている人がいるのですが、
叔父が彼を車で案内した時に、観音崎の前で突然、
「一寸ここは見過しには出来ないので、降ろしてください」と言い出し、車を降り、
数珠を出して熱心に拝んでいたそうです。




海にまつわる怖い話・不思議な話

206 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/11 00:53
海を職場にしている漁夫や船員たちが、その長い海上生活の間の奇妙な体験と言えば、
誰もが、先ず第一にあげるのに船幽霊がある。
 
最近は余り耳にしないが、
昭和の初め頃までは、随分あちこちでこの噂はあったと古老たちは語る。
それは、油を流したようなどんより曇った夜や、また、天気が時化(しけ)る直前、
生暖かい風がぴたりと止んだ夜更け等には、よく船幽霊に出会ったという。

もともとこの船幽霊というのは、海で遭難した人の霊と信じられ、
その不慮の災穀の無念さがその場に残り、後に迷い出るものとされている。

その出現は無数の火の玉であったり、ある時は泳いでいる漁夫の姿であったり、
たちが悪いのになると、狐や狸が化かすように人の目を迷わすこともあるといわれる。

北風が吹きつける寒い冬の夜更け、漁を絶えて港に帰りを急ぐ舟が、
一様によく見かけたのは、「千づる」と呼ぶ火の玉の群であった。
じゅず繋ぎになった一連の火の玉が、
岸の岩から岩に飛び移って乱舞する様子に、「あゝ、また今夜も千づるが飛ぶ」と語り合ったという。

またこの船幽霊の悪い質(たち)のものは、船の行手をいろいろ変化させることがある。
何もない灘中を、急に大きな岩礁に見せたり、
突然、大船が突進して来るように見せ、
また、岩礁が多い危険な海面を何もない大海原に見せかけるなどして、
舟が思わぬ事故を引き起すこともあったともいう。

これら船幽霊のさまざまな現象に、
実際に遭遇した古老たちの体験話を、ここに紹介することにしよう。





207 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/11 00:55
尻無浜の太田某氏が、まだ若い大正末期頃のことであった。
太田氏は、いわしの掛網漁に、同僚の舟と二艘で阿久根港に出かけた時である。

その日は、何かの都合で同僚の舟は阿久根港に残り、太田氏の舟だけが、
その漁場である牛深沖に向かった。

その日は天気が良く、順調に漁を絶えて、真夜中に牛深沖から帰路についたのである。
ところが、途中何となく船幽霊につけられている気がする。 
同僚の舟は阿久根に残っているのに、
この同僚の舟が後から、しかも明りをつけてついて来るのである。

そうしてもっと不思議なことは、
舟は帆に一ばい順風を受け、一直線に尻無浜に向かって走っている筈なのに、 どうしたことか、
一向尻無浜の丘が見えてこないのである。
時間的にみて、もう、とっくに尻無浜に着いていなければならぬのに、
どこをどう走っているのか、全く不思議であった。

こうして、一晩中走り続け、
明け方になって、串木野の羽島港沖に来ていることを知り、改めてびっくりしたという。



208 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/11 00:56
この時は、幸運にも天気が良くて、その急変に遭わず難を免れた。

これと同じ例として、同じ尻無浜の尻無浜休次郎、同藤吉、太田与太郎の三名は、
一晩中船幽霊にその進路を迷わされ、
その内に天気が急変して大時化となり、三名共沖合いで遭難すると言う事件があった。
それは、正月も間近い師走の26日の夜で、
3名の死体は、串木野の羽島海岸に打ち上げられていた。

また、船幽霊は、泳いでいる漁夫の姿で司れ、
元気で海上を航行していたり、漁に励んでいる姿を見ると恨めしく、
「友達になろうよ、同志になろよ」と、舷側にすがりつくという。

それは亡者の仲間に引き入れようとの魂胆からといわれ、
かって藩政時代、その御用商人として琉球や大島通いの河南源兵衛船も、
この船幽霊には悩まされたと伝えられている。
 
琉球通いの船等は、何日間も昼夜を問わず灘中を走り続けたが、夜になると
毎夜のように、鉢巻き姿の船幽霊が艦側にすがりついた。

この漁夫姿の船幽霊は、真夜中を過ぎる頃には、両方の舷側をびっしり埋める位すがり着き、
口々に「柄杓(ひしゃく)を貸せ、柄杓を貸せ」と、せがむのだといわれている。
この柄杓で船に海水を汲み入れ、船を沈没させて、
その乗組員を、亡者たちの仲間にしようとの魂胆だったという。

だが、この憎らしい船幽霊であっても、決して腹を立て意地悪をしてはいけないとされた。
それは、この船幽霊を怒らせれば、岩礁を大梅原に見せる等、どんな仕返しをされるかわからないからで、
快く船幽霊の要求どおりにしてやることにしていた。
そのかわり、柄杓は、完全に底を打ち抜いたものにし、どんなに亡者たちが力んで水汲みをしても、
決して海水は船内に入らぬようにした。



209 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/11 00:56
源兵衛船の23反帆船は、千五・六百石の米を積む大船で、
これらには百個近くの底無し柄杓が、常時備えてあったといわれている。

亡者が柄杓を貸せとせがむと、船員たちは「よしよし」と、全部の亡者に底無し柄杓を渡す。
すると、亡者たちは底なしとも知らず、喜び勇んで海水の汲み入れを始める。
片手を舷側に片手に柄杓を持って、一生懸命汲み入れる姿は、
これが本当の亡者かと、憎らしくなるものだったという。

こうして、この船幽霊の亡者たちは、疲れも見せず、せっせと柄杓をふるって水汲みをするが、
その内、東の空がほの白く明け初めると、
いつの間にか一つ消え、二つ消えて、その姿は消えてしまうのであった。

また、高之口の西田某氏も、船幽霊についてつぎのように語った。
ある時、大きな帆船に乗組んで航海した。
風は順風で帆は一ばいに張られ、船は矢のように穏やかな夜の海面を走っていた。
ところが、急に船足が落ちてきたのである。 
帆を見るとやはり以前と変りはない。
不思議に思い舷側を見ると、夜目にもはっきりと、
鉢巻き姿の亡者たちが、両方にずらりとすがり着いているではないか。
船足が落ちた原因がわかった。

このことを知った船頭は、平常、よくあることであったのだろう。
 心得たもので、奥に入ると、木灰を小箱に一ばい入れたのを持ち出した。
そうして舷側の風上に立ち、
「ご免」と一言いうと、木箱の木灰を手づかみにして舷側の亡者の頭に振りかけた。
すると、舷側の亡者の姿は忽ち消え失せ、船足はもとにもどって走りだしたという。



海にまつわる怖い話・不思議な話


190 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/09 22:27
梅雨時の小坪港、この時期の小坪は霧が非常に出やすくこの日も霧が出ていました。
ただ、湾の外から立岩までは視界が確保できていたのと、
海上だけの霧だったのでエンジン船で走り始めました。

ところがそれまでべた凪だったのに午前9時頃からそよそよと風が吹き始めました。
それも霧を運んで来るたちの悪い海からの風・・
見る見るうちに霧が辺りを包み込み、視界が30mほどに。
やむを得ず勘を頼りにエレキで一番近いだろうと思われる岸を目指しました。
 
当時はGPS付きの魚探なんか持ってなくて(今もですが)
船に備え付けの缶を鳴らしながら、魚探とコンパスを確認しながら進んでいました。


しばらくすると進行方向の先でザッザッザッと音がしたのです。
だがそこは岸まではまだ50m以上あるはずだし、
現に魚探も水深20mを前後を写している。
缶を鳴らすのを止め、エレキを止め、魚探のアラームも止めもう一度進行方向を見ると.....

船の先2~3m辺りに見えるそれは・・・・・

足、足、足、、、、、あし!!!
ひざ下の部分しか見えないけれども、間違いなく海上を彷徨ってる無数の足・・・・・
 
エレキを全開にして缶を鳴らしながら岸を目指したのは言うまでもありません。
あれから7~8年経ちますが、あの光景だけは今でも強烈に目に焼きついています。



海にまつわる怖い話・不思議な話


367 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/25 17:37
父から聞いたんだけど、夜釣りをしていると、遠くの方で人のヒソヒソ話が聞こえてくる。
それは何を言っているのか分らないんだけど、ずっと何かを話している。

そのうちだんだん声が大きくなってきて、気がつくと自分の背中にべったりくっついてきて
耳元で声が聞こえる。
で、最後は海に突き落とされるらしい

…別に父が体験した話ではないんだけど、
釣り仲間の中では良く知られている伝説みたいな話らしいだけど、知ってますか?
この霊の名前もあったけど、忘れてしまった。



海にまつわる怖い話・不思議な話

936 :不良船員の倅:03/03/12 23:55
うちの親父は外国商船の下級船員だったが、
霊とかネッシーとか全く信じてなかったので、生前この手の話は聞けませんでした。
只一つだけ不思議なモノを、サルガッソー海で目撃したそうな
(まあオカルト的に言えば、バーミューダー・トライアングルの中ですね)。

 
昭和30年代初めのある晴天の日、
いつものように甲板を歩いていた親父が、船の右舷に沿うように、
水面下10メートル程の深さに細長い物体を発見した
(親父曰く、超長い白木綿の晒しの布のようだったそうです)。

ただその長さが半端でなく、船の全長の3倍はあろうかというシロモノで、
数時間に渡り、船に寄り添うように付いて来たそうである。
親父の乗ってた船は総排水量1万トンクラスの貨物船だったので、
おおよそ全長300m以上はあった計算になります。 
当直航海士にも報告し、航海士も目視したので、航海日誌にも記載されてる筈だ、と言ってました。

ただ、別に船に近づくでもなく、一定の距離を保ったままで
危害を及ぼす心配もなかったので、放置してたら夕刻いつのまにか消えていたそうです。

 
結局、航海士も船長も(もちろんドキュソだった親父も)何かは分からず、
下船後、他の船の同僚たちに聞いて回っても、皆目見当もつかないし見た事無いって言われたそうです。

 
第二次大戦中は、乗ってた船が機雷と魚雷にやられて2回も沈没の憂き目に遭ってるのに
(そのうち1回は、夜間だったので乗員の3分の2が死亡・行方不明)、
心霊体験とか全く無いって言うんだから、つまらん親父でした。





937 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/13 00:28
そのたった一つの出来事が聞けただけで十分だよ。



938 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/13 10:25>>936
そんな超長いいったん木綿、聞いた事ないよ。
すんげぇ。



939 :不良船員の倅:03/03/14 01:32
あぁ、つまらない親父の話にレスが付くとは思いませんでした。
どうもありがとうございます。
うちの親父はお袋と結婚する前は、相当なワル&遊び人だったようで、
古い日活映画の不良マドロスを絵に描いたような人生を過ごしていたようです。
アムステルダムで「飾り窓の女」と遊んだ話とか、そっち系の話の方がずっと面白かったのですが、
カテ違いなので自粛。。。


では、もうひとつ、ウチの兄貴の体験談を書き込ませてもらいますね。
ちょっとスレ違いかも知れませんが…。


うちの兄貴とその友人2人は、何故か工房の時、水中銃にハマったんです。
水中銃って言うのは、ゴムかバネ仕掛けで銛を打ち込む物で、
結構強力で15センチ位の魚だと粉々に砕ける程の威力があります。
で、夏休み中、毎日のように海に潜っては
魚を撃って遊んでいた(時々は収穫が晩のおかずにもなってたし)のです。
そんなある日の事でした。



940 :不良船員の倅:03/03/14 01:33 

友人の一人が、そろそろ夕暮れ時だし帰ろうや、って言い出したので、
兄貴は最後のひと潜りって言う事で、普段よりもう少し深い所へ潜ってみたそうです。
まあ岩場だったので、それまで気が付かなかったんでしょうけども、
何と岩陰で女の死体が暗くなりかけた海中で、ゆらゆら揺れていたそうです。
 
驚愕の余り慌てた兄貴は、その死体を誤射してしまい、
見事に銛は腹部にHIT! 
腐れかけた死体ですから、ひとたまりもなく腹の肉は粉々に砕けてしまったらしいです
(これは後日談で判明) 
 
兄貴はもうパニックで、水中銃を海中に置いてきたまま家に帰り、「ガクガクブルブル」状態w。
死体損壊罪のため、警察にも通報出来ず。


数日後、地元紙に「行方不明女性、○○海岸に漂着、発見」との報道。
もちろん○○海岸ってのは、兄貴たちがよく潜ってた場所。
どうやら兄貴が誤射したお陰で、岩に引っ掛っていた死体が浜に流れ着いたようでした。 
記事にはならなかったけれど、親父の知人がその地元紙の関係者で、
知人曰く
「いやぁ、ヒドい死体だったよ。腹なんかもう魚か鮫に食い破られててズタズタでさぁ」
ってな話で結果が分かった訳でした。
 
銛が貫通してたので兄貴はタイーホされずに済んだけど、
兄貴は今でも時々夢に、半眼で睨む女の顔(余程印象に残ったんでしょう)が出てくるそうです。

まあ本当、海の中ってのは何が居るか分からんもんですね。




687 :オキ:03/02/11 07:28
今思い出しても本当に怖いんです。
もしかしたら、一番怖かったかもしれません。皆さんではなく、私や私の家族にとって・・・

父を失っていたかもしれない。

 
私の中で、これは本当にネタ扱いされるかもしれないと思い、今まで誰にも話していない話です。
ここは2chですが、あるいはここの皆さんなら、
もしかしたら信じてくれるかもしれません。





690 :オキ:03/02/11 07:45
私が小学校五年の時だったと思います。
五月に入り春がかったころですが、この時期父は鯛を釣りに出かけます。
朝五時頃出かけて、帰ってくる時間はまちまちです。
(夕方四時頃もあれば夜10~11時頃もある) 
父が出かける時、たいがい私は寝ているのですが、たまに起きてしまうこともあり、
一緒にコーヒーを飲んだりもしました。
だから、だいたい父がどんな感じで出かけていくのかを知っていました。
顔を洗って、歯を磨き、髭を剃り、コーヒーを飲んで、
握り飯を5~6つと、氷、水、酒をもって一人で出かけて行きます。

その日もいつもと同じように出かけたみたいでした。(私は寝ていた)
そしていつもの様に、特に待つこともなく母や弟と時間を過ごしていたのです。
その日父は11時をまわっても帰ってきませんでした。



691 :オキ:03/02/11 08:03母は、
 「たまにこんなこともあるけん。もしかしたらもう帰ってきて、どっかいっちょるかもしれん」
と言っていましたが、やはり心配なので、
叔父に電話してから眠そうな弟をおいて、叔父の車で船着き場まで見に行くことにしました。
 
船着き場に父の船はなく、父の車がきっと朝と同じようにおいてありました。
叔父と母が「事故かわからん」と話していたのを
ドキドキしながら泣きそうに聞いていました。

とりあえず、今日は遅いので明日にでも海上保安庁に行ってみようということになりました。
 
父と違い、どちらかというと引っ込み思案な母は、一人で海上保安庁にいけず、
次の日どうしても外せない用事があった叔父を待ち、正午くらいに一緒に行こうという段取りになったようでした。
 
私は父が心配で一刻も早く父を探して欲しかったので、 
私が行く!今から行く!」と駄々をこねたのですが、その日は御されてしましました。 


692 :オキ:03/02/11 08:22
もちろんその次の日、私は学校を休みました。
イライラしながら叔父を待っていたとき、家のドアが開き、父が帰ってきました。
 
開口一番、
「水とラーメンとメシ!」
はっきり言って間抜けですが、私はボロボロワァワァ泣きながら父に飛びつきました。

その時は気が付かなかったのですが・・・

気が付いたのは母が黙ってラーメンを作り、それを父に差し出した時でした。
ひとまず泣くのを止めて、まじまじと父の顔をみたのです。
「???」
 
父の髭がやけに伸びているのです。
熊程ではありませんが、1日や2日剃らなかった様な感じではありません。
顔も妙に汚れている様に思えました。
 
「お父ちゃん。髭が伸びちょる」
私は旨そうにラーメンをすする父にそう言いました。
「うん。一週間は剃ってないけん」
ラーメンを食べ終わり、一息ついたふうの父。
ここから父の話が始まりました。 


693 :オキ:03/02/11 08:44
あの日(父の話では一週間近く前)
ふつうに海に出ると、まぁいつものように少し霧がかかっていたと。
 
昼過ぎになり、霧も晴れ、魚もまぁ釣れているのでもう少ししてから帰ろうと思っていたそうです。
しばらくして時計を見ると3~4時。
そろそろ帰ろうと思っていた時、急に霧が濃くなってきたそうです。
その霧は、前後左右何も見えない程に濃くなってきました。

 
私は船の機械に弱いので、よくは解らないのですが、
そんな霧でも計器や船の信号などがあるので、
そう遠い場所でなけれは帰港するのにさほど差し支えはないそうです。
 
父は
「今日は濃霧注意報もなかったのに、帰る時間をあやまったかな?」程度にしか考えていなかったそうです。
そして帰ろうとしたとき、計器いっさいがイカれていたと。 
父はあわててエンジンの様子を調べました。

エンジンだけが何故か生きていたそうです。
父は考えました。  


694 :オキ:03/02/11 09:05
もう少し霧が晴れるのを待ってみるか。
しかし、1時間たっても2時間たっても、霧が晴れる様子はありません。
救難信号を送るにも、計器いっさいがウンともスンともいわない。
無線すら入らない。

父はここで腹を決めました。
 
無駄に動けば遭難する。
霧が晴れるのを待つ。
晴れた時にほかの船を探し近づく。
長丁場になるかもしれん。
油は無駄にできん。
そしてその日は船上で夜を過ごしたそうです。

 
次の朝目が覚めても、船は霧に包まれたままでした。
霧の間は魚を釣る事に専念したそうです。
(もちろん計器が復活するかときどき確かめますが、ダメです)
そして正午を過ぎた頃、
かなり濃かった霧が少し薄れ、その先に一つの船影がみえたそうです。
とりあえず父は、エンジンを船が動ける状態にしたあと、一応大声で叫びましたが届くはずもなく、
もう少しその船影に近寄ろうとしました。
やや近づいた船影を見て、父はおや?とおもいました。 



697 :オキ:03/02/11 09:32
船のカタチが普通でない事が遠くからでも見てとれます。
父によるとその船は
『宝船』
だったそうです。
 
少し霞む霧と霧の間にみえたものは、何やら前時代的な、昔話に出てくるような帆船で、
形容するならば『宝船』だと。


その『宝船』は、父が船の速度を上げても、一定の距離を保つようにつかず離れずで、
はっきりとその姿を見ることは出来なかったそうです。
その状態で30分程度。
そして『宝船』は再び濃くなった霧の中へと消えたそうです。


そして又次の日も同じ様な時間にその船が現れ、それに着いていき、また霧が濃くなり・・・と。
父が釣れた魚をさばいて食べ、持ち込んだ水と酒を大切に飲み、
そして昼頃現れる『宝船』に先導され・・・というのを一週間近く続けたある昼前頃でした。

いつものように霧が晴れていきました。
しかし、いつもと違ったのは霧の間に見えたのが、陸の影だったことでした。
その後霧は嘘のように晴れ、目の前に懐かしい港が見えたそうです。
と同時に計器いっさいも復活。
 
父はエンジンを唸らせ、無事船着き場に帰ってくることができました。  


699 :オキ:03/02/11 09:47
私は父の話を聞いた後、又オィオィ泣きました。
まだ小学生だったので、疑問や不思議は後回しに、
「お父ちゃんが帰ってこれてよかった!」と素直に思いました。

 
今思うとホントに怖いです。
不思議です。
その『宝船』は何だったのでしょう。
その霧は何だったのでしょう。
(最初に父が語るように、父が出かけた日、帰って来た日に
そんな濃霧注意報はなかったし、近海には発生していなかったもよう)
父は、どこに行っていたのでしょう。

 
「お父さんには恵比寿さんがついちょる!」←弁天さんじゃないか、とつっこんだ。
と豪語して、それからも元気に海に出ている父を、私は尊敬しています。
ただ、それ以来父は、船に醤油をつむのを忘れません。



関連記事
オキさんの父親の話 1
オキさんの父親の話 2
オキさんの父親の話 3
オキさんの父親の話 4
オキさんの父親の話 5

630 :オキ:03/02/06 03:30
私が高校生(何年か忘れた)の夏の夜、とあるUFO番組を見ていた時の事です。
 
横から父が唐突に、
「なんだ。そんなもんが面白いか」と、小馬鹿にしたように言うので
私は、「うん。だってUFOとか見たことないけど、おりそうで面白いじゃん」と、反論すると、
父は真顔で、「じゃあ見にいくか」と言うのです。

 
私は頭に???が走りました。
何を?UFOを?はぁ?

きょとんとした私を後目に、父はいたって普通の様子でした。
ここからは私たちの会話を少し。
 
私「見に行くって、どこに?」
父「海」
私「ふね?」
父「うん。」
 
私はとっさに思いました。
父は何かを見間違えて勘違いしているのではないかと。
確かに、海に出て陸から離れると、空は綺麗にパノラマ状でよく見渡すことができます。
晴れた日などは、星も素晴らしく見えるでしょう。
もしかしたら、父は流れ星や人工衛星などをみて、UFOだと思っているのかもしれない。
そうじゃないかと聞いてみました。




632 :オキ:03/02/06 04:11
すると父はこう言うのです。
 
何かはわからないが、星の様なものが下から上に不規則な動きで昇っていったり、
又ジグザグと早く動いているもの、
一瞬のうちにある点からある点へ移動するもの、突然消えたりするもの、と、
一晩のうちにさまざまなものが夜の海では見えるらしいのです。

ただ、海に行っているからには自分も漁師なので、
一晩中、又は毎日空を見上げている訳ではないから、
どのくらいの頻度でそれらが現れているのかは解らないそうです。

ただ、ふと空を見上げて目を凝らしてみると、よくそんなものがとんでいるということです。
(晴れた日の、日が落ちてからに限りますが)

そんな妙な動きをする流れ星や人工衛星があるのならそうかもしれない、
自分は空のことはよく解らない、と言っていました。


まぁでも、突然そんなことを普通に言い出す位なので、本当にそんなものが頻繁に飛んでいるのでしょう。
ただ、よく見かける時期と、全く見かけない時期があるにはあるそうです。 


634 :オキ:03/02/06 04:25
その頃の私は、父について海に出ることも面倒臭い歳になっており、興味は有りましたが
結局、夜一緒に出かけることはありませんでした。

興味の有るかた、いかがですか?

 
実は幼い頃の夢は戦闘機乗りだった父。
たまに空を見上げて、その頃の思いに胸を馳せるのでしょうか?

「空も広うて怖いだらーけど、海もコエ~ぞ~(ニヤリ」
いろいろな話を聞いている父のそのセリフに、私は笑えませんでした。

なんだか今回は海怖スレから遠のいてしまいましたね(アセ

すいません。
今度書くときはもっと海、まさに海みたいな話にしますので許して下さいね



関連記事
オキさんの父親の話 1
オキさんの父親の話 2
オキさんの父親の話 3
オキさんの父親の話 4
オキさんの父親の話 5

576 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/03 05:38
変更線を越えたとき自分の未来がみえてしまった…とか。
怪談で自分の死に顔を何らかの形で見てしまうのはよく聞く話だし。
日付変更線て言葉から推測しただけだけどね。


578 :オキ:03/02/03 08:27
おお・・・それは面白い意見ですね。
なにげに辻褄らしきものが合う。 
私もいろいろ考えたこともあったんですが、それは思いつかなかった←バカかと。

ただ、父の船の時は、一人が亡くなったみたいです。

それでは・・・
海には皆さんも御存知の通り、妙な生き物が沢山いるみたいですが、
その中の一つにであったという、父の話を一つ・・・ 




579 :オキ:03/02/03 08:50
「ようけ魚見てきたけど、いろんな海にはもっと凄いのがおるだらぁなあ。
多分まだ100分の1も見てないけん。」
と、苦虫を噛み潰したような顔をする父。
これは父が、自分が出会った最初で最後の魚(?)の話。


ある年のお盆も過ぎた頃、父と父の友人はイカ釣りに出かけました。
(もうこの頃は、同じ時刻に毎日行きます。だいたい夕暮れ前に出て、10時前後に戻ってくる)

その日、父はいつもより早く帰ってきました。
どれ位釣れたのかと見てみると、なんとゼロ。
大漁の時は、他の同じ規模の船の倍、
他の船が水揚げがナシでも、何かしらの成果で帰ってくる、地元でその道の人の中では有名な父です。
はっきり言ってあり得ません。
私は何かがあったのだと思いました。 
(船のトラブル?海が時化てきた?・・・)

すると父は、コップに冷や酒を注ぎながら語りだしたのです。


580 :オキ:03/02/03 09:10
その日はとても良い凪ぎで、外海にでてもあまり波も無かったそうです。
イカ釣りは、仕掛けと明かりが命だといいます。
船の照明をこうこうと焚き、その光に海中の虫や小魚が集まり、それらにイカが・・・と。

そしていつものように明かりを焚き、
いつものようにいろんな物が集まって来たので、頃合をみて仕掛けを下ろしました。

その時、友人が何かを発見して父を呼んだそうです。
まだ何メートルか下にいるそれを、父と友人は暫く眺めていました。 

「それ」は暫く時間をかけて、ふわ~っと海面近くまで上がってきて、
やっとその姿らしき物がハッキリしてきました。

 
皆さんは、カワハギという魚を御存知でしょうか?なかなかユニークで顔はかなりマヌケです。
そしてこの魚は釣り上げると分かるんですが、
「ブィ、ブィ」
というような鳴き声を発します。  


581 :オキ:03/02/03 09:42
「それ」はそのカワハギを真横にしたような姿で、目もおかしな位置に付いているのが見てとれます。
(ヒラメやカレイのような位置ではなく、ちゃんと両サイドに付いている)
そして「それ」等は四匹で、一匹を先頭に綺麗なひし形の群を成していました。
一匹の全長は40cm位でしょうか。
 
「見たことないなぁ。気持ちわりぃ」と思いながらも、
父は自分の興味を抑えきれず、タモを持ち出しその中の一匹をすくいあげました。
「それ」はあっさり引き上げられ、船の上にほおりだすと、
「ギギギィィィ!!」
と、今までに聞いたことも無い声で鳴いています。
それもかなりデカイ、もう絶叫といっていい程の声で。 
父はその魚をジィーーーっと見てみました。
 
「それ」には瞼も付いていました。二・三度瞬きらしきものをしたかと思うと、父はおもいっきり・・・

ニラまれたそうです。

その時父は何故か直感で、
「もう一匹おる」と思ったそうです。

その瞬間、船が凄い横波をくらいほぼ真横に90°近く一回傾きました。
父は「これはヤバいもんだ!」と感じ、急いで「それ」を海に放ちました。 


582 :オキ:03/02/03 10:05
凄い横波は一度でおさまっていました。
父は一息つき、船の周りの様子を調べ始めました。
おかしいのです。
さっきの魚(?)はおろか、先ほどまでいた虫やら小魚すら一匹もいません。
そして海が不自然に暗いのです。
 
父は悟りました。
今、船の下には船より大きな何かがいる、と。

海でパニクると、大変な事になるのを知っている父は、
まだ何も気付いていない友人にそれを悟られぬよう、船の中央近くによび、
「変なもんみたけん、ちょっと酒でも飲むか」
と、しばしの酒盛りを始めたそうです。

そしてしばらくすると、また虫や小魚が集まり始めたのがわかり、
その後しばらく釣りをしたもののアタリもなく、父と友人は早めに帰ったとのことでした。

 
「まぁ、あんなもんもおるわな」
と父は酒を片手に笑っていました。



599 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/04 23:56
わたし、オキじゃないけどミシマ沖で同じような目(?)に遭ったことがあります。

581の書き込みで魚の鳴き声を読み、忘れ去っていた10年近く前のことを思い出しました(冷汗)


ちょうどその日は沖泊まりで、夕刻は後部後半上で皆でメシを食いながら、
何人かは釣りをして釣れたものはそのまま司長にわたして即料理、という感じでした。

日も暮れてそろそろ寒くなり始めたころ、釣りをしている仲間の一人が、
ハリセンボンのように膨れたカワハギ?を釣り上げました。


かなりヘンな形をしていたのですが、カワハギはとっても旨いし、
どうせ料理してしまえば形なんてどうでもいいので、そのまま司長に渡しました。

 
晩飯を食いながら釣りをしていた私たちはそのまま釣りを続け、
サカナは調理場に。。。



600 :599:03/02/04 23:56
そのとき、わたしは測深機の調子がおかしいということで、その場を離れ、
一人ドライルームに入り、まさに機械の調整を始めようとしたところです。

 
「ギギギギギ・・・・ ギギギギギ・・・・」
と身の毛もよだつような鳴き声(?)が突然したのでビックリして部屋の外に飛び出しました。

 
「何の音だ?今のは!?」
と周りを見回したその視界に入ったのは、青い顔をした司長が
さっき釣り上げたヘンな形のサカナをバケツに入れてそれを海に捨てようとしていたところです。

ですが、司長もかなりビックリしていて手元が狂ったのでしょう。
バケツの中のサカナは海ではなく、甲板上にこぼれ落ちたんです。


サカナは、甲板上であの耳につくイヤな音を発しながら跳ねています。
それまでは晩飯を食っていた仲間もビックリしてその場に集まってきましたが、
気持ち悪くて誰もそのサカナに手を出そうとしません。



601 :599:03/02/04 23:57
そうして、わたしたちがビビっている様を見てあきれたのか、
ワッチ明けで非番の船員さんがやってきて、タモ網で跳ねたところをすくい取り、海へ放してくれました。
その間、とても長く感じましたが、実際は1、2分もなかったと思います。

 
不気味な鳴き声も収まり、ようやくわたしたちも気を落ち着けることができ、
わたしは、機械の調整に戻り、ほかの仲間は釣りを再開しました。

 
仲間が釣りを再開したとき、さらにおかしなことが起こっていたんです。
先ほどの不気味な鳴き声で集まってきた間、
釣り竿を固定して、針は海の中に垂らしたままになっていました。

それで、針はコアジとカワハギをねらっていたので、
一本の糸に互い違いに10個ぐらいの針がついているヤツを使っていたのですが、
といっても、わたしは釣りに関しては素人なので、
まあ、そんな針が付いていたと言うことだけしか言えないのですが(苦笑)、
それから誰も釣れなくなったようで、次々に糸を巻き戻して次の餌付けをしようとしたのです。



602 :599:03/02/05 00:00
すると、驚くべきことに、全員の釣り竿で針が全部なくなっていたんです。
針の付け根の糸の部分で食いちぎられたのか、
海底の岩場にでも針がひっかかって引きちぎれたのかわからないんですけれど、
とにかく針が全部なくなっていました。

そんなことがあって、先ほどのヘンなサカナの件もあり、薄気味が悪かったので、
早々に釣りはやめてしまい、甲板上も片づけてしまい船内に引き上げました。

 
話はそれでおわりなのですが、おそらくこの先も忘れられないような体験だったので書いてみました。
まあ、オキさんの親父さんと同じような体験をしているのがほかにもいるということで、
ご安心ください(自爆)


わたしも洋上では不可解な出来事にあったことが何度かありますが、
いろいろありますのであまり考えないようにしています。
それでは失礼します。



604 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/05 00:05
鳴くカワハギに似た魚を捕まえた時は気をつけろという教訓ですね。

なんかのお使いみたいな魚なのかな。。。。



605 :599:03/02/05 00:07
ああ、忘れられないような記憶なのに、はじめには忘れ去ってたなんて書いてある・・・
書いた後にはちゃんと見直さないとダメですね。とほほ・・・

これは10年間忘れようとしていたこと、と読み替えていただければと思います。
文章もへたですんません。



607 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/05 00:17
鳴く魚って想像すると結構怖い。夜の海なら尚更。



608 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/05 00:29
あじも鳴きますし、魚って鳴くの多いですよ。



関連記事
オキさんの父親の話 1
オキさんの父親の話 2
オキさんの父親の話 3
オキさんの父親の話 4
オキさんの父親の話 5


海にまつわる怖い話・不思議な話

545 :オキ:03/02/01 03:34
「俺が死んだら骨の半分は海にまけよ」
と、少々はた迷惑な遺言を残している、自称海の男の父。
 
今回は、父が海の男になりきれない弟に、彼が初の長期航海に出る前に話していた内容から。
またもや、長いかもなので面倒な方はとばしてください。





548 :オキ:03/02/01 03:47
弟は、学歴を全く父と同じ様に進みました。
同じ高校、同じその上の専攻課
(西日本では少々有名な水産高校で、その上に専門学校の様な学部が二年ある)
船酔いの酷い弟が、そのように自分と同じ道を歩むなど夢にも思わなかった父は、毎日嬉しそうでした。


それは、弟が遠洋漁業の研修航海で海外(目的地はハワイ)に出かける数日前のことでした。



552 :オキ:03/02/01 04:12
父が弟に何事か、真剣に語っているのです。
 「ハワイに着くまでに、日付変更線を赤道ら辺で越えるだら。
その時甲帆(船の甲板での作業。もしくは、夜ならみはり等)の係りになりそうだったら、
仮病でもいい。絶対に船外にでるな。
お前は船酔いが凄いけん、先生もゆるす。」と、父。

弟は不思議そうに
「なんで」
と聞いていましたが、父は
「いいけん。お父さんの言うことをきけ」
と、強く言っていました。
 
赤道付近が、夜半になると波が荒くなると聞いたことはあるのですが、
日付変更云々は聞いたことがありませんでした。

 
私はその時、なんか変な男同士の話だなぁと思っただけでしたが、妙に心に引っかかっていました。
サボリや仮病の大嫌いな父が、そんな話を弟にしていることを。


554 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/01 04:16
きになるよう。



559 :オキ:03/02/02 03:29
そして、弟が帰ってくる日がやってきました。
弟は日に焼けて少したくましくなっていたような気がします。
そして語りだしました。

 
父に言われた事を妙にインプットはしていたが、
何か小細工をしてサボる前に、弟は赤道付近の荒波にもまれて、
日付変更線を越える間、船内で嘔吐と戦いつつグッタリしていたそうです。
だから甲板の仕事をする事もなかったと。

ただ・・・

「その時甲板勤務に就いてた三人が、その後揃って学校をやめた。」
と弟は少し悲しそうにいいました。

一人は弟の親友でした。
その親友になにかしらの理由を聞いたのは、
弟が船酔いからさめた、ハワイ付近に近づく一日前だったそうです。



561 :オキ:03/02/02 04:01
「お母さんがたいへんな病気になったけん、早く帰ってお母さんの面倒を見ないけん。」

弟は、思い詰めた口調の親友を案じて、
まず先生に、そんな連絡があったのか?と聞きました。
先生の返事は、
「ハァ?そんな連絡は今の所ないぞ」ということでした。
 
弟が親友にそう伝えて話してみても、彼は
「早く、早く帰らな。心配だ」と言うばかりで、その後の研修も、ずっと上の空だったようです。

あとの二人はというと、その日付変更線を越えたあと、
疲れたように先生に「日本へかえりたい」と訴えていたようです。 
先生が喝を入れたり、なだめすかしてみても、そればかりを懇願していたとか。


それだけいうのなら、ハワイから直接日本へ返してあげれは、と思うのですが、
彼らの船員手帳なるものは、普通の旅券とは違って
手続きがややこしうえに、やはり他の生徒達の手前もあるのでしょう。
すぐに帰国というわけにはいかなかったようです。 



562 :オキ:03/02/02 04:26
そして帰港。
帰りの日付変更線では何事もなく、むしろ穏やかに帰途につくことが出来たそうです。
(この時はまだ、弟もこの三人と日付変更線を関連付ける事に対しては、半信半疑だったみたいです)


その後、弟がやはり日付変更線に関して、不思議というか、怖く思ったのは、
件の親友の、母の訃報が、帰港二日前に船に届いた事。

そして、あの日甲板勤務をしていた三人が揃って、自主退学の道を選んだ事。

 
他の二人に関しては、
弟も挨拶や少々言葉を交わす程度の仲だったので何も聞かずじまいだったそうです。


564 :オキ:03/02/02 04:43
私は、弟の話す事実も不思議に思いましたが、もっと感じたことがあったのです。 
「なぜ父はあんなことを・・・?」


そんな出来事を熱心に語る弟に対して、父が口を開いた話・・・
弟の体験より、もう少しガクブルと言うか、眉唾でした。
弟じゃなくて良かったと思ってしまいました。

 
父は言いました。
「海にはそんなことがある。俺もたまたまそうじゃなかっただけだ。
それでも何があったかを知りたいとは思わん。自分から、出来るだけそこに近づかん事だ」
と。


それは、海に対して父が思う、とても重たいものだと感じました。



567 :オキ:03/02/02 05:14
弟の話は大筋であっていると思いますが、
細かい描写(特に日時の関係)は、記憶を探りつつの、若干創作な部分もあります。
(何せ、10年近く前に、テンパリ気味の弟から聞いた話なので)

弟の友人の事に関しては、私の記憶が強い事もあり、あっていると思います。
 
弟が、友人にかける言葉もなく(あの日何があったのかを聞いてはみたいものの、
友人の、母一人子一人という家庭環境を思うと、そんなことは聞けないと。
友人もその話はせず、むしろ避けていたようです)
悲しい顔をしていた事は今でもはっきり覚えています。


この父の話を聞きたい方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、
弟の話以上に記憶が曖昧で、順序だてて書くことができません。

日付変更線に関する話が他にあるのか、
実は私の方が聞きたいのですが、やはり、この父と弟からのものしかしりません・・・

父の話は今からだと40年以上前の事で、
私の中でも「電波か?」と思う所もありますが、
あの日、父が弟に話していた真剣なようす、弟の体験と悲しい顔。
それを考えるとやはり

「赤道付近の日付変更線にはなにかがあるのかな」
という気持ちになるのです。



572 :オキ:03/02/02 12:04
父の564の中での話では、幽霊系の内容に触れてはいません。
ただ父達の船の場合は、当事者達の結末がもう少し悲惨なものだったのですが
(期待に添えなくてすみません)

やはり、長い航海というのは、精神的にかなり辛いものらしいです
(特に弟達の様に若かったり、初めての人などは)
 
個人差はあるようですが。
事の顛末を突き詰めようとしない父と弟には脱帽なのですが
(私興味津々で、かなり知りたがり)>>569さんの言うように、そういうことも沢山あるのでしょう。

 
父のへんてこりんな話はまだまだ沢山あるんですが、どうやら父は『霊』というものを信じていないらしく、
「おいおい、それは正しく幽霊ってやつじゃないのか・・・」ってのもあまり自分では認めない様子です。
だから父のそっち系の話は微妙に怖くないんですよね・・・
怖がってない人が面白オカシク話すんで。

そんな話でよければ、またカキコいたします。


ただどうやら長文が苦手なので(つかれる)その場合
また、とぎれとぎれで皆様を苛つかせるかもしれませんが、御容赦下さいませ(ペコリ



575 :568:03/02/02 16:24
なるほど分りました。
海は私達陸の者が知る道理とはまた違ったものが支配する場所なんでしょうね。
不思議さに満ち溢れたお話、またよろしく。
楽しみに待ってます。


関連記事
オキさんの父親の話 1
オキさんの父親の話 2
オキさんの父親の話 3
オキさんの父親の話 4
オキさんの父親の話 5

↑このページのトップヘ